ソシャゲの世界に転生したけどガチャがないので速攻詰んだ
思考実験のはずだったけど、思っていたのと違う方向にすっ飛んでいったのでこれっきりに。
おれはそのとき、詰んだ、と確信した。
異世界に転生するなんてそんなバカな話があるかとか、それが慣れ親しんだソシャゲにそっくりの世界だとかは、百歩譲ってよしとしよう。
ぜんぜんよくないけど。
よくないけど、そもそもおれは通勤途中で駅の線路に転落して死んでしまったのだ。
死んだのに、いま、こうして五体満足な身体をもって第二の人生を踏み出しているだけでもマシなのだ、きっと。
やーもうちょっとはやく記憶が蘇って欲しかったけど。
おれの記憶が蘇ったのは、十六歳の誕生日だ。
大陸でもっとも古い王家の王子、その成人の日である。
国民全員が祝福する祝いの日となった……はずであった。
本来なら。
まさにその日、昔話にしかいないであろうと思われた魔物の群れによって、王国が蹂躙されることがなければ。
王子であるおれひとりを除いて、王家の血筋に連なるもの全員が魔物に殺されなければ。
もっと正確にいおう。
おれの記憶が蘇ったのは、王都が陥落し、王家でおれひとり、かろうじて隠し通路から逃げ延びて……。
深夜、王都を見下ろす山から、炎に包まれ焼け落ちる王城を呆然と眺めていた、そのときであった。
前世の記憶が蘇ってから、混乱していたのは数秒。
背後に立つ従者の言葉により、これが生前、遊んでいたソシャゲ……というか電車に転落する直前までプレイしていた百万年戦争ドゥームズデイの世界のオープニングにそっくりであると気づき、これまでの王子としての人生がフラッシュバックしてふたつの記憶が入り混じり……。
すぐに従者へと振り向き、こう叫ぶまでで合計二十秒といったところであった。
「ドゥームは! ドゥームはどこだ!」
百万年戦争ドゥームズデイ。
このソシャゲを始めてから数年、おれが給料から投じた金額は……ウン百万。
すべては、過酷で鬼畜なガチャを勝ち抜くためであった。
突如として蘇った、百万年前の魔物。
それによって大陸は蹂躙される。
プレイヤーの分身である王子はガチャで召喚された仲間と共に、魔物たちの軍勢へ反撃を開始する。
王道中の王道のストーリーだ。
ガチャで現れた仲間たちはそれぞれのレアリティによって、最低レアで十人から最高レアで一万人の部下を率いて魔物と戦ってくれる。
いくつかのソシャゲではメインストーリーやイベントをクリアすることで仲間が増えたりもするが、百万年戦争ドゥームズデイに限ってはそれもなく、ガチャを引かなければ仲間が増えないという不運な無課金には人権のないシステムであり……。
とにかくガチャだ、ガチャなのだ。
ガチャがなければ、始まらないのだ。
ゲームではこのあとチュートリアルが始まり、王城脱出時に従者が持ちだした王家の秘宝、ドゥームという宝珠に祈りを捧げることでガチャをまわせるのだ、が。
「宝珠、ですか?」
従者のひとりに訊ねたところ、きょとんとされてしまった。
「それでしたら、王子が子どものころ、遊びで割ってしまったじゃないですか」
「マジか!? ……思い出した! マジだった!」
王子としての記憶が蘇ってくる。
八歳のとき、こっそり宝物庫に忍び込んできらきら光る石をみつけ、不注意で床に落としてしまったんだった。
そのことがバレたあと、父である国王にめっさ怒られて……。
いやそりゃ怒るよ、あれがないと、ひとりも仲間を増やせないもん。
なんでも古代から伝わる秘宝で、本来のちからは封印されているシロモノとか、でもまあ割れたってことは偽物だったのかもとか王はいってたけど……。
違うんです、あれ本物で、魔物が襲ってこない限り発動しないものなんです。
っていうか。
……これ、まずいんじゃ。
どうしよう。
「あ……あ……っ」
山の上から。
おれは呆然と、燃える王都を見下ろす。
王都の人々は、いまも、あのなかで虐殺されているはずだ。
メインストーリーで王都を奪回するためには、最高レアリティである星6のユニットが最低でも一体は必要だった。
一万の軍勢がなければ、最終決戦のフラグである魔物軍陽動作戦が実行できないのである。
そのフラグを達成してなお、王都奪回戦の難易度は高く、無課金で手に入るガチャ石だけではそうとうに厳しいといわれたものだが……。
仲間が手に入らないのでは、それ以前の問題である。
え……これ、どうするの?
