クリスマスプレゼント
俺はサンタクロースだ。
いかにも人のよさそうなジジイではないからそうは見えないかもしれないが、毎年良い子にはちゃんとプレゼントを配り歩いている。
今日は良い子の欲しいものリストの確認だ。クリスマスまでにはまだまだ時間があるが、今のうちに確認しておかないと後で地獄を見る。だからこうして、日課の昼飯後の散歩中もリストを確認しているのだ。
それにしても、歩きながらというのは危ないし疲れた。いつも通る公園のベンチがちょうど空いている。そこに座ってリストを見ることにした。
「おじさん、いつも昼間から公園にいるけど、仕事ないの?」
見上げると、俺の目の前には学校帰りと思しき女子高生が立っていた。
「仕事ならある。まだ繁忙期じゃないだけだ」
「へえ、繁忙期いつ?」
「クリスマスイブからクリスマスまでだ」
「えー、それもうサンタじゃん」
「お察しの通り、サンタクロースだよ」
女子高生はにんまり笑った。
「へえ!なるほどね!サンタクロース!そりゃ大変だわー、おつかれ!」
「お前絶対信じてないだろ」
「だって赤い帽子かぶってないし髭もないし」
サンタクロースの基準はそこか。まあ、信じろという方が無理なのかもしれないが。
「じゃあ…」
女子高生は俺のリストを適当にめくり適当な名前を指さすと、欲しいものの欄を隠して言った。
「この子の欲しいものはなーんだ?」
この子供は3丁目の蕎麦屋の娘だ。
「ええと…遊園地のチケット?」
「残念!ゲーム機でしたー」
彼女はふふんと鼻を鳴らした。
「そんなのでサンタ務まるの?」
「大丈夫だ、一部の親達とは業務提携もしてるからな。俺が直々に配るのはごく一部だ」
ふーん、と生返事。まだ信じていない様子だ。
「提携した親にもプレゼントあげたりするの?」
「俺は正真正銘のサンタクロースだからな、子供にしかプレゼントはやれねえんだ」
「じゃあさ、私にもプレゼントくれる?」
「お前、いくつだ」
「16歳」
「…まあ一応子供か…で、何が欲しいんだ?」
女子高生はしばらく考えこんでから言った。
「私はね…1日だけでいいから、普通の家族が欲しい」
しまった、重いのがきた。
「…ポメラニアンとかどうだ?」
「そういうのじゃなくて!だいたい私猫派だし!」
さすがに高校生に誤魔化しはきかなかったようだ。
「家族をってなあ…高校生だし一人暮らしじゃないんだろ?それだとちょっとなあ」
「どうせクリスマスだからって家に帰って来たりしないよ、ねえいいでしょ?」
「人間なんて用意してないぞ」
「じゃあおじさんが来てくれればいいじゃない」
なるほど、それもアリか。いやちょっと待て。
「さすがにそれはまずくないか」
「サンタってそんな変なことするの?引くわー」
「しないから!お前みたいなお子ちゃまは興味ねえし!」
「じゃあいいでしょ?」
困った。俺は純粋な子供のおねだりに弱い。そうでなくても、サンタクロースは基本子供のお願いを断れないことになっている。
「クリスマスの昼からで、1日だけならいいぞ」
「1日だけってのはいいけど、昼からってのは微妙」
「サンタクロースの活動時間知ってるだろ?イブから当日にかけては仕事なんだよ」
「わかったよ、しょうがないなあ」
これで契約成立、といったところだろうか。女子高生は帰ろうとして、何かを思い出したように振り向いた。
「本当に来てくれるよね?」
「ああ」
「じゃあ指切りしよ」
彼女は小指を出した。マニキュアが塗られている、いかにも女の子といった感じの指にいい歳した男の指を絡めるのは気が引けたが、多分こいつはやらないと解放してくれない。
「指切りげんまん、嘘吐いたら針千本飲ーます、指切った!」
約束だよ、私予定空けとくからね、と言いながら女子高生は帰っていった。
その後、あの女子高生の名前──紗江というらしい──と家の場所を調べるのに余計な時間を費やすことになったのは内緒だ。
