2,こうして彼女はまた出歩く
(え・・・? 何これ? ここどこ? 白昼夢?)
まだ混乱が収まらない。
(私教室にいたよね? でもここは・・・それに何か・・・。)
室内にいたはずの私はなぜか屋外にいた。
そしていま、石のレンガで丸く型どられたため池の石段に座っている。
ここはどこかの広場の真ん中なのだろうか?
近くには家があるが、日本でよくある木造あるいは鉄骨で作られた家ではなく、中世で見かけるようなレンガ造りの家だった。
(まずは落ち着いて状況整理しなくちゃ・・・。)
大分混乱はした。
だが、普段から家出がてらふらふらと知らない所を彷徨いていた彩乃にそういった類いの不安や焦りが無かったためか、感情はすぐに平静さを取り戻していた。
(時間は・・・変わってない・・・か。)
日の傾き方からして時間はそう大きく変わっていないだろう。
私は腕時計や携帯はあまり持ち歩かないタイプだ。
もしその時、時間が気になったりしたときは現地調達。
何か策を練って時間を知る。
電気屋のテレビだったり、時計台だったり・・・。
だが目下この辺りには見当たらない。よって情報は日の傾きのみ。
少し歩き回ることも考えたが、整理していない状態で歩くのは気が引けた。
さて時間はいいとして・・・。
(次は今がいつか・・・だよね・・・。)
そう。そこが問題である。
もし日付が全く変わってないなら、一瞬でここに来たということになる。
数日経っていたなら・・・まあ私の精神状態が悪くなって知らない間に来たということで間違いないだろう。
最初は白昼夢かと本気で思っていたが、混乱が収まった今その考えが消えていた。
だが現在それを確認する術はない。
こればっかりは歩いてどこかで情報を探すか、誰かに聞くしか方法がない。
そのためにはまず、ここが本当にどこなのかも考えて行動しないといけない。
それとあと気になっている大きな問題点がある。
いや本当は一番最初に気づいていたことだ。気づいていたが敢えて目を向けていなかったと言った方がいいだろうか。
私の混乱の一番の要因だ。
だからこそ敢えて別の物から考えて気を落ち着かせたのだ。
それでその問題点なのだが・・・。
(何か・・・明らかに目線が低いんだよね・・・)
そう私は確かに石段に座っている。座っているのだが。
それでも低い。
私は後ろのため池を見て改めて自分の姿を確認する。
そして・・・。
(私・・・猫になってる。)
そこには、真っ黒い毛並みをした猫がいた。
そう。猫になっていた。
いや座っていた時点で分かってはいた。
座りかたがすでに猫だった。
でもその状況を一瞬で飲み込めるほど私は器用ではなかった。
(いやいやいや。そんなことってある? 気がついたら猫になって知らない場所にいるとか・・・。)
ただそうならそうで確認したいことがある。
(人間に戻れるのか・・・だよね・・・。)
でももし人間に戻れるとして、ここでいきなり変身したら目撃者に何て思われるか分からない。
仕方なく私は小さな体で目一杯辺りを見回し、調度死角になるような路地に移動することにした
そして一番近くの家と家の間、調度人が一人通れるような場所に入った。
(さて問題はどうやって戻るか・・・だよね。人間になりたいって思ったらなれるのかな。)
なれた。
あっさり人間に戻った。
同じ要領でもう一度猫になりたいと願ってみる。
・・・なれた。
その瞬間私の中に今まで味わったことのない、喜びと興奮が訪れた。
(すごいすごいすごい!! 本当に私の願いが叶った!!)
他にも沢山問題はある。
でも今はそれが気にならないほど興奮していた。
(よし! 人間に戻れて猫になれる事も分かった所で、次の問題に取りかかろう!)
本当にこれからどうなるか分からないのに、私の足取りは今までの人生で最も軽かった。
夢がかなった瞬間である。
私はいそいそと路地から出て、もう一度辺りを見回す。
最初に私の南側、それほど大きくはないが森のような所が広がっていた。
大きくはない、というのには訳があって、その森の先、高さ5メートル程の壁が左右にずっと伸びているのが見えたからである。
最初は背中側にあったため気が付かなかった。
左右両方とも途中から見えないため端は分からない。
相当大きく囲われているようだ。
これは塀なのだろうか?
それに沿って歩くことも考えたが、今は情報収集が先だろう。
私は北側のレンガ造りの家がずっと続いている方に歩いて行くことにした。
道行く人に少し話も聞けるかもしれないし。
◆
さて、歩き始めて数分。
結構道が入り組んでいたため、最初に私がいた所はもう見えない。
ここで大きな問題点に気付いた。
まだ誰にも話しかけていないが、井戸端会議を盗み聞きした限り、日本語が通じる事は分かった。
だが問題なのは話している内容ではなく、話している人なのだ。
(あれ・・・獣人?)
あちこちで見かける全身毛皮で覆われている人たち。
中には蜥蜴のような尻尾が生えている人までいた。
最初は何かのコスプレかと思った。
だけど毛並みと、そして何よりそれの馴染み方が尋常じゃない。
本物みたいとよく表現するが、そんな言葉では到底生ぬるいそれがあった。
(あっ・・・え・・・?ここってもしかして地球じゃない・・・? いやでもそんなことって・・・・。)
私はまたしても混乱した。
大体猫になれてる時点で普通ではないことは明白なのだが、やはりまだ冷静ではなかったのか、そこまでの考えには思い至ってはいなかった。
今まで知らない場所に来てしまっても何とか帰れてたから、そこの不安がなかっただけで、世界が違うなら話は変わってくる。
これでは振り出しに戻ったも同然だ。
全く私の心ってやつは・・・。
もうちょっと毛の生えた奴だと思っていたのに、ここへ来て弱さを露呈してしまった。
私の混乱を余所に、時間はどんどん過ぎていく。
気がつくともうほとんど日が沈みかけていた。
(謎が多いけど・・・ここまでか・・・。)
私はこれ以上先に進むことを諦めた。
仕方なく元居た場所へ引き返す事にした。
お久しぶりです!
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