ゲームの概要
(これは……ゲームじゃない)
「何だか、違法な匂いがプンプンするな。というか、違法だろ?」
「悪魔に人間の法律は適応されないぞよ」
「都合がいいな」
「始める前には50KP進呈するぞな。メニューから選ぶとそこのコンピューターに記録されるぞな。ケケッ……」
俺は『ばある』が持ってきたメニュー表をじっくりと見る。レベルに簡単な説明。必要なKPが記されている。俺は疑問に思った点を質問する。
「ガーディアンのモンスターのレベルがあるが、これはどういう基準なんだ?」
よくゲームでもレベルなんて言葉が使われているが、あの設定基準が分からない。レベル100と聞くとものすごく強い気はするが、MAXが1000レベルもあれば100はそんなに強くないということにもなる。
「レベル1で戦闘訓練されていない大人が倒せる強さという設定になっておる」
そう言うと、『ばある』はカサカサという音に反応した。俺の机にあった雑誌を持つと、その音がした方向の黒い小さな物体めがけて叩きつける。
「まあ、この生物はレベル1ぞな」
「ゴキブリだろ!」
「こんなのはダンジョンにたくさん生息しているぞな」
「そこからこの部屋に入ってきたのか?」
「元からいたぞよ」
「う~っ」
俺は反省した。そういえば、もう1週間くらい掃除してない。食べたお菓子の袋とか放置しておいたのがまずかったか。アイツ等はどこからでも侵入してくる。
「こんな弱い生物はレベル1設定じゃが、何とか倒せるレベルまで1ぞな。レベル2は戦闘訓練を受けた冒険者が1対1で何とか倒せるレベルぞな」
「なるほど……」
となると、このメニュー(?)にあるコボルトとかゴブリンというモンスターは、冒険者1人と同じ強さというわけだ。(強くないか?)ちなみに、コボルトというのは、犬の頭をした亜人類。ゴブリンは鬼のような顔をした亜人類。いずれも小柄な人間程度のファンタジーRPGでは定番の雑魚モンスターだ。
「冒険者にもレベルがあるぞよ。まあ、初級冒険者ならレベル2のモンスターは問題なく倒せるぞな」
「それを早く言えよ。やっぱり、雑魚じゃないか!」
「さらに冒険者の職業にもよるぞな。魔法使いだと、魔法でたちまち複数のガーディアンを倒すことができるぞよ。ゴブリンが10匹いてもスリープの魔法で全員おねんねぞよ。ケケッ……」
「もっと強いガーディアンはいないのか?」
「もちろん、備えているがどうせ交換できないから、初期メニューには載っておらんぞよ」
最初に付与されるのは50KPである。広いダンジョンに配置するとなると、確かにあまり強いガーディアンは交換できないだろう。ちなみにガーディアンは排除されても、次の準備時間になると復活するらしい。購入したらずっと手駒として使えるのだ。
またトラップは翌日、配置を変えることができる。但し、ダンジョンの構造は変えることができないとのことだ。
(う~む……)
なんだか、このゲームに引き込まれている俺。『ばある』の奴にうまく丸め込まれているのだが、この不思議な状態に俺はひどく冷静になっていた。
「おい、ばある」
「なんじゃ」
「この買えるメニューの割に初期のKPが少なくないか?」
「50KPもあれば、そこそこトラップもガーディアンも買えるぞよ」
「いいや、ちょっと少ない。初期のゲーマーを支援するには足りない。ゲームバランスが悪いのはダメだ。これはかなりのクソゲーだな」
ばあるは両手を広げてやれやれという表情をした。1000年も生きていると豪語するだけあって、俺のようなクレーマーのいなし方を知っているようだ。
「一応、ダンジョンマスターには大量にKPを手に入れるルールはあるが、それはお主には無理ぞよ」
「そんな方法があるのか?」
「ククク……それをすればそうじゃのう。1万KPは手に入る。しかし、その方法はお主には無理ぞよ。それに条件も満たしていないぞよ」
「条件?」
「いずれ分かる。それをするには悪魔の心が必要じゃ」
ばあるの言葉に俺の心がきゅっと縮んだ。何だか恐ろしいことだと俺は感じた。触れてはいけないもの、知ってはいけないもの特有の臭いがする。
(このゲーム……軽く考えてはいけないような気がする。今の状況が夢や俺の妄想ではないことは確実。だとすると、真剣に取り組まないと大変なことになる気がする)
これは俺の予感。今の状況が本物なら、無事で元の世界へ戻れる保証なんかない。俺はこのゲームの真の姿を知るよりも、今夜、自分がこのゲームをクリアすることを優先した方がよいと気持ちを切り替えた。
