5:夜会でファッションショー
新作の宣伝のため、イーリス様は王宮の夜会の招待状を持ってきた。イーリス様は新作、絵本シリーズのなかでも魔女と魔法使いの服が気に入ったらしく夜会に行く服も決まった。私は子爵家の長女なので、王宮で開かれる夜会はあまり行けない。そんな大層な場所にドレスを着て行くことに恐れ多い気持ちになった。
夜会当日、アトリエに朝から集合とのことだったので馬車に乗って移動。緊張したせいかあまり寝れなかった。それに紳士服制作の激務から肌の調子が戻らずイーリス様に怒られてしまう気がして落ち込む。
こんな状態で行って大丈夫かな……
「大丈夫な訳ないじゃない!!スキンケアしなさいって言ったでしょ〜!」
アトリエに雷が落ちた。
イーリス様は急いで私を背もたれが倒してある椅子に座らせ、なにか準備をし始めた。
「すみませんイーリス様……王宮の夜会にドレスを着ていくなんて大役、私にできるか不安で」
「それでこの隈?! 不安なのに努力を怠るんじゃないわよ! 睡眠不足はお肌の敵よ!」
イーリス様は怒りながらも、こちらを向いて私を諭すようにこう言った。
「いい? エリザベートは自分にもっと自信を持って。自分を好きになれないと、人の気持ちを考えて服を作るなんて出来ないのよ」
「……そういうものでしょうか?」
自分を好きになる、なんて違和感があった。
「そうなのよ! 今日は私がアナタを最高の魔女にしてあげるから。それで少しは自信取り戻してよね」
横にある魔女のドレスを見る……ダーク、かつセクシーな印象のドレスだ。
普段の無難な格好をしてる私とは大違い。
このドレスが私に似合うだろうか?
モヤモヤとしているとイーリス様が私の顔に温かい濡れ布を乗せた。
あったかい……ジワジワと寝不足の目が癒やされて緊張がほぐれる。しかもなんだかいい匂いがする。
しばらくして布を外されて、視界が明るくなった。そして顔にザラザラとしたペースト状のものを乗せられる。
「わっ……なんですかこれ」
「シュガーパックよ。砂糖はお肌の角質をとって保湿もしてくれる優れものなの。」
「さ、砂糖! 砂糖にそんな効果があるのですね」
パックを洗い流すとかつてないほど自分の肌がモチモチと手触りがいいことに気がつく。
感動している間にイーリス様に化粧水などを塗られていく。
「イーリス様の美容法、凄まじい効果ですね……」
「フフッそうでしょ? あとはちゃんと保湿して終わり。スキンケアは得意なの」
テキパキとスキンケアグッズを片付けていくのを見ると、普段から自分で身支度をしているのが分かる。公爵家嫡男であれば使用人を何人も使って身支度しててもおかしくないのに……
続いて更衣室で魔女のドレスに着替えて、お化粧をしてもらう。見たことない化粧道具がたくさんある。私はドレス作りを一人で楽しんでいるせいでお化粧の知識はほぼなかったがイーリス様はお化粧も出来るのね。感心しっぱなしだ。
「さて、お化粧完了。今日は私がやったけど、私お化粧は素人に毛が生えたレベルなの。今後こうして自分たちをモデルにして宣伝するなら、お化粧のプロも雇う必要があるわね。誰かいい人知らない?」
「お化粧のプロ……ですか。心当たりはありませんね」
「まぁそれは後で探しましょ」
ヘアアレンジもイーリス様にしてもらい、ドレスを整えて鏡の前に立つ。
そこには妖艶な魔女がいた。
「スキンケアとお化粧の効果が恐ろしい……! なんなのこれは!」
あまりの変化に感動より先に戸惑いが来た。
「妖しい魔女の完成〜!いいわね。エリザベートは身長が高いし、こういうスッキリしたデザインが似合うわ!」
魔女のドレスは濃い紫のホルターネックで、背中が大きく空いている。スカート部分はマーメイド型になっていてセクシーなシルエットだ。黒い鳥の羽でスカートを飾り付けて魔女感を演出した。
今の主流のファッションからすれば斬新、しかし背中の露出がはしたないと思われないか不安だ。
「自分で作っといてなんですが、こんなに背中が空いてて大丈夫でしょうか?」
「堂々としてなさい。背中を丸めていては美しく見えないわ」
自然とスッと背筋が伸びる。そうして鏡を確認すると意外にも似合ってるんじゃないか、そんな気がしてきた。そうだ、美しく見せればきっと他にもドレスを受け入れてくれる人がいるはず。
もう媚びた格好しか出来ない自分を終わりにしたい。
※
馬車を降りようとして、目の前に手を出される。魔法使いの紳士服を着たイーリス様がエスコートをしてくれる。
美しすぎて眩しい!美しい人が着ると魅力が二倍三倍にも増す気がする。
黒のマントに紫色のスーツ。各所に入っている羽の刺繍が特徴的だ。イーリス様は普段お化粧をしないらしいが、今回は服装に合わせてお化粧をしている。ほんの少し目元にも紫色が入っていて色気も増して見つめられるとドキドキしてしまう。
「外では女性口調になるところを見せないようにしているから、そのつもりで」
「わかりました。あの、私はどのように振る舞えばいいでしょうか?」
