梅の花の香り ー 帯を解く -
初ジャンルに挑戦してみました。
設定はゆるくしています。
雰囲気だけ近づけているかな。
お楽しみいただければ幸いです。
どこからか、微かに梅の香りがしている。
場違いなことを考えながら高杉清右衛門は、目の前に手をついて座る女子に、困惑の眼差しを向けていた。女子の名は妙。自分の上司である中村治五郎の娘である。
今日の勤めを終えて自分が暮らす屋敷に戻ってきたところで、門の前に佇む妙を見つけたのだ。何やら切迫した雰囲気で話があると言われ屋敷にあげた。のだが、座敷で向かい合った途端に、手をついて伏した妙に「お願いがございます」と言われてしまったのだ。
普段の妙とは違う様子に、清右衛門は自らの過ちに気がついた。いくら見知った相手とはいえ、独身の妙齢の女子を、屋敷に入れるべきではなかったのだ。ましてや、この屋敷には今は清右衛門しかいないというのに。
もうすぐ日が落ちて辺りは暗くなる。そうなる前に中村の屋敷に送って行くべきだと思った清右衛門。今からでも遅くないと「妙殿、話は後日聞きますので、本日はお帰りください。お屋敷まで送ってまいりましょう」と言ったのだ。
「いいえ。それでは遅いのです。今、この時でなくては」
顔をあげた妙の顔は緊張からか、血の気が引いて白い顔をしていた。その白い顔の中でも、紅を引いた唇に目が引き付けられる。まるで紅梅を思わせるような紅い色。
邪な気持ちに支配されそうになった清右衛門は、唇から妙の眼へと視線を移した。その眼を見た清右衛門ははっとした。妙の眼はなにやら決意を秘めていたからだ。
「妙殿」
清右衛門が呼びかけた声は掠れていた。そのことに狼狽えながらも、妙がそれ以上言葉を発するのを止めようと呼びかけたのだが、続く言葉が出てこなかった。
「清右衛門様、どうか……私の、帯を解いてくださいませ」
妙の言葉に清右衛門の動きが止まった。妙は「どうか、お願いいたします」と、体を倒して再度畳に手をついた。清右衛門は妙の覚悟に、すぐにでも近寄り抱き寄せて応えたいと思った。が、体は指一本でさえ動かすことが出来なかった。動いたら最後だと判っているからだった。
ぽたっ
どれくらいの刻が経ったのだろうか。ぽたっという水音が耳に届き、清右衛門は我に返った。妙はまだ手をついて伏したままだ。だがその手の間、微かに見える畳に染みのようなものが見えたのだ。
ぽたっ
また音がして畳に丸い染みが増えた。どうやら妙は泣いているようだ。
「妙殿」
低い声で名を呼べば、はじかれたように顔をあげる妙。一筋、頬を伝って流れる涙の美しさに、我を忘れそうになる。またも邪な考えが浮かんだが、何とかその考えを振り払い、努めて冷静な声を出した。
「泣くなどと、何があったのですか。理由をお聞かせください」
「……理由を話したら、私の帯を解いてくださいますか」
縋る様な眼差しにぐらりと気持ちが揺れる。それでも大恩がある中村殿に、顔向けが出来なくなることは、したくないと清右衛門は思った。
「それは出来ません」
「どうしてですか。私は清右衛門様のことをお慕」
「駄目です、妙殿」
清右衛門は大声を出して、妙の言葉を遮った。
「それ以上、言ってはいけない。貴女は中村殿のご息女だ。ご自分のお立場を考えられよ」
清右衛門の言葉に妙はわっと、声をあげて泣き出した。
「酷い……お方です。……清右衛門……様は」
切れ切れに詰られたが、清右衛門にはどうしようもないことだ。想いを告げられても、自分には返すことは出来ないとおもっている。
暫くして泣き止み落ち着いた妙が、ぽつりぽつりと話しだした。
本日休みだった治五郎から、話があると言われた。内容は嫁ぐ相手が決まったということだった。数日後に見合いをするから、心するようにと言われたそうだ。
