闇を消し去る光を喰らい、光を消し去る闇を育む。
「ここまで俺の噂をかき消してくれるとは思わなかった、本当に感謝しかない」
「別に気にしなくてもい。私が好きでやったことだからな」
あの『聖光教団』の過激派が俺を落としに来た日からすでに一週間が経っており、俺と『十二神教』の枢機卿であるエマ・リチャードソンは、冒険者ギルドのテーブル席に向かい合って座っている。
俺の国内の評価は、『聖光教団』の手によりとてつもなく下げられていた。俺が刺された件は、俺が連れていた女たちに人目をはばからずに卑猥なことをしようとして、隙を見た一人の女が刺し、逆上した俺が女を殺そうとしたところを『聖光教団』によって止められた。と言う風になっている。他にも馬鹿が考えそうな筋書きで俺を貶めようとしていた。だが、それらの噂はさっぱりと消えており、俺はその件でお礼を言いたくて探していたが、彼女も俺のことを探していたようだった。
「しかし、一体どういう手を使ったんだ? 俺の噂を打ち消すなんて、そうそうできることではないと自負しているぞ」
「そこは自負しないでほしいところだが、そうだな、『十二神教』の威光を最大限に使ったと言っておこうか」
「ハッ、『十二神教』の、それも枢機卿が出てきたんだ、さすがにこの国の王でも分が悪いとでも判断したのか。その時の王の顔を見てみたかった」
「趣味が悪い。ただまあ、『闇の帝王』である貴殿の待遇を悪しくしていたのは見過ごせるものではなかったから、そこは対処しておいた。少しでも貴殿が住みやすい国になっていると良いが」
「そこまで期待せずに待っておく。この国、と言うよりかは、俺のことをよく思っている人間は一握りくらいしかいないだろう。≪闇ノ神の加護≫を受けている生物は過去に魔族しかいないんだ、それも魔王として。人間たちが深く闇ノ神を恐れているのは仕方がないことでもある」
「それではダメなのだ。何としても『闇の帝王』オリヴァー・バトラーを認めてもらわなければならない。そして人間と魔族が一致団結しなければ、未来はない」
「最悪、俺たちが犠牲になれば良いだけの話だが、俺はそうなるつもりなど毛頭ない。“極絶龍”の時は覚悟しておいた方が良い」
最低最悪の十二反神龍を倒すには、本来一人の勇者だけでは無理だと聞く。勇者や魔王が手を組んでやっと倒せるという代物とも聞いた。だが、俺は他の勇者と手を組むつもりはない。闇ノ神の反神である“極絶龍”は俺が倒すと決めている。そもそも、あいつらは対応する神の加護を持つものしか攻撃を受け付けない性質を持っているからな。結局、補助しかできないから俺の考えで戦わないと勝てない。
「私も死にたくはないさ。ゆえに、私は貴殿に協力を申し込むつもりでここに来ている」
「なるほど、俺を助けた理由はそれか」
「この理由がなくても、こんな待遇をされているものがいれば抗議しに行っている。今回はその理由と待遇が重なっていただけで、私はそんな打算的な考えはできんよ」
「・・・助けてもらったんだ、何も文句は言わない。だが、その協力には応えることができない」
「何故だか理由を教えてもらっても構わないか?」
「あぁ、構わない。主に理由は二つある。まず一つ目の理由は、どこかの組織に加担するということを俺自身が嫌っているからだ。『十二神教』に入れば、俺の悪名は潜めていくだろう。だがな、俺は『闇の勇者』として生きていく中で、一人で生きていくことしかできなくなったんだ。仲間なら兎も角、堅苦しく生きていかないといけない組織に入ることはお断りさせてもらう」
「・・・なるほど、あと一つの理由は何だ?」
「単純にレベルの話だ。『十二神教』の平均レベルと最高レベルはいくつだ?」
「平均レベルは69、最高レベルは私の154だ」
「俺は、俺と対等の存在がいない組織に入るつもりはない。平均レベルを100に上げてきてから言ってくるんだな」
「そういう貴殿のレベルはいくつなのだ?」
「俺のレベルは253だ」
俺の言葉を聞いて一瞬だけ何を言っているのか分からないという顔をしていたリチャードソンだが、すぐに驚愕の表情へと変わった。一週間前の、刺される前までのレベルは227であったが、戦いを経て俺のレベルは26も上がっていた。
「・・・・・・ふぅ、そうか。協力してくれないことは残念だが、こればかりは強制しても意味がないからな。今回の件は気にしてもらわなくても構わない。何度も言うが、私がすべきだと思ったことだから」
「悪いな。だがリチャードソンが嫌いだとかいう理由ではないから、気を落とすことはない。これは、『闇の勇者』として蔑まれて生きてきた俺がたどり着いた結論だ」
「・・・少しだけ、心配していたことがあったが、貴殿を見てそれは杞憂で終わったようだ」
「何を心配していたんだ?」
