3日目の攻防
午後9時になった。
また部屋がぐにゃりと曲がったような感覚に落ち、俺たちは異世界のダンジョンへと転送される。
3日目のサバイバルが始まったのだ。
新しく加わったオーガヘッドのダンジョンは、堕天使の支配するエリアに隣接した場所。そして奥で佐藤さんのダンジョンとつながっている。つまり、オーガヘッドの住むROOM10の奥の通路を通れば、佐藤さんのエリアへと進むことができる。
冒険者は炭酸の支配するエリアを攻略したから、次に進むべき道は、堕天使のエリアか俺のエリアということになる。仮に堕天使のエリアに入った場合、そのまま堕天使を討ち果たすか、オーガヘッドのエリアへ足を踏み入れるかの選択をすることになる。これは俺と佐藤さんの関係と同じで、佐藤さんの支配するエリアに踏み込むには、俺のエリアを通過しなくてはならない。
4人のダンジョンマスター同士が相互に協力し合えば、強固な防御体制を構築できるはずだが、俺たちのチームワークは最低である。堕天使とオーガヘッドは犬猿の仲。佐藤さんはゲームが始まってからは、恐怖に慄き、ダンジョンマスターらしいことは何一つしていない。
そのため、俺は佐藤さんを守るために、佐藤さんエリアに通じる道をトラップとガーディアンで固めている。
「さあ、入ってきた冒険者の情報を教えるよん~」
どうやら、新しく加わったオーガヘッドはゲームには長けているらしい。闇コウモリを購入して、冒険者を監視している。闇コウモリの能力で、冒険者たちに話し声まで聞こえるのだ。こういう発想を最初からするべきだったと俺は後悔した。そしてオーガヘッドのことを頼もしいと思ってしまった。
「敵の人数は多いな。戦士3、僧侶1、スカウト1に魔法使い1……さて、どう料理しますか?」
この陣容がどれほどのものかは俺には分からない。だが、歩いてくる冒険者の様子をモニターで確認すると、こいつらは昨日の連中とは違うことが分かる。
特にスカウトは警戒しないといけない。この職業の連中はトラップを発見するのが仕事なのだ。そして、この貴重な職業を有するパーティは初心者ではない。ある程度の熟練したパーティなのだ。
トラップによる侵入者撃退を無効にするダンジョンマスターにとっては、スカウトは天敵と言ってもいいだろう。もちろん、攻撃の主力である強い戦士や魔法使いも脅威ではある。
しかし、そういうとてつもない力をもつ冒険者を、一瞬で倒すことができるトラップを事前に破壊できてしまうスカウトの存在は、警戒しなければならない。
(どっちに行く……)
冒険者の一団は三叉路にたどり着いた。左へ曲がれば旧炭酸が支配していたエリア。ここは攻略済みだから冒険者は選択しない。よって、まっすぐ進めば堕天使のエリア。そこから新しく加わったオーガヘッドのエリアへ行くか、それとも堕天使のエリアへは行かず、右へ曲がって俺と佐藤さんのエリアへ行くかだ。
(右だけには来るな……)
俺はそう願った。それは意味のないことであることは充分承知している。なぜなら、いずれ冒険者が自分のエリアへやって来ることは確実だ。冒険者と戦うことは避けられない。
だが、先に他のメンバーのダンジョンで消耗してくれれば、それだけ俺が生き残れる道が広がると思うのだ。本当に自分勝手な嫌な考えであるが、それが生き残るためには必要なのだ。
冒険者たちはこそこそと相談している。特に赤毛のちびっこいスカウトが仕切っている。このスカウトは女の子のようだ。スカウトという職業は、すばしっこさと器用さがあればいいから、女性が選ぶ職業でもある。スカウトの仕事には男のような力はいらないからだ。
(まっすぐ進むようだな……)
これは予想されたことだ。昨日の冒険者パーティは、俺のエリアでほぼ全滅した。凶悪なガーディアンと極悪なトラップのせいだ。冒険者のうちたった一人だけダンジョンから脱出した男の話が伝わっているはずだ。全容は分かってもかなり攻略が難しいエリアだと分かれば、後回しになるだろう。
