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ゲスなダンジョン  作者: 九重七六八
第5章 ラストダンジョン<DMサイド>
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最終日 償い

 最終日。


 俺は相変わらず、誰もいない家を後にした。記憶を失っていた俺は妄想で父や母の存在を作り出していた。だから、母親は朝の慌ただしい時間を演出し、父親は新聞を読みながら俺に学校の出来事を聞くようなありきたりの演出をした。


 今は違う。誰もいない家があるだけだ。そんな誰もいない家から俺は学校へ向かう。そして、学校には最後のダンジョンマスターが待っていた。


 麻生美月あそうみつきである。


 彼女は悲しげにそれでいて、決意を秘めた目で俺を待っていた。今日は7日目で最終日であり、そして彼女にとっても最終てきな行動を起こす日でもあったからだ。


「麻生さん、随分と手の込んだことをするね」


 人気のいない体育館裏の通路で俺はそう後姿の麻生さんに話しかけた。校門で俺を待っていた麻生さんは、目で俺を誘うとここへ案内したのだ。


「渡辺君、人間はどこまでひどいことができるんだろうね……」


 麻生さんはそう悲しげに振り返った。少し涙を浮かべている。


「さあね。何か強い意志がなくても残酷なことができる奴もいるからね」


 俺は素っ気なくそう答える。


「渡辺くんは違うの?」

「……」


 俺は沈黙した。例え、目的があったとしてもそれは正当化する理由にはならない。正当化は所詮、言い訳に過ぎない。


「渡辺君があんなひどいことをする人だって信じられなかった……あの女の人……かわいそう……」

「あんなのが可哀そう?」

「……」


「麻生さんは、本当にお姫様だね。あの女は金目当てで男を殺してきたゲス女だよ。生きる権利はない」

「それでも……それでも、殺してはいけない」

「なるほど。だから、君はいままで冒険者を殺さなかった。まるで聖女様だね。自分が殺されたとしても、君は殺さないんだ」


 麻生さんは俺を見つめる。俺には彼女の真意が今一つ分かっていない。


 彼女は俺がかつて落としいれて犠牲にした『五郎丸』の妹だ。だから、最初は俺に復讐するために近づいたのだと思った。銀行員の佐藤さんという仮の姿でSNS仲間になり、巻き込まれたようにゲームに参加した。

 

 そして記憶を失って素人然の俺を殺そうと画策していたはずだ。だが、これまでそんな気配はない。最初はそれをしようと思っていたが、ダンジョンのルールの過酷さと残酷な行為に圧倒され戦意がなくなってしまったのだと俺は思っていた。


 だが、麻生さんの態度はそういう消極さとは少し違うようだと俺には感じた。悲しげな眼にはどこか決意みたいなものが宿っているようだったからだ。


「巴さんは、渡辺君がしていることは喜んでいないと思うわ」

「はあ!」


 俺の心に怒りが沸き起こった。麻生さんに近づき、驚いて後ずさりし、壁に追い詰められた彼女に迫る。


「あんたに何が分かる……」

「かわいそう……悪魔に魂を縛られている……」

「な……なんだと……俺が悪魔に……」


 麻生さんは驚く俺にそっと唇を重ねた。驚いた俺はその場で身動きができなかった。


「KPを1億納めれば、巴さんが生き返るなんて悪魔たちの嘘。彼らを信じてはいけない。そして彼らの言いなりになってはいけない。あのゲームで何かを得てはいけない」


 麻生さんはそう言った。


「私の目的は兄の敵討ちでも、KPを稼ぐことでもない。地獄に落ちたあなたたちを救いたいだけなの……」


 思いがけない麻生さんの目的に、俺は混乱しながらも、彼女の言っていることを頭の中で整理していた。


(悪魔に施しを受けないだと……確かに彼女は配分されたKPには手を付けていない。それに冒険者をこれまで一人も殺していない……だけど……)


「悪魔に施しを受けていないだって。嘘も大概にしろよ。君の友達の加藤真理子さんは、ばあるに願って命を助けてもらったんだろ。願いなら不老不死にできなくも、定められた寿命まで生きられるようにできるから」


「違うよ……。真理子は自分で意識を取りもどしたの。悪魔に願って寿命を引き延ばしても、それは仮の寿命。それをしたら悪魔に魂を縛られるだけ……私は何も願わない。それが唯一、あのダンジョンのゲームを攻略する方法」