「貴殿が人を憎んでいるのではないかと、少し心配していたが・・・憎んではいない、という解釈で合っているのか?」
「あぁ、憎んでない。確かに人を憎む要素はいくらでもあっただろうが、それをしてしまうと、俺がその『闇の勇者』として生きてしまうことを肯定しているように思えたんだ。だから、俺を蔑んで迫害した人々を憎んでいない」
「そうか・・・貴殿は心が強いのだな」
「ふっ、強くはない。ただ神に反発している愚か者なだけだ。・・・あぁ、それと、『十二神教』とは協力しないが、リチャードソン個人には協力するつもりだからそこは勘違いしないでくれ」
「心得た。非常に心強い申し出、感謝する」
「これだけのことをしてもらって、はいさようならはない。恩はきちんと返すつもりだ」
「ありがとう、バトラー殿。今回は貴殿に出会えて本当に良かった」
リチャードソンが俺に手を差し出してきた。俺はそれに応えて手を出して握手した。彼女の手は非常に努力している者の、好感が持てる手であった。
「また近いうちに会おう」
「あぁ、お互いに死なないようにな」
俺たちは固く握手を交わした後、リチャードソンは『十二神教』の本拠地があるオルクへと帰って行った。さて、俺は帰って彼らの荷物を片づける準備でも手伝うことにしよう。
王都・ザイカから北へ少し歩いたところにある、お城までとは言わないが、それほどの大きさのお屋敷が見えてきた。ここいら一帯が正真正銘、俺が所有しているお屋敷と土地だ。これだけの貴族の住むような大きなお屋敷を何故俺が買えたかのかと言えば、それは立地と魔物が関係している。
元々、ここらは魔物が生息しないはずの場所であったが、突如として魔物が周りに生息しだしたことによりこのお屋敷に人が住めなくなった。しかも、魔族領域と王都・ザイカの境目に砦がなく、簡単に進行を許してしまう可能性がある場所でもある。あの国についている炎の加護は、加護を与える人間がへぼいのか分からないがザイカが支配している土地をすべて守ることができなかった。だからこそ、ここは格安で、しかも俺でも買えるような訳あり物件へと変化していた。
もちろん、すでに闇の加護によりここら辺の魔物は立ち入れなくなっているから心配いらない。境目については俺の加護を近くに置いている時点で攻める気がなくなるだろう。何せ、俺の加護は魔族すらも震え上がらせる。俺の中にある力が強まれば強まるほど俺の加護は強くなる。つまり、今の俺では人間最強の加護と言っても過言ではない。魔族もそれを分かってくれるだろう、誰の場所に攻め入るのかを。
「あ、バトラーさん! おかえり」
動きやすい格好をしているリアは、俺に元気よく手を振ってこちらに来た。この格好をしてると言うことは、まだ終わっていないということだな。
「あぁ。ご両親の手伝いをしているのか?」
「うん、そうだよ。家具をどう置くかで悩んでいるから時間がかかっちゃっているの・・・。でも、本当にありがとう、私の両親を守ってくれて」
俺はリアのすべてを守ると言った通りに、数日前に王都・クシルに向かいリアのご両親を目にもとまらぬ速さで連れ去りザイカにいたリアの前に届けた。ご両親は何が何だか分からないような顔であったが、リアは無事なご両親を見て涙を流していた。そして、住むところは最近帰ってきていなかった家にすることにした。幸い、事情を説明したご両親はこんな大きな屋敷に住めることに同意してくれて、最低限屋敷の掃除などをする条件をあちらから提示してきて、俺はそれに同意した。
「気にするな。屋敷の部屋はだいぶ余っていたんだ、むしろ住んでくれる人が出てきてくれて助かるくらいだ」
「そう言ってくれると嬉しい」
「それよりも今更だが、ご両親は『聖光教団』の一員ではないのか?」
「え? 違うよ? 両親はクシルの外から来た人間だから『聖光教団』に入る機会がなかったんだ。でも、そこで生まれ育った私は入ることを義務付けられたってわけ」
「あぁ、なるほど。そういうことか。だから得意魔法が闇でも、リアに害を与えなかったのか」
「そういうこと。でもまあ、あんなロクでもない教団に人が良いお父さんとお母さんが入っていたら、何をされるか分からなかった」
「リアの場合は例外と言っても良いからな。初期から過激派に身を置くことなんてないぞ」
色々と話しながら屋敷の中に入ると、部屋着の格好で歩いているモモネとカンナとミユキの姿が見えた。三人もこちらに気が付いたようで、カンナに至ってはすぐに俺の側へと来て腕に抱き着いてきた。
「おかえり、オリヴァー。遅かったけど、何かあったの?」
「そこまで遅くはなかっただろう。ほんの一時間程度だ」
「ううん、遅かった。私の体感時間で一日は経っていた気がする」
