一人目の処刑
やがて、自称銀行員の佐藤さんが参加する。モニターに表示された人数が4人になった。
「こんばんは」
「こんばんはー」
挨拶する俺を含むメンバー。そして、時計に針が21時に達する。
「うっ……」
急にめまいがする。部屋がグルグルと回転し、俺は思わず目を閉じた。昨日と同じだ。
「ケケッ……。ゲスなダンジョンの開幕ぞよ」
「わっ! びっくりした~」
いつの間にか隣に幼女悪魔が姿を現す。突然出るからちょっと怖い。
「ばある、お前、今までどこにいたんだ?」
「21時までは魔界におるぞよ」
そう黒い羽をパタパタさせて『ばある』はニヤニヤしている。もはや、こいつが人間でないことは間違いない。そして今から始まるゲームもただのゲームではない。まだいろいろと謎はあるが、人殺しのゲームに違いないのだ。
『冒険者が侵入しました』
モニターにそう表示がされる。俺は画面の端に映し出される映像を見る。本日の侵入者は5人。モニターには侵入者の情報が記される。昨日はあまり表示がなかったが、今日は『戦士3』『魔法使い1』『僧侶1』とある。
「今日は戦士が3人もいるぞよ。攻撃力があるぞよ」
「装備も昨日よりは性能がよさそうだ」
画面で見る限り、革鎧らしきものを着けた昨日の冒険者より、銀色に輝く鎧を着けている分、強そうに見える。
「鉄の盾に鉄の鎧を装備。レベルは普通の冒険者ぞな」
「普通って、昨日の奴の何倍の能力があるんだよ」
「およそ3倍ぞよ」
(3倍……。いきなりかよ……)
俺の背中に冷たいものが走る。入ってはいけない場所へ踏み込んだ。そんな気がしてならない。しかし、『炭酸』と『堕天使』は危機感が全くない。呑気な口調で会話をしてくる。
「そんなもの関係ないさ。さっさと5人殺してゲーム終了。明日は銀行で金をもらうぜ。うっひょー」
「炭酸師匠、少しはこっちへ回してくださいよね」
「うるせー。お前は腰痛いんだろう。ここは俺に任せなさない!」
勝手に盛り上がっている『炭酸』のおっさんと『堕天使』。俺はそんな2人を無視して、冒険者5人の動きを注視する。5人とも、迷わず最初の分かれ道を左に曲がる。まるで道を知っているかのような動きだ。左は『炭酸』のおっさんが支配するエリア。
最初の関門は落ちてくる岩石。これで最低ひとりの冒険者を殺し、パーティを分断し、孤立した者をゴブリンの大群で殺すのだ。『炭酸』のおっさんが言うゴブリンワールドである。
「はい、一人、地獄行き~っ」
先頭の戦士が岩石エリアに足を踏み込む。だが、踏み込んだ途端にバックステップをして後方に下がる。その動きに翻弄された『炭酸』は、タイミングが合わず、岩を落としてしまう。ゴトンと虚しく地面に落ちる大きな丸い岩。
「ちくしょうめ!」
落ちた岩は道を塞ぐが、冒険者5人がそれを押す。元々、丸い岩はその力で通路を転がりだした。転がった先はゴブリンが大量配置された部屋。ゴロンゴロンと転がる大きな岩。
「ギャーッ!」
転がる大きな岩に踏み潰されるゴブリンたち。この部屋には25体のゴブリンが配置されていたが、巨大な岩で20体ほどが虚しく殺された。
「くそ! 近くにいるガーディアンを向かわせる」
『炭酸』のおっさんが焦っている。モニター画面を見ると部屋から出る通路がTの字になっており、その両側にいたガーディアンが部屋へと移動するよう命令されて、進んでいくのが見える。
だが、その前に部屋に残っていたゴブリン5体が3人の戦士によって殺される。ゴブリンの戦闘力では、普通の冒険者に対しては数がなければ歯が立たない。
「炭酸、まずい。戦力の逐次投入になってます」
俺は思わず叫んだ。5体のゴブリンが血祭りに挙げられたあと、2体のゴブリンが部屋に侵入したのだ。殺されに行くようなものである。これなら通路の隅に隠れて、不意打ちした方が効果的である。
「ギャーギャー」
部屋に侵入した2匹のゴブリンも2人の戦士に一刀両断される。
「ちょ、ちょ、やばい」
まだ余裕あるような『炭酸』のおっさんの文字だが、状況は悪い。『炭酸』は最初の50KPでほとんどガーディアンを購入していた。トラップがないので、ダンジョンに変化がない。力押しされるとどうにもならない。
冒険者達は、部屋を出ると右に曲がる。そこにもゴブリン2体がいたがたちまちに血祭りになる。『炭酸』の右エリアはさらに二手に分かれていたが、そこにはトラップもガーディアンもいない。昨日稼いだKPで強化しておけばよかったのに、全部をお金に変えてしまったから貧弱なままなのだ。
「このままじゃ、やばくありません?」
