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堕ちた枢機卿は復讐の夢をみる  作者: 夕立
Ⅴ.まどろみと復讐と
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5-20 修道士ジュダ 後編

 そんな事を続けているとレオナルドが周囲に馴染んできた。

 まぁ当然かと思う。

 クラウディオと違い、レオナルドは努力家で誠実な人物だ。選帝侯出身だからといって威張り散らす事もせず、仕事を教えてくれと各部署に頭を下げて回っているらしい。

 官房室では未だに鼻つまみ者らしいが、そのうち適当に馴染むだろう。


(で、俺はどうしてこいつを飲みに誘ってしまったんだろうな?)


 目の前で愚痴を垂れ流している赤ら顔の同僚をジュダは眺めた。


 レオナルドは普段何も言わないが、受けているストレスがかなりのものなのは見ていれば分かる。なのに、あまりに愚直に物事に取り組むものだから、そのうち潰れるのではないかという思いが頭をよぎった。


 仇の息子相手に老婆心など抱こうとは思ってもみなかった。

 ましてや、レオナルドをサシ飲みに誘うだなんて、自分の行動が一番信じられない。


 声をかけられたレオナルドは一瞬不思議そうな表情をしたけれど、嬉しそうに承諾した。

 といっても、一般人のジュダが行くのは大衆酒場だ。置かれている酒も安物ばかりだというのに、レオナルドは実に美味そうに、そして、楽しそうに時を過ごしていた。


 そこまでは良かったのだ。

 酒が進むにつれてレオナルドの口から漏れる言葉に愚痴が多くなり、やばい予感がした時には遅かった。すっかりできあがった堅物は一方的に愚痴を吐く存在に成り下がり、際限がない。

 愚痴を半分聞き流しながらジュダは机に頬杖をつく。


(にしても、こいつこんなに色々抱えてたんだな)


 レオナルドの愚痴は仕事に関する事柄もあるが、そのほとんどは父親に関するものだ。


「なぜ上はあの屑を長官のままにしておくのだ? 聖下だって、あいつがどうしようもない人間だとお分かりなのではないのか!?」


 自らの親を屑呼ばわりするほどなのだから、下手したらジュダよりクラウディオを嫌っているのかもしれない。


(つまるところ、こいつもクラウディオの被害者の1人なんだろうな)


 余計な情報を知ってしまったせいで、レオナルドに対して抱く感情がますます複雑になった。



 ◇


 そんな感じで始まったレオナルドとの付き合いが10年と少しを超えてきた頃。

 レオナルドがクラウディオから家督を奪い、片田舎に飛ばした。

 その後の彼は順調に枢機卿に昇進、クラウディオの穴を埋めるように教理省長官にもなった。


 そこまでは予想していた事だったけれど、レオナルドの行動力を誰もが甘く見ていた。

 長官に就いた彼は人事に大ナタを振るったのだ。


 下の者達との関係を築くことから足場を固めていったレオナルドだ。誰が優秀で、誰がクラウディオの腰巾着かは心得ていた。

 粛清、左遷された者達から凄まじい抵抗を受けながらも彼は仕事をやり切り、長官交代から1年足らずで教理省の引き締めは終わった。


 ジュダもその改革で拾い上げられた者の1人で、レオナルドが長官に就かなければ絶対に局長になどなれない身分だった。

 レオナルドは良くも悪くも公正だ。生まれも経歴も関係無く、実力だけで人材を配置していく。

 ジュダの中でレオナルドへのしこりはあったままだったけれど、他の感情に追いやられ、半分忘れながら職務に就けるようになっていた。



 ◇


 だったというのに、あいつらが接触してきてしまった。

 どこからかジュダの正体を知った彼らは優しい声で囁くのだ。


「父の仇を取りたくはないか? 《穿てし魔槍(ゲイボルグ)》を差し出すのなら、その手伝いをしよう」


 と。それも、時を置きながら、何度も、言葉が心へと浸透するのを待つように。


 報復を抑えていた最大要因は、実現不可能だろうという予想だった。

 けれど、組織の言葉は甘く深くジュダに絡みつく。


 そうして――


 気が付いたら彼らの手を取っていた。

 熱にうかされたように身体は動いた。教皇庁で反旗を翻したとき障害になったものはことごとく排除し、この地にも余裕で帰ってこれた。


 だが。

 冷静になった時に一気に血の気がひいた。

 同僚の血で汚れた己が手を見て彼らへの謝罪を繰り返しても、奪った命はかえってこない。


 もう、やめようかとも思った。

 けれど、そんなジュダにあいつは囁く。


「ご家族の安全はご心配なく。教皇庁からはきちんと守りますから」


 と。それはつまり、「家族の命は握っている」という脅しと同義だ。その時点で組織と手を切る選択肢は消えた。


 事態だけが進んでいく。

 ジュダに許されるのは歯車として動くことだけだった。

 その中で精々できた抵抗が、組織が寄越した手駒に怪しまれぬよう、回りくどい方法で聖遺物を返すくらいだけだったというのが情けない。


「ようやく来たか」


 チヴィタから続く橋を歩くレオナルドの姿を認め、ジュダは背筋を伸ばし直した。労いがてら、いつものように皮肉を吐く。


「思ったより遅かったな」

「私は小心者なんでな。石橋を叩いてからでなければ渡れぬ事くらい知っているだろうに」

「こんな時でも慎重か」

「こんな時だからこそだ」


 ジュダから3メートルほど離れた所でレオナルドが立ち止まった。


「悔い改めるつもりは?」

「愚問だ」


 ジュダは一言で切り捨てた。それから、腰を落とし格闘の構えをとる。


「俺達の間にあるのは酒と拳だけだ。言いたい事は拳で語れ」


 レオナルドが数瞬こちらを見、口を開く。


「《穿てし魔槍(ゲイボルグ)》はどうした」

「渡した。今回の計画を手伝ってもらうのは、あれと引き換えだったからな」

「誰に」

「全ては拳。それが俺達の間のルールだったはずだ」


 それでジュダの話すべきことは無くなる。そのまま黙っていると、レオナルドが持っていた聖遺物を全て地に捨てた。


「お前ならどれでも使えるはずだが? 既にダメージが蓄積しているようだから、使ってもいいんだぞ?」

「この程度ダメージの内に入らん。それに、お前は素手で殴りつけて、矯正してやらんとならんようだからな」


 顔に青あざを作りながら、馬鹿正直に彼まで格闘の構えをとる。

 それがなんともレオナルドらしくて、ジュダは口角を片方上げた。


「やはりお前ではベリザリオに追いつけすらしないな。奴なら喋ってる間に俺を抜けていただろうに」

「生憎と私は超人ではないのでな。凡人は凡人らしく足掻くだけだ」


 それで会話が終わり、2人同時に地を蹴った。


 どうせ事が起こる前になど戻れないのだから、最後は自分達らしく締めようではないか、友よ。


 そして、叶うなら、この茶番を止めてくれ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やはり、掘り下げが抜群に良いですね! 少し前までは、レオナルドは典型的な堅物程度の認識でしかなかったのに、今では感情移入しまくりで、応援したい気持ちでいっぱいです。
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