「何を言ってるんだい、麻生さん。そんな自己犠牲、ただの自殺行為。冒険者に凌辱されて殺されるだけだよ。今晩、君の運命はそうなる。俺が助けてやらなくはないけど」


 俺はそう言ったが本心ではない。先ほど、キスをされたからと言って、麻生さんに心なんか動かない。俺の心は巴で占められていたから。


「あなたは悪魔。その言葉も嘘。私の魂をKPに変えるつもりでしょう。私の兄のように」


「何とでも言えよ。今晩のゲームがラストだ。麻生さんのダンジョンはトラップもない、ガーディアンはオーガヘッドや俺のダンジョンから逃れた野良ガーディアンのみ。神聖騎士団が突入すれば、君は殺される。100%ね……」


「……例え、そうだとしても私は殺さない。自分を見失わず、あなたを地獄から救うそれだけ。それが私の兄への供養……」


「供養というなら、俺を殺せばいいのに。いいよ、君の魂はROOMを開けられた時、冒険者に殺される前に刀へ封じ込めてあげるよ。一生、俺の魔刀としてこき使ってあげるよ」


 俺はそう捨て台詞を吐いて、麻生さんの前から姿を消した。授業を受ける気にはなれなかった。何だか、もやもやいた気持ちが俺の心を悩ます。


(あの女、自分の立場が分かっていない。自分の命が風前の灯、しかも、俺の思いでどうにでもなるということを理解していない)



 麻生さんの言ったことは、俺には理解できない。冒険者を殺さず、ダンジョンマスターを陥れることもなく、この悪魔のゲームを生き抜けるはずがない。




「ケケッ……いよいよ、最後の日じゃな。お主の生き残りはほぼ確定みたいじゃが、麻生という女はどうするぞよ……」


 幼女悪魔ばあるは、俺にそんなことをつぶやいた。そんなことは俺にも分からない。どうなるかは予想もつかない。というか、神聖騎士団に踏み込まれて無残にも殺されるだけという一択しかない。


(ただで殺されても面白くない。やっぱり、魂を刀へ封印してしまおう。巴の時とは違い、俺には錬成窯がある……)


 人間の魂と刀を錬成窯へ入れれば、封印は完成だ。他のダンジョンマスターの干渉を阻むROOMの決壊が壊れた時に麻生さんの魂を錬成窯へ入れてしまえばいいだけだ。


「ソレデハ……ROOM9ヘ……」


 俺は黒騎士ハンニバルに化けて神聖騎士団第1隊へと合流している。継続任務なので、このダンジョンに新しいダンジョンマスターは配置されていない。今日、麻生さんの支配するROOM9を落とせば終わりなのである。


「ハンニバル殿、助太刀よろしく頼む」


 そうロブ・ヴァンダム隊長は俺に頭を下げる。実際のところ、俺が出るまでもない。野良ガーディアンなど神聖騎士には敵ではないし、トラップもないダンジョンなら、初心者冒険者でも攻略できる。


 だが、その抵抗のなさが神聖騎士たちに疑念を抱かせた。これまでこんな無抵抗な例は一度もなく、神聖騎士にとってはあまりにも不気味に映ったのだ。


 俺が彼らに帯同するのは、麻生さんが踏み込まれたときにどういう態度を取るのか実際に見たかったし、殺される寸前に刀へ封印してやろうと考えていたからだ。しかし、神聖騎士たちと行動を共にすることで、彼らのダンジョンマスターへの復讐心が徐々に冷静になっていくことを感じ取ってしまった。


(それでも、麻生さん、君は彼らをなめている。無抵抗だからといって、ダンジョンマスターは悪。殺さない理由はない)


 やがてROOM9にたどり着いた。


 神聖騎士たちは剣を抜き、戦闘態勢に入る。そして、ロブがドアのノブに手をかけた。ドアがゆっくりと開く。


「ダンジョンマスター、覚悟!」


 ロブ隊長が突入した。神聖騎士たちも続く。俺も最後に踏み込んだ。

 そして足が止まった。


(なんだ、これは!)