「俺のパートナーとして参加してるってことで。後、自分は美しいと思って行動して」
「また難しいことをおっしゃって……私、今にもイーリス様の美しさの前で萎んでしまいそうなのに」
イーリス様は歩みを止めて私と目を合わせる。
「あなたは美しい。本心からそう思うよ」
「あ……ありがとうございます。イーリス様にお墨付きをいただけるなら少し安心しました」
自分を美しいと思うこと。いっそ演劇のように大いなる魔女を演じてみたらどうだろうか。せっかく自分の作ったドレスを着て外出出来たのだから、一か八か楽しんでしまってもいいかも。
そんなことを考えていたら王宮の入口に到着した。バクバクと鳴る心臓を隠して、不敵な笑みを浮かべながら会場の門をくぐる。
周囲の目がイーリス様を捉えてザワつく。いつもオシャレな格好をしているイーリス様でも、やはり魔法使いの紳士服は特別変わっているのだろう。
その次は私に視線が集まるのを感じる。驚愕、嫉妬、羨望、様々な感情が含まれた視線だ。自分が気にしているせいか、背中を見て通り過ぎた背後の人々が騒いでいる気がする。
人々の波の中を進み、今日の主催である王姉殿下のもとへ向う。王姉殿下は御年70歳になられるご婦人で、保守的な王族のなかでも比較的新しいもの好きなご婦人として知られている。
王姉殿下主催の舞踏会をわざわざ選んだのはイーリス様の戦略の一つだろう。新しいファッションで現れても受け入れてくれる可能性が高いはずだ。
「まぁまぁ! ようこそイーリス! 今夜は随分とおめかしをしてきたのねぇ」
「王姉殿下、息災でなによりです。」
王姉殿下とイーリス様は挨拶の抱擁をしている。元々親しい仲なのが窺える。久しぶりに会った祖母と孫のような感じね。
「それで、こちらのお嬢さんはどなたなの?全く女性との噂がたたないあなたが連れてくるのだから、期待していいのよね?」
「あまりそういったことを彼女の前で言わないでくださいよ! まだそういった関係ではありませんから。彼女は私の仕事のパートナーのエリザベートです」
なんだか疑問に思う点があるように感じたが、慌てて礼をして挨拶をする。
「お初にお目にかかります。アーシュ子爵家のエリザベートと申します」
王姉殿下は優しそうな笑顔で、微笑んでくれた。
「ご挨拶をどうもありがとう。イーリスがこんなに美しいご令嬢を連れてくるなんて嬉しいわ。仲良くしてやってね」
「えっ……はっ……はい!ありがたき幸せです」
「イーリス、あなたの仕事ということはこのお召し物関係なのかしら?とても変わっているわ。その背中は寒くないの?」
背中を擦られてビックリしたが、まるで祖母のような優しさに触れてなんだか和んでしまった。
「このドレスも、私の服も彼女がデザインをし制作しました。新しいファッションを提案するため私のブランドで売り出す予定です」
「ええっ?! あなたがデザインを? とっても優秀なお嬢さんなのねぇ……」
「ありがとうございます」
「いいわねぇ……私が若い頃は婦人が新しいものに挑戦するなんて許されることではなかったものよ。私ももっと若かったら、あなたみたいな面白いドレスを着てみたかったわ」
私のドレスを見ながら、しみじみと王姉殿下は呟く。それを聞いてなんだか切なくなってしまった。若くないからとオシャレを諦める必要なんてない。いや、して欲しくなかった。そう思ったら勝手に口が開いた。
「王姉殿下、よろしければ私にドレスを作らせていただけませんか。王姉殿下にお似合いになる面白いドレスをきっと作ってみせます!」
突然積極的に話し始めた私に、王姉殿下とイーリス様が驚いた。そして王姉殿下はクスクスと笑い始めた。
「フフフ……なんて素敵な提案かしら。私、面白いものに目がないの。満足いくものを作ってくれるならお願いするわ」
「ありがとうございます!」
このやりとりを息を潜めて遠目から見ていた周囲の貴族たちからは再びざわめきが広がる。
「王姉殿下があのご令嬢のドレスを認めたぞ!」
「でもやっぱりあの格好ははしたないわよ。嫁入り前の淑女があんな格好……」
「でも、可愛らしいドレスばかりで飽きてきたからあんなセクシーなドレスもいいかも……」
様々な声が聞こえてくる。王姉殿下がこのドレスを認めて下さったことになっているようだ。
王姉殿下にドレスを献上するお話は今後進めるとして一度さがらせていただいた。
イーリス様とその後はたくさんの貴族たちに囲まれてドレスと紳士服について質問責めにされ、ブランドの新作だと答えると今度は予約をしたいと懇願された。
意外にも受け入れてくれる人が多く、特に若い方々の関心を集めたようだった。若い人は新しいものに飢えているのかもしれない。
あっという間に生産出来る分の予約が埋まってしまった。ブランドの最初の宣伝活動は成功したと言えるだろう。
※念の為の注意書き
この話はフィクションです。美容法などは実際のものとは違う可能性がありますのでご了承ください。
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