この先、おれってどうなっちゃうの……というかこの大陸、この世界どうなっちゃうの?
「ああ、王子、おいたわしや。この場を離れがたいお気持ちは重々承知しております。ですが、いまは無事に落ち延びることを優先してください」
四人の従者たちに諭され、おれはとぼとぼと歩き出す。
カンテラを持つ大柄な従者が先頭に立ち、山のなかを逃避行しながら、必死で思考を巡らせる。
つーか、マジで、どうしよう。
落ち着け、落ち着くんだ、おれ。
少なくとも、いま魔物に襲われることはないはず。
チュートリアルで最初に敵と戦うのは、翌日の朝、街道に出たときで……だからまあ、街道に出なければセーフ、とりあえずだいじょうぶなはずで……。
「そうだ、これはゲームじゃない」
険しい山中で、立ち止まる。
周囲は真っ暗、深い森だ。
カンテラの明かりに照らされた木の幹をそっと撫でる。
このざらつく手触りは、本物だ。
深呼吸すれば、腐った枝葉の臭い。
頬を撫でるのは冷たい夜風。
「いまおれについてきてるこいつらも、ゲームの駒じゃない。生きているんだ」
王子としての人生がフラッシュバックする。
厳しかった父も、やさしかった母も、勇敢だった兄も、みんな死んでしまった。
おれをかわいがってくれた宰相も、友人でいてくれた貴族の子弟も、討ち死にしている。
それでもまだ、おれの部下はいる。
たったの四名になってしまったけれど、おれを最後の希望と信じてついてきてくれている。
ゲームでは無名だった彼らの名前を、人柄を、おれはよく知ってしまっている。
「ジル」
「はい、王子!」
おれは従者のひとりを手招きした。
小柄な少女が、とてとてと駆けてくる。
彼女は、このゲームの顔であり、ツイッターの公式アカウントのアイコンもこのジルである。
無条件で慕ってくるひとつ年下の幼馴染で、宰相の孫という設定がある。
王子としての記憶でも、彼女は幼いころからずっとそばにいた。
いつも笑顔を絶やさず、明く振る舞う彼女が……。
いまはおれをみあげ、不安そうにしている。
そうか、とおれは心のなかでため息をついた。
おれは友の心をおもんばかる余裕すら失っていたのかと。
彼女の、さらさらの髪を撫でてやる。
少女は目を細めて、えへらと笑う。
王子としてのおれには、こうして気持ちを落ち着けてきたという記憶がある。
うん、さらさらの髪を撫でているうちに、少し冷静になれた気がする。
彼女も、ほかの従者たちもそんなおれをみてこころなしか表情を緩めている。
そうか、みんなも不安、だったんだよな。
ちなみにゲームではこのあと、ガチャで最初に必ず入手するキャラがいて、そいつがジルと共に進行役をしてくれるのだが……。
残念なことに、いまのおれにはそのキャラを手に入れる方法すらない。
……待てよ?
