始まりの鐘。後編
刺されたことで熱を帯びている腹に痛みが生じていることより、裏切られないと頭の片隅で思い込んでいた俺の精神的なダメージの方が大きかった。つまり、腹を貫かれたことは大したことではない。剣が抜かれて血が多少出ているが、あまり気にするくらいのものではない。
すぐにスキルの≪超速再生Lv.10≫を使おうと思ったが、カンナが何故こんなことをしたのかが気になった。運が良ければ黒幕が嬉しそうに出てくるかもしれないから、治さずにそのままの状態で苦しそうな顔をしながら傷口を抑えてひざまずく。そしてカンナの方を見るが、カンナは俺の目を見て怯えたような悲しそうな顔をしながら俺を貫いた剣を持ったまま、どこかへと走り去っていった。
「待ちな、カンナ!」
逃げ出したカンナを追うために、モモネは一人で走り出した。正直、カンナを泳がせておきたい気分ではあるが、モモネに追わせるのは避けたいところではある。だが、今の俺の状況は刺されて動けなくなっている闇の帝王であるから、俺が何か言うのは相手の警戒心を上げてしまう恐れがある。だからここはモモネに任せて俺はけが人を演じることにした。
「大丈夫ですか!?」
「ちょ、しっかりしてよ!」
ようやく呆気から戻ったミユキとリアが俺の元に駆け寄ってきて傷の具合を見てくる。しかし、ここで傷の具合を見てくるのはありがたい。これは俺がどれだけ危険な状況かと言うことを周りに教えてくれる。俺が死にかけているのならあちらにとっては好都合だろう。
「・・・血がいっぱい出ているけど、大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないですよ。血が出過ぎたら出血死なんてことになるかもしれません」
二人は素直だから、俺が何か言って指示するよりか見たまんまのことを言ってくるだけで、それは効力を増す。現に、周りの一般人は俺の姿を見て、そう感じているようだ。
「おい、あれ闇の勇者だよな。腹を刺されていたぞ」
「本当だ。血が結構出てる。もしかして死んじゃうの?」
「ふん、いいざまだ。女を女と思わないからこんなことになっているんだよ」
俺がそんな女たらしだと思われていることが心外だが、周りの声を聴く限り俺の症状が重症だと思わざるを得ないだろう。これでカンナをたぶらかした相手が出てくれれば良いんだが。まぁ、正体は絶対にあの組織の一員だろう。
そんなことを考えながらも、すぐ出てこないから怪しんで姿を現さないかもしれないと思っていたその時、こちらに下衆なほどの負の感情を放っているのを感じ取った。そちらに顔を向けると、紫色の上質なコートを着ている男がこちらに民衆の間を縫うように歩いてきていた。そして男はひざまずいている俺の近くで止まった。
「ふっ・・・ふふふっ・・・くはははははっ!」
男は笑いを抑えられない感じで笑い始めた。男の様相から察するに、『聖光教団』の偉い奴だろうな。『聖光教団』のお馴染みのローブではないが、つけられている基本付与効果はローブと同じであり、実物を見たことがなかったが二つの光が重なり合っているように見える紋章は『聖光教団』のものだ。なら確実にこいつは『聖光教団』に属しているもので間違いない。ただ、こいつがカンナをたぶらかしたのか? カンナがたぶらかされる動機と言えば、元の世界に帰れる方法だけだろうが。
「無様だな、穢れた勇者がっ!」
男は俺の頭を思いっきり蹴り上げてきた。だが、俺の耐久力の前では意味のないことだが、こいつを調子に乗らせるためにわざと飛ばされる。ミユキとリアも一緒に飛ばされないように配慮して後ろに倒れこむ。
「何をするんですか!」
ミユキが背負っている剣と盾を装備して男と対峙する。リアの方はと言えば、明らかに動揺している顔色をしている。これは間違いなく、リアの上司で、俺の監視を命令してきた奴だ。たぶん俺のことがばれたんじゃないかと動揺しているのだろう。
「おおっと、物騒な真似はよしてくれ」
「物騒な真似をしているのはあなたの方でしょう。斬られても文句はありませんよね?」
「別に私は悪いことをしていないさ。ただ、害悪である人の姿をした悪魔に神に代わり裁きを下しているだけだ」
「それはあなたの押しつけですよ。私から見ればオリヴァーさんは悪魔よりも天使に見えますから」
「悪魔を天使と言うとは、あなたは悪魔に毒されているようだ。これは一刻も早く解放してあげないといけないようだ」
ミユキは剣、男は魔法杖を取り出して戦い始めた。俺たちの様子を見ていた野次馬たちは戦いの余波に巻き込まれないために叫び逃げ惑っている。街中で暴れるのはあまり良くないことだが、これは仕方がない。男がミユキに夢中になっている間に、動揺しているリアに起き上がろうとしている動作をしながらも顔を下に向けて喋ってることを隠しながら確認する。
「おい、リア。あれが言っていた上司か?」
「えっ!? バトラーさん!? 大丈夫なの!?」
「なるべく声を抑えて喋れ。感づかれる」
今は野次馬が叫んでいるから多少大きな声でも大丈夫だが。ただ、この状況も長くはもたない。ミユキがあの男を倒したとしても根本的な解決にはならない。次の手を打たなければならない。とは言え、俺ではどうしようもないところがある。
「え、あ、うん・・・」
「良いから質問に答えろ」
「う、うん! あの人で間違いないよ。・・・ばれるかと思ったけど、私に全く話しかけてこなかった」
「それはミユキが相手をしてくれていたからな。それにまず最初に言われていないからばれていないだろう。それよりも、リアはあの上司と二人できたのか?」
おそらく、俺を殺しに来るのに二人で来るなんてことはない。俺の強さは良くも悪くも・・・良くもは入っていないか。悪くも目立っているから二人で、なんてことはない。俺に対抗することができる強さがあれば別だが、あれの力で俺に勝とうなんざ笑いものにもできない。
「ううん、二人じゃない。確か・・・68人で来たよ」
「・・・それはまずいな」
何がまずいかと言えば、この状況で集団で来られることがだ。おそらくほとんどの奴が上位級と定められるレベル70越えで来るだろうから守りながら戦わないといけない。モンスターとはわけが違う。対人戦もしていないミユキにそれができるかという問題もある。それに俺という闇の帝王がいる側が不利になるのはいつものこととしても、相手が大きな組織である『聖光教団』という点もあまり良くない。俺たちが悪と認識され、最悪この国にいられなくなることを覚悟しないといけない。