妙は嫁ぐ相手が決まったという言葉に、すぐさま反論をしたのだが、もう決まったことと取り合ってくれなかったそうだ。治五郎が相手のことを詳しく話そうとするのを、聞きたくないと言って家を飛び出した。そのまま我が家に来た、ということらしい。
清右衛門は妙の結婚話に、動揺する自分がいることを自覚したのだが、こればかりはどうしようもない事だと、戒めるようにおもった。
「妙殿、意に添わぬ相手との結婚かもしれないが、案外添うてみれば仲良く過ごせるかもしれない。ひとまず相手と会ってみるべきだと思います」
そう言った途端に、妙はまた顔を歪ませて涙を零した。
「貴方様が、それをおっしゃるのですか。貴方をと……想う、私の気持ちを知っていながら」
「今の言葉は聞かなかったことにいたします。どうか伴侶となる方とお幸せにおなりください」
妙はまた伏して泣いた。清右衛門はどうすることもできずに、ただ座していた。
またどこからか、微かに梅の花の香りがした。
ふと気づくと、外は暗くなり風が出てきたのか、庭の木の葉が擦れる音が聞こえてきた。遠くから鐘の音が聞こえ、女子が出歩くには遅い時間であると悟った。
「妙殿、もう出歩くには遅い時間だ。今宵は我が家に泊まられるがよかろう」
清右衛門の言葉に、妙は体を起こした。目は赤く瞼も腫れているようだ。その姿を見ないようにして、清右衛門は立ち上がった。
「中村殿には言付けておく」
そのまま部屋を出て襖を閉めたのだった。
清右衛門は布団に横になったものの、眠れずにいた。襖を隔てた隣の部屋には、妙が寝ているからだ。
清右衛門は八歳の時に父を亡くした。それ以降、家族は母と二人きりだった。他に兄弟はいなかった。武士の家に生まれたとはいえ、八歳ではまだ幼く、主家に仕えることもできなかった。
そんな清右衛門のことを、目を掛けてくれたのが中村治五郎だった。気がつけば清右衛門は小姓として主家に仕えることになった。清右衛門が仕えたのは、次男の兼松様だった。歳が近く一緒に勉学に励んだ。
真面目な清右衛門は周りから、かわいがられた。特に治五郎と時田左馬之助には、目を掛けられていた。清右衛門の父と交流のあった二人は清右衛門のことを、我が子と同じように思っていたのだった。
清右衛門は夕餉を共に食べた時の妙のことを思い出していた。気持ちが落ち着いた妙は本心から恥じ入っていた。食事がすんだら辞して帰宅すると言った。それを夜道は危ないからと、留めたのは清右衛門だ。
体の向きを横に変えて暗闇の中、妙がいる部屋の襖を睨むように見つめた。清右衛門は自分が卑怯なことをしていると自覚をしていた。明日、中村家に妙を送り届けたら、治五郎達にどう思われるか。
若い男女が同じ屋敷で一夜を過ごす。何もなかったといっても、世間はそうは思わないだろう。母、八重が生きていれば、また違った話にはなったのだろうと、清右衛門は思った。
清右衛門の母は主家の奥方も認める文化人だった。母方の家の関係で、公家の作法にも精通していたのだ。お茶やお香、風流と云われることに慣れ親しんで育った人で、父のもとに嫁いだ後も、何かと城に呼ばれることがある人だった。そんな母に作法を教えて欲しいと、頼んでくる家も多かった。なので、母は頼まれた子女に礼儀作法を教えていた。妙も母に習いに来ていた一人だった。
その母は三月前に急な病で倒れ、そのまま帰らぬ人となってしまった。
母が生きていれば。と、つい詮無いことを思ってしまう。清右衛門も妙のことを憎からず思っていた。治五郎に連れられて行った中村家で、はじめて会った時の妙の愛らしさに、挨拶もまともに出来なかったことを覚えている。母のところに礼儀作法を習いに来ていて、たまの休みに顔を合わせることが嬉しいと思っていた。
清右衛門は寝返りを打つと、妙がいる部屋のほうに背を向けた。目を瞑り、眠ろうと無駄な努力をしたのだった。
