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ゲスなダンジョン  作者: 九重七六八
第3章 混沌と現実と<DMサイド>
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佐藤さんの正体

 翌日。鬼頭の件で学校へは行きたくなかったが、麻生さんのことが気になった俺は学校へ向かった。学校には鬼頭の母親所有の輸入車が朝から止まっている。今日も朝も早くから、先生たちへの嫌がらせをするのであろう。

 

 麻生さんも今日は元気に学校へ出てきていた。教室で俺を見ると一瞬だけニコッと微笑んだ。それを見ただけで、俺は昨日の出来事を思い出して心の中がウキウキした。鬼頭についての悩みを聞いただけなのであるが、なんだか麻生さんと俺だけの秘密を共有したことがそうさせたと思う。

 

 始業時間が始まるとともに、教室がざわついた。鬼頭の奴が教室に入ってきたのだ。昨日の出来事があったにも関わらず、鬼頭の奴は何事もなかったように目があったクラスメイトにどうでもいい話を一方的にしている。

 

 話しかけられた男子は、まるで腫れものにでも触るかのように接している。無理もない下手するといじめをしたと名指しされかねないのだ。


 その鬼頭が俺を見た。そして、つかつかと近づいてくる。俺は緊張した。なぜか知らないが、この男がいじめをしたと名指ししたリストに俺の名前を入れやがったのだ。


「ふん……お前、調子に乗るのもあと数日だからな。ククク……」


 俺と目を合わせることもなく、すれ違いざまにそんなことを喋った鬼頭。何のことだか、俺には分からない。俺は振り返って、鬼頭の肩に手をかけた。鬼頭は俺を睨む。これ以上ないくらい、恨みを込めた目だ。俺は正直戸惑う。ここまで奴に恨まれるようなことはしていない。


「ど、どういうことだよ?」

「しらばくれるなよ。ボクの大好きな麻生ちゃんは渡さないからな!」


 小声であるが異様な早口でそう鬼頭が話す。俺は何がなんだか分からない。確かに昨日は麻生さんと一緒に帰った。ミックバーガーでコーヒーを一緒に飲んだ。でも、それはあくまでも鬼頭に濡れ衣を着せられたという被害者同士の会話である。俺が麻生さんと付き合っているわけでもないのに、そんな言い方は筋違いというものだ。


「お前、何言ってるんだよ。意味が分からない……」

「意味が分からないのはボクの方さ。でも、お前はあと数日で泣き叫ぶさ。人生で一番悔しがらせてやるからな」


 意味が分からないことを叫ぶ鬼頭。俺とのやりとりを伺っていたクラスメートのうち、濡れ衣を着せられた3人の男子が鬼頭のところへ近づいてきた。かなり怒っている表情だ。


「おい、鬼頭」

「お前、言いがかりも程があるだろうが!」

「いつ俺たちがお前をいじめたんだよ?」


 鬼頭を取り囲む男子。鬼頭はヘラヘラと笑っている。


「なに笑ってるんだよ!」

「お前、いじめが原因で不登校になったんじゃないのかよ?」


 クスクスと笑い始めた鬼頭。口元が醜く歪む。


「不登校?」


 3人の男子をチラチラと見ながら、鬼頭は平然と言ってのけた。


「ここのところ、ゲームに集中しすぎて眠かっただけだよ。それで学校休むと親が心配するだろう。だから、いじめられているので学校行きたくないって言っただけだよ」


「な、なんだって!」


 教室がざわつく。そりゃそうだ。ある程度は予想していたけど、まさか本人の口から真相が語られるとは思わなかった。


「そうしたらママがいじめた奴は誰だって言うから、適当に名前を言っただけさ。ちょっと、最近、むかつく奴は意図的に入れたけど」


「てめえ!」


 男子の一人、小林が鬼頭に殴りかかろうとした。だが、その拳は必死にしがみついた美少女によって阻まれた。麻生さんだ。


「やめて、小林君!」

「あああああっ!」


 そこへ偶然にも現れたのは鬼頭の母親。朝から校長室へ押しかけ、散々に怒鳴り散らしていたのだが、息子のことが気になって教室へやって来たのだ。それを止めようと担任の中村先生と教頭先生が一緒にいる。