俺は集団が来る前に腹の傷を治そうとしたが、腹の穴の治りがかなり遅いことに気が付いた。・・・これは、≪不治の呪い≫がかかっているのか。おまけにスキルを封じる効果もご丁寧につけてくれているとは。カンナが持っていた剣に付与されていたのか。神の加護である≪闇ノ神の情愛≫がある俺にとっては、スキルの効果が凄まじくても治らないことはない。ただ、時間が欲しい。
「・・・くそっ」
行動に移そうとした瞬間、俺たちの周りに次々と紫色のローブを着た奴らが現れた。その手にはすでに武器を装備しており、俺たちへの殺意は万全だ。俺は穴が開いている腹を気にせずに立ち上がり、戦闘態勢に入る。血が流れているのは≪魔力武装≫を使い鎧を作る要領で塞き止める。そんなことをしなくても、≪闇ノ神の情愛≫がある以上俺が死ぬことはない。
ミユキは俺たちの状況を察してくれて、男との戦闘を中断して俺たちのところに戻ってきてくれた。俺たちはそれぞれが背中合わせになるように陣形を取る・・・が、リアは何故違和感がないように俺たちの輪に入ってきているのだろうか。
「リア、お前はこちらに来なくても良いだろうが」
リアがここで俺に取り入っていたと言えば、何ら問題なく『聖光教団』に戻れるはずであった。しかし、こいつはあろうことか、俺たち側に何の疑いもなく来ている。楽観的に考えているのか、何も考えていないのか、それとも快楽者なのかは分からないが、普通ではない。
「えっ・・・あっ、そうだった」
「ふぅ、まさかただの馬鹿だったとは思わなかった。今なら俺に一撃を食らわせれば戻れると思うぞ? やるなら早くやれ」
「・・・・・・ううん、大丈夫。私はここで良い、いやここが良い。どうせあそこに戻ったとしても私には合わないから。私の居場所は私が決めたいし。それに、今も私の身を案じて私に優しくしてくれているあなたを排他する組織に身を置くなんて考えたくないから」
「そうか、自分で考えたなら構わない・・・だが、お前の両親はどうするつもりだ?」
「・・・あっ! それは、考えてなかった。どうしよう・・・」
「俺にも間接的にとは言え、責任がある。ここまで来たのなら、お前のその重そうな尻もお前の重荷も背負ってやるよ」
「重そうは余計だよ! ・・・でも、ありがとう」
「あぁ、それはここから切り抜けて考えることにしよう」
俺たちの会話がひと段落したところで、『聖光教団』の連中は襲い掛かってきた。俺は≪魔力武装≫で両腕に鋭い爪の籠手を作り出して、接近戦で襲い掛かってくる奴らを切り裂き、殴り倒していく。リアも俺と同様に接近戦の相手と戦い、ミユキはレベルも戦闘経験も少ないリアの不足している部分を補う形で敵と戦っている。このままだと先に余計な気を遣っているミユキがダウンしてしまう。こいつらは俺からしてみれば弱い部類に入るやつらだが、ミユキは初めての対人戦で多対一、何より守りながら戦っているから辛そうだ。
「リアは魔法を使え。ミユキは魔法を使うリアを守れ」
「でも! 私の魔法の範囲はそれほど広くないの!」
「それでも構わない。今はミユキの不安を少しでも減らすための行動をしろ。分かるな?」
「ッ! 分かった」
「それでいいな、ミユキ」
「はい! 私が中衛ということで良いんですよね?」
「あぁ、俺が前衛を担う」
リアは俺の言葉通りに剣から杖に変え、ミユキの近くで魔法詠唱を始めた。ミユキはリアに襲い掛かってくる奴らを薙ぎ払っていく。レベル差などを気にしていたが、ミユキが戦う分には何ら問題がない。むしろミユキが優勢に立ち回っている。ここでミユキの対人戦の経験値を少しでも多く得られればいいが、今はそれを考えている場合ではないか。
それにしても嫌な戦い方をしてくる。相手は俺が殺す気ではないものの、それなりの力で攻撃しているが上手く前後の配置換えを行っていることで俺の決定打にならない。一撃で殺せればこの戦術は瓦解していくんだが、それだと後々不利になってくる。
それに、今の俺は手加減ができなくなっている。自身にかかった呪いを見ると、≪不治の呪い≫と≪スキル封印≫、それと≪弱体化≫が入っている。≪弱体化≫で俺が弱くなってやられはしないが、弱くなっている分だけ力を出さないといけないから力のコントロールを考えられなくなっている。くそ、何も考えなくて良いのなら、こんな状況すべて壊しているのに。・・・俺たちが危険になりそうなら、殺すことに躊躇しないが今はまだ何とかなっているなら殺す必要はない。
・・・これが俺一人なら何のためらいもなく殺していたんだが、この国にはまだ用事がある。主に俺ではなくミユキたちが。他にも、この国のほとんどの奴らが俺に対して排他的でも、俺の力を認めている、もしくは俺の力を利用しようと良くしてくれている輩がいる。だからまだこの国を捨てるのは惜しい。
「どうだ? ミユキ。人と対峙してみて」
「うぅん・・・大型じゃないから少し違和感を覚えますけど、何とかなりそうです」
「それは結構。リア、魔力はどれくらい残っている?」
「もうあまり残っていないよ。少し連発しちゃったから」
リアが戦えないとなると、ここは退いた方が良いか。ここは無駄に俺への攻撃材料を残すよりかは、退いて策を練った方が良いだろう。そうと決めれば、俺は二人の元へと近づいていき、耳元で告げる。
「ここは退くぞ。俺が視界妨害の魔法を放って二人を担いで逃げる。二人は追撃があればそれを頼む」
「うん、分かった」
「はい、分かりました」
俺は武装籠手を大気へと還元し、その腕で二人を抱き寄せる。俺が今使えるスキルは、≪闇ノ神の情愛≫・≪降臨の印≫・≪闇落ち≫・≪帝王従属≫・≪体術Lv.10≫・≪武装術Lv.10≫・≪魔力武装≫・≪気配察知≫の8つのみだ。幸い≪魔力武装≫と≪気配察知≫が残っていてくれていたのはありがたいが、≪魔力往来・弐≫がないせいで作った魔剣を魔力を戻すことができない。それに≪気配察知≫も何気に重要だ。≪闇ノ神の情愛≫があっても、これは憎悪などの負の感情にしか反応しない。だから気配をつかめない場合がある。そこはスキル≪気配察知≫で十全だ。
ただ、この程度のスキル縛りをされたとしてもこの『闇の帝王』を止めることはできない。それにスキルだけではなく、魔法も封じるべきだった。スキルも何もなく、一人で生きていた弱かった時は、魔法を駆使して生き残っていたんだぞ?
