6-1 診察室から飛びでた爆弾 ◇
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病院の中でも、要人の診療を行う区画でルチアの診察は行われている。
終わるのを診察室前の廊下でテオフィロと待ちながら、ジョエレは大きく欠伸した。
そこに診察室からルチアが出てくる。
「なんて?」
「急性の発作だろうって。きつい運動を控えれば、普段の生活はそのままでいいみたい。あと、発作が出た時用の薬出すから、準備するのちょっと待っててって」
「そんなもんなら良かったな」
ひとまず安心してジョエレは息を吐いた。
人に心配をさせておいて、ルチアは澄ました顔でジョエレの横に座る。
その態度にジョエレはやや呆れ、膝に頬杖を付いた姿勢で彼女の方を向いた。
「お前さ、心臓が弱いなら最初から言っとけよ。心臓系の病気の怖さは自分が一番分かってるだろ?」
「だって」
「だっても糞もねぇ。俺だって、知ってれば、サン・ピエトロ大聖堂で階段ルートなんて行かせなかった。何かあったらどうするつもりだったんだ?」
「そういうのが嫌だったの!」
癇癪を起こしたようにルチアが叫んだ。
「今じゃ元気なのに、昔のあたしを知ってる人は何もさせてくれない。あたしだって普通の人と同じようにできるのに! 気を使われるのが分かってたから言わなかったの。あたしも普通の生活がしたかったの。面倒みられるだけじゃなくて、何かしてあげる側にもいてみたかったの!」
両の拳を握り締め、彼女は唇も引き結ぶ。
それが、偽らざる本心というやつなのだろう。
勢いにジョエレは少し面食らったけれど、
「まー、落ちつけ」
力加減してルチアにデコピンした。
弾かれた彼女は「あぅ」とか言いながら後ろに仰け反り、すぐに額を押さえる。
「そんな過保護しねぇよ。明らかに負担になる事を弾くだけだ。だから、家事は今まで通りお前の仕事。テオの面倒もきちんとみろよ」
「俺、そんなに面倒みられてるっけ?」
「最近はどっちかっちゅーと、お前がルチアの面倒みてるな」
「だよね」
「細かい事はどっちでもいいじゃない!」
涙目のルチアが頬を膨らました。
男2人は苦笑して、やれやれと肩を落とす。
話がひと段落して気を抜いていたものだから、ジョエレはその後の事態に反応できなかった。
こっそりと診察室から出てきた人物が、
「ダーリン!」
とか言いながら抱きついてきたことに。
「ちょっとステフ、あんた何してんの!?」
「やめんかステフ! てか、なんでお前が診察室から出てきたよ!?」
「母さんしかルチアの診断できないと何かあった時が困るから、私達にも診ときなさいって」
「というか離れろ!」
とりあえず、引っ付いて離れない茶色いふわふわ巻き毛の娘を引き剥がした。
「やーね、ステフ。またジョエレに振られてるの?」
続いてダンテまで診察室から出てくる。
「振られてないよ。アモーレが照れ隠ししてるだけ」
自らの髪を指で巻きながら、娘はダンテに舌を出した。
「誰?」
ぽつりとテオフィロが尋ねてくる。
「こいつ? ステファニアっていって、ダンテの双子の妹。てか、ディアーナの娘」
「で、もうすぐアモーレの妻予定だから、覚えておいてねっ」
勝手な事を言いながら、ステファニアはルチアをどかせようとする。
「なんであたしの座ってる場所にわざわざ来るのよ」
「旦那の横は妻の場所じゃない」
「あんた妻じゃないでしょ」
「未来の妻だからいいの」
「やめんかステフ。座りたいのなら俺がどく。あと、どう転んでも、お前が俺の嫁とかないから」
ジョエレが立ち上がって席を空けたのにステファニアは座らない。それどころか再度すり寄ってきそうな気配まである。また引き剥がすのが面倒なので、ダンテを間に挟んで押しやった。
「お前の妹だろ。俺にまとわりつくなと、なんできちんと教育してないんだ?」
「そんなのワタシに言われても。そもそも、ジョエレが甘やかしたから父離れできてないんでしょ?」
「俺が父親みたいに言うな。せいぜいが、たまに遊びにくる叔父さんくらいだろ」
ディアーナが2人を産んだ時、ジョエレはオルシーニで厄介になっていた。だから、子育てを共にしていたのだ。
オルシーニを出てからも、たまに屋敷を訪れた時は遊んでやっていた。けれど、その頻度は決して高くないし、最近ではそれすらとんとご無沙汰だ。
その程度の関係なのに父親と言われても困る。
ジョエレが憮然としている目の前で、ステファニアは立てた人差し指で唇をつんつんと突く。
「どっちかっていうと、家に居着かない父さんって感じだよね? 年に何回かしか帰って来ない」
「親父みたいに思ってるなら、ますます迫ってくるな!」
希望半分説教半分でジョエレは怒鳴った。
ステファニアはやや下を向き、胸の前で人差し指をうじうじさせながら上目遣いに見つめてくる。
「だって、アモーレ、昔言ってたじゃない。大きくなったらお嫁さんにしてくれるって」
「子供相手の言葉を本気にするなよ」
げんなりとジョエレは返す。
世間のどこででも交わされるやり取りのはずだ。それを18歳過ぎても覚えていて、迫られるハメになろうとは思ってもいなかった。
最近はそんなステファニアを相手するのが面倒でオルシーニから足が遠のいていると言ったら、怒られるか泣かれるのだろうか。
「俺に迫らんで、さっさと彼氏でも作って連れてこい」
今の状態から解放されたい気持ちやら親心やらごちゃ混ぜにして、ジョエレはしっしと手を振った。
そうすると、ステファニアが明らかな嘘泣きを始める。
「ジョエレ、2人と知り合いだったの?」
その様を冷めた目で見ながらルチアが尋ねてきた。
「なんやかんやでな。ディアーナのガキだし」
「ステフの名前はね、アモーレがつけてくれたんだよ。愛だよね。運命だよね」
ステファニアがひょこっと顔を上げ笑顔で喋りだした。目も鼻も赤くない。やはり嘘泣きである。
これ以上調子に乗られるとうざいので、少し痛い程度に力加減して、ジョエレは彼女の頭に手刀を落とした。




