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ゲスなダンジョン  作者: 九重七六八
第3章 混沌と現実と<DMサイド>
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仲違い

4日目。今日を乗り切れば、あと3日である。そして現状は最悪であった。堕天使とオーガヘッドの仲は完全に決裂していた。ゲームする前から罵倒の応酬である。


「クソガキが、お前なんか助けを求めても絶対に助けてなんかやらないからな」

「おっさん、実力もないのに大口を叩くなよ。助けるどころか、てめえは僕が殺す」

「クソガキが、童貞のくせになめるなよ!」

「おっさんもこのゲームする前は童貞だったくせに。なんでも願いが叶うと聞いて、脱童貞なんて痛い、痛すぎてワロス」

「うっせい、やれればいいんだよ。大人の怖さを教えてやる」


 凄まじい口喧嘩、いや、チャットで喧嘩である。お互いに罵り、汚い言葉で侮辱する。そして最後は殺すの応酬である。


 オーガヘッドは自称中学生というが、30過ぎの引きこもりニートの堕天使と対等にやり合っている。第3者的に見ると似通った人間とも言える。


「ケケッ。ダンジョンマスター同士が喧嘩をする。いい傾向じゃのう」


 いつの間にか、悪魔ばあるが俺の背後に現れた。パタパタと黒い羽を動かし、目をキョロキョロさせて嬉しそうである。俺はこのゲームに引き込んだ張本人のこの幼女悪魔の狙いが分かってきた。


 佐藤さんは悪魔ばあるの狙いは人間の魂。異世界の人間をダンジョンマスターに仕立て上げ、冒険者を殺してその魂を奪うことが目的だという。そしてそれはダンジョンマスターであってもいい。悪魔ばあるにとっては、どっちが勝っても負けても利益になるのだ。


「イタタタっ……何をするのじゃ」


 俺は振り返ってばあるの頬をつねる。


「お前の魂胆は分かったさ。お前の狙いは人間の魂……」

「ククク……」


 ばあるは頬をつねられながらも、不敵に笑った。


「当たり前じゃ。あちきは悪魔じゃ。悪魔は人間の魂を集めるものじゃ」

「そしてその魂は冒険者であっても、ダンジョンマスターであっても関係ない」

「……それは否定しないのじゃが、あちきは基本的に7,3でダンジョンマスターの味方ぞよ。ダンジョンマスターの方が多くの魂をあちきにくれるからのう」

「それが本当であってほしいと俺は思うね」


 俺はダンジョンに侵入した冒険者を確認する。これまではモニターに示される基本データだけで対応してきたが、オーガヘッドを見習って偵察コウモリを放って情報収集をしている。これは昨日、オーガヘッドから学んだ方法だ。


 チームが機能しているのなら、こんなことをせず、オーガヘッドから知らせてもらえば済む話であるが、彼も堕天使も信頼に値しない。下手すると偽情報を掴まされる可能性だってある。


「ケケッ……お前は佐藤と称する女と会ったそうじゃのう」

「なぜ知っている?」

「わちきは悪魔じゃ。その悪魔の忠告じゃ。女は恐ろしいぞよ」

「ああ、わかっているよ」


俺はばあるの頭をコツンと拳で叩いた。この幼女の姿をした悪魔を恐ろしくて油断がならないと思っている。


「ククク……分かっているのならよいのじゃ。ほれ、今宵の死刑執行人が来たぞよ……それとも死刑囚かのう……。立場を変えるのはお互いの力のみぞよ」

(わかっているさ……。そして、今日の冒険者が昨日よりも強いこともな)


俺はモニターに映し出される映像に集中する。


侵入してきたのは全身をフルプレートアーマーを着込んだ重戦士1名と革鎧を着た軽装の戦士2名。それにスカウトと魔法使い、僧侶の6名だ。昨日のメンバーに殺された戦士を補充した形だ。


(スカウトと魔法使い、僧侶は昨日、ダンジョンから脱出した奴らだな)


 昨日は負傷して命からがら逃げたはずなのに、もうピンピンしてダンジョンに臨んでいる。魔法で傷を治したのであろうが、昨日の今日は性急すぎる。こちらと異世界は時間の流れが違うのかもしれない。