「いじめの現場だわ、現行犯よ!」


 カン高い声が鳴り響く。鬼頭の母親はもはや、怒髪天をついた感じの鬼の形相。小林に体当りすると、今度は麻生さんの胸ぐらをつかんであろうことか平手打ちをしたのだ。


 地面に倒れる麻生さん。クラスのみんなは凍りつく。中村先生が麻生さんに駆け寄り、教頭先生が鬼頭の母親の腕を抑える。そうしないと、麻生さんがさらに暴行を受けかねない。だが、それで余計に母親は逆上する。


「それ見たことか、いじめなんかはないってあなたたちは言いましたよね。すべて嘘。やっぱり、隠蔽だった」

「お母さん、落ち着いてください」


 教頭先生がそうなだめるが、怒りの温度はどんどんと沸騰する。見た絵面は、クラスみんなで鬼頭を吊るし上げしていたようにも取れる。実際は全く違うが、悪意があればそうとしか見えないだろう。


 パーン!


 この修羅場に甲高い破裂音が響いた。一瞬で時間が止まった。


 鬼頭だ。鬼頭が母親の頬を叩いたのだ。


「な、なぜ……やっくん、これはどういうこと……」


 ショックで呆然とする母親。鬼頭はそんな母親を見下したように冷たい視線を向ける。


「このクソばばあ……よくもボクの彼女を殴ったな、許さない……」


 鬼頭の野郎、麻生さんを彼女なんて言いやがった。そのまま、教室の扉を乱暴に開けて飛び出して行った。3秒後、フリーズから体が解放された母親が、鬼頭の名前を叫んで後を追っていく。


(今日のところは一件落着だけど……こりゃ、この後の展開はとんでもないぞ)


 解決の糸口は見てこない閉塞感が、誰もが感じていた。理不尽にも頬を叩かれた麻生さんの心のダメージは相当なものだろう。


 その日は重苦しく授業を終えて、みんな黙って帰宅した。麻生さんは保健室へ行ってから、そのまま早退したらしい。あの後にまともに授業なんてできないだろう。




 その日の夕方。授業が終わり、俺は自宅へと急いでいた。


「TR君?」


 駅で俺はそう呼びかけられて、振り返った。駅前の交差点。外車のオープンカーのドアがゆっくりと開く。タイトなスーツスカートから足を揃えて地面に降り立つ。こんな高いヒールでよく運転できたななどと思うまもなく、その女性は見事なプロポーションを俺の前に晒した。


「あ、あなたは?」


 20代後半かなとも思える落ち着いた雰囲気の知的な女性である。弁護士か公認会計士でもやってそうな雰囲気がある。


「あなたに……話したいことがあるの……あのゲームのことで……」


 そう女性は俺に話しかけた。ブランド物のサングラスを取ると色っぽい目を俺に向ける。そして助手席に乗るように親指でクイクイと合図した。


 全く知らない人間に車に乗れと言われたら、普通は警戒して乗らないものだが、俺はこの女性が誰だかおおよそ分かったので、頷いて助手席のドアを開けた。


 車はスっと動き出し、駅から10分ほど離れた港の駐車場へと滑り込む。太陽が沈み、海がキラキラと輝いている。


「あ、あの……佐藤さん……ですよね?」


 車が止まってから俺はそう思い切って聞いてみた。TRという俺のハンドルネーム。そしてゲームのことを知っていることから、この女性は一緒にゲームをしている『佐藤さん』に違いないと思ったのだ。


 佐藤さんは自称銀行員。年回りも俺が想像していたものと同じである。



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