「『大気よ、風よ、加えて闇よ。気配断ち切り、視界映りし我らが姿を覆い隠せ、天が示す姿をも闇黒に鎖せ』」
「二重詠唱!?」
敵の誰かが言った通り、闇ノ神の加護を受けている俺がスキルなしでできる技の二重詠唱。今の詠唱は風の魔法と闇の魔法が合わさった複合魔法。この魔法は誰でもできるわけではなく、高位の職業の者しか使うことができない魔法だ。その威力は、ただ単に二つの魔法を足し合わせているわけではなく、かけ合わせている高威力の高等技術。
「『暗風拡散』」
俺が魔法を発動すると、黒い風が現れ俺たちや奴らを含む辺り一帯を覆い隠す。むやみに攻撃しようとする奴がいるが、ここは感知すらも届かない暗闇の中。仲間打ちしている奴もいるからその間に俺は二人を担いでこの場から離れる。屋根や壁を使って俊敏に動く。
・・・うん? 追ってこないのか? 数名くらいは俺の姿をしっかりと目視していたから来ると思っていたが、ここは俺たちを逃がすと言ったところか。俺と単騎で挑むのがつらいと踏んだか、それともこのこと自体が奴らの目的だったのか、分からないが今は態勢を整えるのが先だ。
「これからどこに行くの?」
「目立つところは避けたい。だから裏に行くぞ」
「裏って、アルヌーさんがいたところですか?」
「そうだ。あそこは何か所も出入り口が存在する。近くにある出入り口で裏に入るぞ」
表の世界にある裏路地に入る。今回は行き止まりではなく道が続いている裏路地だ。その場所の建物の壁に宝石を持って、誰にも見つからないように一般人なら目にもとまらぬ速さで壁に激突しようとする。
「ちょっと!? そこは壁だよ!?」
「大丈夫だ、すぐに終わる」
「それは壊すってこと!?」
リアの悲鳴と共に俺たちは壁をすり抜けて裏の世界に入ることができた。この出入り口の先は、あまり裏の世界の住人でも立ち入ることがない何もない裏の住宅街だ。住宅街と言っても人が住んでいるわけではない。だからかしばしば密会に使われることが多い。今はこの住宅街に誰もいないため空いている家へと入り、一息つく。
「ふぅ、とりあえずこの家に隠れて回復しながら先のことを考えるぞ」
「そうですね、少し疲れました」
「ハァ、ハァ・・・・・・はぁぁ。少し落ち着いた。先のことって言っても何を考えるの?」
「そうだな。正直、大きな組織な上に他国の組織と来れば自分本位のザイカの王が黙っていないだろうから手詰まり感がある。すべてを壊せば何も考えずに済むが、それだとあまりにも被害が大きくなるのと準備が足らなすぎる。すげ替えもなしに国を壊すという手は今後のことを考えても悪手としか言いようがない。・・・どこか大きな組織が手伝ってくれると言うのなら話は大きく違ってくるがな」
リアとミユキは家に設置してあるベッドに二人並んで座り装備品を脱いで身体を休め、俺は椅子に座り受けた呪いを解呪しながら二人に今後について考えていることを話す。
「・・・本当に、バトラーさんは色々と考えているよね」
「リアが考えていないだけだ。少しくらい考えないと頭が腐っていくぞ」
「そうは言っても、色々と複雑すぎて腐る前に爆発しそう」
「大丈夫ですよ! 私も爆発しそうですから」
「そ、そうだよね! 私だけじゃないよね、ちゃんと仲間がいるもんね!」
「そうやって馬鹿同士で俺を仲間外れにするのはやめろ」
しかし、このまま俺たちが何もしないという手はない。何もしなければ悪化する一方だ。・・・やっぱり、どこか大きな組織に手を借りるしかなさそうだな。俺が少しは信用しても良いと思う大きな組織は『漆黒の女帝』アルヌー、『冒険者ギルド・ギルドマスター』デーニッツ、『百将の強者・ギルドマスター』カマラ、『救済ギルド・ギルドマスター』フェラーラくらいか。・・・まず、カマラはなしだ。あいつは絶対に俺を仲間にするのを条件に助けると言ってくる。デーニッツは良い女だけど、あまり好戦的なギルドではないから助けを求めるのは気が引ける。同じ理由でフェラーラは良い奴だけど、巻き込むわけにはいかない。残りはアルヌーか。・・・あいつも見返りが重そうかつ裏の人間だからな。
「・・・カンナは、どうしてあんなことをしたんでしょうか」
各々が色々なことを考えている沈黙している時に、ミユキが沈んだ顔をしながら独り言のようにつぶやく。俺はその独り言に明確な答えを持っているわけではないから黙っていると、リアが沈黙に耐えきれなかったのかその話を広げてきた。
「その、カンナさんという人は、どんな人なの? バトラーさんを憎むようなことでもあったの?」
「ううん、それはないですよ。カンナは私たち三人の中で一番冷静で一番人のことを考えてくれている人なんです。そして、三人の中で誰よりもオリヴァーさんを信頼していて、それこそ言われたことは何でも信用してしまうくらいに。だからこそ、何であんなことをしたのか分からないです・・・」
「そんな人がそんなことをするということは、誰かに脅されていたとか、操られていたとかかな?」
「うん、私もそう思っているんですけど・・・脅されていたとしても、たぶん自分を犠牲にしてまでしようとしない思います」
「おそらく、取引でも持ち掛けられたんだろう」
俺が会話に混ざってきたことにより、二人は俺の方を向く。俺は自分で至った結論を話し出す。
「カンナは聡明で仲間思いで強さも申し分ないと言える。そんなカンナが俺を刺してまで達成したかったことと言えば、俺は一つしか思いつかない」
「・・・何ですか?」
「お前らの最大の目的である、元の世界に帰る手段を提示されたんだろうな」
「ッ!? カンナは・・・帰る方法を知るために、オリヴァーさんを?」
「さぁ、どうだろうな。これは俺の憶測でしかないから間違っているかもしれないが、本人に聞くのが一番良いだろう」
