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堕ちた枢機卿は復讐の夢をみる  作者: 夕立
Ⅴ.まどろみと復讐と
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5-15 手段を問われない説得

「ふざけた真似をしてくれる」


 レオナルドは部屋の隅へと這った。

 後手でナイフに触れると、それを逆手に持つ。自らを切らぬよう、慎重に、手首に巻かれたガムテープを切った。

 そのまま順手に持ち替え、二の腕の高さで巻かれたものと、足首に巻かれたものも切る。

 身体を拘束する物を全て取り払ってようやく一息ついた。

 床に捨てられていた鞘を拾いナイフをしまう。これから先何があるか分からなかったので、司祭服カソックの中に忍ばせた。


(食事途中から妙に眠かったが。バルトロメオがパニーノに細工をするとは思えんし、珈琲か)


 窓際に行き外を見たら3階だった。

 降りれぬ高さではないが、下は石畳とむきだしの地面が混ざっている。足を捻れば動けなくなるし、ここから飛び降りるのは止めた方が賢明だろう。


(となると、こちらからか)


 足音を忍ばせ出口に向かい、扉に耳を当てた。

 物音はしない。ゆっくりと扉を開ける。


(拘束されてどれだけ時間が経った? 私が敵の手に落ちたと参事官は知っているのか?)


 疑問に思ったそばから「いや」と呟いた。

 ジュダだって15年以上教皇庁に在籍していたのだ。良くも悪くも体質を理解している。ならば、レオナルド失踪の情報など意図的に流しているだろう。

 それだけで軍の突撃力は一気に落ちる。

 30年前の再戦を言ってきた事も考えると、上辺だけは昔と同じ状態にしたいのかもしれない。


 そうして、事態を上手くおさめられないレオナルドの姿を見て、ほくそ笑むのだろうか。


(気に入らないな)


