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ゲスなダンジョン  作者: 九重七六八
第5章 ラストダンジョン<DMサイド>
36/45

現実と夢想と

 頭が痛い。

 

昨日のゲームが終わってから、俺はズキズキと痛む頭を抱え、眠れなかった。かろうじて夜が白々と明ける頃、うとうととしたきりである。


それでも7時に目覚ましが鳴ると俺はのそのそと起きだした。今晩のゲームの展開に命がかかっているのに、学校へ行くのは賢い選択とは言えないが、それでも行かなくてはとなぜだか思った。

 

2階の部屋から降りる。いつもは朝ご飯を作っているはずの母がいない。出勤のために新聞を読みながら、母の作った朝食を食べている父の姿もない。


「あれ、母さん、父さん……いないのか……」


 俺は不思議に思った。いや、その見慣れた風景はずっと昔のことだったように思えたのだ。何も置かれていないテーブルは、ずいぶん前から主を失っていたように置いてある。


(母さんも、父さんもどうしたのだろう?)


 家にいる気配もない。部屋を見たが誰もいない。何だか、ずっといないような気配。


(そんなことはない……。2日前に母さんに炭酸のことを聞いた記憶がある。母さんは、そんな事件ないって笑っていた……あれ……記憶が思い出せない)



ズキン……。頭痛がした。



 俺は冷蔵庫を開ける。野菜室にリンゴがあった。俺はそれを手に取ると一口かじった。果汁が口いっぱいに広がる。


(母さんたちがどこへ行ったか気になるけど、まずは学校へ……)


 俺は家を出た。


 学校へ着くと校門のところで嫌な奴が俺を待ち受けていた。鬼頭の奴である。鬼頭は朝からへらへらといらつく笑いを浮かべて、俺を校舎裏の人気のないところへ誘った。


「鬼頭、なんの用だ」


 俺は端的に聞いた。こんなところで鬼頭と2人で会っていたら、それこそ、鬼頭の母親にいじめをしたと決めつけられる。


「ククク……用はすぐに済むさ。そして、君の命もね。今は8時15分。あと12時間45分で君の命が終わることとなる」


「はあ、なに言ってるんだ。お前、ゲームのやり過ぎでおかしくなったのか?」

「おかしいのは君の方さ、なあ、TRくん」


 俺は固まった。鬼頭が俺のことをTRと呼んだ。その呼び名を知ってる奴はあのダンジョンのゲームをしている仲間だけだ。そして俺がTRであることを知っている奴は、佐藤さん以外、いないはずである。


「知っちゃたのさ、渡辺トオルでTRか、安直だったね。そして、君はオーガヘッドたるこのボクに殺される。いや、正確に言うと殺すのは冒険者だけどね」


「オーガヘッド……鬼頭、お前がオーガヘッドだったのか!」


 俺は驚愕した。鬼頭がオーガヘッド。こいつだって安直である。だが、あまりに過ぎて気が付かなっかった。こんなに身近にネットのゲームで出会うものであろうか。だが、これまでのオーガヘッドの言動を考えれば、目の前の男と全く行動原理は似ている。というか、そのものである。


「ああ、ボクこと鬼頭廉治はゲームの天才、オーガヘッドでした。そして、ボクは気に食わない君を今日、公開処刑するんですう~」

「……」


 ズキンと俺の頭の血管が脈を打つ。痛い。痛みがどんどんと強まる。


「あれ~。ブルっちゃったの?」

「……」


「驚いて何も言えないのかな~。いいね、ある意味、その反応はいいよ。もし、今、君が僕に土下座して命乞いをしたら助けてやってもいいんだけどねえ」


 オーガヘッドはそう意地悪そうに俺を見る。だが、俺にはその目が全く信用ならないと思っている。下衆な鬼頭のことだ。土下座したところで平気で約束を違える。


(だから、あのゲームじゃこの男は強いのだ。甘ちゃんの俺よりずっと強い……)

(甘ちゃん……俺は甘ちゃんなのか……?)


 頭の中で誰かが叫ぶ声。それはこう叫ぶ。


(思い出せ!)

(思い出せ!)

(思い出すんだ!)


