4:紳士服作り
幼少のころ、どこかの家で貴族の子ども同士での交流させるためのお茶会に出席したことがあった。
私はその頃すでに、妹と容姿の差から地味な子と呼ばれてふさぎ込みがちになっていた。お茶会でも賑やかな場所を避けて適当にやり過ごすつもりで庭の隅の椅子に座っていた。
お茶会が開かれた家は高位貴族の家で、庭も素晴らしいものだった。見事なバラ園があり、迷路のように奥深くまで花が続いている。椅子からバラ園のほうをなんとなく見ていたら葉の隙間から人が動くのが見えて、誰だろう?と好奇心で覗いた。
そこにはバラに囲まれた女王のような美しい女の子が立っていた。まるで物語から出てきたような美しさ、輝く金髪の長い髪。そしてなによりドレスが見たこともないデザインだった。スカート部分が花びらのように重なり合い深紅のバラのように見える。肩部分を大胆に出し、袖には大きいフリルをつけている。あんなに大きく肩を出していたらふしだらに見えるはずなのに、彼女は上品に見える。
私はとても衝撃を受けた。なんて力強い、強烈な印象を残す光景だろう、と。
呆けて時も忘れてその光景を見ていたら、その女の子がこちらを向いた気がした。堂々とした表情と、意思を感じる瞳。
私は恥ずかしい気持ちになってその場から逃げ出した。
美しい妹と比較されて、地味だと言われることには不愉快なだけでなにも感じていなかったのに、あの女の子と目があった瞬間にたしかに劣等感を感じたのだった。
私を助けてくれた騎士様は、あの女の子とどこか似ていると思った。
※
アトリエに帰り、さっそく騎士様を思い浮かべながらデザイン帳を開く。
思えば私のドレス作りの根源は、バラ園の女の子のように物語に出てくるような理想の姿になることだった。好きな姿になりたいという思いに女性も男性もない。
男性だって物語に出てくるカッコいい騎士や魔法使いに憧れる気持ちがあるはずだ。それを形にすればいい。
デザイン帳にペンを走らせる。
「エリザベート」
ハッと顔をあげるとそこにはこちらを心配そうに見るイーリス様がいた。
作業に没頭していたのか、アトリエに帰ってきたのはお昼頃だったはずなのに日が暮れている。
「やっと気付いたな。勝手に外に行ってしまって心配してたんだ。帰ってきていきなりデザイン画を描きはじめて……すごく集中していたから声をかけれなかった」
「す……すみません。インスピレーションが湧いて早く形にしないと忘れてしまうような気がして止められませんでした」
イーリス様は机にあるデザイン帳を取り男性服のデザイン画を見ていく。
「これは……随分方向転換したわね」
物語に出てくるような非日常のテイストを取り入れつつも女性のドレスとセットになるようなモチーフの男性服をデザインした。
妖精と旅人、お姫様と騎士、魔女と魔法使いなど……
「物語の登場人物に憧れる気持ちは、男女変わらないことに気が付いてモチーフを変えてみました」
「すっごくカッコいい!少年の頃の気持ちを思い出すわ……」
ウットリとデザイン画を眺めて呟くイーリス様。女性モードで少年の気持ち……混乱してくる。
「でもあんなにスランプになっていたのに、エリザベートの気持ちを動かすなにかがあったのかしら? 外出してなにか素敵なことでもあった?」
ニコニコとデザイン帳を抱きしめながらイーリス様が尋ねてくる。
「あっそうなんです! 素敵な騎士様に出会いまして」
バサッとデザイン帳が落ちた。イーリス様が真顔になり固まっている。
「何だそれは。どこの誰だ?」
落ちたデザイン帳を拾いながらそういえば騎士様の名前も聞いてなかったなと思い出す。
「名前は知りません。でも本当に綺麗な男性でした」
「待て、そいつを見てこのデザインを作るほどの衝撃を受けたと? 俺を見てもイメージ出来なかったのに?」
「えぇ、あの……」
「そいつは俺より美しいのか?」
「えっ?!」
突然何を言い出すのこのお方は!