眠れない夜が明け、朝餉を妙と食べ身支度をすませると、清右衛門は中村家へと向かった。幸いというか、本日清右衛門は休みであった。妙は清右衛門に送られることを、恐縮していた。それに今更ながら自分がしでかしたことに、恐れおののいているようにも見受けられた。二人は会話もなく中村家へと歩いて行ったのだった。
中村家に着き、用向きを伝えると、すぐに家人に奥へと案内をされた。縁側を歩いていると、梅の木が目に入った。立春を迎えたとはいえ、まだ寒さが厳しい日が続いている。それでも、日当たりがいいからか、数輪の花が開いているのが見えた。
「どうかなさいましたか、清右衛門様」
思わず足を止めた清右衛門に妙が問いかけてきた。
「梅の花が綻んでいるのですね」
「ええ。うちの梅の木は何処よりも早く、綻ぶのでございます」
訝しそうにしながらも妙は言った。「それに」と、なんでもないように言葉を続けた。
「あの白梅の隣は紅梅の木でございます。花が綻ぶのは白梅よりも遅うございますが、白梅が満開を迎えるころには紅梅も半分ほどは綻びまして、見応えがございます」
「そうですか」
清右衛門は一言いうと、足を止めて待っていた案内の者に続いて歩き出した。
部屋に入り背筋を伸ばして座していると、程なく妙の父である治五郎と、兄の孝之丞、母の紀里までが入ってきた。二人の正面に治五郎が座り、孝之丞と紀里は脇のほうに座った。
「妙、お前というやつは、何ということをしてくれたのだ」
びりびりと障子が震えるような声で治五郎は怒鳴った。その声に妙は身を竦ませた。
「お前の軽はずみな行動で、相手に迷惑をかけるということが分からんでもないだろうに」
「申し訳ございません、父上様」
妙は伏して謝罪の言葉を口にした。だが、治五郎の怒りは収まらないようで、なお言葉を投げつけてきた。
「謝って済むものか。話は最後まで聞かんわ、家を飛び出すわ、無断で外泊して朝帰りだと。これでは胸を張って嫁に出せなくなったではないか」
忌々しそうに妙のことを睨む治五郎に、妙は体を震わせていた。まだ言い足りないのかもう一度口を開こうとした治五郎に、妙を庇うように手を広げた清右衛門が先に口を開いた。
「治五郎殿、この度のことは私の不手際にございます。妙殿を昨夜のうちにご自宅にお返ししなかった、私の落ち度です。どうか妙殿のことを責めないでいただきたい」
清右衛門は居住まいを正すと治五郎の目をしっかりと見つめた。
「この度は妙殿に不名誉な立場を押し付けてしまい、申し訳ございません」
そう言うと、清右衛門は手をついて頭を下げた。そのままの姿勢で言葉を続ける。
「このようなことを、私が申し上げるべき立場ではございませんが、此度の妙殿の縁談を、無しにしていただくわけには参りませんでしょうか」
清右衛門の言葉に訝しそうな声で治五郎が訊いてきた。
「縁談を無しにするだと。清右衛門、お前がそう思っているのか」
「はい。是非ともお願い申し上げます」
「はっ、か、考えなおせ。なっ、清右衛門」
何故か焦ったように孝之丞が口を挟んできた。訝しく思いながら少し顔をあげて孝之丞のほうを見れば、狼狽した様子の表情で視線を忙しなく動かしている孝之丞がいた。隣に座る紀里までも、顔色を悪くしながら清右衛門のほうを見つめていた。
「そ、その方らは、さ、昨夜、同衾いたしたのだろう。そ、それでは、其方は妙を玩んだのか」
治五郎も狼狽えた顔で問うて来た。清右衛門は伏したまま正面の治五郎のことを見た。そしてはっきりと声を出した。
「いえ、そのようなことは致しておりません」
「嘘をつけ!」
「本当でございます。部屋も分けて別々の布団で休みました」
「本当か、妙」
「はい。……清右衛門さまは私に情けをかけてくださいませんでした」
