間話 彼の欠片
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エアハルトが帰りついた部屋には先客がいた。といっても、いつもいる黒髪の青年がいつものようにソファで転がっているだけなので、気にはならない。
けれど、こちらを見た青年はわずかに驚いた表情になった。
「珍しくぼろぼろだね」
それでも興味は無いようで、その顔はすぐに読みかけの雑誌に戻る。
エアハルトも特に返事をせず、戦利品の《穿てし魔槍》を壁に立てかける。焼け焦げた服は脱ぎ捨てた。
薬箱の軟膏を火傷が酷い場所に塗りこむ。
肌を保護するために包帯をまいたら見た目が重症人になった。
特に気にせず応急処置を終え、適当に服を着る。
「何? 小競り合いにでも巻き込まれたの?」
「そんなヘマはしないさ」
「じゃぁどうしたのさ? 槍の持ち主にでも抵抗された?」
「いや」
眼鏡の汚れも落とそうと外してみるとフレームが歪んでいた。これは、学生時代のベリザリオがよく付けていた物と同じデザインの、今となっては貴重品だ。
修理に出さないとならないと思うと舌打ちが出た。
「オルヴィエートにジョエレ・アイマーロがいたものだから勧誘してみたら断られてな。眼鏡の良さを分かっている同志だと思っていたんだが、眼鏡を傷付けるとはけしからんな」
「君がそんななるくらいなら眼鏡も傷付くかもね。ってか、よく壊れなかったね」
「守ったからな」
「あそう」
黒髪の青年は雑誌を置くと、だるそうに起き上がった。
「彼、強かったんだ?」
「みたいだな。けれど、あれは、強いというより賢いという方が正しいのか? 何にせよ、興味深い逸材には違いない」
エアハルトは綺麗に拭いた眼鏡を再びかけ、壁に立てておいた《穿てし魔槍》を手に取った。それを持って奥の部屋へ行く。
強い光で中のものを刺激したくない。小さな明かりだけ点け奥へ進んだ。
大型水槽を見て目を細める。
培養液の中でそれは確実に育っていっている。液の中を漂う金髪だって、もう、こんなに長い。
「また1つ、あなたを構成する要素が揃いましたよ」
うっとりと槍を掲げた。
あとベリザリオに関わる要素で大きなものはディアーナ・オルシーニだが、こちらは総主教と勧誘がかち合っている。だからといって譲るつもりはない。
かといって、上司に正面から楯突くと都合が悪いので、出し抜く方法を考える必要があるだろう。
「ああ、楽しみですねぇ」
いずれ来るであろう未来を思い描いたら笑いがこぼれた。
ジョエレ・アイマーロも取り込めれば、ベリザリオと話している気分を味わえるだろう。手合わせした感じだと、彼は化学知識が豊富に思えた。眼鏡談議だけでなく化学談議も出来るのであれば最高だ。
1度出始めた笑いは中々止まってくれなかった。