あの一件から、カンナが俺にべったりくっついてくる。それはもう、一日中ずっとくっついてくる。それこそ朝起きれば隣で寝ており、クエストの時も俺の側を片時も離れてはくれない。トイレの時でも一緒に入って来ようとするが、それは実力行使でお断りさせていただいた。
「ちょっとカンナ? 少しくっつき過ぎだし」
「そんなことはない、これでも抑えている方。本当なら一日中こうしていたいけど、そうしたらオリヴァーに迷惑がかかるから」
「いや、十分に迷惑をかけてるし」
「もしかして、モモネは妬いているの? それなら反対側が空いてるからそこに収まれば良い」
「や、妬いてないし! オリヴァーの気持ちになっているだけ!」
あの一件で三人に溝ができるのではないかと心配していたが、何とか何事もないように終わってくれて良かった。過酷な境遇の中にいる者は、同じ境遇の者がいる方が何かと分かり合えて心が軽くなるかもしれないからな。とにかく、溝ができなくてよかった。
「あ、オリヴァーさ~ん。この後暇だったら、一緒にクエストに行ったりしませんか?」
「この後か・・・リアのご両親の荷物の片づけが終われば、何もないから大丈夫だぞ」
「本当ですかぁ!? 良かったです。それじゃぁ早く終わらせて行きましょう!」
心なしか、ミユキの態度も変わっている気がする。何と言うか、今までは仲良しごっこを楽しんでいた感じだったが、今では本当に仲良くなっている気がする。三人の中で一番感情が読めないのは、何気にミユキだからな。別に仲が悪くなっているわけではないから、構わないが。
「最近、ミユキもオリヴァーに少し馴れ馴れしいけど、何かあったん?」
「ううん、何もないよ~。私はいつも通りだよ」
「・・・ふぅん、それなら良いけど。あ、それより、オリヴァーに聞きたいことがあったんだ」
「何だ? 広いから夜に怖くて一人でトレイにいけないとか言うんじゃないだろうな」
「まぁ、それはちょっと思ったことはあるけど、そうじゃなくて! あたしのスキル≪魔力工場≫をここに設置していい?」
「あぁ、そんなことか、大丈夫だ。ただし、俺の加護にあまり干渉していると誤作動を起こすかもしれないから、そこは気を付けろ」
「分かったし、じゃあ早速部屋に戻って取り掛かるし!」
モモネはそう言いながら、嫌がるカンナとミユキを引きずりながら部屋へと戻って行った。
「誰かぁ!! 助けてくれぇ!!」
屋敷の中に野太いおっさんの声が響き渡る。これはリアの父親の声か。何やら切羽詰まっている声音を出しているが、荷物を片づけているだけでどうしてそんなことになるのか分からない。
「今行くから待っててぇ!!」
「おぉ!! その声はリアか! できるだけ早く父さんを助けてくれるとありがたいぞ!」
「分かったからぁ!! ・・・と言うことで、私は恥ずかしいお父さんのところに行ってくる」
「あぁ、行って来い」
リアは俺の自分の父親を助けるために父親の元へと走って向かった。本当は俺も手伝いに向かおうとしたが、今はそれどころではなかった。リアには見えないように隠していたが、見られなくてよかった。俺がとっさに背後に隠した右手を前に出すと、右手には禍々しい闇の魔力とそれを象徴する模様が浮かび上がっていた。
これは俺が闇へと着々と落ちている証拠であった。俺は最近、人の温かさを長く感じていることにより、それに比例して闇の力は増大していく。闇は俺に隙あらば、闇に落とそうとする厄介な魔力だ。俺は屋敷から出て外の空気を吸って自身を落ち着かせる。そうすると俺の手の魔力は消え去って行った。
「・・・光喰らう闇、か」
俺がこうして人と、それも俺を信頼して俺も信頼している人と接していることで、俺は自身の闇を増幅させていく。俺が人を嫌い、人と関わらないようにしていれば、こんな悩みはなかっただろう。だが、俺はあいにく人を嫌うことができなかった、半端ものだ。だからこそ、闇はそんな俺のすべてを闇に落としに来ている。光を得れば闇も比例して増え、光を失えば闇は増幅する。どうしようもなく俺は本質的に闇なのだ。
ゆえに、俺の行きつく先は闇しかない。俺が闇である時点でこの結末は変えることができない。だから、リチャードソンの申し出は断った。彼女はそれでも俺を迎えてくれると思うがな。まぁ、俺の闇が増幅してる理由は他にもある。リチャードソンが準備しているように、おそらくもうじき、神と相反する存在である神に等しい『十二反神龍』が目覚めるからだろう。その存在を殺すことこそ、俺たち神の加護を受けたものの宿命と言っても良い。
「全く、この世界は俺には厳しすぎる」
俺は空を睨めつけながらそう言い、リアの両親の片づけを手伝うことにした。この世界がどんなに残酷で、どれだけ俺に厳しくても最後には俺が生き残って見せる、そう小さい頃に誓った言葉を再び胸に刻み付け、俺はこの世界を生き抜く。
始まりの鐘はこれで終わりです。良ければ評価をしていただけると嬉しいです。