5-17 聖遺物模造
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――30年前、国務省長官室。
仕事をキリのいい所まで片付けたベリザリオはペンを置いた。椅子から立ち上がり軽く身体を解し、応接ソファに座る。
「待たせてすまないな」
「別に構わないわよ。待たされたっていっても、珈琲を淹れる程度の時間だったし」
流しで勝手に珈琲を淹れていたディアーナが笑った。黒い液体の満たされたカップを2つ持った彼女はローテーブルの上にそれを置き、ベリザリオの横に座る。
「それじゃ、手を出して」
ベリザリオが右手を出すと、彼女は巻かれた包帯をするすると解いていった。露わになった手をじっと見つめ、ふっと笑顔になる。
「すっかり綺麗ね。傷痕が残らなくて良かったじゃない」
「ようやく包帯生活から解放だな。利き手だったせいで、何をするにも面倒だったんだ」
自由になった右手をベリザリオは閉じたり開いたりした。
《穿てし魔槍》でチヴィタを破壊した時、出力の反動に身体が負けた。幸い完治まで1週間程度の怪我ですんだが、下手すれば死んでいた。
それを考えれば、教皇庁が聖遺物の高レベル励起を禁止するのも納得だ。
「これに懲りて、聖遺物を高励起状態で運用しないことね。20パーセントまでって規定されているものを80って、馬鹿でしょ?」
「いや。でもな? そうすれば全て丸く収まりそうだったというか、1度、自分の目で高励起状態を見てみたかったというか」
「本音は後ろでしょ? 実験馬鹿も程々にしないと、呆れたアウローラに捨てられるんじゃない?」
「それは言わないでくれ。私も少し気にしてる」
「そう? 自覚してるならいいけど」
なんとなく気まずくなり、2人揃って珈琲に手が伸びた。1口すすったところで廊下が騒がしくなり、ノックも無しに騒がしい男が入ってくる。
「いよー! ベリザリオ。いい加減午前中の仕事も終わってるだろ……って、あれ?」
エルメーテはこちらを見るなり数度瞬きし、指で頬を掻いた。
「ひょっとして、昼下がりの情事のもつれ?」
「年中もつれてるのはあなたでしょ!?」
ガンと、ディアーナがカップを置いた。エルメーテはへらへら笑いながらやってきて、ベリザリオ達2人が座っている対面のソファに腰掛ける。
「軽い挨拶だって。そうカリカリすんなよ。皺が増えるぞ。あ、ベリザリオ。俺にも珈琲くれよ」
「カリカリさせてるのはあなたでしょうが」
近くに置いたままだった包帯をディアーナがエルメーテに投げつけた。そのまま流しへ向かう。彼女が珈琲を淹れてくれそうだったので、ベリザリオは動かない。
「で。なんの用だ?」
「お前が長官室の主になったって聞いたから、遊びに? いいよなー、個室」
そう言ってエルメーテが部屋を見回した。
「てかさ? お前の長官昇進って内定してたじゃん? なのに、この前の騒動鎮圧の褒賞が長官昇進の前倒しって、おかしくね?」
「私はあくまで穴埋めだからな。表向きは全てボルジア卿の手柄だし、下手な褒賞を出したらご老体達がやっかむしで、ここら辺が限界だったんだろ」
「老害達、仕事はしねぇくせにマジうぜぇ」
げんなりと彼は吐き捨てる。
「なんて感じで不幸な立役者を表向きは演じて、腹ん中では棚ボタしたボルジア卿の評判が落ちるのを狙ってそうなお前、マジおっかねぇ」
エルメーテが呆れた目で見てきたけれど、ベリザリオはその話題にはあえて触れない。薄く笑みだけを浮かべて話題を変える。
「まぁ。面白いデータを取れたりと、私としては悪くない仕事だったよ」
「面白いデータ?」
新しいカップを持ったディアーナが戻ってきた。彼女はそれをエルメーテの前に置き、そのまま彼の横に座る。
「そうそう、その件で進展があったから来たんだ。見て驚くなよ? ディアーナ」
エルメーテが不敵に笑い、先程からチラつかせていた大判の紙を広げた。
そこには棒状の何かの絵と、細かな文字がびっしりと書かれている。
「何これ?」
ぱっと見て何だか分からなかったようで、ディアーナが目を細めた。
「聖遺物って、色んな種類がある割に杖ってないだろ? だから、作れないかなーって」
「はぁっ!?」
彼女は目を見開いて、ついでに口もあんぐりと開けた。
「でもよー。さすがになんの手掛かりも無しだと制御プログラムが組めないから、稼働中の《穿てし魔槍》のログ、ベリザリオに取ってきて貰ったんだ」
「あなた達どこまで馬鹿なの? というかベリザリオ。よくログの収納場所なんて知ってたわね」
「私じゃ見当も付かなかったんだが、エルメーテがそこだろうって言ってた場所があってな。調べてみたら大正解」
「強い武器ってのは、やっぱ男のロマンだよな〜」
「なんか最近、やる事が悪戯の域を超えてきてるわよね」
額に手を当てたディアーナが頭が痛いとばかりに首を振った。それでも興味はあるのか、視線は図面から離れない。
「これ、大まかにどんな動きするの?」