そう言いながら、俺は呪いの魔力を身体から取り除くことに成功して腹の穴がすぐに塞がりスキルが全開放された。呪いの魔力は俺の手の中にあり、上手く≪魔力往来・弐≫と≪魔力性質模倣・改≫を使い力を自身に取り込むことも成功した。これは意趣返しとして、魔力を最大級に込めて返してやらないといけないな。
「オリヴァーさんは・・・こんなことをしたカンナを恨んでいますよね?」
「何を言い出すのかと思えばそんなことか。それはもちろん怒っている。恩を仇で返されるとはまさにこのことで、少なくとも信頼はしていたからな」
「そう、ですよね。刺されて怒らない人なんていないですよね」
「それはそうだ。一歩間違えていれば死んでいたんだから」
「はい・・・・・・すみません」
「普通ならカンナは殺されてもおかしくないことをしているんだからな」
「・・・ごめんなさい」
少しイジメすぎたようだ。関係のないミユキに対して責め立てるような言葉で話していたから、涙目になっている。俺は溜息を吐きながらミユキの横に立つ。
「すまない、少し意地悪をし過ぎた。俺は別にカンナを恨んでもいないし怒ってもいない」
「・・・・・・え? で、でも、カンナはオリヴァーさんを刺したんですよ?」
「刺されても生きているから良いだろ」
「え? ・・・で、でも、下手したら死んでいたかもしれないんですよ?」
「それは仮定の話だろ、今俺は生きているんだから良いじゃないか。それとも、ミユキはカンナを許さないでほしいとか言うつもりなのか?」
「い、いえ! そんなつもりじゃないですよ! ・・・本当に良いんですか?」
「何回も言わせるな、俺が許していると言っているんだから良いだろう。それこそ本人でもないんだからミユキが気にするところではない」
「・・・いや、そういうわけにはいかないですよ。カンナは少なくとも私のためにオリヴァーさんを刺したと言うのなら私にも責任はありますから」
「まぁ、特別に罰が欲しいと言うのなら考えておこう。お嫁にいけないくらいの屈辱的なものをな。今は『聖光教団』を何とかすることを考えるぞ」
「はい! 分かりました! 早く終わらせましょう!」
「うん、そうだね」
暗い顔だったミユキはいつもの緩そうな顔へとなり、リアもつられていつもの顔に戻る。俺たちは身支度を済ませて、『聖光教団』の元へと向かうことにした。
「・・・そこにいるのは分かっているぞ、アルヌー」
「あら、もう回復したのね。お早いことで」
家を出たところで、家と家の間に隠れていたアルヌーがいることに気が付いていたから声をかけるとアルヌーは素直に出てきた。
「よく俺たちがいると分かったな」
「ここは私の術中なのだからどこに誰がいるのは詳細に分かるけれど、私に関して言えば普通は見つからないようになっているのだけれど・・・」
「俺が普通だと思っているのか?」
「まさか、思っていないわ。あなたが人類で一番異常だとも認識しているくらいだもの。それで? これからどうする気なの?」
「『聖光教団』の連中を締め上げる、まずはそこから始める」
「それならもう無駄よ。真実とは乖離している捻じ曲げられたひどい悪評が、一般市民までに広まっているわ。今更元を締め上げてもどんどん拡散していくだけ」
「やらないよりかはましだ。いざとなれば俺が暴れるのもアリだな。城を重点的に狙って、国が回る程度に壊しつくしてやる。どうせならお前が邪魔だと思っている組織も一緒に壊しておくが?」
「それはありがたいけど、もっといい手があるわよ?」
実際、穏便に最小限に被害を収めたいのならアルヌーに頼んだ方が確実なところはある。最初から評判も評価も最悪な俺ではどうしても穏便と最小限の言葉からほど遠いものがある。そこに関して地道に積んできたものがあるアルヌーなら、どうにかできるだろう。
「分かっているんでしょう? あなただけの力ではどうしようもないことを。昔のあなたなら何も守るものがなかった分、気軽でいられたから強かったんでしょうけど、今のあなたは守りたいものがある」
「誰も守りたいと一言も言っていないんだが? それにその言い方だと弱くなったと言いたげだが?」
「言っていなくても分かるわよ。だって、あなたがしていることは、守るという行為そのものなのだから。それに守りたいから、どうすれば守り抜けるかと考えることこそが、人と人との縁を守ることにもつながる。縁とは支え支えられる強いもの。守るから弱くなるんじゃなく、守りたいもののために戦うことこそ強さへの糧となる」
分かっている、そんなこと。俺が一番求めているものがそこにはある。
「支えられると言うことは、弱さを露呈することにつながるかもしれないけれど、支えるものの弱さを補おうとする。縁とはそうやって巡り巡って屈強のものへと至る。仲間を得るということの本質は光の本質。逆にあなたの生きていた道は闇そのもの。あなた自身からすれば間違っていないかもしれないけれど、あなたが闇のごとき圧倒的な強さを得ながらも、光のごとき支えあう強さを持てば、最強だとは思わない?」
分かっている。だが、誰かから言われないと願いの本質が浮かび上がってこないものがある。俺が闇である限りその光は手に入ることはできないが、もがくことはできる。
「つまり、私が説教じみたことで言いたいことは――」
いつもの妖艶な笑みを浮かべることもなく、真剣なまなざしでこちらを見ているアルヌーは俺に手を差し出してきた。
「私があなたを支えてあげる。その代り、あなたも私を支えてね」
「ふっ、結局、お前は俺を手ごまにしたいだけだろ?」
「どう捉えるかはお任せするわ。ただ、私は時と場合を選んで今後につながる行動をするだけよ?」