「ゲームじゃないなら、ヒトを集める方法がガチャだけのはずがない。たとえば、そう、傭兵をスカウトするとか、逃げ延びた兵士を集めるとか……」
いや、無理だ。
いまのおれは無一文に近いし、たしかストーリー上、王国の兵士は初動でほぼ皆殺しにされたはず。
というか大陸中の国々が同じ状態になっていて、人類の反抗勢力は、サービス開始から数年たったいまでもプレイヤーの操る王子軍だけで……。
そもそも、ガチャから出てくる英雄以外では、魔物にとうてい太刀打ちできないのである。
この世界の軍隊が何人いても、どうしようもないのだ。
その状態で、そもそも王子軍が結成できないとか。
あー。
大陸の未来、終わったなこれ。
「王子?」
あ、ジルに不安な顔をさせてしまった。
おれの表情が曇ったからだろう。
いや、いやいやいや、いやいやいやいや。
ダメだ、ダメだ、終わらせちゃダメだろ。
これがゲームじゃないなら、なおさら終わらせるわけにいかないだろ。
「考えろ。なにか方法はないか。おれは何年、あのゲームをやってきたんだ」
百万年戦争ドゥームズデイ。
その仕様から考えてみよう。
このソーシャルゲームは、シミュレーションRPGといわれるジャンルである。
正確には、面クリア型のRTSだ。
リアルタイムで動く複数の駒を操作し、敵の駒と戦いながら敵陣の攻略を目指す。
ひとつの駒は百人から一万人の集まりであり、これらはすべてガチャから入手したキャラクターをリーダーとする。
プレイヤーはそれらのキャラクターを統べるリーダー、亡国の王子だ。
ちなみに王都を奪還して父である先王の死が確認されても王子のままなのは仕様である。
まーめんどくさいからね、そのへんが途中で変わると。
ガチャから入手できるキャラクターは、初期段階で百種類ほど。
度重なるアップデートで追加されていき、たしか最新の段階では三百を超えていたはず。
星一から星六までのレアリティがあり、星一のキャラは百人しか部下にできないが、星六のキャラは一万人の配下を召喚できる。
この「部下を召喚」というのが、ひとつのポイントだ。
ガチャで呼び出されたキャラは、それぞれ部下召喚能力を持ち、ふだんは部下を送還している。
だから王子軍は、兵糧の移送や軍勢の移動に頭を悩ますことなく、戦場から戦場へと移動できるのである。
あとになってレイドシステムとかが追加されて、細かく色々あったりもするのだが……。
関係ないので、置いておこう。
どうせそのガチャは使えないのだから。
………。
………………。
………………………。
……本当に、そうか?
おれは必死に考えを巡らせる。
五年も運営されたゲームで、その例外はひとつもなかったか……?
「例外……そう、例外だ。おれが失ったのはドゥームで、それ以外のガチャ手段があるなら」
ふと、思い出す。
昔のことすぎて忘れていた、例外。
ソシャゲである以上、とうぜんながら新規獲得のためにさまざまな特別サービスが展開されたのであり……。
「そうか」
おれは顔をあげ、不安な顔をする従者たちに笑いかけてやる。
それだけで、彼らもぱっと笑顔になる。
おれと彼らは運命共同体、もはや一心同体なのだと、改めてそのことを理解した。
実際のところ、この思いつきが上手くいくかどうか、なんともいえない。
博打のようなものだ。
ゲーム時代の仕様が、本当にこの世界でも通じるかどうか、さっぱりわからない。
これからやるのは、博打だ。
一か八かの大博打で、負ければ破滅である。
おれも、彼らも、きっと誰ひとり生き残れないだろう。
だが、それでも。
やってみる価値はある。
どのみち、このままでは遠からずして、おれたちだけでなく大陸中の人類が滅亡するのだから。
「これよりおれたちは、ヴァルデアの廃寺院に赴く」
強い気持ちをこめて、そう告げる。
従者たちの顔に疑念が浮かんでいるが……まあ、そうだろうなあ。
なにせいまは、詳しいことを説明できないし。
「そこで、ガチャユニットを手に入れるんだ!」
あ、なんかまた従者たちの顔が曇った。
*
おれと四名の従者たちによる旅が始まった。
行く先々で魔物と出くわすも、いまのおれたちには逃げるほかない。
過酷な旅の途中で、従者たちのうちふたりが、おれたちを逃がすため犠牲となった。
生き残ったジルともうひとりの従者を連れて、旅を続ける。
途中で避難民とも出会ったが、彼らを保護することすら叶わなかった。