 ズキン……。頭痛が収まらない。俺は右手を前頭部にあてた。この痛みは、何か新しいものが生まれるような、そんな感覚。生みの苦しみとはよく言ったものだ。


「ふん。土下座はしないようだな」


 俺が全く反応しないので、面白くないと思ったのであろう。鬼頭は不快なことをしゃべりだした。


「ボクの願い、実は昨日、ばあるに言っちゃんたんだよね。知りたい?」

(知りたくもない……)


 俺は目を背けた。それで鬼頭はますます気をよくした。にやけながら自慢げに告白する。


麻生美月あそうみつきをボクの女にするって願いだよ。ばあるの奴、オッケーだって。但し、なぜだか願いの成就は3日後だって。3日って、お前が今のゲームが終わる日だよね。。ボクは5日後だけど。しかし、なぜ、3日なのか君には分からないだろう。ボクは知っちゃったんだよね。まあ、麻生ちゃんを手に入れるまで邪魔されても困るから、話さないけど……」


(麻生さん……美月って名前だったのか……)


 鬼頭のもったいぶった言い方に気になるけれども、それよりも俺は麻生さんの名前を初めて知ったことの方が新鮮であった。クラス開きの自己紹介で聞いたはずだが、忘れてしまっていたのだ。


 ズキン……ズキン……。また俺の頭痛がひどくなる。


(美月という名前……どこかで聞いたような……)


 俺は頭を数回振った。そんなことよりも、鬼頭のゲスな願いの方が重要問題だ。


「お前、命をかけた願いが女かよ……」


 俺は冷静を装ってそう吐き捨てるように言った。本心は違う。心臓が鼓動を徐々に上げていく。心の奥底から怒りがふつふつと湧いてくる。


「なんとでも言えよ。あの真面目で性格も優しい麻生ちゃんが俺の彼女になるんだぜ。もう、ボクちゃんにメロメロ。なんでも言うことを聞いてくれる彼女さ。もうやることを決めてるんだけど。死んでいくTRくんには関係ないよね~」


「ゲスが……」


 俺はそう鬼頭に言うのが精いっぱいであった。鬼頭はゲス野郎だ。麻生さんを願いで思いう通りにするというのもゲス。そして奴は自分の母親を生贄にしてキルポイントを大量にゲットした。それで初期では手に入らない罠やガーディアンを手に入れて冒険者を殺しまくっているのもゲスな行為だ。


(ゲス……ゲス……)


 俺の頭が早鐘のように鳴る。だが、現在のところ、俺にはどうすることもできない。思わず、頭を抱えて座り込むことしかできなかった。その姿を満足そうに見下ろす鬼頭。


 俺は目を閉じた。高笑いしながら、去っていく鬼頭の足音をかすかに聞くのみである。



 学校にいる間中、俺は頭痛に悩まされた。今日は学校は平穏であった。そりゃそうだ。超クレーマーの鬼頭の母親が来なかったからだ。魂を悪魔に差し出されて、今頃冥界を彷徨っていることだろう。息子の育て方を間違えたとはいえ、哀れな最期である。


 それでも、先生たちが穏やかに授業を進める姿をを見ると、オーガヘッドはいい仕事をしたのかもしれない。自己中心的で人に迷惑をかけまくった奴は、死んでも誰も悲しまないものだ。


(だけど、あんな母親でも自分を生んでくれた母親の魂を悪魔に売り飛ばせるものなのか)


 あまりにも非情である。そんなことができる奴は相当なゲス野郎だ。そして、そのゲス野郎の鬼頭はあこがれの麻生さんの魂すら手中にして、もてあそぼうとしている。


 俺は堕天使にもてあそばれたカウンセラーのお姉さんを思い出した。魂が支配された彼女は自分の意志に関係なく、堕天使に体を提供した。だが、どこかで正気は残っていたのであろう。その正気をふりしぼって冒険者に殺してと懇願した。そうでないと自我が保てなかったのであろう。


 その姿を麻生さんと重ねる。


(絶対に彼女をあんな風にしたくはない……)


 俺は心に誓った。鬼頭ことオーガヘッドを倒すしかない。だが、現在の状況はオーガヘッドを倒すどころではない。自分のダンジョンの構造はすべて見抜かれ、トラップもガーディアンもばれている。そして昨日は冒険者を一人も狩れなかったので、チームポイントの500KPのみである。それで新しいガーディアンや罠を買い、錬成窯でバージョンアップしても状況はあまりよいとは言えないだろう。


(自分の命も守り、佐藤さんも守り、そしてオーガヘッドを倒す……)


 そんなことを考えながらの帰り道。思いつめたように帰り道を急いでいる俺に車が近づいてきた。クラクションを鳴らしてドアガラスがスーッと降りていく。


「TRくん、ちょっと時間いい?」


 佐藤さんである。


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