さて、なんやかやとクリスマス当日である。今年もとりあえず全員のもとにプレゼントを届けることが出来、無事に日の出を迎えた。
正直言って一晩中働いたのだから今すぐ寝たい。だが約束してしまったものは仕方がない。俺はこの間の女子高生、紗江の家へ向かった。
インターホンを鳴らすと、すぐに紗江は出てきた。
「ちゃんと玄関から入ってくるんだ、ウケる」
「こっそり入ったら通報されるわ」
「まあいいや、入って!」
リビングに入ると、中央のテーブルにケーキが置いてあった。
「じゃーん、張り切ってケーキ作ったの!」
最近流行りのフォトジェニック感はないものの、クラシックでこぢんまりとしたホールケーキだ。
「待ってて、今切ってあげる!写真撮るなら今だよ?」
「いや別にいい」
紗江は むう、と頬を膨らませた。コーラ持っていって、と言われ台所へ行くと、泡立て器や色々な種類のボウルがどっさり積まれていた。ついでにオーブンの説明書も。
「はい洗ってない道具の方は見ない!コーラとコップ置いといて」
当然のように渡してきたので、当然のように受け取って並べてしまった。
「さあ、食うか」
「ちょっと待った!写真撮るから」
紗江はケーキを持って自撮りの体勢だ。
「おじさんも入って!」
「嫌だよ、おっさんが入ってどうするんだよ」
「いいじゃん、サンタクロースと撮りましたーって言えばいいし。見た目全然サンタじゃないけど」
「うるせえ」
結局数枚撮られた。SNSへの投稿だけは何とか勘弁してもらった。
「では写真も済んだところで、お酌しますよー?」
「どうもどうも…酌っつってもコーラ…」
「細かいことは気にしないの、私のもお願い」
「はいはい」
何だかいけないことをしている気がする。だが紗江は俺がそんなことを思っていることには全く気づかず、呑気に
「かんぱーい」
などとのたまった。
ケーキは、素人が作ったにしては上出来の味だった。ただ、これを作るのがいかに大変だったかを延々と聞かされたのはうんざり…もとい、色々な意味で大変だなあと思った。
食べ終わると、紗江は慣れた様子で片付けを始めた。
「洗い物しなきゃ、その間におじさんは洗濯物畳んでおいて」
「はあ!?なんで俺が」
「家族でしょ」
そう言われるともう何も言い返せない。俺は今日は客としてではなく、家族としてここにいるのだから。
畳みながら世間話でもすることにした。
「学校、楽しいか?」
「うーん…普通」
「普通ってなんだよ」
「別に悪くはないけど、友達はあんまりいないし。てかクリスマス関係ないじゃん」
紗江は無邪気に笑った。人と話すのが楽しくてたまらないといった感じだ。
「友達いないのか」
「あんまりって言ったから!いるから!」
そんな他愛もない話をしているうちに洗濯物は片付き、すぐに手持ち無沙汰になってしまった。そんな俺を恨めしそうに見る紗江に言った。
「料理の道具は合間をみて少しずつ片付けると楽だぞ」
「…はーい」
「今日は手伝ってやるから」
紗江の顔がほころんだ。ほんのちょっとだけ可愛いと思ってしまったのが悔しかった。
ふと気がつくと、もう日が傾いていた。子供の帰りを促すアナウンスも聞こえてくる。
「もうそろそろ帰るわ」
「ずっといてくれてもいいんだよ?」
顔は笑っているが、目は寂しそうだ。
「今日だけって言っただろ」
そうだよね、と目を伏せる。紗江はいつもこんなふうに我慢し続けてきたのだろうか。
俺はこんなとき、気の利いたことは言えない方だ。それでも今はサンタクロースとして何か言ってやらないといけない。クリスマスくらい楽しい思いをさせてやるのが俺の仕事なのだから。
「これは今年のクリスマスの分だからな」
「じゃあ来年もまた来てくれる?」
俺は顎に手を当て、思案顔を作った。そして、ニッと笑って言った。
「次のクリスマスまでに紗江が良い子にしていたら、またプレゼントを持ってきてやるよ」