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堕ちた枢機卿は復讐の夢をみる  作者: 夕立
Ⅵ.オペラ座の歌姫
93/183

6-9 打ち合わせ無しはお互い様

 ◆


 仄暗く、ひんやりとした空間で瓦礫の山が崩れる。


「あいてててて」


 被っていた布もろとも上に乗った瓦礫を払いどかし、ジョエレは身を起こした。すぐ横ではバルトロメオが丸くなっている。

 床が崩れると思った時、咄嗟にバルトロメオを抱え、衝撃吸収布で身体を覆った。

 お陰か、どこも折れている感じはしない。


 近くに落ちていた《光の剣(クラウソラス)》を拾い上げ光量を強める。

 自らを刺さぬよう途中で投げ捨てたのだ。紛失していなくて良かった。


「失くしたらレオナルドの説教だけじゃ済まねぇだろうしなぁ」


 ぼやきながら上方を照らしてみる。

 天井は高く、梯子も何もない状態では登れそうにない。


「何か分かったか?」


 バルトロメオが身体をさすりながらやって来た。そこかしこ痛みはするのだろうが、これといった外傷は見られない。


「落ちてきた所からは戻れないってくらいかね。お前、骨折は?」

「特にないな。しかし、そこから戻れないとなると困ったな。どこに落ちたのか分かっているのか?」

「いや。地図には無かった場所に落ちてると思うんだが……。ちょっと図面を見せてくれ」


 バルトロメオが出してきた紙をジョエレは広げ目を走らせる。そうして一点を指した。


「ここから落ちてるはずなんだが」

「下の層があるとは描かれておらんな」

「オペラ座とは関係ない施設なんだろうな」


 となると、図面をいくら見たところで出口は見つからない。

 地図を畳みバルトロメオに返して周囲を見渡した。

 がらんとした空間は石造りで、天井を支えるための太い柱が規則的に並んでいる。1段低くなった部分には水が流れているあたり水路なのだろう。建築様式の古さから考えて、かなり古くに作られたものに違いない。


「ローマ時代に作られた下水道、か?」


 なんとなくそんな気がして呟いた。

 ヴァチカンの地下には、古代の下水道、墓、遺跡、そんなものが埋まっている。ここがその1つだとしても別段おかしくはない。

 犬も歩けば遺跡に当たるのがヴァチカンなのだから、垂直方向の移動でもその法則は当てはまるだろう。


「場所によってはゴロツキ共の隠れ家になってるあれか? こんな所にまで走っていたと?」

「分からんけど、そうなんじゃねーかな。まぁ、正体が何だろうとこの際関係ねーし、行こうぜ」


 ここで止まっていても時間が流れるだけなので歩き出した。


「目的地はあるのか?」

「んあ? 上層と重なりそうな所を選んで歩いてけば、そのうち登り口があるんじゃないかと思ってよ。あの《悪魔イル・ディアヴォロ》、1本しかない道を崩落させてくるあたり、きちんと考えて嫌がらせしてやがる。けど、その分、抜け道も用意してありそうなんだよな」

「あのような非常識人に常識を期待すると?」

「遊びには真剣って言ってただろ? 俺がズルしようとしたらめっちゃ怒ったし。たぶん、上級者仕様でゲームメイクしてる気分なんだろうぜ。変人っていうのは自分の中のルールは厳守することが多いから、期待値は高いと思う」


 《悪魔》はどこまでも純粋に遊んでいたように思う。一流のゲームメーカーであれば最初から詰んでいるゲームなど作らない。一見行き止まりに見えても、きちんと道が存在しているはずだ。


 この通路がローマ時代の下水道であればテヴェレ川へと繋がる道がある。そこからローマ地区へ出て応援を呼ぶ方法もあるだろう。

 だが、それからどうする。

 ルールを無視してオペラ座外の戦力で制圧しようとすれば、《悪魔》は躊躇なく観客を殺すだろう。

 回避するにはルール違反できない。

 となると、残ってくるのは、下水道から地下へ復帰する方法のみだ。


 幸い、下水道として使われていたであろう水路も、今では地下水を逃すための役割しかしていない。流れる水は綺麗で、環境はそう悪くない。


「気付いておるか? ジョエレ・アイマーロ」


 後ろからバルトロメオが言ってきた。


「ああ、お出迎えみたいだな」


 ジョエレは振り向かず、《光の剣(クラウソラス)》を持った手を右に突き出す。刃の先にピラニアのような魚が刺さっていた。

 もちろんこんな場所にいるはずのない生物だ。

 魚のように見せかけて、刀身に伝わってくる感覚は人工物を感じさせる。突き刺した魚を床に捨てて踏み抜くと、機械の躯体が出てきた。

 動きを制御しているのであろう基盤があったので、踏み壊す。


(《女王の鞭(セイブザクイーン)》の電磁フィールド内なら、電子系は上手く動かないと思うんだが。深く落ち過ぎて、フィールドの範囲外なのかねぇ)


