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ゲスなダンジョン  作者: 九重七六八
第5章 ラストダンジョン<DMサイド>
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ゲス女に死を

「トラップ、サブウェイか……とんでもない罠だな」

「あら、あなたが死ななかったのなら意味はないわ……」

 

俺が前方の暗がりにそう話しかけると、そこにはROOM11に君臨するダンジョンマスターが立っていた。赤いローブにエリマキトカゲのような派手な襟。手にはきらきら光る宝石をちりばめた杖をもつ女である。


「初めまして……彷徨える子羊さん……というのはおかしいな」


 俺は先ほどまで天井に深く突き刺していた刀を鞘へと収める。そして、そのけばけばしい女魔導士風の格好をした女性を見る。女は俺の言葉を聞いてクスクス笑い始めた。


「あら……初めましてとかよそよそしいわね。黒騎士ハンニバル様は少し前まで私の体を味わったのではないのですか?」

「……西村さん……あなたの狙いはやはりお金ですか?」


 俺はズバリ聞いた。この西村と名乗った偽佐藤さんは、ダンジョンマスターを生き延びた経験者だ。どこかで俺たちのダンジョンのことを聞き、俺からURLを聞いてタイミングよく参加した中途参加者だ。


 こんな自分の命をかけるようなゲームから、運よく助かったにも関わらず、再び参加するものもいる。俺もそうだが、この西村というお姉さんもそうだ。


 このお姉さんの狙いは俺とは違う。ある意味、もっとも直球で分かりやすいものだ。それは金。冒険者を殺してその魂を悪魔に献上して盛られるKPキルポイント。これを換金して金を稼ぐ。そういうことにはまってしまった哀れな人間だ。


「ククク……。残念だったわ。今のサブウェイのトラップで死んでくれたら、あなただけでも1億円は稼げたのに。神聖騎士は一人につき100万円くらいかしら。労働力の割には報酬は少なくて嫌いだわ」


 人を粉々にしておいて、この言い草。このお姉さんもかなりゲスである。そのゲスなお姉さんは、ダンジョンマスターとして俺の前に現れた。その目的は俺を殺すことである。


「トラップでは死ねなかったようだから、こいつを相手にしてもらうわ。いくらあなたでも、こいつに勝てないでしょうから……うふふ……さあ、イッツ、ショウタイムよ!」


 偽佐藤さんの後ろに現れたのは、青い皮膚をもったモンスター。翼をもつ巨大なサルのようなもの。するどい爪と牙はそれだけで、見るものを圧倒する。


「さあ、私のかわいいグレーターデーモン。TRくんをここで殺してちょうだい!」


 俺は刀に手をかけた。グレーターデーモン。ガーディアンの中でも突出した能力をもつ魔神だ。まず、魔法攻撃を90%の確率で無効化する。そしてこいつ自身が使う魔法は強力だ。神聖騎士団でも魔法攻撃の波状攻撃を食らえば、全滅もありうる強敵だ。


「魔法が効かないなら、斬って殺すしかないな」


 俺はそう事も無げに言った。決して強がりではない。グレーターデーモンは強敵であるが、今の装備なら問題ない。俺のそんな余裕に偽佐藤さんは忌々しそうな表情になる。


「あら、この子、皮膚も硬いのよ。そんな刀で斬れると思っているの?」

「ああ……問題ないさ……この刀は俺の大事な人の魂でできているからな。 


俺は刀を抜く。波紋が美しく浮き出た刀身は、妖しい雰囲気をまとわせ、そしてじっとりと徐々に濡れていく。やがて、滴り落ちるように水滴が刀の先端から零れ落ちる。この刀は特別だ。どんなものでも切り裂く。


