6-8 ふざけるな
「だからね。《悪魔》退治に行った彼に判断を任せようと思って」
打ち合わせも何もしていないのに、ディアーナはそんな事を口走ってしまった。
けれど、アウローラをどうするのか、一番の権利を持っているのはジョエレのはずだ。この発言は、彼がどんな行動を取ろうとも免罪符になってくれるだろう。
「いつだって、当事者より、第三者の方が冷静な判断を下せるものでしょう?」
実際は言葉と真逆の事をやろうとしているのに、どの口がそう言うのかと、自分で自分を皮肉る。
(大丈夫。仮面を被るのは慣れている)
だから、真実を感付かせはしない。
「全て上手くまとまるわ。さぁ、笑ってちょうだい。あなたがそんな顔をしていると、アウローラとベリザリオが悲しむわ」
今度こそ末妹の肩に手を添え、優しく諭す。
その時、重低音と共に建物が揺れた。
「何! 爆発!?」
ダンテなど、即座に屈み込み椅子にしがみついている。
「何でダンテが一番びびってるのよ。男ならしゃきっとしなさいよね」
「だってワタシ、ステフと違って繊細だし」
ステファニアがダンテの頭をはたいた。
「あなた達うるさいわよ。黙りなさい」
ディアーナはブース縁に行き階下を見下ろした。
案の定、観客達の間で騒ぎが起きている。パニックにまでなっていないのが幸いか。
《悪魔》も動揺していてくれれば良かったのに、そんな素振りは見えなかった。それどころか、さも嬉しそうに笑い声を上げている。
「良かった。彼、きちんと僕の誘いに乗ってくれたんだ」
その態度は、今の音と揺れの原因を知っているように思える。
「《悪魔》と言いましたね。何が起こったのか答えなさい」
なので尋ねた。
「気になる? 僕に向かってきてくれる人用に罠を仕掛けておいたんだけど、彼、きちんとそれに掛かってくれたみたい。ていうか、進むには掛かるしかないようにしておいたんだけどさ」
嬉しそうに《悪魔》が喋りだした。
「道にね、爆弾を仕掛けておいたんだ。爆発で床が崩れるようにさ。枢機卿ディアーナ、君の騎士は今頃奈落に真っ逆さまだと思うよ。這い上がってきてくれるといいけどね」
くくっと彼は笑い続ける。
その横で、今までただ立っているだけだったアウローラが胸元を押さえた。ぎこちない動きで倒れたと思ったら苦しそうに喘いでいる。
不思議なことに、観客の中にも不調を訴える者が現れだした。
《悪魔》は笑いを止めアウローラに目を向け、次いで、選帝侯のブースへ顔を上げる。
「ねぇ。なんか、電磁系の妨害してきてない? 彼女さ、生命維持に人工臓器使ってる部分があるんだけど、強い電波が出てると動きがおかしくなるんだよね。この状態が続くと死ぬよ?」
(電磁系の妨害?)
心当たりが無く、ディアーナは会場を見回した。
人工臓器を埋め込んでいる人というのはそれなりの割合でいる。そんな人達も普段から訪れる施設に、強い電波を発する物があるとは思えない。
複数人が急に症状を呈しだしたのも考えると、つい今しがた稼働し始めた、普段はここにないもの。原因はそれだろうか。
視線を巡らし、ボルジア家のブースで原因を見つけた。
「使徒アンドレイナ、今すぐ電磁フィールドの範囲を狭めなさい! 舞台と一般の観客席を範囲に入れては駄目よ!」
「ですが、それでは観客への銃弾を防げませんが?」
「相手が使ってくるか分からないものに備えて、人工臓器を使っている者を殺すつもり?」
アンドレイナが傍のレオナルドの方を向いた。
彼らは何か言葉を交わしていたようだが、すぐに話はまとまったようでアンドレイナが動く。
しばらく経つと、苦しそうにしていたアウローラが上体を起こした。虚ろな瞳が宙に向く。そこには何も無いのに、何かを求めるように手を伸ばした。
「あなたは……誰?」
懐かしい、澄んだ声が彼女の口から漏れる。
「あー。今のショックで自我が出てきたんだ? 不安定なのが一番使い難いんだよね。エアハルトも微妙な失敗なんてしないで、失敗するならするで、記憶の定着、完全に失敗させれば良かったのに」
《悪魔》がため息をついた。
(記憶の定着ですって?)
微かに拾えた不穏な言葉に、ディアーナは手すりを強く握り込んだ。
還幸会がアウローラの記憶を持っているはずがない。ならば、都合の良い記憶を作り、あの人形に入れようとしたのだろう。
4人で過ごした思い出まで捏造されているのだとすれば、とんだ侮辱行為だ。
気持ちを抑えられず、ディアーナは手すりに拳を叩き付けた。
「還幸会。彼らの命だけでなく、思い出まで汚そうというのなら、許さないわよ」
傍で子供達が怯えているのは分かっていたが、あふれる怨嗟はいかんともしがたい。
できたのは、恨言を吐く声を小さくするくらいだった。




