3:いきなりスランプになりました
制作したドレスはイーリス様と売買の契約書を取り交わし、量が多いため後日引き取られることになった。
イーリス様はファッションブランドのお仕事をするためにアトリエを所有していて、場所を教えていただいた。家では突然イーリス様と親しくなったことで母や妹に質問攻めをされてしまうのが予想出来たので、今後の作業はアトリエで行えるようにお願いした。
三日後の打ち合わせまでにイーリス様は製造と素材の手配をし、私はドレスの変更案と対になる男性ファッションのデザインを考えることが課題となった。
※
「だ……ダメだ。全然インスピレーションが湧いてこない」
課題に取り掛かってニ日目。私はがっくりとアトリエの机に突っ伏した。
イーリス様のアトリエは裁縫道具やトルソーなどの道具が揃っているほか、広々とした作業スペース、参考資料の数々があり服作りにはとても快適な場所だった。
一日目は自分のオリジナルドレスの素材や形を量産できるように変更する作業をして順調に滑り出したのだったが、今日いざ対になる男性服を作ろうとしたときに気づいたのだった。
男性服を作ったことがないと。
今までは絵本や物語を参考にして自分が着たい服を作るだけで良かったが、男性服に関しては勝手が違う。
まず引き出しの少なさが問題だった。
結婚相手を探すために夜会に行く以外は家でドレスばかり作っていたし、そもそもこちらを品定めしてくる男性貴族たちに興味がなく着衣を観察することなどない。
ウンウンと唸っていると外出していたイーリス様が戻ってきた。
「何をしているんだいエリザベート」
「おかえりなさいませ。今は男性モードなんですね」
「外出していたからな。それより進捗はどうなってる?」
「それが……」
男性服のアイディア出しに困っていることをイーリス様に説明した。
「なるほど……今まで引きこもって自分のためだけにドレスを作ってきたから男性服の制作経験がないってことね。だから資料を引っ張り出してきて男性服の勉強をしてたと」
女性モードのイーリス様は机に広がった男性服の歴史や商品の本を眺めている。
「男性服について知識は深まったので形にはできますが、肝心のデザインが思いつかなくて……具体的に誰かのために作ろうと思う対象がいればまた違ってきますが……物語に出てくるような美しい王子様のような、こう、インスピレーションの源が」
「それならここにいるでしょ。美しいこの私が!」
端正な顔立ちが近づく。切れ長の瞳に長いまつ毛。静かな瞬きで色気を醸し出している……思わず後ずさりしてしまう。
本当に美しいから自画自賛していても何も言えることがなかった。
「承知しております。ええ。イーリス様が美しいのは」
もちろんこれだけ美しい男性が近くにいるのだから、イーリス様をイメージして男性服をデザインしてみようと試みた。しかし何度デザインしても女性服を思い浮かべてしまい手を動かしていると最終的にはドレスになってしまうのだった。自分でも何故こうなってしまうのか分からない。女性口調のイーリス様をよく見ている影響もあるかもしれない。
しかし本人に直接、あなたを思い浮かべながらデザインするとドレスばかりになってしまうとは言えない。
「試してみたのですが上手くアイディアが出なくて……申し訳ありません。」
「えええぇぇっ! 私ほどの美貌をもってしても駄目だというの?!」
「すみません! すみません!」
違うんです〜私が余計なことを考えてドレスばかり考えてしまうのが悪いんです!
頭を抱えたイーリス様はため息をついてしまった。
「エリザベートが物凄い面食いなのはわかったわ。私もさらに美に磨きをかけなきゃ……」
「いえ、あの面食ではないですよ! 男性服のアイディアが出てこないというだけで」
私が慌てて訂正するもブツブツと何かをつぶやいて自分の世界に入ってしまった。勘違いで悩ませてしまったことに罪悪感がある。なんとしてでも男性服のデザインを完成させなければ。
「とにかく、アイディアが出てこないのは私の問題なのでイーリス様のせいじゃありません! こういうときは外に出て一度リフレッシュするとあっさり解決することもあるので、少し外に出てきます」
考え事をしているイーリス様にそういうと反応がない。今は一人にしておいた方がいいのかな……?そっと一人アトリエをでて扉を閉めた。
家の馬車と御者は一度帰してしまったし、私付きの使用人はそもそもいないから全くの一人になることを今更気づく。普段は引きこもってドレスを作っているし、外で一人になることは今までなかったことだった。
イーリス様のアトリエは市井にあり、外に出た途端賑やかな市場や憩いの場である噴水などが見える。
「市井に一人で来るなんて初めてだな……少し冒険する気分」
しばらく歩き、噴水のそばのベンチに腰を下ろして周囲を眺める。天気も良く多くの人々が買い物や散歩を楽しんでいる。とてものどかだ……。
よく見ると噴水の水で小さな虹ができている。虹なんて子供の頃以来久しぶりに見た気がする。そういえば虹の精が出てくるおとぎ話があったけど、あの話をモチーフにしたドレスは作ったことがなかったな。作るとしたら白ベースで色とりどりのスパンコールで虹を表現するのもいいかもしれない。光の加減で虹のように輝く……
「違う! そうじゃない。今は男性服を考えなきゃ。しっかりするのよエリザベート」