アルヌーの真剣なまなざしは消え、いつもの何かを企んでいる顔へと変わった。全く、こういう何かを企んでいる女は怖いものがるな、と思いながら俺はアルヌーの手を取る。確かに人とのつながりで強くなるかもしれないが、俺の根底的な本質は闇。そして闇と光は相反する存在であるから、無理難題な話である。俺のスキルの本質がある時点で、二つの性質の合成は無理であるが、怖がらずにやるだけのことはやってみても良いだろう。もう、子供じゃないのだから。
「俺は闇の帝王であるが、闇に縛られるつもりはない。今は藁にも縋る思いでいるからな」
「そう、それは良かったわ。これから、いえ、この件が終わった暁には全重荷で寄りかからせてもらうわ」
「望むところだ。よろしく頼む」
「えぇ、よろしく。さて、早いところ始めましょうか。もう出てきていいわよ」
アルヌーがそう言うと、物陰から長い銀髪に白を基調としている鎧がよく似合っている白い剣を携えている女性が出てきた。俺は驚愕した。俺が≪気配察知≫を張り巡らせていたのにも関わらず、その女性はそこにいた。≪闇ノ神の情愛≫でスキル効果が上がっていたのにも関わらずだ。・・・と言うことは、相手も俺と同等の≪気配遮断≫を持っていることになる。
「初めまして、『闇の帝王』オリヴァー・バトラー殿。私は『十二神教』枢機卿にして『風の勇者』であるエマ・リチャードソン。此度は『聖光教団』の行き過ぎた行いを罰するべく手を貸していただきたい」
リチャードソンから言われ、俺は現在、夜の街中でカンナとモモネを探している。まさか『十二神教』が出張ってくるとは思わなかったが、こちらとしては好都合。カンナとモモネのことが気になっていたから探していいと言われるのなら喜んで探す。
流れているデマと国のことはこちらに任せてくれということだから、俺としては戦う方が慣れているから心強い。俺の役割としては今回この国に来ている『聖光教団』のリーダーを探し当てて、逃げられないようにすること。本能的に俺を排他するのではなく、外堀から埋めていく知能犯であることから逃げられる可能性があると言う。どうしてカンナたちの捜索とリーダーの捜索が一緒にされているかと言えば、カンナが持っている俺を刺した剣がレアなものらしく、回収に来るかもしれないそうだからだ。何故剣のことを知っているのかと聞いたら、俺が刺された現場を見ていたらしい。
あれから少し時間が経っているから、カンナたちとの接触を終えているかもしれないが、どいつか知れればいいと思っているらしい。だから俺は全力で≪気配察知≫を使いながら街中を動き回る。俺が刺された場所である冒険者ギルドの前付近を徹底的に探し出す。
「・・・どこだ?」
数十分間探し回ったが、どこにもいない。国中を探しているが見つけることができない。一か月も一緒にいたカンナとモモネの気配を見逃すはずがないから・・・これはスキルか魔法が発動している。それも俺が欺かれるくらいだから最上位のスキルや魔法と考えても良いだろう。
あまりこの場所で使いたくない魔法だが、仕方がない。闇の索敵及び追撃魔法を使ってモモネたちを見つけ出す。ここに張られている炎ノ神の加護に何か影響を与えてしまっても、炎の勇者が弱いのが一番悪く、リチャードソンが何とか言ってくれるだろう、たぶん。
「『深淵より現れいずるは暗く、深く、陽の明かりすらも喰らい尽くす孤高の闇。我が求めるは一条の光にして、喰らい尽くされる光なり。飲み込め、深く、深く、深く、照らし出すものを定めるために』。『深淵に潜む闇獣』」
俺を中心に夜よりも深い闇が広がり始め、国全体を覆う。闇の最上級魔法である索敵魔法を使えば、このくらいの範囲でならどんなスキルで隠蔽されていたとしても闇の力で強引に見つけ出すため、見つけ出せないということはない。・・・闇が俺の目的のものを見つけたのか、濃い闇が集まり始め大きな龍へと形を成した。目標を見つけ次第、獣の姿をして勝手に突撃していくが、獣の姿で闇がどれだけ相手を警戒しているのかが分かる。龍は一番強力な獣の姿であるから、これは俺は気を引き締めていかないといけない。
龍が飛び始めたとともに、俺もそれに続いて目標の元へと向かう。闇龍が一直線に飛んで向かっている場所は何もないはずのただの家が密集している場所である。しかし、よく見れば次元に歪みが生じているのが分かる。近くまで来ると闇龍は加速してその次元の歪みめがけて突撃した。加速の甲斐あって一撃で壊れ、俺も同時に入った。
次元の歪みから入った場所には、重症ではないものの傷がいっぱいあるカンナとモモネがそこにおり、相対しているのは強力な付与効果が付けられていると一発で分かるほどの速さ重視の鎧を着ている若い男であった。
闇龍はそのままカンナに向かって突撃しようとしていたが、それを無理やり男の方に標的を変えて闇龍を激突させた。これで倒せるとは思っていないため、俺はモモネとカンナの元へと素早く移動して二人に並び立つ。モモネは嬉しそうな顔をして俺の方を見たが、剣を大事そうに持っているカンナは俺を見た瞬間顔をそらした。
「元気だったか? モモネ、それにカンナ」
「オリヴァー! マジで超助かったし!」
「それは何より。それで? あいつがここに『聖光教団』の奴らを連れてきた張本人で間違いないのか?」
「その通りっ!!」
モモネたちに話しかけていたのに、闇龍を光の魔法を使って易々と消し去った男が元気よく答えてくれた。張本人が答えてくれると言うのなら、そちらに聞くだけのことだ。
「何ために、と聞くのは野暮か」
「フフフッ、そうだよ。君を殺しに来たと言うに決まっているじゃないか」
「質問を変えよう。何故俺を狙う?」
「それは僕が『聖光教団』だからだよ。聖と光を崇拝している者にとって君という闇は邪魔で邪魔で仕方がない」
「そうか、それなら話が早い」
相手が俺を殺す気いるのなら、俺が遠慮することはない。関係のない人を巻き込んで死なせるのはあまりにも不条理ではあるが、俺を殺しに来ている奴なら殺しても問題ないだろう。何せ、相手は俺を殺さないと止まらない。俺は魔力で作った剣を構える。