父からの問いに昨夜のことを思い出した妙は、目に涙を滲ませた。その娘の様子から、本当に何もなかったと察した治五郎は気が抜けた様に、姿勢を崩した。
「なんということだ。妙では駄目だということか」
力のない声で呟く治五郎に、言葉の意味が解らない清右衛門は、しばらくそのままの姿勢で治五郎のことを見つめていた。額に手を当てて苦悩している様子だが、何をそれほど悩ませているのかが解らずに、清右衛門は戸惑ってしまった。孝之丞と紀里も放心したように座り込んでいる。
このままでは話が進まないと思い、清右衛門は体を起こして背筋を伸ばした。
「治五郎殿、此度のこと、誠に腹立たしいとは思われますが、どうかお願いいたします。妙殿を私の嫁にいただけないでしょうか。大事にすると誓います。どうか、どうかお許しいただきたい」
そう言うと再度、清右衛門は手をついて頭を下げた。しばらく誰も声を発しなかった。あまりにも反応がない事を不審に思った清右衛門は、少し顔をあげて治五郎を見た。治五郎は目と口を大きく開けて呆けていた。視線を横に向けると、孝之丞と紀里、妙までも同じような顔をして清右衛門のことを見つめていたのだ。
「な、何を言っておるのだ、清右衛門。たった今、妙との縁談を断っておいて、それなのに、嫁入りのだ、打診だと」
困惑したように言った治五郎に、今度は清右衛門が困惑した声を出した。
「妙殿との縁談ですか。私は何も聞いておりませんが」
弾かれたように体を伸ばして治五郎は、清右衛門に言った。
「嘘を言うな。昨日左馬之助から、見合いの話を聞いたであろう」
「はい。見合いの話は時田様から伺いましたが、相手がどなたとは聞いておりません」
「左馬之助め~」
治五郎は呻くように言った。その様子を見て、清右衛門は得心が言った。
昨日仕事が終わるところで、時田に声を掛けられた。内容はいい縁談話があるということだった。近日中に相手との顔合わせ、見合いをするから心するようにと言われたのだ。相手の名前を告げられる前に、時田は呼ばれて行ってしまった。忙しい時田なので、詳しい話は次に会った時に聞けばいいと清右衛門は思っていた。
そうしたら、清右衛門が屋敷に戻ったところに、見合いがあると言われて動揺した妙が、飛び出してきていたというわけだ。
「あー、なー、たー。どうやら今回のことは、あなたの悪癖のせいのようですわね」
「いや、待てまて。あれは話を聞かずに飛び出した妙が悪いのであって」
「だまらっしゃい。回りくどい言い方をするなと、私は常々申しておりましたわよね。あなたのことだから勿体ぶって、最後に縁談の相手を明かすつもりだったのでしょう。けど、妙には逆効果だと言ったのを、よもやお忘れだったなどと、申しませんわよね」
紀里が治五郎に般若を張り付けた表情で迫っていった。治五郎はじりじりと後退っていく。孝之丞は夫婦喧嘩が始まるのを悟り、清右衛門と妙に合図をして部屋から出て行った。清右衛門も後を追おうと立ち上がると、治五郎達に一礼をして部屋をでた。その背に治五郎の声が聞こえてきた。
「待て、清右衛門。まだ話は終わってないぞ」
「どの口が言いますか。今回妙が追い詰められたのは、あなたのせいですのよ。清右衛門殿のところにいると連絡が来て安心いたしましたが、もし……」
離れるにつれ、声がだんだん小さくなり聞こえなくなった。孝之丞は庭に降りて梅の木のそばに居た。用意されていた下駄に足を通し、清右衛門と妙も庭に下り立った。孝之丞が二人のほうを振り返っていった。
「すまなかったな、清右衛門。連絡の行き違いだったようだ」
「いえ、時田様もその話をした時には、人に呼ばれてしまい、相手の名前を聞ける雰囲気ではなかったので」
少し茫然とした顔で返事をする清右衛門。同じような表情の妙に、孝之丞は苦笑を向けた。
「妙も、父上の話をちゃんと聞かなければ駄目じゃないか」
