2:パートナーになりました
短編からの続きです。
イーリス様のファッションブランドのデザイナーに任命されたあの夜、過去に作った山ほどのドレスを実際に見せる約束をして帰宅した。
夜遅くまで家に帰らなかったこと、舞踏会で男性貴族を置き去りにして逃げたことに母は相当お怒りだったらしく長時間のお説教は避けられなかった。
次の日、早速イーリス様が私に会いに来ると連絡がありアーシュ子爵家は蜂の巣をつついたような騒ぎになってしまった。
「お姉様! イーリス様がお姉様に会いに来るなんてどういうこと?!」
またもやノックせずに私の自室の扉をバタンと開けて入ってきた。
「トレーシー。お願いだから部屋に入るときはノックをして。マナー違反よ」
以前ドレス制作をしてる最中に入ってきて邪魔をされることもあるので切実な願いでもあった。
「そんなことはどうだっていい! お姉様のような地味でつまらない子がどうしてイーリス様とお知り合いになるのよ!」
「昨日偶然知り合ったのよ」
「ありえないわ! この私でもアタックしてるのにいい反応を返してくれないあのイーリス様がお姉様に会いにいらっしゃるだなんて!」
トレーシーは私とイーリス様が関わっていることによほど納得できない様子だった。分かる。私でも釣り合わない相手と知り合って混乱しているのだから。
トレーシーが私に信じられない、認めないと文句を言っていると部屋にお母様がやってきた。
「エリザベート。イーリス様と本当にお知り合いになったの? トレーシーはドルニア卿と何度もお話になっているし、あなたとトレーシーを間違えてしまっているのではなくて?」
「そうよ! きっと私に会いに来てくださるのに何か連絡の行き違いがあったのね。」
勝手に話をすすめて二人は納得したようにうなずいている。話の通じなさにイライラしてくる。
「いえ、イーリス様は私と約束をしましたので間違えることはないかと……」
「お姉様にイーリス様の何が分かるというの?お会いしたこともないくせに」
とてつもなくファッションが大好きで女性のような口調になってしまうとか?
言っても絶対に信じては貰えないだろうから黙っていた。
しばらくしてイーリス様がいらっしゃったと使用人から聞き応接室へ向かうと、妹のトレーシーがすでに入り口にいた。
「なんでお姉様が来るのよ」
トレーシーはブスっとした顔でこちらを見てくる。
「私の名前で連絡が来てる以上来ないわけにはいかないでしょう」
扉をノックして椅子に座ったイーリス様と目が合う。ニコッと笑顔でこちらを見て、その後私の後ろにいるトレーシーを見つけると急に冷たい表情を見せた。
これはいつも令嬢に囲まれているときに遠目で見たあの顔だ………。
人を寄せ付けない、拒絶するような瞳に背筋が凍る。
「なぜエリザベート以外のものがいる? 私は彼女に用があると伝えたはずだが」
厳しい口調にトレーシーが固まり、もじもじとイーリス様に話しかける。
「私とお話をなさったことを覚えてくださっていらっしゃったのではないでしょうか? 私はエリザベートではなくトレーシーです。お名前を間違えていらっしゃるのかと」
美しい妹が恥じらう仕草をすると、たいていの男性は彼女の味方をするようになる。幾度となく見てきた光景だ。
恐る恐るイーリス様を見ると、目を細めてトレーシーを上から下まで眺めて言い放った。
「君は誰だ? 覚えがない」
えっ、と私とトレーシーが固まった。何度もお話していると言っていたが、イーリス様に覚えられていなかったらしい。
覚えがないと言われたことがよほど堪えたのか、ワッとトレーシーは泣き出した。
「ひ、酷いですわ。何度もお話した仲ですのに……!忘れたふりをするなんて」
「覚えがないと言った。俺はエリザベートと話がある。退室してくれ」
トレーシーは大粒の涙を流しながら部屋を出ていった。あのしつこい子を撃退してしまうなんてすごい。唖然としてしまった。
「妹が失礼しました。……あの、本当に覚えがないのですか? 妹はお知り合いだと言い張っていましたが」
イーリス様はサラサラとした銀髪を耳にかけ、足を組み直すとため息をついた。
「あのダサい着こなしだけなら覚えてる。あんなあざとい女いくらでもいるから名前と顔が一致しない。」
「……」
話の内容が刺激的で飲み込むまでに時間がかかった。その間にイーリス様は立ち上がって扉の方へ向かっていく。
「それよりもドレスよ! あのスケッチに描いてあった実物を見せてくれる約束でしょう?」
「ごめんなさい。突然女性モードになるの心臓に悪いです」
※
「ここは天国よ〜〜!!!」
イーリス様を制作したドレスが置かれている隠し部屋に案内した。端からドレスを物色し、イーリス様はキラキラと満面の笑みを見せながらクルクルと回転した。
「これも、このドレスも! 全部良いわよ! どうしたらこんなアイディアが湧いてくるの?」
両手いっぱいにドレスを抱えながら満足げに聞いてくる。
「絵本や物語の登場人物からヒントを得てドレスを作ってるんです。このドレスは一番最近作ったもので妖精をイメージしています」
舞踏会のあの日作り終えた銀と青のドレスを見せる。母と妹には、はしたないと怒られてしまったが私としてはこのドレスは自信作だ。
「キラキラ〜!! これはなに? 小さな石を縫い付けているのね! スカート部分はふわっとしているけどウエストでしばってるからシルエットがいいわね。なによりこの首から腕にかけての繊細なレース! 今までにないドレスだわ!」
興奮した様子でドレスを褒めてくれる。私の作ったドレスを認めてくれている、喜んでくれている………。
こんなことは今までなかったから信じられないくらい嬉しかった。私が好きなものを同じように良いと思ってくれる人がいることが心震えるほど嬉しいなんて知らなかった。
「ありがとうございます。本当に嬉しいです」
胸が熱くなって泣けてきてしまった。
「ヤダ! 泣かないで〜。泣くとお化粧が取れるわよ」
「すみません……私のドレスを良いと言ってもらえたことがなくて舞い上がってしまいました」
イーリス様はフフッと笑ってハンカチで涙を拭ってくれた。
「こんなに素敵なドレスの山、他の人にももっと見てもらわないとドレスも泣くわよ。早速だけどこれ全部買い取らせて頂戴」
「えっ……?! これ全部ですか?! 全部で30着程ありますが。」
「お願い! このドレスを元にしてブランドの新商品を作りたいの。もちろん量産するためにいろいろ変更する必要はあるけど」
「わかりました。たしかに量産には向いてない布地や素材も使用しているので変更できるようにしてみます」
自分が制作したドレスがお店に並ぶ光景を想像してワクワクしてきた。
イーリス様はドレスを眺めながら楽しそうにしていたが、ふとこちらを向いた。
「ねぇ、今更だけどファッションの話をしている私、その、気持ち悪くないの?普通に話してくれてるけど」
慎重に、どこか怯えた様子で私に聞いてきた。
「そういえば……普段の話し方から急に女性の話し方になってビックリはしましたけど、慣れてきましたね」
「慣れた……?」
「はい。それにイーリス様がファッションがお好きなのが分かります。私もドレスのことになると我を忘れてしまいますし、同じですね」
「フフッなにそれ。身構えちゃったのが馬鹿らしいわ」
二人して顔を見合わせて笑ってしまった。こうやって服作りを隠さないで本音で笑いあえるのが嬉しい。
「私たちはオシャレが好きな同志ですね!」
「そうね! これから仕事のパートナーにもなるわ。改めてよろしくね」
イーリス様と私は固い握手を交わした。