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堕ちた枢機卿は復讐の夢をみる  作者: 夕立
Ⅴ.まどろみと復讐と
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5-24 病院嫌いのルチア

(なーんか、余計なもんまで絡んできて疲れたな)


 ホテルの階段を登りながらジョエレは頭を掻いた。

 バルトロメオから借りた修道服は街中だと目立つので、戦場を突っ切る間に脱ぎ、今は脇に抱えている。魔杖カドゥケウスも本体が冷えたら即分解した。

 これなら、ジョエレが今の今まで戦場にいただなど、誰も気付かないだろう。


「テオ〜。テオフィロちゃーん。俺のお帰りですよ」


 猫なで声を出しつつ、けれど乱暴にテオフィロの部屋の扉を叩く。

 嫌味を覚悟で叩き続けているけれど青年は出てこない。


(こりゃ出かけてるかね)


 買い物を頼んでおいた着替えが欲しかったのだが、いないのなら仕方ない。知らない街で単独行動するとは思えないので、テオフィロがいないのならルチアもいないのだろう。


(きちんと病院に行って――は、いないよなぁ。あいつらが帰ってくるのを待つしかねぇか)


 ぼんやりと考えつつ自室へ向かう。途中、ルチアの部屋の扉が勢いよく開いた。


「いよう。1日ぶり?」


 現れた黒髪の娘にジョエレは愛想笑いを浮かべる。

 倒れたと聞いて心配していたが、普段通り元気に見えて何よりだ。半分目が据わっていて、機嫌は非常に悪そうだが。

 彼女の後ろから、探していた茶髪の青年も顔を見せる。


「あ、テオ、お前こっちにいたのかよ。シャワー浴びたいから俺の着替えくれ」


 目の前のルチアは見なかった事にしてテオフィロに声をかけた。言われるのを予想していたのか、青年は紙袋を放り投げてくる。


「だと思ったよ」

「ありがとよ。じゃ、俺はこれで」


 ジョエレはそそくさと去ろうとした。したのだが、その背を誰かが掴んだ。

 嫌な予感しかしないながらも振り返ると、案の定ルチアが手を伸ばしている。


「ナンノゴヨウデショウオジョウサマ」

「言わなくても分かってるわよね?」

「いや。俺馬鹿で分かんねぇから、さっさと消えるわ」

「逃げようとするな、このロクデナシ! 昨日からどこで何してたのよ!?」


 やはり怒られた。


「分かった! 分かったから落ち着け! 怒鳴ると血圧が上がるから、な?」

「怒鳴らせてるのはジョエレでしょ!?」

「いやはやごもっともです、はい」


 ルチアを鎮めるために殊勝な態度をとってみた。すると、満足そうに彼女が静かになる。それは良かったのだが、


「きちんと話してくれるんでしょうね? それに、この布何?」


 ルチアが修道服に触れようとしてくる。


「それに触んじゃねぇ!」


 ジョエレは一喝した。

 びくっと彼女の手が止まる。


 戦場で着ていた修道服には有害な薬物が付着している。体調のよろしくないルチアには特に強く影響するだろう。

 そんなものに触れさせるべきではない。


「説明はする。けど、俺のシャワーが先だ。お前も手ぇ洗っとけよ」

「え? なんで?」

「今の俺がお前の身体に悪いもんで汚れてるからだよ。出てきたら病院に行くから、2人とも出かける準備しとくんだぞ」


 そう言ってジョエレは自室に向かおうとしたのだが、後ろに引っ張られる感覚に足を止める。振り返ってみると、ルチアが再び服を掴んでいた。


「ルチア」

「なんで」

「んあ?」

「なんで病院なんて行くの? ジョエレ怪我でもした? それとも何か検査?」


 まるで他人事のように彼女は言う。


「お前の検査に決まってるだろ。心臓、辛いんじゃないのか?」


 服を掴まれる力が強くなった。


「なんでジョエレが知ってるの? テオが連絡した?」


 後ろを振り返った彼女にテオフィロが首と手を振る。この様子だと、2人の間では、ルチアの不調をジョエレに言わない協定が結ばれていたのだろう。


「テオとは別口だ。ああ、テオ。お前、眼鏡かけたおっさんから手紙預かってねぇ?」

「あ」


 今思い出したといった声をテオフィロが出した。そうして、渡してきたばかりの袋を指す。


「忘れないようにその中に入れて忘れてた」

「意味ねーな、おい」


 手紙があるかジョエレは袋の中を覗き込んだ。


「行かないから」


 その横でルチアが呟く。


「んあ?」


 よく聞こえなくてジョエレが疑問を返すと、彼女に身体を押された。


「おわっ! 危ねえだろ!」