イーリス様は私に詰め寄り肩を掴みながら問いただす。いつの間に男性モードに戻っているし、なんだか怖い。
「いえ、もちろんイーリス様が一番お美しいです!」
「本当に?」
「本当です。騎士の方が軍服を着こなしているのを見て閃いただけです!」
「そう。それならいい。念の為次見つけた際には俺にも会わせてくれ」
イーリス様はホッとしたように私から手を離した。あまりに必死に聞いてくるからちょっと怖かったな……
でもなんで騎士様に会いたがるんだろう?もしかして、とは思っていたけどやっぱり女性に興味がないお方なのかもしれない。
そして自分と同じくらい美しい男性を探している、とか……それってとても難しいのでは。
パートナーになったし、なるべく彼に協力してあげたいと思った。。
「わかりました。騎士様とイーリス様がお会いできるように頑張って探しますね!」
「いや、そんなに頑張らなくても……むしろあまり会わないようにしてくれたほうが」
「えっ?」
「その話はもう、いい。それよりデザイン画が完成したならさっそく明日からドレス作りだ。準備は俺の方でやっておくから今日はもう帰ったほうがいい。とっくに夜になってしまった。」
「そうでした! では、今日はこれで失礼します。明日もよろしくお願いします。」
イーリス様は家の迎えを呼んでくれていたようだ。馬車に乗って家に帰った。
イーリス様は私のファッションをはじめて理解してくれたお方だ。恋愛対象が男性だとしても応援しようと思った。
※
翌日からデザイン画から実際の男性服作りに明け暮れた。イーリス様と、ブランドのパタンナーに協力してもらいながら、なんとか形にしていく。
朝から夜までアトリエに通い詰めるために、両親には友人の家でマナーレッスンを受けていると嘘をついた。母は怪しんでいるようだったが適当に誤魔化しておいた。
「で……できた!!」
そしてようやく、十着の紳士服が仕上がった。
対になるドレスも家の隠し部屋からコソコソと持ち出してアトリエに運んでトルソーに着せて飾ってある。
自分が思い描いた理想の世界がここにある……!
急ピッチで作業をし大変な思いをしてきたからこそ、この光景は感無量だった。
「イーリス様! ありがとうございます! こんなに素晴らしい世界が見られたのはイーリス様とブランドの皆様のおかげです」
「頑張ったわね! 私もこんないい作品に関われたのは嬉しいわ!」
思わず手を取り合って喜ぶ。
「エリザベート、なんだかこれで終わりみたいな雰囲気だけどまだまだこれからよ」
「えっ女性用と男性用十着作り終えてあとは製造ラインにお任せする予定ですよね?」
「服作りでやることは終わり。でも服を売り出すには宣伝が必要よ。ブランドの新作が出たことを誰も知らなければ店に出しても話題にはならない。」
「宣伝ですか……。一体どうすれば」
「この新作で夜会に繰り出すのよ!」
「夜会! たしかにファッションの流行は夜会からですね。でも誰が?」
「もちろん。私とアナタよ。」
えっ、と口から漏れて血の気が引いていくのが分かる。ドレスも紳士服も最高傑作だと思っている。しかし自分で作った服で外に出たことは今までなかった。ファッションブランドの新作として制作したのに、この服で外出する認識がなかった。
それに、こんなに美しい男性と並び立つ自分を想像して恐ろしくなった。
「そんな、私みたいな地味なのがイーリス様のお隣に立つなんて……」
「は? 何言ってるのよ。ブランドのプロデューサーとデザイナーが一緒に出てなにがおかしいの?」
プロデューサーとデザイナー……カッコいい響きに思わずニヤけてしまいそうになる。周囲の目からは夜会に共に出ることは家族か恋人に見えるだろうが、たしかにブランド新作の宣伝と言えば許されるかもしれない。
「それにアナタたまに自分のことを地味、地味っていうけど地味な格好してるからでしょ?素材はいいんだから磨けば光るわよ」
そう言ってイーリス様は私の頬に手を添える。突然接近されてドキドキしてしまう。
顔がどんどん近づいてきて……えっ?これは……
まさか、と思いつつも思わず目を瞑る。
「その前にスキンケアしないとお肌がカサカサよー!!ヤダー!!ナニコレー!!」
イーリス様の悲鳴があがった。
このお話はフィクションのため美容法については参考程度にお願いします。