(まあ、ゲームらしいといえばゲームらしいけど……)


 ゲームの中ならダンジョンから撤退しても、直ぐにHPを回復して再挑戦する。今やっているゲームは、あまりにリアル過ぎて違和感があるのだ。実際なら充分休んでから、再挑戦するはずだ。仲間の戦士

3名が即死するという悲惨な光景を目にしたはずなのに、それすら感じさせないのだ。


「オラオラ、冒険者どもよ、来れるものなら来てみろよ!」


 オーガヘッドのとの口論で興奮状態の堕天使は、冒険者たちを挑発する。冒険者たちは、昨日諦めた堕天使のエリアを探索すると決めたようだ。よって、まずは俺の方には来ない。少しだけ安心するが、監視だけは怠っていない。


「佐藤さん、います?」


 このゲームは、ばあるによれば強制参加である。佐藤さんが参加しているのは確実だが、先程から反応がない。先ほど会ったようなやり手のお姉さんという感じではない。あのお姉さんなら、すぐにこのゲームのコツをかぎ取り、自分の身を守ることはできそうな気はする。


 佐藤さんと会ったことは、俺の心に余裕をもたらせた。もし、俺のエリアで食い止められなくても、彼女なら自らの身を守る手立てはしているだろう。


「TRくん……わたし……今日もゲームをまともに見てられないの」

「佐藤さん、何言ってるんですか……先まで元気だったじゃないですか。堕天使とオーガヘッドの奴ら、喧嘩しちゃって協力するとかという雰囲気じゃないんですよ」


「……ごめんなさい……わたし……心が折れそう」

「佐藤さん……」


 あまりにも弱々しい佐藤さんの言葉。文字だけだから、本当の気持ちは分からない。だが、昨日と同じく弱々しさを感じる。


(おかしい……さっきの佐藤さんと違いすぎるけど)


 こんなデス・ゲームだ。現実世界ではまともでも、ゲームが始まればうつ状態になることはありえる。

 堕天使がいい例だ。彼は現実世界では引きこもりのコミュ症だと思われるが、このゲームでは自信満々だ。オーガヘッドのことは知らないが、彼だって2面性があるに違いない。


(それに俺だって……)


 現実の俺は空気だ。だが、ゲーム内では自信をもって佐藤さんを守っている。不思議と冒険者を殺すことも平然とできる。このゲームは人を狂気で変えるのだ。


「こっちへ来ても無駄だぜ。この落とし穴の列を見ろよ。25mは続く落とし穴。俺様のダンジョンは攻略不可だぜ」


 堕天使は昨日の針の床と岩の落下のトラップをやめて、ずっと続く落とし穴のトラップを構築していた。彼のダンジョンコンセプトは『堅牢』。ハードの面で守りを固めて、冒険者を侵入させないという作戦だ。


「堕天使、その方法は昨日、冒険者たちにバレてるんじゃ?」


 俺は心配でそう堕天使に忠告した。この落とし穴の連続は、昨日、堕天使が使った同じ罠。これでこのトラップを攻略する手段をもたなかった冒険者たちは、オーガヘッドのエリアへと移動したのだ。


「心配は無用だ。昨日よりも穴は長く続いている。何か対策があってもこれは想定外だろう……」


 冒険者たちが壁に楔を打ち出した。スカウトの女の子がそれを行い、後から軽戦士が続く。楔を足場に25mをどんどんと進んでいく。どうやら、この状況に対する準備を万端にしてきたようだ。


「ははははっ……。あんた本当に馬鹿だね。同じ手が通じるわけがないよね」


 馬鹿にするオーガヘッドに堕天使は怒り狂う。


「これだけのわけがないじゃないか。落とし穴の最後にはガーディアンの大群が配置してあるさ。コボルト戦士1個小隊にオーガ。壁を伝って来た冒険者なんか、たった3名。この大群の前には歯が立たないさ」


 確かに落とし穴が25m先まで続く終わりには、堕天使の所有するガーディアンが総結集している。楔を足場に壁を伝って行った冒険者はたった3名。渡った瞬間にひねり潰されるはずだ。