そんな余裕はなかったし、なによりおれには、なにより優先するべきことがあったのである。
「もし、この危機を生き延びたなら」
彼らと別れるとき、おれは必ず、将来の集合場所を告げた。
すべてを捨てても戦う気概がある者は、老若男女問わず、その地に集まるようにと。
己の心に希望の灯を灯す者ではなく、ただ誰かの希望でありたいと願う者だけが来るようにと。
苦渋の決断だったが、いまはほかに方法がなかった。
別れたあと、彼らが無事に生き延びられたかどうかも、確かめようがなかった。
旅が始まってからひと月が経過し、おれたちは目的地、ヴァルデアの廃寺院にたどり着く。
さて、ここがなぜ特別な場所かという話だが……。
ソシャゲにおいて、一周年というのは特別な意味を持つ。
そもそも、新しく立ち上げられたゲームが一年間続いたというだけで素晴らしいことなのだ。
プレイヤーは素敵なゲームに感謝し、運営は遊んでくれたプレイヤーたちに感謝する。
そういうわけで、ふだんは渋い渋い百万年戦争ドゥームズデイの運営も、一周年記念イベントだけはぱーっと派手に色々な資源やアイテムをばらまいてくれた。
そのうちのひとつにして一周年記念イベントの目玉が、チケットである。
一周年記念ガチャキャラ選択入手チケットだ。
ちなみにこのチケット、二年目以降は配られなかったというレア中のレアものであり、強欲運営がみせたただひとつの良心とすらいわれた。
で、そのチケットが空から降ってくる、ストーリー上の理由づけが……。
ヴァルデアの廃寺院、であった。
いまおれたちがいる、この大陸の端だ。
断崖絶壁に建てられた、忘れられた神々の寺院である。
王都から逃げ出した王子たちはガチャで体勢を立て直し、王都を奪還。
そのあとストーリーやら季節イベントでふらふらしたあと、この大陸のはずれにたどり着く。
そこには、百万年前の戦いで封印された女神がいたのだった。
王子は、女神の封印を解いたお礼として、一枚のチケットを受け取る。
それは、本来ガチャでしか手に入らない無数のキャラクターのうち、一体だけを「選んで手に入れることができる」特別なアイテムだったのだ……。
というわけで、おれたちはストーリーを無視してこの場所にやってきた。
王都も解放していないし一年経ってもいないが、設定的にこの寺院の女神はまだ封印されているはずである。
で。
結論からいうと、女神はそこにいた。
女神の封印を解放するためには、ただ隠し通路の先にある岩を動かせばいいだけで、現れた女神はゲームの通り感謝の言葉を延べて、おれにチケットを手渡した。
ちなみにこの間、ジルともうひとりの従者は呆然として立っているだけだったが……まあ、普通に考えて超展開だし仕方がないね。
女神がどこへとなく消えたあと。
おれはチケットを手に、考えを整理する。
このチケットでガチャユニットを手に入れられるといっても、それはたったの一体だけで……それだけでは王都奪還など夢また夢だ。
ほかに、ガチャユニットを入手するアテなどない。
よって下手なキャラクターを手に入れたら、やはり詰む。
なにも考えず強いキャラクターを手に入れても詰む。
でも、おれには、たったひとりだけこの状況を打開できるキャラクターのアテがあった。
このキャラでいいのか、間違ってないか、ここに来るまで何度も考えて……。
やるしかない、これしかないと結論づけた。
チケットを握りしめ、頭のなかでそのキャラクターの名前と顔を思い描く。
ゲームでは手に入れたものの育成すらろくにしていなかったキャラクターだが、それはリソースの選択と集中の結果であり、攻略ウィキを丹念に読み込んでスペックについては熟知している。
というか本命のピックアップでなんどもかわりに出てきては天井リセットしてくれやがった、ある意味で非常に腹立たしいキャラクターなのだが……。
いまこそ、おまえのちからが必要なんだ。
おれはチケットを高く掲げ。
破り捨てる。
「来い、機装繰りのマキナ!」
チケットが、破れ目から白い輝きを放つ。
目を開けていられないほど強い光だ。
背後で呻く従者たちの声。
そして、その圧倒的な光輝が収まったとき。
目の前で、動く気配がある。
おれは、うっすらと目を開ける。
赤いぼろぼろのマントを羽織った、ひとりの少女が、そこに立っていた。
身の丈は百四十センチもない小柄な少女だ。
それが、うつろな目をして、おれを見上げている。