「早速やる気だね。良いね、僕も君を殺して君のすべてを奪うことにするよ」
男も帯剣していた三つの宝玉が刃に埋め込まれている剣を鞘から抜き出して構える。あの剣と言うよりかは宝玉に効果が付与されているのか。それも上位以上のものが。近づいてみないと効果が分からないが警戒しておくに越したことはない。
様子見など一切なしに五割の力を引き出しながら男に近づいて殺す気で剣を振るう。男は俺のこの速さでも付いてこれているようで、宝玉が付いた剣で魔剣を受け止める。
「おぉ、さすが『闇の帝王』。速すぎ」
受け止めている剣を折るつもりで魔剣に魔力を込めて強度を上げ、腰を据えて剣を振りぬこうとする。しかし、その剣は折れず男の身体が少しも動かなかった。こいつのステータス値が高いのか、この剣の効果のおかげか。・・・剣か。剣の宝玉から魔力があふれ出ているのが分かる。
「もう気づいているとは思うけど、僕が『闇の帝王』である君に渡り合えているのはこの剣のおかげだよ」
「戦闘中にお喋りとは余裕だな」
「余裕ではないさ。この君の攻撃を全力を出さないと受け止めきれなかったんだから」
それが余裕なんだと思いながらも、俺は少しずつ力を出していきどれくらいで男を押し切れるのか測りながら拮抗していると段々と押せるようになったが、俺が押し切れるようになったのは九割の力だった。今の通常状態でほぼ全力を使わないといけない相手と戦うことになるとは。
男は押されていると気が付き、男からも攻撃が繰り出され俺と男の剣と剣の攻防が始まった。何十回、何百回、何千回と数分の間で剣と剣の衝突が続くが、一向に決まることはなかった。その戦いの中で、一つ気が付いたことがあるとすれば、こいつの剣の一つの能力は剣による自動防御だ。剣が男の予想とは違う動きをすることが多く、一向に勝負が決まらないのはそのせいでもある。だが・・・。
「ハァ、ハァ・・・さすが、『闇の帝王』。僕がここまで疲れさせるのは君が初めてだよ」
「・・・お前、弱すぎだろ」
こいつ自身が弱すぎて話にならない。最初はこいつはもしかしてすごいやつなのか? と思ったが、全然そうじゃなかった。おそらく身に余るスキルの代償と言っても良いだろう。大方、相手のステータス値に自己のステータス値を合わせるスキルとかそんなものだろう。
「はっ! そのセリフは僕の全力を見てから言ってもらおうか!」
俺の呆れた言葉が気に障ったのか、感情任せに男は魔力を一気に身体中にみなぎらせる。最初の余裕の表情は何だったのかとまた呆れながらも、戦闘に集中する。男は魔力をみなぎらせている中で、魔法詠唱を口にしようとする。しかし、前衛戦を得意とする俺の前でそれは愚策にもほどがあると言いたい。いや、もしかしたらこのいらだっている姿も、この隙だらけの姿も罠かもしれない。
「『大罪の業火よ、世のすべてを否定せよ! 罪の連鎖を加速し、世ぐふっ!!?』」
「・・・驚きだ」
例え罠だったとしても対処すればいいと思い、詠唱中に男を殴り飛ばそうとした。その結果、見事に詠唱は中断されて男はもはや俺の想像をはるかに超えるほど普通に後ろに飛んで行った。俺はここまでスキルと実力がかみ合っていない相手と出くわすのが初めてで、少し呆然としてしまったが、油断せずに男の方を注意深く観察する。
「ひ、卑怯だぞ! 詠唱中に攻撃するなど!」
「・・・俺を、俺の仲間を使って殺そうとした奴が卑怯という言葉を使うことにも驚きだ。少しは自分の過去の言動と今の言動を見直した方が良いぞ」
「それとこれとは話は別だ!」
「どこが別なのか聞きたいが、お前と話すのは疲れそうだから何も言わなくて良い」
これ以上こいつに構っていられないと思い、チラリと後ろにいる二人に視線を向けようとした時、男が俺に炎の矢の無詠唱魔法を放ってきた。しかし、俺の≪全魔力反射Lv.10≫が作用して男の方に返って行った。男は間一髪で避けて俺を睨んでいる。無詠唱かつ油断していない時なら喰らうことはない。俺を殺す気なら、カンナが俺を刺した時が過去にも未来にも一番最大のチャンスであった。それを逃がしている時点でこいつに勝ち目はない。
「お前がまだやると言うのなら、俺は付き合うぞ? ここで投降するのなら無傷で引き渡すべきところへと引き渡す。投降しないなら戦闘不能にする。さぁ、どうする?」
「・・・馬鹿にするのもいい加減にしろよ・・・もう勝った気でいるのか? ・・・その思い上がりを踏みつぶしてやる!」
「そうか、残念だ」
男は俺の温情を無下にしながら怒り狂っている表情をして魔力を身体中から吹き荒らしている。弱い者いじめをする趣味はないが、俺はこいつを捕まえないといけない。それは俺の事情を解決してくれる『風の勇者』である彼女の望みなのだから、対価は払わなければ。
俺のことを倒そうと躍起になっている男は、いくつもの属性の無詠唱魔法を放ち俺を牽制する。だが、俺には≪全魔力反射Lv.10≫という魔法も返すスキルがあるため、俺には通じないが、何回も打っている内に男の魔力が上がっているのが分かった。それに魔法の威力も上がっている。≪全魔力反射Lv.10≫で弾き返せないことはないが、注意しながら前に出る。
俺が近づいてきているにも関わらず魔法を放っていた男だが、さすがに魔法では倒せないと踏んで剣を構えて対抗する姿勢に出る。俺にとっては勝ち目のない男が何をやっても無駄にしか思えないが、油断せずに男と周りの状況を一挙一動見逃さずに目に焼き付ける。俺は剣を二本作り出して男の剣に対抗する。さっきとは変わらない力で剣を押しているが、明らかに男が力負けしている。これは男の体力が限界に来ていると言うことなのかもしれない。
「くっ! これならどうだ!」
