6-7 選べぬ対応
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ジョエレが出て行った後、ディアーナは前に出て会場を見回した。
《悪魔》の脅しが効いてるのか、今のところ一般客は大人しくしてくれている。
他の選帝侯はと視線を動かしてみると、カーテンを閉めている家があった。カーテンを閉めるまではしていない家にしても、オルシーニとデッラ・ローヴェレでどうにかしろという空気を醸し出している。
「他の家が動いた気配皆無なんだけど。他力本願すぎない?」
ステファニアが悪態をついた。
「むしろ、この機に、うちとデッラ・ローヴェレの力が弱くなればいいと思ってるでしょうね」
「嫌な感じ」
「普段の私達も似た感じなのだからお互い様ね」
「それもそっか」
彼女は巻き毛を指でくるくる弄る。
「まぁ、アモーレが解決してくれれば、逆にうちの評判は上がって万々歳だし。いっか」
どこまでもドライに言い切った。目から星は消え、ジョエレがいた時のぶりっ子キャラはどこへやらだ。
そんな彼女をルチアが呆れた目で見ている。
「あんた。ジョエレがいなくなった途端に素に戻ったわね」
「だってアモーレいないし? いつもあのテンションだと疲れるじゃない。可愛いのは本人の前でだけでいいの」
「あのロクデナシのどこがいいのか謎すぎるわ」
頭が痛いとばかりにルチアはこめかみに手を添えた。
「ルチア知らないの? アモーレはね、本当は凄く優しくて甘い人なんだよ?」
「はぁ? ただの下品で調子のいいオヤジでしょ?」
「ルチアが接しやすいように演じてくれているに決まってるじゃない。そんなのも気付かないから、いつまでもガサツな扱いされるのよ」
「少なくとも、あんたよりはマシな扱いされてると思うけど」
「……」
事実だったからかステファニアが黙った。そのまま黙っていれば良かったのに、拳を握って口を開く。
「昔は一緒にお風呂入ったりしてくれたんだから! 愛されてるんだから!」
「最近は?」
冷めた目をルチアが向けた。
「……全力で拒否されるけど、きっと照れ隠し」
「もう黙りなさい」
あまりに不毛になってきたので、ディアーナはステファニアの首根っこを掴んだ。本人も不毛さに気付いているからか、静かにしょげている。
(まったく余計な事をしてくれたわよね)
この娘、ジョエレの事になるとおかしくなる。
それもこれも、小さい頃のステファニアにあの馬鹿がべったり過ぎたせいだ。アウローラが身籠っていた時から兆候は見えていたが、やはり親バカだった。それも娘限定の。
自分の娘が産まれていたら同じ過ちをしでかしていただろう。
「観衆の諸君!」
会場に大声が響き渡った。
声のした方にはレオナルドが毅然と立っている。
「会場の扉は現在封鎖されているが、その周囲は警備で固めた。そいつの言った何かが来ても、諸君らは我々が守ろう。《悪魔》退治の人員も出した。不便をかけるが、事態解決までしばし耐えて欲しい」
会場がざわついた。
けれど、最初のパニックとは逆に、どこかほっとしたような空気だ。
レオナルドの宣言の少し後には退室していたイザベラも戻ってきた。この建物の管理責任者は彼女なので、何らかの手を打ってきたのだろう。
初期対応で動いたのはこのくらいだろうか。
小さく扉をノックする音がした。
ノックしてくるくらいなので、悪意のある者ではないだろう。
「どうぞ」
ディアーナが返事してやると、入ってきたのは金髪碧眼の淑女だ。
会うのは久しぶりだが知らぬ仲ではない。
「結婚して家を出たと聞いていたけれど、戻ってきていたの?」
「いいえ。チャリティのオペラがあるから、わたくしも観に来ないかとお兄様に誘われて」
ベリザリオの末妹が優美に微笑んだ。
「そんな時に災難だったわね。それで、何の御用かしら?」
子供達から距離を取ってディアーナは座る。同時に、末妹にも椅子を進めた。
「アウローラお義姉様のクローンという彼女についてなのですけれど、ディアーナ様はどうなさるおつもりか気になって」
心配そうに彼女は椅子に座る。
「デッラ・ローヴェレではどうしたいの?」
「分かりませんわ。お兄様達も対応に困っているようで。わたくし達だってお義姉様を好きでした。彼女がいてくれる方が嬉しい。でも」
末妹が俯いて、結んだ手を握りしめた。
「お義姉様は亡くなったんです。その時一番悲しんでいたはずのベリザリオお兄様がクローンを作らなかったのに、わたくし達が手を出していいとも思えなくて」
「確かに、彼なら作ろうと思えば作れたでしょうね」
浅くディアーナは頷いた。
ベリザリオもクローン技術は持っていた。
けれど、彼はそれをあまり好いてはいなかった。生命の在り方としてとても歪だからと、製作依頼があっても断っていた事が多かったように思う。
それに、クローンは記憶や性格を引き継いでいるわけではない。
外側だけ同じ人形を作って、それを同一人物と言えるのか。その事を一番分かっていたのはベリザリオだろう。
だからクローンなど作らなかった。
愛していたからこそ作れなかったのだろう。
「お義姉様の葬儀が終わった日の夜、一瞬だけ、ベリザリオお兄様が荒れたんです」
震える声を末妹が出した。
「いつも冷静で、怒ったことだって無いようなお兄様が物に当たっていたんです。それくらい、お兄様はお義姉様を大切になさっていた。だから、たとえ人形だろうと、お義姉様がいる方が喜ばれるのかとも思えて」
(選べないのか)
泣きそうな彼女の肩を叩いてやろうとしてディアーナは手を止めた。
ディアーナだって、アウローラクローンをどうしたいのか答えが出ていない。
親友だった彼女が再び一緒にお茶でもしてくれたら、互いに笑いながら愚痴を吐きあえれば、荒んだ心も少しは潤うのかもしれない。
けれど、そんなの今更だ。
人形だけ与えられても過去は変わらないし、心の傷も消えない。下手をすれば、傷に塩を塗りこんでしまうだろう。
「私もね、彼女をどうしたいのかよく分からないの」
ディアーナは舞台へ視線を投げた。