「機装繰りのマキナ。操者のお呼びに従い、参上いたしました」
鈴の音が鳴るような声で、少女は告げる。
従者たちの、息を呑む音。
おれは手ぶりで、彼らに動かぬよう命じる。
「あー。マキナ、状況はどこまで理解している」
「まったくインプットされていません。統一機構とのコンタクト消失。ですが、あなたが操者ということだけは理解しています」
なるほど、そうか。
百万年戦争ドゥームズデイにおいてガチャから出現されるキャラクターは、おおきく三つに分かれる。
同じ世界の同じ時代、どこかにいる誰か。
同じ世界の別の時代、どこかにいた誰か。
そして別の世界から呼ばれた誰かである。
この機装繰りのマキナは三番目、別の世界から召喚されたキャラクターだった。
ゲームにおいては。
機怪世界ゴリアテを支配する統一機構のもと生まれた半機械生命体の最高峰、S級機装の一体が彼女だ。
しかも彼女の場合、機装の統率を得意とする。
ゲームにおいては星五のユニットであるため、五千体の機装を召喚することが可能であったのだが……。
「まず、確認だ。マキナ、きみは機装を召喚することができるか。何体、召喚することができる」
「イエス、操者。五千体です」
「よろしい。次の質問だ。きみは設定上、機装の開発や改造も得意だったはずだが……」
設定、というところでマキナが小首をかしげた。
彼女たち機装は表情が変化しない。
だからなのか、仕草で言葉以上のものを伝えようとする。
おれは慌てて「頭に浮かんだんだ、きみのスペックが」と適当なフォローを入れる。
マキナは納得したようにうなずくと、「ものによりますが、あれば可能です」と返事をした。
「素晴らしい!」
おれは思わず、そう叫んでいた。
「きみを選んだことは、間違いじゃなかった。いや、きみじゃなければダメだった。きみ以外に考えられなかった。よかった。本当に、よかった」
マキナは、また小首をかしげている。
振り返れば、ふたりの従者は唖然とした様子で、突如として少女が出現した衝撃から立ち直っていない。
「すぐに出発するぞ」
「こ、こんどはどこへ」
戸惑いながらも、ジルが訊ねてくる。
おれは、にやりとする。
寺院を出て、青空を見上げた。
「あっちだ」
*
数日後。
おれたちは荒野に立っていた。
空はいちめん、厚い雲に覆われている。
灰色荒野。
いつ来ても曇り空で有名な大地である。
おれはここで、マキナに部下を数体、召喚するよう命じた。
目もくらむような輝きと共に、金属の肌を持つ機械人形が出現する。
機装。
身の丈二メートルを越える、ちょっとした巨人だ。
ゲームでは、パワー系でタフ、かつ移動力も高いユニットとして、微課金勢ではそこそこ使われていたらしい。
最高レアのひとつ手前の星五ながら、一時的な火力では最高レアすら凌ぐ、そういうところが好まれていた。
膠着した戦場に横からこいつらを突貫させて突き崩す戦術には、ジャベリンという呼称があったくらいである。
ただし、弱点もある。
治療系ユニットでのHPゲージ回復ができないのだ。
機械系ユニットの修復は、時間経過による自動回復のみで、これはマキナが自分で部下を修理している、という設定らしい。
で、いまそのあたりは関係なくて……。
このマキナが召喚する機装は、飛行能力を持っている。
おれの命令で、マキナは機装の翼を展開させ、おれと従者たちを両腕で抱え上げる。
おれたちは宙に舞い上がった。
ジルが悲鳴をあげる。
おれも振り落とされないよう、懸命に機装の肩にしがみついていた。
機装たちはぐんぐん高度をあげる。
雲を突き破る。
すがすがしい太陽の光が降りそそぎ、思わず目をつぶる。
ゆっくりとまぶたと持ち上げると、目の前に、おおきな島があった。
雲の上に浮かぶ島が。
ここがおれたちの目的地、ストーリー第三期の舞台である遺失浮遊島だ。
「そこの空港跡地に着陸しろ。いまの段階なら管制機構は機能停止しているはず、安心していい」
おれは余計なことをいわず、ただそう指示を出す。
まあ心のなかではちょっとこう日本人ならいいたくなるような国民的アニメのセリフがあったけど、どうせ伝わらないしまた怪訝な目をされるのはわかっていたので呑み込んでおく。
百万年戦争ドゥームズデイのメインストーリーにおいて、プレイヤーの部隊がここに来るのは、王都を奪還し隣国を魔物の手から解放したあとのこととなる。
実装はリリースから二年後。
