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ゲスなダンジョン  作者: 九重七六八
第1章 はじまりのダンジョン<DMサイド> 
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悲劇のはじまり

今日から新連載です。

ダンジョンを舞台にしたちょっと怖い物語。主人公は最強のダンジョンマスター。何がゲスいのか、作品を書きながら追求しようと思います。

 高校生になってから、俺は空気になった。エアー男子だ。こう書くとなんだかかっこよくなった気がするが、エアーはエアーだ。よく考えれば虚しい響きだ。

空気になったという状態は存在が周りに溶け込んで、目立たなくなった状態を指す。本当に目立たないからいじめられもしない。ある意味、最強かもしれない。


(そういえば、存在感がないことを武器にして戦うスポーツ漫画があったわ!)


 俺は中学生の頃はクラスでも1位、2位を争う秀才だった。学級委員もやっていたし、当選こそしなかったが、生徒会にも立候補した。運動会でも代表リレーに出て、部活でもバレーボールでレギュラーだった。


(女子からラブレターをもらったこともあったな……)


 その頃は気恥ずかしすぎて断ってしまったが、あの時付き合っておけば、ちょっとは女の子と普通に話せるようになったかもしれない。今はクラスメイトの女子に敬語を使う痛い奴になってしまった。

 高校は地元で一番の進学校へ行った。近所でも自慢だった。だけど、その自慢は4月で後悔に変わった。


(俺程度の人間は腐るほどいる)


 高校に入って最初にやったテスト。順位は300位だった。クラスじゃ後ろから数えた方が早い。そして、初めての数学のテストは4点だった。4問しか問題のないテストは初めてだ。しかもA4サイズの紙にぎっしりと式を書いて証明する。辛うじて部分点もらっての4点。


(無理だ……)

 英語の平均点95点。

 俺の獲得した点88点。

(マジか……)


 もちろん、俺は部活にも入らず、猛勉強した。もう勉強してもいつも平均点をギリギリ下回る程度。要するに普通になってしまった。頑張って普通だ。普通はとにかく目立たない。中学校の頃から目立つことが好きだった俺だが、これはこれで気が楽かもしれないと思うことにした。


 まず、誰とも話さなくていい。朝来て教室に無言で入る。誰も俺に気を止めない。別にそれでいい。気を遣う必要もない。クラスには中学校の同級生もいない。俺だけ、出身中学校の生徒がいないクラスに放り込まれた。最初は心細かったが、今は別にいい。ちょっと許せないのは、今の席のポジション。


(なんで窓側の最後列じゃないのだ!)


 漫画やアニメ、ライトノベルなら普通はそこだ。だが、俺の席は教室真ん中付近の3番目。これといって特徴がない場所だ。だから、授業でも当てられない。それでも、先生にあてられて答えられないと目立つので予習はしていく。


 エアー男子たる俺はこういう奴だ。この地点で引き気味な大半の人間に謝っておこう。


「ごめんなさい」


 そして俺の生き方に共感できる方々。


「生暖かく見守ってください」


(え? 俺の名前か?)


 俺の名前は『渡辺トオル』。いたって普通の名前である。

 容姿も普通。中肉中背。メガネなし。髪型はスパイキーな雰囲気のマシュショートだが、今時の男子高校生はそれなりに髪型に気を使っている。よって普通だ。いっそ何もせずダサい方向にすれば目立つかもしれないが、マイナス方向は無意味だ。


 俺みたいな奴は男子にも女子にもいる。そいつらはそういう者同士で徒党を組む。だから、空気にはならない。人は徒党を組むとそこに存在理由ができる。人間、存在理由ができると姿がくっきり浮かび上がるのだ。


 俺はその点、優秀だ。誰も俺に話しかけないし、誰も俺を見ない。景色に完全に溶け込んだカメレオン。それが空気たる俺の特技だ。


 クラスにはそんな空気人間とは対象的な人間がいる。『輝く人』だ。俺のクラスだと出席番号1番の麻生さん。容姿は言わずもがな美少女だ。腰まである長い髪は、美少女の定番。どんぐり眼が印象的な子だ。この学校の来年のパンフレットのモデルに選ばれたくらいだ。


 麻生さんの下の名前を俺は知らない。クラスの自己紹介の時に名乗ったのであろうが、俺ごときが覚えてはいけない気がする。


 麻生さんの視界には俺は映っていないだろう。それで十分だ。麻生さんと同じ空気を吸ったら普通でなくなる気がする。


(ああ……。空気が空気を吸うのはおかしいか)


 普通に登校して、普通に授業を受け、普通に弁当を食べて、普通に帰る。たまに麻生さんの楽しげな姿を見るが、それはたまたま視界に入った時だけだ。俺のような空気が意識して麻生さんを視界に入れてはいけないのだ。