グレーターデーモンは呪文の詠唱を始めている。詠唱の前に切り裂くこともできたが、偽佐藤さんに圧倒的な力を見せつけることが必要であった。


「何か余裕こいているけど、この子の魔法は強力だよ。さあ、グレーターデーモンよ。凍てつく波動でこの少年を凍らせておしまい!」


 グレーターデーモンが吠えた。そして突き出した右腕から氷の波動が沸き起こり、俺に向かって放たれた。


「デス・ブリザード!」


 渦のように氷の粒と冷却された空気が俺に襲い掛かる。それは触れたものを凍らせ、そして粉々に分解させる恐ろしい魔法である。もし、魔法の鎧でなかったら、鎧ごと体が凍り、それで絶命しただろう。


 しかし、黒い鎧に身をまとった俺には効果がない。


「な、なぜ……そんな鎧どこで手に入れたの!?」

「非売品さ……これは父さんと母さんの魂で手に入れたもの」

「お父さんとお母さんって……まさか!」

「くくく……何驚いているの?」

「……」


 俺は刀を振り上げてグレーターデーモンを一刀両断にする。デーモンは身動き一つできなかった。


「うそ……こんなに強いなんて……」


 驚いて石のように固まった偽佐藤さん。信じられないといった表情でこの世から消えていくグレーターデーモンを見守る。


「あんたも仲間のダンジョンマスターを随分たくさん生贄にしたんじゃないの……それこそ何億円ものお金を手に入れるために」


 俺はそう言って偽佐藤さんに刀の切っ先を向ける。偽佐藤さんは、やっと硬直を解き俺の方を見る。その眼にはまだ光が宿っている。


(まだ何か企んでいそうだな……このお姉さん)


 俺は偽佐藤さんが次にどんなことをするのか、少し楽しみになってきた。それはおそらく『想定内』であるが、それが当たった時の彼女の顔が面白いだろうと思ったのだ。


「ねえ、知っているTRくん。ダンジョンマスターは冒険者よりもKPが稼げるってこと。冒険者に殺されちゃったらダンジョンマスターには1KPも手に入らないけど、ガーディアンで直接殺すと結構入るのよ。それも強ければ強いほど高額。いや、悪魔的に言えば、殺したダンジョンマスターが卑劣で自己中心的、冒険者を残酷に殺してきただけでなく、仲間のダンジョンマスターを陥れて犠牲にしてきたクズでゲスな奴ほど、大量のKPが手に入るの……」


「それはそれは……。偽佐藤さん、それで俺に近づいたんだ」


 俺の言葉には少しつじつまが合わないことがある。ダンジョンで殺すのなら、リアルな俺に会う必要もないし、わざわざベッドを共にする必要はない。そんなことをすれば、情がわいて殺しにくくなる……。


(ああ……そういうことか……)


 俺には合点がいった。なぜ、偽佐藤さんが俺に体を許したのか。


「ふふふ……そうよ。ガーディアンで殺すよりももっとKPを稼げる方法。愛する人を生贄に差し出すの。その愛する人がゲスな奴ほど大量にKPが手に入る。TRくんのご両親は善人だったから、そんなに稼げなかったでしょうけど。あなたはきっと数億円に匹敵するわね。とってもゲスだから……」


「それは褒めてくれてありがとうですかね。でも、疑問があるのですけど。俺はダンジョンマスターであるから、同じダンジョンマスターである偽佐藤さんが俺を生贄にすることなどできないのでは?」


「ふふふ……かわいい坊や。何も知らないのね。ダンジョンマスターはROOMから出れば、他のダンジョンマスターの干渉を受ける。今のあなたはROOMから出たフリーな状態」


「なるほど……でも、俺はあなたを愛していないけど」

「ふふふ……ははは……やっぱり坊やね。いいわ、教えてあげる。あなたとSEXしたのはそのため。男はね、抱いた女を忘れないものなの。私の正体をばらして憎んだとしても、つながった感触は忘れられない。男は馬鹿なのよ。やった女は俺のもんだと思ってしまうの。脳の奥底に刻まれたその記憶は消せない。下半身の感触は忘れない。みんな死んでいってわ。呆気に取られてね。生贄になることを拒否しても私を否定できなかったのよ。全員、私のためにお金になったわ」