知性の高い魔物の一部隊がこの島を乗っ取り、最終兵器フォトン爆弾を地上に投下する準備に入っていると判明したため、慌ててこの島を目指すというお話だった。
そのメインストーリーにおいては、魔物たちはこの島の防衛機構を復活させていたため、苦戦を強いられることになる。
ついには、魔物たちはこの島の超技術でもって己を改造し、大パワーアップして襲ってくる。
それはリリースから二年を経て完成されたプレイヤー軍団をも圧倒するパワーで……という感じだった。
だが、大陸への魔物の侵攻が始まったばかりの時間軸であるこの段階においては。
この島の守備を任されるマシンソルジャーたちは眠りについたままのはず。
おれの目的は、そのあたりの兵器をまるっと奪ってしまうことであった。
たしか魔物たちは、この島を占拠するために異世界の遺産、機装を用いたはず。
今回、その役目を果たしてもらうために、おれはわざわざ、マキナを選んだ。
はたして……。
マキナはこの島の中心部、メインシステムの機械群を目の前にして、「なるほど」とうなずいてみせる。
これならば、己でも制御できると。
「この島は、遠い昔、わたしたちの世界からこの世界に来たのですね」
「やっぱり、そうなのか。設定ではそのへん、はっきりと明言されなかったけど」
設定、と聞いてまたマキナが小首をかしげるので、気にするなと手を振っておく。
なお、おれの従者ふたりは機械文明の遺産を前にビクビクして縮こまっていた。
まあ、無理もない。
「この島を制御し、操者の敵である魔物たちを攻撃するのですね」
「いや、違うぞ」
マキナの言葉に対して、おれは首を横に振る。
「この段階で島の全戦力を解放すれば、王都は奪還できるかもしれない。でも、それだけだ。戦力の拡充が難しい以上、早晩、手詰まりになる」
「では、どうするのですか」
「戦力だ。とにかく、戦力を増やすしかない」
だから、とおれは告げる。
その地の名を。
*
深い森の一角に、二千人もの人々が集まっていた。
ぼろぼろの服を着て、疲れ果て、飢えた人々の頭上に影が差す。
口々におどろきの声をあげる彼らを、おれは浮遊島の上から眺めて……。
「彼らが、その戦力、なのですか」
「ああ」
「とうてい、魔物には敵わないと思いますが……」
無表情ながらも戸惑っていることがよくわかる様子のマキナに、おれは笑いかける。
とうてい笑えるような内容ではないのだが、いまのおれは、ただこれから行うことについて堂々としているしかないのだ。
「この島には、この世界の文明を凌駕した技術が存在する。マキナ、きみはその一端をすでに解析したはずだ。おれが指示した内容も頭に入っている。そうだろう」
「はい、メモリにはまだ余裕があります」
「これから、おれは彼らに、戦う意思を問う。望む者はすべて、この島の技術で改造してやって欲しい。彼らを……機装にしてやって欲しいんだ」
本来のストーリーにおいて、この島を占拠した魔物たちは、機装のちからによって己の身を機装に改造し、襲ってきた。
であれば。
あそこでおれたちを見上げている難民たちも、機装に改造できるのではないか。
マキナを通して検索した結果、答えはYESだった。
ただし、彼らは二度と、ヒトには戻れなくなってしまうが……。
そのかわり、ちからを得ることができる。
親を、妻を、子どもを殺された者たちに、復讐するちからを。
家族を守りたいと願うものたちに、守るためのちからを。
己を捨ててでも人類のために戦いたいと願うものに、ちからを。
代償としてとりあげるのは、汝らの未来である。
おまえたちは、永遠の兵士として奉仕するのだ。
魔物をこの大陸から追い出すまで、いや、魔物たちが二度と戻ってこないよう彼らの本拠を叩くまで、永劫に戦い続けるのだ。
……おれは、演説した。
言葉は、なぜかするすると口から出てきた。
王子としてのこれまでの生が、大勢の前で臆することなくその宣言を成し遂げさせた。
集まった人々のほぼ全員が、機装への改造手術を受け入れた。
もとより、彼らには後がないのだ。
すでに失うべきものは失い尽くしていたのである。
マキナは粛々と、彼らに改造手術をほどこした。
手術は九割五分以上の確率で成功し、ほどなくして二千体の機装が配下に加わった。
失敗した者たちの墓は、地上につくり……。
浮遊島は、彼ら二千体を乗せて旅立った。
魔物に怯え逃げ隠れする人々を集め、そのなかの希望者を機装にすることで配下を増やしつつ、大陸各地をまわった。