 そんな普通の俺だが、楽しみがないわけではない。

 最近始めたSNS。偶然にもなぜか、気があって今はメンバー4人からなる『世代サミット』という変な名前のグループに属している。4人のメンバー。


まずは一番の年長と思われる『炭酸』。名前の由来は、いつも炭酸飲料水を手離さないかららしい。『炭酸』の姿は見たことはないが、太ったおじさんしかイメージできない。自称、ライトノベル作家。おそらく兼業。自分のことを『おっさん』と言っている、実年齢は40歳代とのこと。年上だから、『炭酸さん』と敬称つけましょうかといったが、あっさりと断られた。


「自分は『さん』付けで呼ばれる人間ではない」


 そう深そうで深くないセリフを仰った。「あんた『たんさん』で『さん』あるじゃん」とツッコミは入れようと思ったが止めた。この人、精神的には弱そうだからだ。そんな年下の高校生の突っ込みで心が折れそうな感じがする。


 2人目は『堕天使』。こっちは中学生からの真性ニートだそう。ずっと部屋にこもっているらしい。部屋を出るのはトイレと風呂のみ。食事は母親が持ってきてくれるという。ある意味、幸せな人だ。年齢は推定32歳。いじめられて不登校になったのは、19年前とか話していたからおおよそ当たっているであろう。


 3人目は『佐藤さん』。女性だ。本当に女性かどうかは分からないが、この3ヶ月間の会話で少なくとも女性だろうと俺は判断している。さりげない会話から自然な女性らしさがにじみ出ているからだ。年齢は自称24歳。銀行で働くOLらしい。

 佐藤さんはおそらく本名じゃないだろう。日本で2番目に多い名字らしいが、なんとなく適当に付けた感があるのだ。


 そして俺は『TR』というハンドルネームで彼らと毎日のように会話を楽しんでいる。会話といってもキーボードを叩いているだけであるが。俺だけ高校生。あとは年上。変な年齢構成のグループだ


 炭酸は40代の自営業。佐藤さんは20代のサラリーマン。堕天使は30代のニートで俺が10代の高校生。それぞれの世代、立場を代表しているといってもいい。それで名付けたチーム名が『世代サミット』。真面目である。


 それぞれが全然違う立ち位置だけに妙に気が合った。あったというより、自分と関係がないから適当なことが言えたのであろう。お互いの会話が屈託なく受け入れられたのだ。


「ところでさ、みんな何かゲームやってる?」


 40代のおっさん『炭酸』がそう聞いてきた。


「ああ、俺、マジック&ソードエンブレムとか、アルファズ・オン・ラインとか、怪獣狩りに行こうよだとか……」


 ゲーム名を流れるようにタイピングしていくのは『堕天使』。さすがニートである。このあと、10個もタイトルが画面に続いた。ゲーム三昧の日々だからなせる技。だが、うらやましいとはちっとも思えない。


「わたしはメイプルアースRPGぐらいかな」

 サラリーマンの佐藤さん、電車通勤中にやっているのだろうか?


「特にやってないけど……」


 俺はそう面白くもない回答をした。実際、今までは勉強が忙しくてやる気にならなかった。こんな答えをすると、会話が寒くなるかなと思ったが、書いてリターンキーを押してしまったから仕方がない。でも、炭酸は次の話題に振りたくて聞いてきただけであった。


「すげえ、面白いゲームがあるんだけど、知ってるか?」

「何それ?」

「わたしはちょっとだけ聞きたいかな?」

「……」

「ネットで密かに噂なんだけどね。ダンジョンを作って侵入者をぶっ殺すゲームらしい」

「なんだ、そんなのよくあるじゃん」

「私は人を殺すゲームはちょっと……」

「……」


(俺も残酷なのはちょっと苦手だ。いくらゲームでもいい気持ちになれない)


 それにしてもいつもは会話の流れを上手に操る炭酸のおっさん、今日は会話の流し方にキレが悪い。そんなありきたりのゲームに誰も食いつきはしない。それに人殺しのゲームなんて佐藤さんが完全に引いている。


「それがな。4人一組で申し込まないと参加できないんだ」

「変なゲームだな。チームプレイ強制かよ」

「そんなのやらないわ。わたしは興味ない」

「……」

「それがな。侵入者を倒すとポイントが入ってなんと換金できるんだと。一晩で数万円は楽に稼げる」

「え、マジ?」


 堕天使が食いついた。(ニートなのにお金が欲しいのか?)


