7,昼間の猫
朝。快晴。今日はお店は休み。
あっちで体験することのなかった友達との買い物の日。
普通なら喜ばしいことなのだろう。
しかし私には、私の気持ちを憂鬱にしそうな要因があった。
それは猫化による影響が日に日に増しているということだ。
具体的に言うと、とにかく昼間が眠い。
猫は猫生(?)の三分のニを寝て過ごすらしい。
人とのハーフっぽい私は、そこまでではないが少なからず影響を受けていた。
さらに酷いのが、夜行性って所もきっちり反映されているせいで、昼はとてつもなく眠いのに夜は目が冴えてなかなか眠れない。
そんな日が、日を追う毎に顕著に表れるようになってきた。
だからここ2日前くらいから昼間の仕事はとてもしんどい。
最近はブレンダもお客さんも店にいない時には、店の入り口から見えない椅子の上で猫化して仮眠を取っている。
昨日もサタリーさんが帰った後、ちゃっかり寝ていた。
密かに行っていた訓練のおかげで、この前みたいに寝ている途中で猫化が解除されることもなくなったので、安心して寝れる。
あと知らなかったのだが、どうやら猫は熟睡状態から一瞬で覚醒できるらしい。
寝起きの悪い私が、寝坊もせず尚且つ仕事中に仮眠が出来るのはその為だ。
サボっているようで良心の呵責を感じなくもないが、本能的に仕方がないかと、開き直っている。
「アヤノ!お待たせ!」
店の前で朝日に当たりながら昼寝したいな~とか考えながら店の前で待っていると、リタが出てきた。
「おはようリタ。今日はどこ行くの?」
「おはよう! えっとねえ。まず服屋さんでしょ? それからこの間オープンしたカフェにも行きたい!」
「ん。いいよ。リタに任せる」
「アヤノはどこか行きたいところはないの?」
「ベッドで昼寝」
「もうアヤノったらいつもそうやって~・・・ほんとお寝坊さんなんだから・・・」
リタはそういって肩を落とす。
リタには初めて会ったとき「趣味とかないの?」って聞かれたので「寝ること」と答えておいた
まあ生理現象なので趣味ではないのかもしれないがが、あの時間が最高に気持ちがいいってことは、強ち趣味ってのも間違っていないかもしれない。
リタは私とは正反対の性格をしている。
私が猫ならば、彼女は犬だ。
私は内気で一人で行動するのが好きなのに対し、彼女は社交的で多分誰とでも仲良く出来るタイプだ
隣近所でなければ、サタリーさんとブレンダが知り合いではなければ、私と彼女は知り合うことはなかったかもしれない。
少なくとも私はそう思う。
リタに色々な所に振り回されながら、私はここに来てからのことを思い返していた。
密かに行っていた訓練。
そう実はこの一週間、私は自分の猫化という能力について色々と試してみた。
初めは睡眠。
ベッドの中で、人間に戻らずに一晩寝れるように訓練した。
やはり私というかなんというか。不馴れなことは苦手でなかなか出来なかったが何とかクリア。
次に身体能力。
猫化の影響で夜がよく寝付けない私は、深夜に最初にブレンダと出会った公園に赴き、人知れずトレーニングしている。
走る、飛ぶ、上る。
たとえ上手くいかなかったとしても何度もチャレンジした。
もともと逃げ癖のある私だが、心が折れることなく続けた。なぜなら・・・
いやもう猫の身体能力、おもしろすぎる!!!
だって考えて見て欲しい。
自分の身長の何倍も跳べ、オリンピック選手並みの速さで走れるのだ。
しかも一度慣れてしまえば、木の上だろうが細い柵の上だろうがスイスイ動けるのだ。
これほど楽しい事を私はいまだかつて経験したことがなかった。
ここまでくると、訓練というよりは趣味に近いのではなかろうか。
それほどまでに私は猫化に魅了されていた。
さて。
ある程度動けるようになると、「いつもの場所」ではなく「色々な場所」に行ってみたくなるわけで
これは私から言わせれば一種の冒険である。
私が今まで歩いてきた人生は、人としての私が行ける場所。
それが猫としてならどうだろう?
「あそこに登れたらどんな景色なんだろう?」と何度思ったことか。
それを今、現実として行えるようになったのだ。
訓練中、私は町の中はあえて人間のままで歩いた。
その理由は、ある程度猫化が思い通りに出来るようになった時まで、楽しみは取っておこうと思った。ただそれだけである。
森の中でさえ楽しい猫化だ。
楽しいに決まっている。
そしていよいよ今日の夜、猫化した状態で町を歩くのだ!