「病院なんて行かないから!」


 叫んだルチアは半端な場所にいたテオフィロも押し出し、バタンと部屋の扉を閉めた。


「おいルチア! 病院行かないってのはどういうつもりだ!? いい歳して病院嫌いか!?」


 他の客の迷惑を無視してジョエレが扉を叩いても、彼女は反応を見せない。


「テオ、あいつ薬持ってたか?」

「俺と一緒にいた間には見てないけど」

「何考えてんだ馬鹿娘!」


 どん、と、それまでより強く扉を叩いた。


「ルチアの病気ってヤバイの?」

「はっきりしねぇから病院に連れてきたいんだけどな。聞いた通り心臓病だと、元気そうにしてて突然ぽっくりがあるし」


 テオフィロの表情が少し曇った。それからは黙って横にいただけなのに、


「ジョエレ、ちょっと叩くの止めて」


 おもむろにジョエレの手を掴んでくる。

 彼が自分から動くのは珍しい。何か良案があるのかと、ジョエレは言葉に従い、扉の前をテオフィロに譲った。


「ルチア」


 決して大きくない声で、ゆっくりと、テオフィロが扉に向かって語りかける。


「ルチアに倒れられると俺は困る。ルチアが苦しそうにしてても俺には何もできないから。それに、体調が気になって遊びも楽しめないし。検査に行くだけっぽいし、病院行かない?」


 返答はない。

 それでも根気強く待っていると、


「ディアーナに」


 部屋の中から小さな声がした。


「ジョエレもそこにいるんでしょ? ディアーナに診てもらう。彼女なら昔からあたしを診てるから。だから、それ以外の医療機関はやめて」

「ディアーナの診察なら受けるんだな?」

「うん」

「分かった、連絡しとく。んじゃま、晩飯食いに行く時には声かけるから、その時にな」


 それでジョエレは引き下がる。

 医者の診察を受けてくれるのなら文句はない。すぐすぐ病院に行く事にこだわって、ディアーナの診察すら拒否される方が大変だ。


「お手柄だ、テオ」


 功労者のテオフィロの頭を撫で回した。即座に払いのけられたけれど、まぁ、そんなものだろう。


「突然消えた理由、後でちゃんと説明しろよな」


 不愉快そうに言って、テオフィロも自らの部屋に消えて行った。


 1人残された廊下でジョエレは深く息を吐く。

 ルチアに病院拒否された時にはどうしたものかと気を揉んだが、どうにか落ち着いて良かった。


 自室に引き上げ、テオフィロから受け取った袋と、帰りがけに買った服の袋をベッドに投げる。


(なんか、無駄に疲れた)


 すぐにでもベッドに転がりたい気分だが、まずはシャワーだ。

 修道服含め着ている物全てをシャワー室に放り込み、自分を洗うついでに丹念に洗った。適当に絞ってハンガーに掛けシャワー室に吊るしておく。

 服を着るのが面倒だったので、備え付けのバスローブをひっかけた。


 目に入ったサイドテーブルの上のワインをひと口飲む。一気に疲れがのしかかってきて、そのまま寝たくなった。


 実は、昨日からほとんど寝ていない。

 会議が長引いたのもあるが、解散した後、敵の動きの様々なパターンを想定して対応を考え、軍上層部にだけでも頭に入れてもらうために書類を作っていたら、気付けば朝だった。


(ディアーナに連絡だけはしておかねぇと)


 眠い頭を叩いてディアーナに電話を掛ける。

 明後日の朝一で検診予約をとれたのにホッとしてベッドに倒れこんだ。身体の下に敷いてしまった邪魔な袋はベッドの外に押し出す。

 時計を見たら18時だった。


(2時間は寝れる、というか寝る)


 時計に腕を伸ばして目覚ましを掛け、毛布の中に潜り込んだ。動くと首のネックレスがしゃらりと音を立てる。


(大切な存在は、もう作らないつもりだったんだがな)


 失うのは辛いし、同じ轍を踏まないように、組織に付け込まれる存在は作らないように生きてきた。なのに、ある程度保っていたはずのルチアとの距離でさえ気が付けば縮まっていて、切り捨てられなくなっている。

 今のジョエレの弱点は、間違いなくルチアとテオフィロだ。


(そういや、エアハルトの手紙があるんだったっけか)


 面倒ながらもベッドの端に転がり、腕を伸ばして目的の物を探した。眠い目をこすって便箋を見てみると、



 親愛なるジョエレ・アイマーロ様

 近いうちに会いに行きます



 そんな文が綴られている。


(マジでもう無意味じゃねーか。てか、展開が昔より早すぎる)


 くしゃりと握りつぶした便箋と封筒を適当に放り投げ、今度こそ意識を落とした。

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