紅の魔女
そして俺のエリアに侵入した冒険者は、俺のダンジョンの調査を進めている。これまでに90%以上のエリアが捜索されてしまい、俺のいるROOM9のすぐそばまで進んできている。
だが、俺の心には動揺がない。記憶を取り戻した俺は、モニター画面にあったフォルダのパスワードを解き、元から持っていたトラップやガーディアンを開放していたからだ。使おうと思えば、目の前の冒険者を数度も殺せる能力が俺にはあった。
(この冒険者、昨夜のメンバーと同じ奴がいるな)
昨日、大活躍したドルイドの女を始め、屈強な戦士から魔法使いまで同じである。神官戦士とレンジャーが新たに加わったようだ。
(ちょっと、いたずらしてやろうか……)
俺は昨日、この冒険者を追っ払った『骸の魔女』を改造していた。これを素材にして、昨日、手に入れたスカウトの女の子の遺体を錬成窯に入れてガーディアンを改造したのである。
できたのは『紅の魔女』。見た目はスカウトの女の子だが、赤いローブを着用し、空中を浮いている箒に腰かけている。
能力は大したことはない。火力系の魔法が少し使えるだけ。冒険者と相対するには弱いようだが、こいつには必殺技があった。
それは『自爆』。抱きしめた相手ごと吹き飛ぶ荒業である。こいつを登場させたのは、かなり意図的であり、そしてゲスな作戦でもあった。
なぜなら、このパーティに加わった神官戦士の青年は、かなりのレベルの要注意敵キャラである。そいつはスカウトの女の子に対して並々ならぬ思いを持っていると知ったのだ。
スパイこうもりは、この神官戦士の言葉を拾って俺に教えてくれる。それには、『アイリの仇だ』とか、「何としてでもアイリの遺体を持って帰る」といった思いを語っていた。
俺は容赦なく、その思いを利用させてもらう。
「お主、悪魔のわちきも驚く、鬼畜な奴じゃ」
ばあるの奴、モニター画面を嬉しそうに見ている。喜々として黒い翼を動かすこの幼女悪魔を見ても嫌悪感も何もない。
そう俺自身が嫌悪対象なのだから。俺は強い意志で自分自身を奮い立たせている。俺を止めるものは全てぶち殺す。どんな手を使ってでもだ。
「紅の魔女を召喚。神官戦士に接近させる」
地面から青白い輪が現れ、そこから紅の魔女が現れる。攻撃態勢は取らない。紅の魔女は格好こそ、赤いローブを着た魔導士であるが顔は昨日、このダンジョンに侵入したスカウトの女の子だ。
神官戦士はドルイドの女が止めるを振り切り、近づく紅の魔女を両手を広げて迎え入れる。俺は恋人同士の熱い抱擁を許可する。神官戦士の青年は涙を流し、そして抱きしめる。華奢な紅の魔女も力いっぱいそれに応える。
「愛し合う恋人が抱き合う。ましてや、死んだと思った恋人が生きていたとなると、男は視野が狭くなる」
「お主、前から思っていたが記憶が戻ったら、とことんゲスぞよ」
悪魔のばあるにそう言われると人間としてどうかと思うが、俺はそれすら問題視しない。紅の魔女は自爆能力がある。それを起動させる方法として、ある行為を指定していた。
それは……。
『キスをすること』
紅の魔女が目を閉じた。
「はい、終わり。これぞ、死の接吻」
「ゲスじゃ」
大爆発が俺のダンジョンを震わせる。神官戦士だけでなく、そこにいたパーティ全員が巻き込まれた。かろうじてドルイドの女は精霊魔法の防御障壁が間に合い、死にはしなかったが、他の者は死んだり、重傷を負ったりして壊滅状態になった。
「お主のことじゃ。これでは済ませないのじゃろう?」
「もちろん、追撃をする」
俺はガーディアンに命じて、息の根を止めに行く。オーク兵とゴーレムの部隊。大けがをした戦士を無慈悲に斧で切り刻み、魔法使いをゴーレムのパンチで粉々にする。
だが、ドルイドの女には逃げられた。ドルイドの女がダンジョンから脱出するレスキューの魔法が封印された石を所持していたのだ。