「そんなの詐欺に決まっているよ。世の中、そういうだましサイトはたくさんあるのよ」


 佐藤さんが至極まともなことを言う。この人、自称銀行員だから、そういう金に関わるトラブルには詳しそうだ。


「騙しじゃないさ。複数のネットから裏は取ってある、それに金だけじゃないぜ。参加者には望みが一つ叶うって特典付き! おじさんはこの特典に惹かれているのだよ」


「ほう……というか、それはないだろ(笑)」


 堕天使の(笑)というのが気になる。ただの文字だが、どうも心境の変化があったように感じる。


「まずます、怪しいよ。カルト宗教のサイトという可能性もあるわ」


 佐藤さんはブレない。この4人の中では最も大人な人だ。


「望みが叶うというのは、ちょっと現実離れしてません?」


 俺もやっとここで会話に参加。(あまりにつまらない話題なので、思わず空気になりかけていたじゃないか!)


「まあ、そう言わずにちょっとだけやってみないか? 入口だけでも行ってみよう」


 今日は珍しく話題に粘着する『炭酸』のおっさん。いつもは空気を読んで、すぐに話題を変えるのに今日は妙に粘着する。居心地のよかったグループだったのになんかストレスである。


https://www.JM7HFGBNDW5trbgBA//eltawa.online.1999666next/go.hell.


URLが送られてきた。このまま、貼り付けコピーすれば、そのゲームのサイトにいけるらしい。


(どうするか……)


 俺は迷った。今日は正直、付いて行きたくない感じがするが、いつもは嫌なことをぶちまけてストレス解消できる仲間だ。こんな些細なことくらいでこの関係を壊したくない。何しろ、俺が空気から人間になれるのは、この時間だけなのだ。


(仕方ない……。ちょっと共有していつもの通りの関係になればいい)


 俺は妥協することにした。でも、俺よりも拒否反応が強そうだった佐藤さんのことが気になった。


(佐藤さんはどうするかな? 4人1組で参加だと佐藤さんもやることになるけど……)


「……入口までだよ。グロかったら参加しないから……」

(佐藤さん、優しすぎる。40過ぎのおじさんなんか無視すればいいのに)


 ストッパーの佐藤さんが陥落した。この人、押しに弱そうだ。普段の生活は大丈夫だろうか。佐藤さんもサイトに行くというから、俺も覚悟を決めた。マウスを動かして左クリック。コピーを選択する。それをネットのアドレスに貼り付け。リターンキーを押す。


「おっ!」


 俺は驚いた。あまりにドキッとしたので、思わず椅子からお尻が浮いた。なぜなら、画面が急に真っ暗になったのだ。


 そして浮かび上がる血文字。


(よりによって、血文字かよ!)


「参加しますか? YES NO」

「なんだ、これ?」


 俺は正直、怖くなった。ゲームのタイトルも説明もない。真っ暗な画面に浮かぶ血文字。血の垂れ具合が気持ち悪い。よく見ると右上に『参加0人』とある。まだ、『炭酸』のおっさんも『堕天使』も佐藤さんも参加していないらしい。


(どうする?)


 ポチっと右上の参加者が1人になった。そして、間髪入れずもう1人増える。


「畜生、これは押せということかよ」


 俺は思い切って『YES』を選択する。すると、説明画面が浮かび上がった。


 あなたはダンジョンマスターとなります。役割は侵入してくる冒険者を殺すことです。

 一人殺すたびに『報酬』が手に入ります。

 今なら『参加特典』で願いをひとつ叶えます。


「はあ? 今ならってなんだよ、バーゲンセールか!」

(怪しい。怪し過ぎる)


 佐藤さんの言うような金絡みの詐欺というより、オカルト的なヤバさが臭うが、ちょっと抜けている感がないともいえない。そもそも、これがゲームなのかと疑問に思う。


「参加しますか? YES NO」


(おいおい、まだ聞くのかよ。というより、聞いてくれてありがとうだ。こんなゲーム参加するかよ!)


 おそらく、『炭酸』と『堕天使』は「YES」を選択したのだろうが、俺は思いとどまった。なんだか嫌な気がしたのだ。炭酸はゲームで得られる報酬は、お金に換金できるとか言ったが、別にお金は欲しくない。また、叶えて欲しい願いも特にない。俺はどう考えても、クソゲーだろうゲームに参加する気は失せた。


(これ演出だろうけど、これで客が集められるなんて思えないぞ)


 そもそも、ゲームの名前もついていない。それじゃ、インターネットの検索もかけられないし、宣伝にもならない。『炭酸』はどうやってあのURLをゲットしたのだろう。

 

 俺は迷わず、『NO』を選択した。そのまま、SNSから落ちる。SNSの会話に戻る気にもならないし、『炭酸』のおっさんや『堕天使』が参加したかどうかも確かめようともしなかった。それでも年上のメンバーに失礼だと思ったので一言入力した。


「すみません。寝落ちします……」


 パソコンの電源も切る。真っ黒になったモニターを見て俺はため息を一つついた。


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