膨れ上がった魔力で、無詠唱ながらも詠唱した魔法と遜色ないほどの雷が俺の上空から降り注いできた。俺は心の中で称賛しながら、スキル合成技、イールド・アブソーブを使い雷の魔力を喰らう直前で吸い尽くした。俺は吸い取った魔力を手に纏いながら男に照準を合わせる。
「お返しだ」
同じく雷魔法を闇の魔力が付いた状態で男に放つ。男は避けきれないと察知して、空間の歪みか何かを作り出して俺の魔法が空間の歪みに消えていった。何が狙いかは分からないが、男が狙っていることなど、悪意を見抜いた俺が気づかないはずもなく、カンナとモモネの近くに出てきた空間の歪みから出てくる魔法をイールド・アブソーブにより吸い尽くした。
「・・・こんなものか?」
「くそっ! くそっ! こんなはずじゃないんだぁっ!」
懲りない男は炎や水、雷、風、大地、自然、光、聖なる魔法を無詠唱で次々と俺に向かって放ってくる。だが何度やっても結果が変わることはなく、反射したり吸収したり相殺したりで俺に傷はおろか砂ぼこりをつけることは叶わない。
「もうやめておけ、時間の無駄だ。俺に勝てないと言うことは分かっただろう」
「うるさいっ! 神に選ばれた僕がお前みたいな存在に負けるわけにはいかないんだっ!!」
逆上している男が、また俺に剣の戦いを望んでいるようで剣を持って突撃してきた。俺はため息を吐きながら、魔力で作った剣を持って応対する。さっきより雑な戦い方になっている上、男の身体能力が段々と落ちてきている。息は荒くなり動きが鈍くなりはじめ、遂には男は吐血して膝をついた。
「ごほっ! ・・・何だ、これは?」
「お前は俺の実力と自分の実力を測り違えているからそうなっているんだ。大方、お前のスキルは俺の実力に合わせるスキルなんだろうが、お前自身の身体が俺の実力に追い付いていないからそうなったんだ。スキルは使う本人によって弱くなったり強くなったりするが、お前は前者の方で俺に負ける。もう少しスキルを使いこなしていればこんな結果にはならなかっただろうに」
「ッッッ!!! こんなにコケにされたのは初めてだッ・・・この世界の害悪に負けるはずがない、負けることなど許されないッ!」
「いつまでも妄言を言っていないで、負けを認めたらどうだ? 弱い者いじめをしているようでやる気がないんだ」
「黙れぇっ!! お前のような神から見放された存在が僕みたいな神に愛された存在を倒してはいけない、僕に倒されないといけないんだ! そういう風に世界は作られているんだ!」
もうこいつに何も言ってやれることはない。こいつの戯言に付き合うのも疲れたからな、そろそろで幕引きだ。殺さない程度に痛めつけて拘束しないといけない。四肢を斬った状態で引き渡すか、全身の身体の骨をバラバラにしてから引き渡すか、それとも両方するか。どちらにしろまずは無力化しなければいけない。
スキル≪魔力武装≫で自在に動かすことができる鞭を作り出し、男を拘束すべく鞭を飛ばして巻き付かせようとする。男の周りに逃げ道がなく鞭が張り巡らされ、巻き付かせたと思った瞬間、男が一瞬にして鞭の包囲から逃れて姿を消した。鞭の巻き付きは空回りに終わり、男の気配もしなくなった。
そう言えば、俺が魔法を返した時に空間を歪めて避けていたな。空間を操るスキルを持っていると思って構わないだろう。俺から逃げたか、もしくは俺の隙をついて俺を殺しに来るか。いや、俺のことを蔑んでいたあいつが俺から逃げることはないし俺に勝てないと本能的に理解しているだろう。つまり、あいつが唯一この場で狙う場所はただ一つ。
「もら――」
「もらっていない。狙いが丸わかりだ」
男はカンナの背後に現れてカンナを後ろから刺そうとしたが、瞬時に気が付いた俺の拳が男の顔面にめり込み後ろに吹き飛ばされた。カンナとモモネは男に驚いてしりもちをついている。
「大丈夫か、カンナ?」
「あ、うん、大丈夫」
こいつの空間を操るスキルは厄介だ。俺の≪気配察知≫も通用しない場所にいるのだろう。だから出てこないと俺は次の狙いが見つけられない。それを駆使すればもしかしたらこの戦いがこんなに暗明が分かれることがなかったかもしれないが、俺の場合は出てきたところをつけるだけのステータスを持っているから結局は俺の勝利は揺るがない。
「さぁ、俺の仲間を二度も狙うとは良い度胸をしている。・・・覚悟はできているだろうな?」
俺の問いかけにうつ伏せで倒れている男は反応しなかった。ただこいつの意識は確かにある。何かを狙っているようだったが、空間で逃げられるのも厄介だと思い、俺が喰らった≪スキル封印≫を男に使ってスキルを封印する。スキルを封印した状態の男の元に立ち拘束しようとした時、いつの間にか治っている顔で歪んだ笑みを浮かべながら男が俺の足をつかんできた。
「≪強奪≫っ!! ・・・・・・は?」
「≪強奪≫か、なるほど。お前のちぐはぐな実力はそういうことか」
思惑通りに行かなかった男は俺の足をつかんだまま呆然としている。こいつは俺ほどではないが色々なスキルを持っていたものの、何一つ使いこなしているものがなかったから不思議に思ったが、こいつは他者のスキルを奪うスキルを持っていたからこんな戦い方になったのか。もう一つ要因があるとすれば、過剰な自信とでも言っておこうか。
「俺はどんな相手でも油断することはない。だから、念のためお前にお前から間接的に喰らわされた≪スキル封印≫を使わせてもらった。だからスキルを使えないだろう?」
「う、うそだろ? あれは僕のスキルだぞ! 僕が喰らうわけがないだろう!」
「悪いな、俺のスキルにはスキルや魔法を無条件で強化する最上位のスキルがあるんだ。だから、俺が使っている魔法やスキルは最上位のものと同等の威力を発揮する。たとえお前から受けたスキルであろうと、俺が手にすれば俺のものになる」
「・・・ふざけやがって、僕がこんなにされるはずがないっ・・・こんなにもみじめな姿をさらされて・・・ッ!」