 不思議には思ったものの、現に、魚はどんどん飛びかかってきている。

 バルトロメオが素手で殴り飛ばせている程度の玩具ではあるが、水面に映る影は増えてきているし、処理が追いつかず噛まれれば鋭い牙が痛そうだ。


 正解が分かるわけでもないし、考えるのを止めた。

 通路先からは、自分達の立てる音とは別の音も聞こえてきている。こいつらばかりにかかずらっていれる余裕はない。


「バルトロメオ、お前ちょっと前にいけ! 新手が来そうだから相手を!」

「お主は!?」

「こいつらを適当に片付けてすぐに追いつく」

「了解した」


 バルトロメオが身を翻す。

 残ったジョエレは《光の剣(クラウソラス)》の励起段階を上げるためにアクセス者を切り替えようとした。


『ERROR。生体情報がメインシステムに登録されていません』


 けれど、弾かれた。もう1度試みてみると、今度はスムーズにジョエレに切り替わる。


(たまにはこんな事もあるわな)


 特に気にせず励起段階を50パーセントまで上げた。

 指紋や虹彩認証システムでも、その日の調子によっては弾かれる事があった。遺伝情報を読み込んでくる聖遺物でも、読み込む部分が何らかの要因で壊れていれば、弾かれる事もあるかもしれない。

 さっさと忘れ刃を水面に突き刺す。


く、凍れ」


 命じたそばから水面の動きが止まり凍りついた。氷面はどんどん広がっていき、水路のずっと先まで凍り固まる。

 集まってきていた魚型玩具はもれなく氷の中だ。


 うまい具合に処理できたのでバルトロメオの後を追う。通路の先では、銀髪の異端審問官が《魔王の懐刀(へしきり)》を抜いて振るっていた。

 相手はやたらと巨大な蟻だ。

 随分と精巧に作られているけれど、大型犬より大きな時点で天然物であるはずがない。

 太刀に切り飛ばされた脚の芯には、予想通り金属の骨格が埋め込まれていた。


 それがわらわらと、蟻らしく群れを成して道を塞いでいる。巨大化している分だけ顎の力も強くなっているようで、誤って味方のからだを挟んでしまった顎は、めきめきと音を立てながらそれをつぶしていた。

 あの顎は明らかに危険だ。

 それが分かっているからかバルトロメオも深くは踏み込まない。ほとんどの蟻に〈鎌鼬かまいたち〉を飛ばして対処していて、抜けてきたものだけを間合いぎりぎりで斬り伏せていた。


(短剣のままだとリーチがきついな)


 そう判断し、ジョエレは《光の剣(クラウソラス)》に新たな指示をだす。


「〈形態変化〉――《極冷の槍(ブリューナク)》!」


 氷で槍柄を作り出し、短剣部分を穂先とした槍を作り出した。それを構えバルトロメオの死角へ回り、彼の討ち漏らした奴に刃を突き立てる。

 相手が機械では生物と急所が違う。物理的に弱点となり得る、頭と胸の連結部を狙って切断した。分裂後もそれぞれ動かれたりしたら困ったものだが、そんな事はないらしい。

 《魔王の懐刀(へしきり)》のように頭から一刀両断できる武器なら楽だったのだが、残念ながら《光の剣(クラウソラス)》にそんな性能は無い。大切なのは武器に合わせた運用だ。


「お主、先程から見た事のない《光の剣(クラウソラス)》の使い方をしているが、それ、本当に励起レベル20パーセント以下か!?」


 バルトロメオが横薙ぎに太刀を振るい、〈鎌鼬〉で一気に3体を屠った。作った隙で、ちょこちょこジョエレの様子を確認しながら尋ねてくる。


「50パーセントだぜ? 道中心配だからって、ディアーナがさっくり上げてくれたからよ」


 真実と嘘を混ぜて返した。

 ディアーナを巻き込んでいるが、この程度なら適当に口裏を合わせてくれるだろう。


 ただ、聖遺物の励起レベル違反には大量の始末書書きが付いてくる。書かされるのはディアーナになるだろう。

 そのせいで飛んでくる嫌味からはどう逃げれば良いだろうか。

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