 だが、火炎の弾がその上陸ポイントへ炸裂した。それは3発着弾し、対岸に集結したガーディアンの群れを混乱に陥れる。それを合図に軽戦士2名が飛び移り、剣を抜いて襲いかかる。


「落とし穴の設置が直線過ぎたね。おっさん、本当に馬鹿。魔法使いのファイアーボールの射程距離内だってことに気がついてないようだね」


 オーガヘッドの言うとおりである。もっと曲がりくねった通路に配置すれば、きっとこんな展開にはならなかったはずだ。


 ガコン……。戦士に続いて上陸したスカウトが、罠を解除した。地面に空いた落とし穴が元に戻る。ガシン、ガシンと重い鎧の音を立てて、後方にいた重戦士と僧侶、魔法使いが襲いかかってくる。


「ぎゃあああああっ……」

「ぐぎゃあああっ……」


 コボルト小隊やオーガ戦士はこの圧倒的な攻撃の前に倒れる。


「畜生、畜生め……まだ、ガーディアンはいる。大丈夫だ、凌げるはずだ!」

「はう……くう……あああん」


 堕天使の言葉にヘンな言葉が混じる。

「堕天使、だれか一緒にいるの?」


 俺は堕天使のピンチな状況にも関わらず、その違和感に質問しないわけにはいかなかった。ゲーム中は発した言葉が文字に置き換わる。それはダンジョンマスターには止められない仕組みだ。


「なに、おっさん、女とヤってるの?」


 オーガヘッドの言葉には軽蔑が現れている。それは俺も同じだ。堕天使の奴、契約で落としたお姉さんを連れ込んで、またやりまくっていたらしい。それはゲームの最中もやめていない。


「うるせい……。こんな恐怖に打ち勝つには女とやるしかないだろ。死ぬかもしれないという時にこれは最高に気持ちええぜ」


 嫌な音や嬌声が文字としてモニターに映し出される。


(最低だ……もう狂気を超えて……いる)


 この出来事でわかったことがある。夜の9時を超えた時に部屋にいる人間は、一緒に異世界に行くという事実だ。あのカウンセラーのお姉さんは、堕天使と運命を共にするということになる。


「ううううっ……へへへ……出すもん、出したら冷静になるわ……」


 全部のガーディアンが殺されて丸裸にされた堕天使のダンジョン。だが、堕天使は諦めていなかった。ガーディアンを殺して進む冒険者に最後のトラップを発動したのだ。


 それは『ワープ』であった。冒険者の一団はそのまま30分前に空間へと移動する時間稼ぎのトラップだ。激しい戦いの後だったので、幸いにもスカウトの少女も気がつかなかった。


 30分前は落とし穴のトラップの手前。左へ行けばオーガヘッドのエリア。まっすぐ進めば、堕天使のエリア。


「それ、これで完成だ!」


 堕天使は大きな鉄球を1つ落とした。それは最初の落とし穴へ。これは通路を塞ぐ目的だ。落とし穴へはまった鉄球はそこから動かすことはできず、壁と同じ効果となる。つまり、堕天使のエリアへはいけないということになるのだ。


「へへへ……中学生の坊ちゃんよ。こっちはこれで安全が確定。お前はその強い奴らを相手にしろよ。俺はもう一回、気持ちのいいことして見ていてやるからよ」


 そうオーガヘッドに憎まれ口を叩く堕天使。起死回生のトラップでオーガヘッドに冒険者を押し付けたようだ。


 オーガヘッドは昨日、容赦ないトラップコンボで1人の冒険者を葬った。それで600KPを手に入れたが、それだけではこの手馴れた冒険者たちは厳しいはずだ。


「そういうことかよ。それならボクの腹は固まったよ。お前は今日、殺すよ。いかがわしいことしやがって。神聖なゲームをなんだと思ってるんだ」


オーガヘッドの悪意のある負け惜しみが虚しく響いたと俺はその時思った。だが、それは信じられない光景を目にするファンファーレに過ぎなかった。




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