その為に私は、今日の昼間のこの時間をなるべく体力を使わないよう・・・
「・・・ぇ。・・ねえってば! アヤノ! 聞いてる!?」
「ほえ・・・?」
「今。というかずっと他の事考えてたでしょ・・・?」
「そ、そんなことないよ?」
はい。考えてましたとは言えず。
というか本気で今ブレンダと買い物に来てること忘れていた。
ほら。猫は気まぐれって言うじゃん? それよそれ。
・・・まあ猫化する前から気まぐれでしたけど。
それでも今、休憩がてら喫茶店に入ったくらいは覚えてる。
「・・・はあ。アヤノのそういう気まぐれなとこ、ほんと猫見たいよね」
・・・まあ猫ですからねえ。とは言えず。
「生まれつきこうなのよ」
ナチュラルな嘘で誤魔化す。
「まあいいわ。それよりアヤノの服の話よ! あんた今来てる一着しか持ってないでしょ? せっかく素材がいいんだから、新しいの買いに行こう?」
「え~・・・。私これがあれば十分なんだけど。普段は店の制服着てるし」
私は未だにこっちに来たときに着ていた制服を着ていた。
「ダメ! 今日お母さんからアヤノの服一緒に見てあげなさいって言われてるんだから!」
「サタリーさんが? ・・・じゃあしょうがないか」
「うん!」
リタが嬉しそうに笑う。
こういう時の笑顔が本当に良く似合う子だ。
喫茶店を出て、リタに引っ張られるままに数件店を梯子した。
数件・・・。
着せ替え人形になった気分だ。
私はファッションセンスが皆無なため、チョイスは全部リタ。
この一週間、働いたお金は取っておいたのでお金は気にせず買えた。
リタの買い物も合わせて袋が両手一杯になったころ、ようやく帰宅する事になった。
「ねえアヤノ。あれ見て。あの男の子どうしたんだろう?」
帰り道。人通りの多い通りの道の端で、3,4歳の男の子が泣いていた。
見た感じ、一人のようだ。
「私ちょっと声かけてみる!」
そういうとリタは、男の子に声をかけに行った。
彼女はとにかく行動が早い。
気になったら即行動。ほんと犬だねこの子。
「どうしたの? 迷子? それともどっかに怪我した」
「風船が・・・風船が飛んでいって、看板に引っ掛かっちゃった・・・」
上を見上げると、確かに看板に風船が引っ掛かっていた。
「あ~・・・あれか~・・・あれはちょっと取れないかな・・・」
よく見てみると、看板の近くに窓がなく、中から取る事も出来ないだろう
「ねえお姉さんが新しいの買ってあげるから。ね? 泣くの止めな?」
「やだ~・・・あれがいい」
「でもあれ魔法でも使わないと取れないよ・・・」
え?何? 魔法使ったら取れるの? てか魔法何てあるの?
まあ家電が魔石で動く位だからそれくらい出来るのかな?
これは今後の調査対象だね。
「どうしよう・・・アヤノ・・・」
このタイミングで私を見られても・・・。
私はもう一度風船を見る。
ここから看板までおおよそ3メートルといった所か・・・。
「・・・私が取ってあげようか?」
「ほんと!?お姉ちゃん取ってくれるの!?」
「アヤノが!?」
男の子がキラキラした目でこっちを見てくる。
やめて。そんな目で見ないで。そういうの苦手だし、万が一失敗したとき恥ずかしい。
「脚立取ってくるの?」
何だよ。そんな便利なものこっちにもあったのかよ。
まあでも買い物袋持ちながら脚立を探すのはめんどくさい。
「違うよ。こうやって・・・」
そう言って私は看板のちょうど真下に行く。
大丈夫。ジャンプは何度も練習した。
不安があるとすれば、目測を謝って看板に頭をぶつけることくらい。
幸い風船は看板に引っ掛かっただけなので、紐さえ掴めれば何とかなる。
私は重心を低くし構える。そして・・・。
あまり強くなりすぎないように地面を・・・蹴る!
軽く飛び上がった体は、一瞬にして看板の高さまで飛び上がる。
完璧!
自画自賛したくなるほど力の調整は完璧だった。
私はさっと風船の紐を掴む。
風船はいとも簡単に外れた。
そして着地。
私は無事任務を達成出来たことに安堵して、フッと息を吐く。
「はい」
「ありがとう!お姉ちゃん!!」
「どういたしまして」
子どもは苦手だけど、こうやって喜ばれるのは悪くない気分だ。
「ア、アヤノ!!あなた魔法使えたの!?」
リタが驚愕の表情でこっちを見てくる。
ふと気が付くと、一部始終を見ていた通行人や、近くの店の店員が驚いたような感心したような目でこっちを見ている。
「別に・・・」
居心地が悪い。
何だろう? 全身の毛が逆立つような。そんな感覚を覚えた。
「もうなくしちゃダメだよ」
私は気を反らすように早口で男の子に伝えると、急いで荷物を持ち歩きだした。
「ちょっとアヤノ!待ってよ!!」
リタが慌てて後を追ってくる。
私はそれを振り払うかの如く帰路を急ぐ。
この時私は知らなかった。私の行動が後に人生を左右することになろうとは。
やっぱり猫には昼間は寝ている方が性に合っている。