もぐらを掘る。
妹がもぐらを掘り当てたらしい。
小学校の旧校舎の中庭で、ブランコの脇あたり。土をいじくり、黒土の中から掘り当てたそれは、体が小さく、伸びていた。おそらく子ども。そして、もう息をしていなかった。
自転車の籠にスコップと軍手を放り込む。長くなった前髪が鬱陶しい。こぎ、こぎ、とこいでやると錆びついた自転車がぎし、ぎし、と呼応する。目指すは小学校のグラウンド。
着くと、適当に自転車を止めて、当たりをつける。
ここだろうか。ここじゃないか。
もぐらを一攫千金、掘り当てる。
でも、上手くいかないのは分かっていて。
スコップでサクサクと、土は思ったように深くは掘れない。掘ると湧き出る黒土に、汗がうっすらと伝う頬に、その他もろもろに、私は無駄なことを知りつつ続けてしまう。
掘り当てた黒土には、あの頃の妹との思い出が散乱していた。
あの頃、私達姉妹にとって泥団子がブームだった。表面の白土を払い、水をかけ、黒くなったそれを手に取り、まんまるに握った。ぎゅっと、水を絞り出し、乾かす。次の日その泥団子は、鈍色に光っていた。そこからが正念場。白土をかけ、磨く。もっと光らせよう、もっともっと綺麗にしようと繰り返す。
そうして出来上がった妹の泥団子はまんまるで、金色に輝いていた。私の泥団子は卵形。つるつるとしているだけの黄土色の塊。正直妹の泥団子が羨ましかった。まんまるで、金ピカで。理想の形で、美しくって。
そんな時、私の泥団子が玄関先で割られていた。つるつるの表面は反面が粉々に砕けていて、目も当てられない有り様。あれほど愛情を注いで作った卵形も、そこにはない。
やってない。
妹が自身の泥団子を大事そうに握りしめながら言った。なぜか、その姿勢は自身の泥団子を護る形になっていて。誰かに壊されるのを護っているのかもしれないって、思った矢先、私は、はっとなって、妹のことを信じられなくなった。
あれから妹と口を利かなくなった。お互い不器用なものどうし。どれほど時が経っても、根深い憎しみが残痕している。刻みつけられたものに逆らう気にもなれないぐらい、意地っ張りになってしまった。
だけど、今日はもぐらを掘ることにした。
私だって、妹のようにもぐらを見たかったのだ。穴蔵の中にいる地下生物を。滅多に顔を出さない彼らを。私が作れなかった金色の泥団子のように、特別な彼らを。
そうしたら、また妹と対等になって、普通に会話が出来るかもしれない。
別に、もう泥団子なんて気にする年齢でもない。妹がもぐらを見たのが自転車が錆び付く前、ランドセルを背負っていた頃だ。ランドセルなんて、とっくの昔に脱ぎ去った。
もうここには、ブランコも、裏庭も、旧校舎すらなくって、新校舎となった小学校が建っているだけ。一面に広がるのは、もともと中庭だった場所。今はもう更地だ。
白いグラウンドの表面は広く、どこまでも先を見通せそうだった。青い空は雲ひとつなく澄み切っていて、はっと息を吐けば、その息すら吸い込んでくれそうで。
私は、ザクザクと土を掘り進めていく。
おそらくここなんだ。ここにいたはずだ。
もぐらがここにいないことを確信していながら、私はそれでも進む。黒土を深く掘り、その先へ。特別なものを見つけに行く。
かーかー、と烏が鳴いて。今日はこのくらいにしよう、と軍手を脱ぎ、スコップを自転車の籠に放り込む。行きしと同じようにこぎ、こぎ、とこぎ出すと、自転車はぎこ、ぎこ、と声援をおくってくれる。
明日は見つけられるはずだ。
風がそよぎ、長めの前髪が舞い上がる。道路に立ち並ぶきらきらしたテールライトを目に焼きつけて、力いっぱい自転車をこぎ出した。