「援軍を出しましょうか、師匠?」
俺と『堕天使』はそう申し出る。『堕天使』は師匠とか言ってる時点でまだ危機感を感じていない。それは当の『炭酸』のおっさんも同様であった。まだどこかでこれは普通のゲームだと思っているようだ。
『ばある』のような悪魔幼女が現れてもどこか信じていないようだ。
「心配ご無用。切り札はちゃんと用意してある」
炭酸のおっさんの余裕のあるコメントの文字がモニターに映し出される。
冒険者たちは宝箱を手に入れると部屋に戻り、さらに左エリアへと足を進める。そこには『炭酸』のおっさんの部屋に通じている『ROOM6』がある。冒険者たちの足が早くなる。目的であるダンジョンマスターのいる部屋に近づいたことを本能的に感じたのであろう。モニターで見ると部屋のある最終エリアまで進んでいる。
「まずいですよ」
俺はそう言葉を発する。すぐに言葉が文字となり、モニターに表示される。
「大丈夫だよ~ん」
『炭酸』はガーディアンを出撃させた。切り札である『オーク戦士』。10KPで手に入る初期メニューにあった中では最強クラスのガーディアンだ。
「こいつのレベルは3。ベテラン冒険者と互角レベル」
モニターで見る限り、オーク戦士は強そうだ。身の丈は2m近くあるし、体つきはプロレスラーと同じ筋肉の塊。そして右手には巨大な斧。それを振り回す。冒険者たちは立ちすくんでいる。
「炭酸、魔法がある。魔法使いを何とかしないと!」
3人の戦士がジリジリ下がりながらも盾で威嚇し、後方の魔法使いに時間を稼いでやっているように俺には見えた。この状態だと攻撃魔法を使われる可能性がある。
「そこらへんは、抜かりありません」
『炭酸』のおっさんはそう言うと、後方に隠れさせていた2体のゴブリンを動かした。最初から後方の魔法使いをこれで倒そうとしていたらしい。いくらレベル3の魔法使いといえ、ゴブリン2体の直接攻撃を食らっては無事では済まない。
「まず、魔法使いを殺す。そして、オーク戦士で戦士どもを蹴散らす!」
「うひょー。さすが、師匠、頭脳プレイ」
今から始まる殺戮ショーに興奮気味の『堕天使』。だが、頭脳プレイは冒険者たちの方であった。
「そういえば、『炭酸』。冒険者は全員で5人だった。一人いない!」
「え、そうだったかな?」
僧侶だ。銀の盾を持った僧侶がいない。
「あっ! 後ろに!」
俺は叫んだ。僧侶がゴブリンの後ろに現れた。罠にかかったのはゴブリン共であった。いかつい体をした僧侶は、身につけた胸当て越しにも相当な体力の持ち主と思われた。手にした武器はモーニングスター。それをブンブンと振り回し、2体のゴブリンを殴打する。
「グギャー」
「へぶし!」
あっさりと倒されるゴブリン。さらに魔法使いの呪文の詠唱が終わった。繰り出された武器は炎の玉。2つの火の玉がオーク戦士に襲いかかる。
「ウガアアアアアッ……」
炎に体が焼かれるオーク戦士。3人の戦士が一斉に襲いかかる。一人は腹を突き刺し、一人は片腕腕を切り落とし、最後の一人は喉をえぐった。この攻撃にさすがのオーク戦士もどうっと倒れる。
「そ、そんな、馬鹿な!」
「ど、どうするよ、師匠」
「え、援軍だ。すぐにガーディアンをよこせ!」
慌てて叫ぶ炭酸のおっさん。オーク戦士を倒した冒険者がROOM6に近づく。モニターからも分かる。
「おい、音がする! 足音がする。ヒタヒタと近づいてくる」
「嘘だろ、『炭酸』のおっさん、逃げろ!」
「やばい、ドアノブが動いた」
「師匠、鍵はないのか?」
「ない……。というか、あるのに意味がない。やば、ドアが開いた」
「嘘だろ、中に入ってきたのか!」
「あ、こんにちは……。俺は……ちょ、剣は仕舞って、話せば分かるから……」
『炭酸』のおっさんが話したことがリアルタイムで文字に打ち出される。モニターには5人の冒険者が『炭酸』のいるROOM6に侵入。端の画像には『炭酸』の部屋が映し出される。6畳ほどの和室。万年床と大人の雑誌が乱雑に散らばっている部屋。『炭酸』のハンドルネームのとおり、炭酸飲料のペットボトルが林立する座卓。
「うああああああっ……斬られた……痛い……死ぬ……嫌だ、これは夢だろ」
「炭酸……!」
「マジかよ……師匠!」
「うぎゃああああああっ……」
それは文字であったが、耳には壮絶な音として届いた。俺は吐き気を催した。殺された。間違いなく殺された。画像には『炭酸』は映っていないが、布団や畳に鮮血が付着している、そして、おぞましいものが座卓に置かれた。
それは……。初めて見る『炭酸』の素顔。
首から下はなかった。




