日常
「いなり」
大好きな声に赤黄色毛の獣耳がピクリと反応する。
「白様!」
振り返った先で柔和に微笑む、白という名が相応しい女性に少女は飛びついた。瞬間、少女からは太陽の香りが漂う。
「今まで日向ぼっこをしていたのですか?」
「はい!白様を温めようと思いました!」
にしっと笑ういなりの口からは犬歯が覗く。まだ上手く化けることのできない少女はところどころキツネの特徴を残しており、まるで半妖のようだ。
「ありがとう。とても温かいですよ。」
白は寒さを感じることは無いが、少女の体温を感じることはできる。雪を解かす太陽の熱を纏ったいなりを白はふわりと抱き寄せた。
「えへへっ」
「ん?なんです?」
「白様にぎゅってされて嬉しいですっ」
ふわふわの尻尾がいなりの気持ちを代弁するかのように左右に揺れる。
「いなりは可愛らしいことを言いますね。」
「か、可愛らしくなんて………」
(おや、いつの間に謙遜なんて覚えたのでしょう?)
真っ赤になった顔を胸元に埋めるいなりを眺め、そんな失礼なことを思っていたのも束の間、いなりはきつねのままの丸い鼻をヒクヒクさせた。
「ここからいい匂いがします!」
白の左胸に鼻を寄せたままいなりが目を輝かせれば、白が胸元に手を入れそれを差し出した。
「人間からのお供え物です。」
「お饅頭!!もらってもいいんですか?!」
「ええ。いなりに持って来ました。」
「やった!」
ぱくりと饅頭に食らいつけば、いなりの表情が蕩ける。
「おいひぃ~。全部食べちゃうのがもったいなぃ~」
「そう言わず、全部食べてくださいね。絶対に埋めちゃ駄目ですよ。」
「うぅ~」
滅多に口にできない人間の食べ物をいなりは惜しみながら口に運んだ。