いよいよ針路を王都を向けたときには、もと人間の機装だけで十万体を超えていた。
*
王都の奪還は、あっという間だった。
いきなり頭上から降ってくる十万体もの機装によって、王都を占拠していた三万体の魔物たちはなすすべもなく狩られていった。
もはやヒトに戻ることもできず、憎しみだけが固定された機装たちは、逃げ惑う魔物たちを思うがまま殺戮した。
おれの配下たちは、ちょっとまずいかなー、というくらい執拗に魔物を追い回した。
まあ、統制のとれた行動が必要な部分については、マキナ直属の五千体でなんとかなったのでよしとしよう。
ヒトから改造された機装たちの使いかたについてはまた考えていかないといけない。
王都奪還でひと息つくわけにはいかなかった。
なにしろ、すでに住民もいない都市である。
いずれは散り散りとなった人々も戻ってくるかもしれないが……。
その前に、周辺の魔物たちを叩くのだ。
魔物たちが頭に乗って分散しているうちに、各個撃破する必要がある。
その過程で、離散した人々から志願者をとりこみ、軍勢を強化していかなくては。
「進軍だ」
おれは高らかに告げた。
機装となった兵士たちが、歓声をあげる。
彼らの戦意は、いまだ旺盛だった。
*
浮遊島は、各地を転戦した。
あっという間に一年が経ち……。
大陸の主要な魔物の拠点は、その大部分を潰してみせた。
おれの軍勢は、ゆうに百万を超えていた。
機装は食事がいらず、メンテナンスもほとんど必要がない。
いまでは軍をいくつかに分け、残った魔物たちを追い詰める作業が彼らの主な仕事であった。
マキナが解析し量産した通信機によって、各地の情報がぞくぞくと集まってくる。
情報を分析し、適切な指示を出すのがいまのおれの、主な仕事であった。
それも、まもなく終焉に向かっている。
「王子。これから先、どうなさるのですか」
ジルが訊ねてくる。
おれは、大陸の地図をちらりとみて……。
ゆっくりと、首を振った。
「次の段階に入ろう」
「そ、それは……?」
「隣の大陸だ。魔物たちは、そっちでも好き放題やっているはずなんだ」
ゲームのメインストーリーにおける第四期である。
隣の大陸では魔物の奴隷となった人類が悲惨な生活を送っていて、陰謀やら裏切りやらがあるのだが……。
機装がメインのおれたちには、なんの関係もない。
浮遊島は、隣の大陸に進軍した。
敵にまわった人類ごと、隣の大陸の魔物を粉砕していった。
志願してきた難民は、次々と機装にしていく。
またたく間に、機装の総数が二百万を超えた。
そんなある日……。
おれは、暗殺されかける。
助けを求めてきた辺境の王国で、王族との会談中に、その城ごと爆破されたのである。
爆砕した城からおれが助け出されたとき、機装たちはすでに、その王国におけるあらゆる脅威を排除していた。
暗殺を仕掛けた王族たちは、魔物に脅されてそれを行ったのだが……おれの指示がないうちに、機装たちは王都の住民もろとも根こそぎ滅ぼしてしまった。
命令を下したのはマキナで、おれは自分が不在の場合の全権を彼女に預けていたから、それは仕方がない。
マキナがその命令を下したのはじつに的確で、そうしていなければ二次災害が発生したかもしれなかった。
実際に、王都の住民の一部が魔物に変身して襲ってきたというし……これ、今後も気をつけないといけないな。
もっとも、それ以上の問題が発生していた。
おれはたしかに無事だったけれど、それはジルともうひとりの従者が、身を挺してかばってくれたからだったのだ。
ジルは瓦礫に押しつぶされ、半死半生の状態で発見された。
完全な治療は不可能で、よくて寝たきりだろうとのことであった。
もうひとりの従者は完全に死んでいた。
もしガチャが使えれば、治療の魔法を使えるキャラクターを呼び出したりもできたのだろうが……。
いまのおれたちにできることは、なにもなかった。
いや……。
「王子、お願いがあります」
ベッドの上で、おれをみあげて。
いつものえへらとした笑顔で。
ジルは、いった。
「わたしを機装にしてください」
彼女の決意は固かった。
おれは手をつくし、言葉をつくして説得したのだが、ついに翻意を促すことはできなかった。
もとより、希望者はことごとく機装にしてきたおれである、いまさらジルひとりを例外にはできなかった。
機械の身体になったあとも、ジルはおれの忠実なしもべとして、常におれのそばにつき従った。