「でも父上は、私に誤解させるような言い方をなさいましたのよ」
「ああ、わかっているさ。でもな、妙。母上ではないけど妙も、父上の悪癖は知っていただろう。もう少し辛抱していれば誤解しなくてすんだんだぞ」
「兄様」
妙に柔らかく笑いかけてから、孝之丞は今回の縁談の話の詳細を話してくれた。
もともとは清右衛門の母、八重から中村家に、妙を嫁に欲しいと話がきたそうだ。中村家でも、妙が清右衛門のことを慕っているのは判っていたので、すぐに了承の返事をした。だが、話が纏まり進めようという段階になったところで、八重が亡くなってしまったのだ。なのでこの話は立ち消えるかと思ったのだが、思わぬところから話が来た。
八重の弟子でもあり友人と言っていた主の奥方は、八重が亡くなる前に話を聞いていた。本来なら一年は喪に服するべきなのだが、女手がない高杉家が回らなくなることを危惧し、百日が過ぎたところで、治五郎を呼び出したそうだ。異例ではあるが、亡き八重のため、高杉家のためにも、縁談を早めるようにとおっしゃられたという。そこで時田左馬之助を仲立ちとして、早々に縁組することが決まった。
清右衛門と妙はその話に、主家への感謝の気持ちを強くした。
「それにしても、さっきは焦ったぞ。お前が妙のことを好いておるのは分かっていたのに、一晩同じ屋根の下にいたのに、手を出さんとは。妙に女の魅力を感じないのかと思ってしまったではないか」
「いや、それは……魅力がないのではなくて、その……ちゃんと初めては、初夜で……」
孝之丞の言葉に清右衛門は顔を赤くしながら、しどろもどろに答えた。それを聞いた妙も耳まで赤くして俯いていた。孝之丞はそんな二人を、温かい目で見つめた。この分なら妙は大事にしてもらえそうだと思いながら。
この日から半月後。異例の速さで、清右衛門と妙の婚儀が行われた。主家からのお声掛かりということもあり、誰も反対する者も出ずに恙なく婚姻のお披露目はすんだ。
夜、客も帰り寝所となる部屋に清右衛門が入ると、妙は布団のそばに座して待っていた。襖を閉めて妙のそばにいった清右衛門は、梅の香りがすることに気がついた。
「梅の香り」
呟きを聞いた妙が視線を隅へと向けた。そこには白い花と赤い花の梅が、一枝ずつ挿してあった。
「仲村の庭の梅から枝をいただいてまいりました」
「そうか」
清右衛門は妙のそばに座り向かいあった。そしてふと思いだした。
「そういえば半月ほど前に妙殿が家に来た時に、妙殿から梅の花の香りがしたのだ。そばに梅の花などなかったのに不思議だと思ったのだよ」
そう言った清右衛門に、妙は懐から手巾を取り出した。それを開くと萎れた梅の花が五輪ほど挟まれていた。
「それは」
「あの日、早く開いた梅に触れていましたら、強い風が吹いたことに驚いて、花を散らしてしまいました。そのまま落としておくのももったいなく、鉢にでも入れて香りを楽しもうと部屋に持ち帰ろうとしたのです。そうしたら、父からあの話を聞かされて動転して、無意識にこれに挟んで持っていたのです」
「そうだったのか。それで妙殿から梅の花の香りがしたのだな」
手巾を畳むと妙は愛おしそうにそれを撫でた。
「これはお守り代わりにしておりました。八重様は梅の花がお好きでいらっしゃいましたから」
「そうだな。母上はどの花々より梅の花を好んでいた。見目良し、香り良し、ついでに食しても良しと言っていた」
妙は手巾を横に置くと畳に手をついた。
「清右衛門様、本日よりよろしくお願いいたします。いつまでも慈しんでくださいませ」
清右衛門は妙の手を取り、顔をあげさせた。
「こちらこそ、よろしく頼む」
そのままそっと抱き寄せて耳元に口を寄せた。
「妙殿、帯を解いても」
「は、はい」
妙は顔を赤らめて答え、その身を清右衛門に任せたのだった。