「お金のために人を殺す人間はいるけど、あんたの場合は異常だね。体を重ねた男のことを思うことはないの?」


「あら……あなたは今日食べたお菓子のことを哀れなんて思うの?」

(……この女、腐ってやがる……)


 そう偽佐藤さんの美しい顔が夜叉のように見えた。これまでの男はこの顔を見て絶命していたのであろう。


「さあ、ばあるよ。私は要求します。TRくんを生贄にします。受諾できるわよね……」

「……受託不能ぞよ」

「な、なんですって!」

「TRの心にはお主のことなぞ、微塵もないぞよ……わちきもびっくりじゃ」


 俺はにやりと笑った。そして指を鳴らす。後方で異変が起こる。地面からキノコが次々と生える。これはヒールマッシュルーム。トラップの一つだが、副作用でけがを回復させる。その代わり、この効果を受けたものはバーサーカーと化す。


 その対象は後方でケガをして倒れている生き残った3人の騎士たちだ。


「そ、そんな……私のことをなんとも思っていないなんて……今晩、私を抱いたのはなぜ、抱いても何も感じないなんてありえない」


「あるさ。俺はただ単にあんたの肉体を味わっただけ。西村さん。あんたは、今日食べた昼飯にいとおしさなんて感じるのか」


「うそ、うそよ、ありえない……あなたの年で私の肉体に溺れないなんて……」

「あんたは、今日食った肉に恋い焦がれるのか?」

「なっ!」

「どうやら、神聖騎士たちも反撃の準備ができたようだ……」


 俺は後ろから復讐の炎を燃え上がらせ、狂戦士となって、近づいてくる神聖騎士3名が近づいてくる気配を感じた。


 真っ青な顔になる偽佐藤さん。今から狂戦士たちになぶられた挙句、殺されてしまうのだ。


「助けて、お願い、TRくん、反省してます、どうか、それだけは……」


 懇願する偽佐藤さん。土下座をして俺の足元へ膝まづく。だが、俺は彼女の心根がとことん腐っていることを知っている。これまで同じようなことをした男たちは、彼女によって生贄にされ、彼女の贅沢三昧の金に換えられてきたのだ。


「死にたくなければ、戦って勝てばいいさ。勝てればの話だけどな。ここで死んであの世で殺した男に償うがいいさ、さらばクソビッチ!」


 俺は捨て台詞を残して180度向きを変えた。偽佐藤さんはガーディアンもトラップも使い果たしていた。復讐に燃える3人の神聖騎士に勝てるはずがない。


「ビルシュタイン、アノ女ガ、ダンジョンマスターダ……」


 俺はすれ違いざまにそう呟いた。既に獣となり果てたビルシュタインたちは低い声で俺に答えた。

「ウグルルル……」


 やがて、俺の後方で悲鳴が聞こえる。


「きゃあああああっ…いやあああっ……」


 俺はその叫び声を聴きながら、そのエリアを後にした。まだ神聖騎士団が1隊侵入しているが、時間終了である。


「お主、ゲスよのう……。いくらゲス女でも容赦がない」


 ばあるがゲームを終えた俺に呆れたようにそう言ったが、俺はもう偽佐藤さんのことなんか思い出しもしない。別のことの確認の方が気になる。


「容赦などしない。それで彼女の魂はどれだけだった?」

「……かなりのゲスだったから、20万KPというとこかのう。これで合計2300万KPじゃ。その刀に封じ込めた魂の呼び戻しまでは1億KP必要じゃぞよ」


「ああ……知ってるさ……。前任のぱずずという奴も言っていたからな」


 俺は刀を鞘にしまう。

 そうこの刀は俺にとって大切な人、そのものなのだ。


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