もはや笑顔はつくれなかったけれど、彼女が嬉しそうにしているのは、なんとなくわかった。
「だって、王子。これからはわたしが、どんなときでも王子をお守りできるのですよ。もっともっと、王子の役に立てるのですよ。わたしは、それが嬉しくてしかたがないのです」
そうじゃないんだ、と王子としてのおれが叫んでいた。
きみはおれの幼馴染で、大切な友であったのではないかと。
もっとも、その気持ちを表に出すことは、いまのおれの立場では不可能だった。
機装の数は、すでに三百万体を超え、もうひとつの大陸から魔物を駆逐するのも時間の問題だった。
いよいよ、人類はこの戦いに勝利しようとしていた。
そして、人類の勝利後、ふたつの大陸を治めることができるのは……おれしかいなかった。
*
離島の隅々にまで手を伸ばし、魔物たちのことごとくを掃討するまでに、あの王都が焼け落ちた日から三年が経過していた。
浮遊島と機装の、この世界における役目は、終わりを告げた。
だがそれは、次の戦いの始まりにすぎない。
「反撃のときだ。魔物たちは、隣接する並行世界からやってきた。ワールドゲートを通って。ゲートの解析は終了した。これより我々は、逆侵攻をかける」
五百万体となった機装の壮大な軍勢を前に……。
機装大将軍ジルが、そう宣言した。
いまやおれの代弁者、大将軍となったかつての少女は、かたわらのマキナとともに、玉座に座るおれを振り返る。
「それでは、陛下。行ってまいります」
恭しく、頭を下げる。
おれは重々しくうなずくしかなかった。
おれが、ふたつの大陸を統べる統一帝国の皇帝として即位してから、一年が過ぎていた。
魔物から解放された各国はもはや疲弊し尽くし、独力では国家としての体裁を維持できなくなっていたのである。
庇護下にある土地を増やしながら侵攻を続けたおれの軍勢も、いつからか機装化する者のほかに、ヒトのまま補助的な役割を担う者が増えていった。
今回の遠征においては、機装化した者の九割九分が出撃する。
だが、残る一パーセントでも、この世界に残るあらゆる武力を集めたよりはるかに強力だった。
そして、この世界を治める者として、何年かかるかわからない出征の指揮をおれが執るわけにいかないのも明らかだった。
最初は、なんとしてもおれがいく、と駄々をこねた。
幹部の全員が反対し、猛烈に説得された。
彼らのほうが正しいと、よく理解していただけに、わがままをいうにも限界があった。
おれが機装になる、という選択肢は存在しなかった。
皇帝はヒトとしてこの世界をよく治め、跡継ぎをつくらなければならない。
おれがその地位を投げ出せば、弱体化しすぎたヒトは、泥沼の争いの果てに滅びるだろうと計算された。
「だいじょうぶですよ、陛下。そんな顔をなさらないでください」
ジルが、やさしい声でいう。
おれは、どんな表情をしていたのだろう。
彼女の顔かたちは変わっても、その声色すらも変化してしまっても。
あの幼いころからおれにつき従ってきた少女の姿が、重なる。
いつも無邪気な笑顔で、おれを見上げていた竹馬の友の姿が。
「ちょっと行ってくるだけですから」
「ああ」
「おさらば、です」
ジルが笑った、ような気がした。
機装は表情が変化しないのに。
それでも、ありし日のような笑顔を見たような気が、した。
浮遊島に五百万の機装が乗り込む。
それを指揮するジルとマキナが、最後に搭乗する。
島全体を、バリアが包む。
浮遊島の前方の空間が歪み、漆黒のゲートが口を開ける。
島が、ゆっくりとゲートの向こう側に消え……。
そして、ゲートがかき消える。
向こう側の世界になにが待っているのか、おれは知らない。
そのストーリーは第六期以降の予定で、おれは実装前に死んで、こっちの世界に転生してしまったのだから。
ただひとつ、運営からの告知で……それが二度と戻れない長い旅であるということだけは知っていた。
それでも、彼らは赴かなければならなかった。
この世界のために。
いや、無数に連なる並行世界すべての平穏のために。
幻視する。
いつか、遠い未来。
彼女たちの帰還を歓迎する、おれの子孫たちの姿を。
「またな」
蒼穹を見上げ、おれは呟いた。
すぐに政務に戻らなければならない。
だけど、どうしても彼女たちが消えた空間から目を離せず……。
けっきょく、日が暮れるまで。
おれはそうして、空を見上げていたのだった。
了




