6-9 打ち合わせ無しはお互い様
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仄暗く、ひんやりとした空間で瓦礫の山が崩れる。
「あいてててて」
被っていた布もろとも上に乗った瓦礫を払いどかし、ジョエレは身を起こした。すぐ横ではバルトロメオが丸くなっている。
床が崩れると思った時、咄嗟にバルトロメオを抱え、衝撃吸収布で身体を覆った。
お陰か、どこも折れている感じはしない。
近くに落ちていた《光の剣》を拾い上げ光量を強める。
自らを刺さぬよう途中で投げ捨てたのだ。紛失していなくて良かった。
「失くしたらレオナルドの説教だけじゃ済まねぇだろうしなぁ」
ぼやきながら上方を照らしてみる。
天井は高く、梯子も何もない状態では登れそうにない。
「何か分かったか?」
バルトロメオが身体をさすりながらやって来た。そこかしこ痛みはするのだろうが、これといった外傷は見られない。
「落ちてきた所からは戻れないってくらいかね。お前、骨折は?」
「特にないな。しかし、そこから戻れないとなると困ったな。どこに落ちたのか分かっているのか?」
「いや。地図には無かった場所に落ちてると思うんだが……。ちょっと図面を見せてくれ」
バルトロメオが出してきた紙をジョエレは広げ目を走らせる。そうして一点を指した。
「ここから落ちてるはずなんだが」
「下の層があるとは描かれておらんな」
「オペラ座とは関係ない施設なんだろうな」
となると、図面をいくら見たところで出口は見つからない。
地図を畳みバルトロメオに返して周囲を見渡した。
がらんとした空間は石造りで、天井を支えるための太い柱が規則的に並んでいる。1段低くなった部分には水が流れているあたり水路なのだろう。建築様式の古さから考えて、かなり古くに作られたものに違いない。
「ローマ時代に作られた下水道、か?」
なんとなくそんな気がして呟いた。
ヴァチカンの地下には、古代の下水道、墓、遺跡、そんなものが埋まっている。ここがその1つだとしても別段おかしくはない。
犬も歩けば遺跡に当たるのがヴァチカンなのだから、垂直方向の移動でもその法則は当てはまるだろう。
「場所によってはゴロツキ共の隠れ家になってるあれか? こんな所にまで走っていたと?」
「分からんけど、そうなんじゃねーかな。まぁ、正体が何だろうとこの際関係ねーし、行こうぜ」
ここで止まっていても時間が流れるだけなので歩き出した。
「目的地はあるのか?」
「んあ? 上層と重なりそうな所を選んで歩いてけば、そのうち登り口があるんじゃないかと思ってよ。あの《悪魔》、1本しかない道を崩落させてくるあたり、きちんと考えて嫌がらせしてやがる。けど、その分、抜け道も用意してありそうなんだよな」
「あのような非常識人に常識を期待すると?」
「遊びには真剣って言ってただろ? 俺がズルしようとしたらめっちゃ怒ったし。たぶん、上級者仕様でゲームメイクしてる気分なんだろうぜ。変人っていうのは自分の中のルールは厳守することが多いから、期待値は高いと思う」
《悪魔》はどこまでも純粋に遊んでいたように思う。一流のゲームメーカーであれば最初から詰んでいるゲームなど作らない。一見行き止まりに見えても、きちんと道が存在しているはずだ。
この通路がローマ時代の下水道であればテヴェレ川へと繋がる道がある。そこからローマ地区へ出て応援を呼ぶ方法もあるだろう。
だが、それからどうする。
ルールを無視してオペラ座外の戦力で制圧しようとすれば、《悪魔》は躊躇なく観客を殺すだろう。
回避するにはルール違反できない。
となると、残ってくるのは、下水道から地下へ復帰する方法のみだ。
幸い、下水道として使われていたであろう水路も、今では地下水を逃すための役割しかしていない。流れる水は綺麗で、環境はそう悪くない。
「気付いておるか? ジョエレ・アイマーロ」
後ろからバルトロメオが言ってきた。
「ああ、お出迎えみたいだな」
ジョエレは振り向かず、《光の剣》を持った手を右に突き出す。刃の先にピラニアのような魚が刺さっていた。