「ダンジョンの実際の広さはどのくらいだ? このモニターの画面じゃよく分からん」
「お主の担当するエリアは、画面の正方形1個分が1m×1mのエリアぞな」
「うむ。それが縦横100枚だから、100m×100mか。1ヘクタールってとこだな」
学校で習う単位『ヘクタール』言葉は知っていても、あまり生活では出てこないので、具体的に広さがイメージできない俺。1ヘクタールが俺の支配できるエリア。一緒に参加している『炭酸』のおっさんや『堕天使』、佐藤さんも同じ広さを支配しているから、4人合わせればそれなりの広さのダンジョンと言えなくはない。
ちなみに4人ひと組で参加なので、このダンジョンは4人で管理する。ダンジョンマスターが4人いるわけだ。
「KPポイントが貯まれば、もっと広げることもできるし、下へと階層を広げることもでるぞよ」
「そこまでやるつもりはない。どうすれば、元の世界へ戻れるのだ?」
「そんなことを心配しておったぞよ?」
「当たり前だ。まさか、戻れないとかはないだろうな」
「ふふふ……。お前たちは一生、ダンジョンマスターとして暮らすしかないと言いたところだが……、おい、お主、なぜ、わちきの首に紐を巻く?」
「ちょっと懲らしめるためだ」
俺は部屋にあった延長コードをぐるぐると『ばある』の首に巻いた。
「わーやめろ、やめるぞよ! 悪魔を懲らしめようとはとんでもない奴ぞな!」
「冗談じゃなく、戻れないなら容赦はしないぞ。お前はどうやら人間じゃなさそうだからな!」
「ケケッ! とんでもない奴ぞな!」
『ばある』は慌てて俺から離れる。首からコードを外して俺を睨みつける。
(そもそも、悪魔って首を締めた程度で死ぬのか?)
そんな素朴な疑問が湧いたが、『ばある』の慌てぶりをみると不可能ではないのかもしれない。
「心配しなくても、侵入者を撃退すれば、元の世界へ戻れるぞよ。但し、今日から7日間、21時になるとこの部屋はダンジョンと繋がる。7日間、冒険者を撃退し続ければ解放されるぞよ」
「撃退って?」
「全滅させるか、撤退させるぞよ」
「うむ。少しだけ分かった」
「分かったなら、早く準備をするよな」
俺は50KPの使い道を考える。雑魚モンスターを配置しても冒険者に撃破されると考えるとあまり効果的ではないと俺は思った。2KPのコボルトを25匹配置したところで、魔法使いの魔法をくらえば全滅もありえるからだ。
「トラップというのは、罠だと思うが購入するとどうなるのだ?」
「また質問ぞな?」
コウモリの羽をパタパタ動かす『ばある』。端正な眉をしかめて、面倒くさそうな表情をする。
「購入するとエリアに設置できるぞな。作動タイミングはトラップによるが、こちらの操作で作動が可能なトラップもある。リストでいけば、動く壁と岩はこちらでタイミングを調整できるぞよ」
「じゃあ、俺はこうする」
俺が買ったものは次のとおりだ。
油床×2(6KP) 岩×1(20KP) 動く壁×1(10KP)
ウィル・オー・ウイスプ×2(4KP) オーク×1(10KP)
「……お主は頭がいいぞな」
俺の買ったものを見て、『ばある』が本当に感心したように呟いた。俺の狙いを読み取ったのであろうが、この程度で頭がよいと言われても嬉しくはない。それよりも、俺は肝心なことを『ばある』が説明していないことに気がついた。
「確か、参加特典で願いを叶えるってのが、あったと思ったのだが」
「ああ!」
『ばある』の奴、今更ながらに驚いている。
「説明するのを忘れておったぞよ!」
「お前、俺が言わなきゃ、そのままスルーしただろう!」
「ケケッ、そう怒るな。普通は最初にわちきにそれを言うのが人間の常ぞな。お主はどうやら、願い目的でこのゲームに参加したわけではなさそうぞな」
そうりゃそうだ。俺は佐藤さんが心配でやってきたのだ。そもそも、このゲームの特典目的ではない。
「願いは何でもよいが、人の理を大きく損なうことはダメぞな」
「例えば?」
「死んだ人間を生き返らすとか、世界一の大金持ちにするとか、不老不死にしろとかじゃ」
「なんか、とんでもないことお願いする奴がいたんだな」
「人間の欲望は限りがない。まあ、普通の金持ちにしろとかだったら、十分可能じゃぞ。お前の仲間の一人の願いはそれじゃった」
(炭酸だろ、あのおっさんなら金しかない)
「あとは?」
「脱童貞」
「はあ?」
「何度も言わせるな。わちきとて、恥じらいある乙女ぞよ」
「1000歳のババアだろが!」
たぶん、その願いは『堕天使』だろうと俺は確信している。このグループの紅一点。佐藤さんはどんな願いをしたのであろうか。