「詰めが甘かったようじゃのう。まさか、脱出アイテムを持っていたとは……」
「ククク……ばある、俺がそんなミスすると思うのか?」
「……お主、わざと逃がしたのかや?」
「このダンジョンのゲームはあと2日だろう。その2日を戦うための作戦だよ」
ばあるはクスクスと笑った。俺の意図が分かったのであろう。
「さすが、666の数字持ちぞな。戦いに慣れている」
666の数字持ち。
それはこのダンジョンの遊びを7日間生き延びた者の証である。
生き延びたものには、特権が与えられる。それは再び、このゲームに参加するのに二通りの方法が選べること。
1つは新しくできたダンジョンからゲームを始めること。この場合は再び、悪魔から願いを一つだけかなえられる。但し、7日間を生き延びなければならない。
もう一つは他人が始めたダンジョンに途中から入ることができること。この場合、一度もクリアしていない場合は7日間生き延びればよいが、二度目以降の場合は最初のダンジョンが設置された日数に従う。
つまり、5日目に参加すれば2日生き延びればいいのだ。そしてそれまで購入したガーディアンやトラップはそのまま受け継がれる。
但し、途中参加する場合は、そのゲーム固有のURLを知る必要がある。途中参加のメリットは、危険を最低限に回避しながらKPを稼ぐこと。
そう……金である。
「酷い……TRくん……そこまであなたは悪魔になれるの……?」
今まで黙っていた佐藤さんがそうつぶやいた。
俺は返事をしない。
それは、この佐藤さんは俺が今まで思っていた佐藤さんでないから。
俺は思考を巡らせた。
そして、にやりと笑った。
俺はブレない。
最初に決めたことをやりとげるだけなのだ。
*
「アイリ……生きていたんだね……」
神官戦士アーウィンは目の前に現れたアイリを見て、感動で立ちすくんだ。アイリが無残にも殺されたと聞いたアーウィンは、思わず神を疑った。自分はこれまで誠心誠意、神に仕えてきた。
神のために自分の命を捧げ、そして神の敵を容赦なく葬ってきた。
そんな自分の心を狂わしたのが、スカウトの少女アイリ。その可憐な姿とちょっと強気のツンデレに心を奪われた。
だからこそ、目の前のアイリが赤いローブに包まれても、それがガーディアンであると思えなかった。
「アーウィン卿、そいつは敵です。離れてください……」
ドルイドのメイリンはそう警告する。しかし、アーウィンは心ここにあらずといった状態である。その魂は神にではなく、目の前の悪魔に差し出していた。
「アーウィン卿、神への信仰心を……」
メイリンは叫んだが、もう手遅れであった。アーウィンは赤い魔女を抱きしめてしまった。
「メイリン、まずいぞ!」
パーティリーダーのエルドレッドは、異変に気が付いた。すぐさま、仲間に警告する。魔力の瞬間的な膨張を感じ取ったのだ。それはドルイドのメイリンも同様であった。
「光の聖霊よ……その御簾にて我らを守り給え……」
メイリンが杖を掲げた時、大爆発に晒された。メイリンのそばにいたエルドレッドだけが、その魔法の盾の加護に預かった。あとはまともに爆発に巻き込まれた。
「……ぜ、全滅……悪魔だわ……」
メイリンは惨状を目にしたが、ここで悲しむ暇はなかった。ガーディアンが迫ってくる。ケガをした仲間は救えないと判断した。救おうとすれば全滅は必死だ。何としてでも逃れて、この情報を持ち帰らねばならない。
(それがこの悪魔のダンジョンを滅ぼすための選択……)
「メイリン……俺はここで戦う。リーダーが逃げるわけにはいかないからな」
そうエルドレッドは笑った。
メイリンは静かに頷いた。自分が残ったところで、戦闘には役に立たない。
石に封じられた魔法を開放した。