5-19 修道士ジュダ 前編
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レオナルドが入庁してきたのは16年前、ジュダが22歳の時だった。
父親にどことなく似た容姿で、入庁そうそう長官官房に配属されたレオナルドは、誰も口には出さないながらも嫌われていた。
長官官房とは長官の仕事を補佐する部署で、事務方の一般職員にとって出世の終着点と言ってもいい。省としての仕事を満遍なく学んでおり、かつ、優秀な職員が配属されるのが通例だ。
そんな部署に新入りが配属されるなんてありえない。
当時教理省長官だったクラウディオがねじ込んだのだと、実しやかに噂が流れた。
けれど、そんな事ジュダにはどうでも良かった。
むしろ喜んだ。クラウディオの息子と違う部署で良かったと。
教皇庁に入ったのは父の仇であるクラウディオに復讐するためだ。息子であるレオナルドの顔を毎日見せられた日には、胸糞悪いことこの上ない。
(息子に嫌がらせしたら、多少はクラウディオにもダメージがいくのか?)
とも考えたが、そのせいで復讐相手に目を付けられては困る。気にしない事にした。
◇
新人の入庁から1週間が経った日。
朝の訓練にレオナルドが顔を出した。
「おい、ボルジア卿の息子が来たぜ」
全く気付いていなかったジュダも周囲のざわつきで気付いた。
「何しに来たんだろうな、あいつ」
「冷やかしか、官房室に居場所がなくて逃げて来たんじゃね?」
周囲では下世話な推論が飛び交う。
それくらい、レオナルドが朝訓練に来るのは異質だった。
教理省内部では、事務方と現場担当は職務がはっきりと別れている。現場担当職員には必須となる武術訓練への参加も、事務方は出ない。ましてや、官房所属の者が参加するなど聞いた事もない。
ざわつきをよそにレオナルドは訓練の指導担当のもとに行き何かを喋った。会話はすぐに終了し、帰るかと思いきや、そのまま訓練場の一番奥隅に並ぶ。
(ひょっとして、あいつも訓練する気なのか?)
ジュダがレオナルドの動向を見ているうちに訓練が始まった。
まさかとは思ったが、レオナルドも訓練に参加している。しかも、温室育ちなボンボンなら根を上げてもよさそうなメニューについてこれている。
動きは悪くない。
走り込みも脱落せずに走り切った。
(あの屑の息子にしてはまともだ)
走り終わったら何故か隣にいたレオナルドをジュダを横目で見た。少しだけレオナルドの評価を上げていると、指導員が手を叩く。
「次は組手だ。ペアを作れ」
号令に従い皆が一斉に動く。
(屑の息子だけはご免だ)
ジュダはレオナルドと逆隣にいる同僚に声をかけようとした。ところが相手は既にペアになっている。出遅れたせいで前後の連中も全て組になってしまい、残りがレオナルドだけになった。
相手が嫌だからといって訓練を途中放棄するわけにはいかない。仕方なくレオナルドに声をかける。
「じゃ、俺とペアってことで」
「よろしくお願いします、先輩」
レオナルドが律儀に礼をしてきた。しかも敬語だ。
「先輩って。お前、神学科卒で、ストレートなら22だろ? 俺は一般入庁だからお前より2年早く働きだしてるけど、年は同じだからタメ語でもいいぞ?」
殊勝な態度だったからか、相手がクラウディオの息子というのも忘れ、ジュダは普通に話しかけてしまった。
レオナルドが首を横に振る。
「いえ。2年先に働かれている先輩ということには変わりないので」
あまり融通のきくタイプではないらしい。
後は特に無駄話もせず、ひたすら真面目に訓練していた。
その姿はあまりにクラウディオと違いすぎて、こいつら本当に親子かと疑いたくなったほどだ。
それからというもの、レオナルドは朝訓練に毎日参加するようになった。
1度彼とペアになってしまったのが運の尽きで、組み稽古は全てジュダが相手させられる。気分的には良くなかったけれど、レオナルドの武術技量が低くなかったのだけが幸いだろうか。
(運動音痴な先輩と組ませられるよりはマシかもなっ)
手加減ぬきでジュダは掌打を放つ。真正面から受け止めたレオナルドが同じ技を返してきた。
武術にせよ学問にせよ、実力が同等か少し上くらいの者と競う方が上達が早い。ジュダと同等の強さのレオナルドとの訓練は効率がいい上に、癪ではあるが、少し楽しかった。
ジュダは技を受けるふりをしてレオナルドの掌を弾き、がら空きのレオナルドの腹に膝蹴りを入れる。
「悪い、わざとだ」
そうして、悪びれもせず脚を引いた。
レオナルドは喚かず、顔を歪めて腹をさする。
「分かってます。私が嫌いだからでしょう?」
「さすがに覚えたか」
「型から外れて殴る蹴るされる度に言われればね」
「痛いのが嫌なら、稽古だからと気を抜かないことだな」
そう言って、本心を屁理屈でカモフラージュしながら、クラウディオへの憂さを少しずつ晴らすこともできた。レオナルドは馬鹿真面目なので、こちらの真意をはかろうともしない。
「肝に銘じます」
逆に、稽古にますます精をだすようになったくらいだ。その姿に、ジュダはただただ呆れるしかなかった。