どうやらまだ俺への戦闘意欲は萎えていないようで、まだ残っている≪弱体化≫を男に使う。そして軽くこいつが死なない程度に蹴り上げる。
「ぐふっ! ・・・何でこんな弱い蹴りに・・・?」
「俺に喰らわせてくれた≪弱体化≫だ。どうだ? 自分の能力で苦しんでいる様は? いや、自分の能力かどうかは知らないがな」
やはりさっき傷が治ったのはスキルの効果だったのか。吐血して苦しんでいるが、一向に治ることがなくもがいている。男がこのまま苦しんでいても俺や俺の仲間を狙ってきた奴だからどうでも良いが、苦しんでいられてもうるさいだけだから、蹴り飛ばして痛みで気絶させてやる。≪スキル封印≫の付与効果を付けた鞭を具現化して男を縛る。これでうめき声が聞こえなくなり、ようやく俺の目的にたどり着くことができた。
「何か俺に言うことはあるか? カンナ」
「・・・ごめんなさいで、済まされるとは思っていないけれど、ごめんなさい」
俺が座り込んでいるカンナに目線を合わせてしゃがみ、目を見て問いかけるとカンナは顔ごと目を逸らしながら謝ってきた。だが、俺は目を逸らすことを許さずに両手でカンナの顔を無理やり俺の方に向けた。
「謝るのなら、きちんと目と目を合わせて謝ることだ。そんなことだと誠意が伝わらないぞ」
「で、でも・・・」
「でもじゃない。謝るということは自分の非を認めて後悔しているのだろう? ならその気持ちを相手に伝えないと意味がない。相手は自分ではないのだからどれだけ後悔していても、どれだけ悲しんでいても相手には伝わらない。言葉を伝えようとしなければ、言葉を真摯に聞こうとしなくなる。カンナ、お前は本当に俺に謝る気があるのか?」
俺はカンナの目をジッと見ながら、俺が過去に闇の勇者として人々から嫌われ、俺の言葉を姉と姉の友人以外誰一人として聞いてくれなかったことを思い出す。彼らは俺の言葉に一切耳を貸さないにもかかわらず、見知らぬ他者の言葉ばかりを鵜呑みにして俺を迫害してきた。
彼らは闇が悪だと思い込んだ結果、俺の言葉を聞くことを放棄した。どれだけ俺の言葉を訴えかけても、俺が悪いと言わんばかりに俺を迫害した。だから、俺は話を聞くことを放棄しない。そして相手がどれだけのことをしたとしても、話を聞く。ここで自身の言葉を伝えなず目先の虚像しか見ない大人にはなってほしくない。少し先に生きている先輩ができる手助けだ。
「――わ、私は、本当に後悔している。オリヴァーを刺したことも、信用できないあいつの話を鵜呑みにしてしまったことも。誠意と言われても、どうしたらいいか分からないし、私の誠意がオリヴァーに伝わるかわからない。でも、私はオリヴァーが許してくれる方法を何でもするつもりだし、許せないのなら私はオリヴァーの元から離れる覚悟もある」
少しだけ考えたカンナは、今度は俺の目をきちんと見て自分が思っていることを言ってくれた。だが、それだけでは足りない。俺は彼女に自分らしく生きてほしいのだから、俺に彼女自身の生き方を提示してくれと言うのはあり得ない。
「それだと駄目だ。カンナ、お前はどうしたいんだ。俺と離れたいのか? 俺に殺されたいのか? 俺に罰してほしいのか? それとも、俺と一緒にいたいのか?」
「そんなこと、決まっている。・・・・・・できることなら、ずっと、ずっとオリヴァーと一緒にいたいッ! これまでずっと私たちを見て私たちに真摯に向き合ってくれて、見守ってくれていたオリヴァーと離れるなんて嫌だ!」
これまであまり感情を表に出さなかったカンナが俺にその思いの丈をぶつけるように感情込めて俺に言い放つ。そんなカンナに少し驚いたが、俺は頬を緩ませながら立ち上がりカンナに手を差し出す。
「なら最初からそう言っていれば良いんだ。そして、やりたいようにやればいい」
「えっ・・・ゆ、許してくれるの?」
「別に許さないとも言っていないし、恨んでもいない」
「わ、私はオリヴァーを刺したんだよ!? それなのに何で・・・」
「俺が良いって言っているんだから良いだろう。死んだわけでもなし、後遺症が残ったわけでもなし、敵の策略にはまった哀れなお嬢様が一人いるだけだ。それとも、さっきの言葉は嘘だったのか?」
「嘘じゃない。そこは本当。私はオリヴァーとずっと一緒にいたい!」
「ハァ、じゃあさっさと手を出せ。これでこの件は終わりだ」
そう言われたカンナは、俺の手を取ろうとするが少しだけ躊躇して手を引いた。少し鬱陶しくなってきたから俺が無理やりカンナの手を取って立ち上がらせる。バランスを崩したカンナは俺の胸に収まる。もう片方の手をモモネに差し出す。
「モモネも行くぞ」
「・・・うん、分かってるし」
モモネの方は素直に俺の手を取って立ち上がる。立ち上がったら手を離すかと思ったら、モモネは俺の手を握ったまま歩こうとするが、俺に真っすぐな視線を向けてくる。
「ありがとう、オリヴァー。あたしたちを救ってくれて、あたしたちを支えてくれて」
「さすがにここまで来たら途中で見捨てるという選択肢はない。とことん付き合うつもりだ、時間の限り」
「ほんと? あたしたちは面倒な女だけど?」
「面倒じゃない女がいるのか?」
「あ、それは誹謗中傷だし。確かに面倒じゃない女はいないけど、そういう決めつけは良くないけど?」
「本当なら良いだろう。カンナもミユキもモモネも認識よりも面倒な女だと知った方が良いぞ?」
「は? カンナとミユキはともかく、あたしはそこまで面倒じゃないし。三人の中だと一番ましだと思っているくらいだし」
「それはない。お前たちのリーダーがモモネである時点で、面倒な女だと認識した方が良いだろう」
「喧嘩売ってんの? それなら買うけど? カンナも何か言いなよ!」
「私は面倒な女でも良い。オリヴァーの側にいるだけだから」
「ちょ、抱き着いているとか――」
あとエピローグで一区切り付きます。