 部屋はそのダンジョンマスターの人間界での部屋と直結しているのが普通だ。しかし、麻生さんの部屋は違った。白い白い、ただ白い部屋。いや、部屋とは呼べない広さの空間。空間を限定する壁は一切ない。


「な、なんだ、ここは……」

「ありえない……こんなところ、見たことがない……」


 神聖騎士たちが口々に驚きの声を上げる。


(これはどういうことだよ、ばある……)


 俺は心の中でばあるに確認する。ばあるも理解できないようなのか、返事がない。

 やがて、中心に光の柱が現れ、そこに両手を合わせて祈る麻生さんが現れた。その姿は聖女そのもの。あまりの神々しさに神聖騎士たちは声も出せず、ただ見つめるばかり。


「ダマサレルナ……アレガダンジョンマスターダゾ……」


 俺は黒騎士ハンニバルとして、そう神聖騎士たちに攻撃を呼びかける。だが、明らかに躊躇している。仕方なく、俺自身が攻撃に移る。


「加速×2……力倍増……」


 攻撃力を高める魔法を唱える。しかし、空しいことがわかった。魔法が打ち消されたのだ。


(ここが魔法無効エリア……)


 やむを得ず、俺は魔刀巴ともえを振り上げ、祈る麻生さんに斬りかかったが、光に包まれた麻生さんにその攻撃は届かない。

 

 俺の攻撃に触発されて何人かの神聖騎士が攻撃を加えたが、すべて無効であった。隊長のロブを始め、残りの神聖騎士たちは剣を床に落とし、立ちすくむのみ。


「争いは止めなさい……。神聖騎士の皆さん……ここは争う場所ではありません……」


 祈る麻生さんの口は動いていないが、その声はこの空間にいる全員に届いてる。聞いた神聖騎士たちは跪き、そして祈りを捧げた。ここにいるのは神が使わされた聖女様だと理解したのだ。


(馬鹿な、そんな馬鹿なことはあるか!)


 俺は無茶苦茶に刀を振り回し、麻生さんに斬りかかったが、その攻撃は一太刀も通らなかった。むしろ、一振りする度に七色の光が飛び散り、刃が欠けていく。刀身にヒビが入り、それがポキンと折れて地面に突き刺さった時に俺の心も折れた。


 俺は両膝を地面に着け、天を仰ぐ。刀に封じられていた巴が天に召されていくのが分かった。魂が解放されたのだ。それだけでない。父や母、麻生さんの兄である五郎丸、炭酸や堕天使、オーガヘッドに偽佐藤さん……このダンジョンのゲームで死んだり、生贄にされたりした人間の魂が天に昇っていくのである。


 救済……。魂の救済は祈ること。仏や神を信じて祈る。


 争わず、ののしらず、殺さず。汝の隣人を愛する。自己を犠牲にして他人を思いやる。


このダンジョンの世界ではありえない概念。それに触れた時に、ダンジョンを支配していた悪魔は退散するのだ。




 いつの間にか、俺の黒い鎧は剥がれ、俺自身、生まれ変わった姿で倒れた。


(終わった……俺はどうすればいい……俺の罪は……俺は死にたい。死ななければ、償いえない大きな罪を犯した……)



「死んではいけません」


 そう心に麻生さんの声が響いた。


「あなたは罪を償いなさい。あなたの命ある限り、償うのです。神に祈り、人々に善行を尽くしなさい。それがあなたの償いです……」

「……そんなことで罪が償えるのか?」


「償えるかどうかは、あなたの献身次第です……。しかし、あなたはきっとやり遂げるでしょう。それが神様の言葉なのです……あなたの罪を赦すと」


 俺の頬に涙が2筋流れていった。




 *


 俺は学校をやめて仏門に入った。

 寺の修行をこなし、町の出て托鉢を行い、ひたすら読経をする日々。


 そしてネットに依存し、心を病んだ若者の力になるよう力を尽くした。


 それが俺の償い。


 匿名だからといって、ネットの世界でゲスな行為を繰り返し、しまいには自らまで病んでしまう人間を救うのだ。




ああ……書いてて病みそうになったw。自分にこういうダークな作品の才能がないとつくづく思ってしまいました。嫁ごはんやウェポンディーラーズみたいなギャグテイストやほんわかした話の方が書いてて面白い。それもあってか、ポイントは伸びず停滞。いろいろ反省と作家としての自分の力を思い知ると同時に方向性も見えました。

面白さが今一つですみません。でも、並行して書いていた「ウサギ男はプロポりたい」より、ポイントが多くてこの手のジャンルのニーズがあるのかなと知りました。支えてくださった700超もの読者様、ブクマしてくれて感謝です。

1か月ほど充電して、次の作品を投稿したいと思います。次は得意な方面でがんばります。

今後ともよろしくお願いします。

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