つい、いつもの癖でドレスの構想を始めてしまった。
今回商品として売り出すため、女性服は絵本をモチーフにした十着のドレスを抜粋することになった。絵本コレクションとでもいうべきか。対になる男性服は女性を引き立たせるため控えめにするべきか。いや、どうせなら男性だってオシャレをしてほしい。
今の女性服の流行は淑女らしいかっちりとした伝統的な服装だが、男性も同じく伝統を重んじた富を示す上等な布地を使ったシンプルな形のものだ。つまらないファッショントレンドを変えるという趣旨に合わせるなら、今の流行とは違うデザインにするべきだ。
女性と同じテイストにしてセット感を出したい。でもそれだけじゃ足りない気がする。やはり今一つピンとこない。女性とセットにするだけでは駄目だ。もっと男性が惹かれるかっこよさを取り入れて……
ぐるぐると男性服について考えていると、急に影が差した。
何かと思い顔をあげると、知らない二人組の男が私を見ていた。嫌な予感がして立ち上がってここから離れようとすると、腕をガシッと掴まれた。
「何をするの! やめてください」
「まぁ待ちなよお嬢さん。少し俺たちと付き合ってくれよぉ」
距離感が近く嫌悪感が増す。というか酒臭い!昼間からこんなに酔っ払って女性に絡むなど絶対に碌な人間ではない。
「やっぱりこの子、いいところの娘なんじゃないか?大人しそうだし押せばかんたんにいけそうじゃねぇか」
もう一人の男ニタニタとした顔でこちらを見てくる。まただ、この品定めをするような目。
母親にバレないようにいつもの普段着でいるのが仇になってしまった。何も知らない、おとなしい女だと判断されて狙われているようだった。
「ふざけないで。私はあなたたちと関わる気は全くありません」
「そんなこと言わないでさ〜ずっとこんなところで座っているんだから暇なんでしょ?もしかして男から声かけられるの待ってたんじゃないの?」
この人たち頭がどうかしてるんじゃないの!なんでしばらく一人でいるだけでナンパ待ちにされるわけ?
「近くに俺たちの馴染みの店があるんだよ。そこでお茶でもしよう」
グイグイと腕を引っ張って無理矢理にでも連れて行こうとする。助けを求めようと思い周囲を見ると街の人々は遠目にこちらを見ているようだった。誰も助けてくれそうにない。
男性の力に敵うはずもなくこのままでは建物の方向へ向かってしまう。人の目がなくなってしまえば更にこちらが不利になる。こんなピンチのとき、本の中だったら白馬に乗った王子様が迎えに来てくれるのに……
「や、やめてください……!」
「何をしている!」
突然張りのある大きな声がして驚いて視線を動かす。するとそこには、白馬に乗った男性が……は?白馬に乗った……王子様……?
金髪の長い巻き髪に、どこか中性的な顔立ち。軍服に身を包み腰には剣をさしている。
妄想からそのまま出てきたような完璧な王子様が目の前に現れて、幻覚をみているのかと不安になる。
王子様(仮)は馬から降りて急いでこちらへ向かってくる。
「嫌がる女性を無理矢理連れて行こうとするとは何事か!」
男性の手から私を助け出し、そのまま腕を拘束してしまう。
「いっいてぇ! なんだお前は!」
「巡回警備中の騎士だ! 君はたしかノニア商会の息子だな。こんなことをしていたら君の父親に報告するぞ!」
王子様ではなく騎士様だったようだ。男はゲッ、と顔を強張らせ焦ったように懐から金を取り出しふんぞり返る。
「ほらよ、これが欲しいんだろ?口止め料だ」
それを聞いた騎士様が険しい顔をして男を睨みつけた。
「私は誇り高き騎士だ! 金で買収など侮辱するつもりなら容赦はしないぞ!」
迫力のある一言にヒイッと声をあげて男たちは逃げ出した。なんて……
「カッコいい……!」
思わずその一言が口から漏れた。騎士様はこちらを振り向き少し微笑んだ。あれだけ迫力があったが近くで見ると意外と華奢な体付きをしているなと感じた。私は女性としては身長が高いほうだが、それと同じか少し高いくらいかな。
「怪我はありませんか? あの者たちは度々ああやって女性に迷惑をかけているので君も気をつけたほうがいいですよ。」
「はっ……助けていただいてありがとうございます! こんな大人しそうな格好をしているから狙われてしまったようで……ご迷惑をおかけしました」
外見だけでなく中身もカッコいいなんてこんなお方が物語でなく現実にいるなんて!つい見とれてしまっていたが急いでお礼を伝える。
「いいや、どんな格好をしていようと君に危害を加えたあの者たちが悪いのさ。君が気に病む必要はないよ。」
サラッと反論されて少し驚いた。そう言ってもらえるて気が楽になった。
「あの酔っ払いがまだ近くにいるかもしれないし、家まで送ろうか?」
「いえ、すぐ近くに家があるのでこのまま、まっすぐ帰ります。本当にありがとうございます。」
「そうか、なにかあったらまた騎士を頼ってほしい。気をつけて帰るんだよ。」
そういうと騎士様は白馬に乗って巡回に戻っていった。なんてカッコいい……。
騒動が終わり落ち着いてきたその瞬間、突如インスピレーションが湧いてきた。
「そうよ、彼をイメージして男性服をデザインすれば!」
私は溢れ出るアイディアを形にすべく、急いでアトリエに戻った。
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