「へへへ……こっちへ来やがった……いいぜ、相手をしてやろうじゃないか!」
堕天使のテンションが上がっている。しかし、これは恐怖から来る虚勢ではないかと俺は感じた。だが、堕天使はこういうゲームをやりこんだ真性ニートである。
今日はアスモさんから購入した新種のトラップとガーディアンで自分のダンジョンの守りを固めているに違いない。
まずは堕天使のダンジョンの最初の関門。壁から矢が放たれるトラップ。これは前回攻略されたから、当然、改善してある。壁から矢が放たれる単純なトラップはやめて、地面から一定感間隔で鋭いトゲが飛び出る『針の床』である。
だが、これは空ぶった。先頭を歩いていたスカウトが罠を見破ったのだ。間一髪で仲間に呼びかけて回避した。
「やるねえ……だけど、これだけじゃないんだよね!」
堕天使はトラップが避けられると予想していたようだ。今度は屋根から大きな鉄球が落ちてきた。針の床から辛うじて避けた冒険者の背後にだ。
「堕天使、そこには冒険者はいな……そ、そういうことか!」
俺は思わず言いかけた言葉を変えた。鉄の球は地面に落ちてから転がる。堕天使の迷宮は傾斜が意図的につけていたのだ。
ゴロゴログドグド……ダンジョンの地面を転がる巨大な鉄球。そして背後は針の山。冒険者一向にとってはピンチである。
「ははは……全員これで地獄行き~っ」
堕天使がそう勝ち誇ったとき、冒険者たちが思いがけない行動に出た。魔法使いが壁に向かって衝撃魔法エアーバーストは放ったのだ。その衝撃で壁がえぐれる。そのえぐれた部分に全員が飛び込んだ。鉄球は冒険者を踏み潰すこともなく、ゴロゴロと転がって針の山を砕いて止まった。
「ち、ちくしょう~っ」
目論見が外れて悔しがる堕天使。だが、悔しがっている場合ではない。まだ、初期段階で十分なトラップやガーディアンが配置されていないのだ。この鉄球と針の山のコンボトラップが失敗したら痛手に違いない。
「くくく……だが、俺にはこれがある!」
堕天使は落ち込むことなく、次のトラップを発動させた。
堕天使のダンジョンを突き進む冒険者たちは、行く手に無数の落とし穴を発見する。それはまっすぐ進む進路に連続に仕掛けられた穴。落とし穴の連続配置である。
このトラップは冒険者が足を踏み入れると落とす仕掛けのものであるが、堕天使はすでに発動させて冒険者に視認させている。落とし穴の連続で20mは穴である。
(なるほど……わざと落とし穴を見せたのは、物理的に生かせないため……)
俺は堕天使の心うちがわかった。これはある意味賭けである。もし、冒険者たちがこの連続落とし穴のルートを突破できる魔法や道具を持っていた場合、これは失敗となる。落とし穴に落ちないようにロープを張るとか、空中浮遊の魔法があったら万事休すである。
冒険者たちが話し合っている。何かこの罠を突破する方法を考えているようだ。もしかしたら、何か役立つ道具をもっているのかもしれない。
俺の額から汗が滴り落ちる。たぶん、堕天使も同じであろう。心臓をバクバクさせて成り行きを見守っているに違いない。
(どうする……冒険者……あっ)
俺はモニターを確認して安堵した。冒険者たちには、この罠を突破する方法はなかったようだ。堕天使は賭けに勝ったと言える。
同時にそのことは本日、チームに加わったオーガヘッドには不幸なニュースであった。
「オーガヘッド、君のところへ行ったぞ」
俺はそう本日から加わったニューメンバーに話しかける。先程から何も喋らず、黙っていたオーガヘッドは沈黙している。無数の落とし穴で堕天使のダンジョンを諦めた冒険者たちは、まっすぐに進むのをやめて右へと進路を取ったのだ。
そこは今日から加わった初心者ダンジョンマスター、オーガヘッドの支配するエリアである。