「せっかく杖の見た目なら、ゲームに出てくる魔法の杖みたいに色んなことさせたいじゃん? だから、化学物質を合成させて、それで現象を起こそうかなーっと。幸い俺には科学馬鹿のベリザリオがいるからな」
「馬鹿は余計だ」
「じゃぁオタク」
不毛な応酬になりそうだったので、ベリザリオは言い返すのを止めた。代わりに図面の中の1ラインを指す。
「このラインが細過ぎだ。粘性の高い液体だと詰まる可能性がある。1ミリ太くした方がいい」
「化学反応を起こすなら熱交換があるでしょうから、断熱材入れた方がいいわよ」
「さすが科学オタクに医学博士様。他に手を入れる場所あるか?」
図面の数値を訂正しながらエルメーテが見上げてくる。
「デザイン」
「デザイン」
ベリザリオとディアーナの声が重なり、エルメーテがこけた。そうして不機嫌そうに睨んでくる。
「あぁん? これのどこが不服だってんだよ」
「ヘルメスの杖がネタ元なんだろうが、そのまま形にしようとするな。棒に2匹の蛇が巻き付いてて、杖頭には翼のデザインって、どこの魔法少女だ? 私は持ちたくないぞ」
「私でも嫌よ。あなた絶望的にセンス無いんだって、そろそろ認めなさいよ」
「じゃぁ、どうすればいいってんだよ」
「ただの棒でもいいだろ」
「それは嫌だ」
ベリザリオとディアーナは互いに顔を見合わせ嘆息した。
「杖本体はシンプルな形にして柄を彫ればいいじゃない。目立たないように」
「……デザインは保留ってことで」
泣きそうな顔でエルメーテが紙の隅に文字を綴る。
「というか、これ、原子から直接分子合成できないのか? この設計だと、安全に全自動で混ぜられますってくらいだよな?」
「それなー。設計だけならできるんだけど、それやると、反応に大きなエネルギーが出たり入ったりするから、多分ガワがもたない。耐えられそうな合金、全部アレの共振周波数に引っかかりやがるんだよな」
「そこか……」
どうしようもない部分にぶち当たってベリザリオは口を閉ざした。
エルメーテは既に開き直っているのか、呑気に珈琲を飲んでいる。
「ま、そのうちベリザリオ大先生が素晴らしい素材を提供してくれると信じてるぜ」
「材料工学は中々に難しいんだよな。アレの影響が強過ぎて。私の専門からも外れるし」
「ベリザリオの専門って、あって無きが如しよね」
ディアーナもゆったりと珈琲を飲んだ。
「ああ、そういえば」
ふと思い出しベリザリオは席を立った。執務机の上に分けておいた書類の束を取ってソファに戻り、笑顔でディアーナに差し出す。
「何これ」
ディアーナの眉間に皺が寄った。
ベリザリオは笑顔のままそれを彼女の方に押しやる。
「仕事。今日中のやつ」
「はぁあっ!?」
ディアーナが眉間の皺を更に深くして書類をめくりだした。
「さっき言ってただろう? アウローラに捨てられるって。手が上手く使えないのも手伝って、ここ1週間残業続きでな。まともに彼女の相手をできていないんだ。今晩は埋め合わせしようと思って、アウローラの好きなオペラ公演とレストランを予約してある」
「それとこれがどう関係するのよ?」
「普通にやると溜まってた仕事が定時で終わらないんだ。だから、お前にも仕事を振り分けた。残りの仕事だけならなんとか就業時間内に終わる」
「笑顔で馬鹿言ってんじゃないわよ!」
ディアーナが書類の束をばんと叩く。
「あなたの代わりに私が残業じゃない! しかもこれ、3時間くらい掛かりそうなんだけど!?」
「大丈夫だ。お前なら2時間半で終わる」
「わぁお。ディアーナってば優秀」
「黙れエルメーテ!」
彼女の平手打ちがエルメーテの頬に見事にきまった。一言多い彼がディアーナにしばかれるのはいつもの事だが、ご愁傷様である。
赤く腫れたエルメーテの頬は見なかったことにし、ベリザリオは顔と声を真面目に保つのに全力を注ぐ。
「長官命令だ。よろしく頼む、保健福祉局局長」
「こんな職権乱用して、後で覚えてなさいよ!」
ディアーナが両手で机を叩き、振動で珈琲カップが音を立てた。かなりご立腹のようだが、仕事を突き返したりはしないでくれるらしい。
一安心したベリザリオは気合を抜き、対面の2人に話しかけた。
「まぁ。私の仕事をディアーナも出来るようになっておけば、いざという時役に立つ事もあるだろうさ。それで、食事に行こうと思うんだが、お前達どうする?」
「行く行く。後で取りに戻ってくるから、これ、ここに置きっぱなしでもいいよな?」
頬をさすりながらエルメーテが立つ。
「部屋は施錠しておくから問題無いと思うが、鍵付きの引き出しに一応入れておくか。で、ディアーナは?」
「行くわ」
激しく怒って疲れたのか、彼女がふらふらと立ち上がった。
それをエルメーテが支えてやったまでは良かったのに、鼻の下を伸ばしていたのがばれて、またしばかれていた。
それからは、漫才にしか聞こえない2人の口喧嘩が始まる。
食堂に着くまでにおさまるのだろうか。




