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堕ちた枢機卿は復讐の夢をみる  作者: 夕立
Ⅵ.オペラ座の歌姫
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6-13 オペラ座の歌姫 中編

 強い力でアウローラの身体が引かれ、誰かの腕の中に収まる。


(誰?)


 見上げた彼の顔はただでさえぼやけているのに仮面で隠れていた。ただ、声と、抱かれた感覚を知っていると身体が訴えてくる。

 分からない。

 けれど知りたい。

 彼が誰で、どんな顔をしているのか見てみたい。


 仮面にそっと手を伸ばす。

 けれど、目的を達する前に彼が動き出した。アウローラもつれて舞台の中央で止まる。


「そこがおそらく一番安全だ。全部片付くまでそこにいろ」


 言い置いて彼は去って行ってしまった。


「おいユーキ! 残り15分しかないんだから、とっととケリつけるぞ!」


 その後の彼は手にした槍を構え哲学者へと向かう。


「あれ? 僕の名前知ってるんだ? 《戦車イル・カッロ》にでも聞いた?」


 名を認めたユーキがおどけた調子でステッキを振るい、槍を受け止めた。


「それにさ、僕、自分が動くのってあんまり好きじゃないんだよね。適当に負けてくれない?」

「うるせえよ。てめえが勝手に言いだして始めたゲームだろうがよ。乗ってやっただけでも感謝しろ。そんで、お前が今すぐ負けろ」

「冷たいなー。それに横暴」


 槍を払ったユーキはひらりと舞い、巨大な蟻の上に降り立つ。


(あれ、蟻だったんだ)


 視界が先程までよりはっきりとしていて、アウローラにもそれが何だか確認できた。今なら仮面の彼の顔も見えそうなのに、彼は後ろを向いていて、乱れ気味のなでつけられた金髪しか見えない。


「ねぇ、僕の相手に集中していいの? 太刀の彼だけだと、僕の玩具達の処理きつそうだけど。ここで取りこぼすとお客さんを襲っちゃうんじゃない?」


 はっとしたように仮面の彼が周囲を見回す。


「……くそ!」


 蟻はもう舞台から溢れかけていて、楽団員達が我先にと逃げ始めていた。


「その調子で危なくない所まで逃げとけよ」


 呟いた仮面の彼が槍を前方へと振るう。数多のつぶてが生まれ、舞台から溢れそうになっていた蟻を一気に駆逐した。

 同時に彼は身を翻し、太刀の彼の手が回っていない辺りへと飛び込んで行く。周辺の蟻をなぎ払いながら平土間席の方に声を荒げた。


「観客の中に教理省の連中いねーのか!? 時間外とか抜かさずに手ぇ貸せ!」


 それまで騒がしかった客席が水を打ったように静かになる。けれど、それは一瞬で、


「その声と横暴さ。あんたチヴィタでの参謀だろ! あのとき途中からどこ行ってたんだよ!?」


 すぐに観客の1人が立ち上がった。彼はジャケットを脱ぐと、ずんずん舞台の方へ歩いてくる。


「文句はあるが今は非常事態だ。手伝ってやるよ。おら、あん時みたいに指示出せよ」

「あの時はフードで顔隠してて、今度は仮面って、どんだけ素顔晒したくないんだ」

「よっぽど不細工なんですかね?」

「性格悪いからな。性格は顔に出るって言うし」


 悪態をつきながらぞろぞろと男性達が出てくる。酷い事を言っているのに彼らはどこか楽しそうだ。軽い調子で仮面の彼も返す。


「お。やっぱいたな。よし、お前らここら辺に転がってる蟻の残骸使って、舞台袖にバリケードを作れ。蟻の侵入を一時でも止めないとボス攻略できねぇし。手があいたら一般客の肉壁な」

「肉壁言うな。せめて言葉を選べや。騒動が片付いたら1発殴らせろよ」


 男達はユーキから遠い所に転がる蟻を担ぎ舞台袖へ向かう。邪魔になる蟻は太刀の彼が斬り払っていた。

 仕事を邪魔させないかのように仮面の彼がユーキとの間に入る。

 ユーキは不愉快そうに眺めていた。


「ここにきて手駒を増やすんだ?」

「そいつらに手を出すなよ。ここまでお前の妨害は全部受けてきてやったんだ。これくらいは俺の言い分も通らせろよ」

「どうしようかなぁ」


 ユーキが懐中時計に目を落とし、綺麗に笑う。


「あと5分だね」


 観客席が再び静まった。


「ねぇ。このままだと、君達が時間内に僕を倒すなんて無理だと思うんだ。だから、ここまで来れたご褒美にルールを変えてあげるよ」

「何?」


 仮面の彼が訝しそうにする。


「劇が中途半端になっちゃったし、《愚者イル・マット》の君、王子役になって劇を最後までやり切ってみてよ」

「んあ?」


 本気で意味が分からないとばかりに仮面の彼が間の抜けた声を出した。

 そんな様子を無視してユーキは話を進める。


「ベリザリオの奥さんさ、意識はよく混濁してるし、思考も飛び飛びで、話するのも大変なんだ。なーんかさ、君、大概の事は解決しちゃうからつまらないよね。ちょっと彼女に振り回されて困ってみせてよ」

「嫌がらせじゃねーか!」


 仮面の彼が槍を振るった。礫がユーキへ向かうけれど、彼はひらりとかわし観客を背に立つ。再度動きかけていた仮面の彼の腕が途中で不自然に止まった。


「嫌がらせだよ。でもさ、悪くない話だと思うんだよね。現に、観客を背にしただけで君の攻撃の手は鈍る。このままだと時間が足りないのは丸わかりじゃん?」


 僕は何人死のうと構わないんだけど、と、ユーキは続ける。


「劇を進めているあいだ僕は戦闘に関与しない。もちろん君もね。太刀の彼らが蟻をしのいでいる間に劇を終えられれば君の勝ち。そうじゃなければ僕の勝ち。君が勝てば、大人しくお縄にもなってあげるよ」

「乗らなければ?」

「お客さん達に人生の終焉を迎えてもらうだけかな。なんなら選帝侯も巻き込んでいいけど」


 ユーキが笑顔のまま首を斬るジェスチャーをした。

 仮面の彼は1度だけ目線を上げ、次に、腕時計を見て舌打ちする。


「俺は歌詞までは知らねぇから普通に喋るけど、文句言うなよ」


 忌々しそうに言っている間に彼の手の中から槍が消えた。

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