もちろんこんな場所にいるはずのない生物だ。
魚のように見せかけて、刀身に伝わってくる感覚は人工物を感じさせる。突き刺した魚を床に捨てて踏み抜くと、機械の躯体が出てきた。
動きを制御しているのであろう基盤があったので、踏み壊す。
(《女王の鞭》の電磁フィールド内なら、電子系は上手く動かないと思うんだが。深く落ち過ぎて、フィールドの範囲外なのかねぇ)
不思議には思ったものの、現に、魚はどんどん飛びかかってきている。
バルトロメオが素手で殴り飛ばせている程度の玩具ではあるが、水面に映る影は増えてきているし、処理が追いつかず噛まれれば鋭い牙が痛そうだ。
正解が分かるわけでもないし、考えるのを止めた。
通路先からは、自分達の立てる音とは別の音も聞こえてきている。こいつらばかりにかかずらっていれる余裕はない。
「バルトロメオ、お前ちょっと前にいけ! 新手が来そうだから相手を!」
「お主は!?」
「こいつらを適当に片付けてすぐに追いつく」
「了解した」
バルトロメオが身を翻す。
残ったジョエレは《光の剣》の励起段階を上げるためにアクセス者を切り替えようとした。
『ERROR。生体情報がメインシステムに登録されていません』
けれど、弾かれた。もう1度試みてみると、今度はスムーズにジョエレに切り替わる。
(たまにはこんな事もあるわな)
特に気にせず励起段階を50パーセントまで上げた。
指紋や虹彩認証システムでも、その日の調子によっては弾かれる事があった。遺伝情報を読み込んでくる聖遺物でも、読み込む部分が何らかの要因で壊れていれば、弾かれる事もあるかもしれない。
さっさと忘れ刃を水面に突き刺す。
「疾く、凍れ」
命じたそばから水面の動きが止まり凍りついた。氷面はどんどん広がっていき、水路のずっと先まで凍り固まる。
集まってきていた魚型玩具はもれなく氷の中だ。
うまい具合に処理できたのでバルトロメオの後を追う。通路の先では、銀髪の異端審問官が《魔王の懐刀》を抜いて振るっていた。
相手はやたらと巨大な蟻だ。
随分と精巧に作られているけれど、大型犬より大きな時点で天然物であるはずがない。
太刀に切り飛ばされた脚の芯には、予想通り金属の骨格が埋め込まれていた。
それがわらわらと、蟻らしく群れを成して道を塞いでいる。巨大化している分だけ顎の力も強くなっているようで、誤って味方の軀を挟んでしまった顎は、めきめきと音を立てながらそれをつぶしていた。
あの顎は明らかに危険だ。
それが分かっているからかバルトロメオも深くは踏み込まない。ほとんどの蟻に〈鎌鼬〉を飛ばして対処していて、抜けてきたものだけを間合いぎりぎりで斬り伏せていた。
(短剣のままだとリーチがきついな)
そう判断し、ジョエレは《光の剣》に新たな指示をだす。
「〈形態変化〉――《極冷の槍》!」
氷で槍柄を作り出し、短剣部分を穂先とした槍を作り出した。それを構えバルトロメオの死角へ回り、彼の討ち漏らした奴に刃を突き立てる。
相手が機械では生物と急所が違う。物理的に弱点となり得る、頭と胸の連結部を狙って切断した。分裂後もそれぞれ動かれたりしたら困ったものだが、そんな事はないらしい。
《魔王の懐刀》のように頭から一刀両断できる武器なら楽だったのだが、残念ながら《光の剣》にそんな性能は無い。大切なのは武器に合わせた運用だ。
「お主、先程から見た事のない《光の剣》の使い方をしているが、それ、本当に励起レベル20パーセント以下か!?」
バルトロメオが横薙ぎに太刀を振るい、〈鎌鼬〉で一気に3体を屠った。作った隙で、ちょこちょこジョエレの様子を確認しながら尋ねてくる。
「50パーセントだぜ? 道中心配だからって、ディアーナがさっくり上げてくれたからよ」
真実と嘘を混ぜて返した。
ディアーナを巻き込んでいるが、この程度なら適当に口裏を合わせてくれるだろう。
ただ、聖遺物の励起レベル違反には大量の始末書書きが付いてくる。書かされるのはディアーナになるだろう。
そのせいで飛んでくる嫌味からはどう逃げれば良いだろうか。