 階段を降りながら親指の爪を噛んだ。

 イラつきがおさまらないのはジュダの行動のせいか、父の愚行の成れの果てを目の前に突き付けられているからか、不甲斐ない自分にか。


 歩く先に人影を認め足を止めた。

 向こうもレオナルドを認識したらしく、侮蔑の表情を浮かべる。


「おいおい本当にお出ましだぜ、枢機卿様がよ」

「てっきり部屋で震えてるか、怒鳴り散らすかだと思ってたんだけどな」


 そこには2人の青年がいた。ヴァチカンでは貧民街で見かける風体だ。

 この建物から出られるであろう扉は彼らの後ろ。

 足止め――なのだろうが、足止めされてやる義理も余裕もない。

 レオナルドは再び歩き始めた。


「父ならばその通りの行動を取ったのだろうが。同じと見られると中々に腹が立つな」

「そういえば、お前、あのクラウディオの息子なんだろ?」

「だからどうした? 私はあいつのように甘くはないぞ。そこをどけ」


 それ以上進めなくなり青年達の前で止まった。

 当たり前だが彼らはどかず、嫌らしい笑みを向けてくる。


「そりゃ良かったぜぇ。ジュダさんから言われた仕事もそれなら楽しそうだ」

「ジュダだと?」

「ジュダさん、お宅から大事な物をいくつか奪ってきたんだろ? どういう手段にしろ、俺らを説得できれば返してやれってさ」

「ふむ」


 レオナルドは腕を組んだ。

 どういうつもりでジュダがそんな命を出したのかは不明だが、試されている気がした。それに彼は、希望が見えてきたところで潰すと宣言していった。

 彼の舞台に乗りさえすれば、途中まではこちらに有利に動くのだろう。

 ならば、最後に競り負けなければいいだけの話だ。


「その話、本当だというのなら乗ろう」

「は? マジで? でも、お偉いさんがどうやって俺らを説得するつもり? おっさんが泣いたって、俺らの気持ちは1ミリも動かないけど」

「泣き落としなどせん。とりあえず聞くが、大人しく聖遺物の場所へ案内する気はないのか?」

「ないない。一生遊んで暮らせるくらいの金を積んでくれるなら考えないでもないけど」


 あひゃひゃと青年達が笑った。

 レオナルドは腕を解き、拳を握る。


「分かった。ならば、歯を食いしばれ」

「は?」


 そうして、青年の1人の横面を容赦なく殴りつけた。


「枢機卿が暴力って、ありかよ!?」


 殴られた相方を気にしながらもう1人の青年が叫ぶ。


「今のは教育的指導だ。お前達のような若者が、ジュダと共にこのような事をしているとは嘆かわしい。いい機会だ。私が性根を叩き直してやろう」

「なんだよそれ!?」

「指導を受けるのが嫌なら仕事を放棄して行ってもいいのだぞ? 今の私は機嫌が悪い。手加減などできそうもないほどにな」


 レオナルドが睨むと青年が尻込んだ。

 その彼を押しやって、1発くらわした青年が起き上がる。


「んなことするわけねぇだろうがよ! さっきのは油断してただけだ。ボッコボコに仕返してやんよ」


 流れる鼻血を拭った彼は唾を吐き立ち上がる。触発されたのか、怯え気味の青年まで目に反抗的な光を灯した。

 2人に対峙するためレオナルドは腰を落とす。


「まとめて相手をしてやろう。私が勝ったら、きちんと道案内をするのだぞ?」

「勝てたらな!!」


 青年2人が同時に殴りかかってきた。

 顔を狙っているものは腕で防ぎ、空いた脇腹に叩き込まれたものは腹に力をこめて耐えた。

 脇を殴った奴は蹴りで引き離し、その間にもう1人の腕を掴む。そのまま背負い投げの要領で床に叩きつけた。半分伸びかけている彼の首筋に手刀を落とし、1人黙らせる。

 素早く身を翻し、再度こちらに殴りかかってこようとしていた青年の顔面に拳をめり込ませた。


「ってぇ……」


 顔を両手で押さえながら青年が下がる。


「まだ続けたいなら拳をくれてやるが、どうする?」


 レオナルドは拳を握ったまま1歩踏み出した。青年がびくっと顔をあげ、手を前に掲げる。


「ま、待ってくれ! 降参する! 言われてる場所に案内するから殴らないでくれ!」

「嘘ではないな?」


 レオナルドは更に1歩踏み出した。


「嘘じゃない! その証拠に俺があんたの前を歩く。これなら騙し討ちもできないだろ?」


 青年はそう言うと扉を開け出ていった。

 見失う前にレオナルドも続く。視界に飛び込んできた光景に少し驚いた。


(ベリザリオ卿が破壊して以来手入れされていないはずだが)


 書類上は廃墟のはずの集落は、人が生活するのに十分な機能を持っているように見える。流れている空気も廃墟特有の寂しいものではない。

 建物は粗末ながらも石と煉瓦で修復されているし、場所によっては植物が植えられている。


 チヴィタ自体は30分もあれば回れる程度の小さな集落だ。

 それでも、家屋の修復にはそれなりの労力や資金、時間が必要だったはずだ。

 それを払いながら復讐の機会を窺っていたのだとしたら、反乱者達の執念は軽くない。


「着いたぜ」


 前を行く青年が言った。そうして、蔵らしき建物の扉を開け中へ入っていく。

 レオナルドも続くと、背後で扉が閉じられた。


「本当に来たのかよ、枢機卿」


 ついさっき聞いたのと同じような言葉が聞こえた。

 発したのは初めて見るゴロツキだ。

 初見は前に2人、扉を閉じたのが1人。案内をしてきた青年は扉近くでニヤニヤしている。


「嵌めたのか?」

「人聞きの悪いこと言わないでくれよ。あんたの探し物には案内してきたぜ」


 青年が一方を指さす。

 そちらには確かに《不滅の刃(デュランダル)》があった。


「1度に全部返すなんて言ってないぜ? 俺達が知っている場所はこことは別だ。それが知りたければ……分かるよな?」


 木箱に座っていたゴロツキ達が立ち上がり指を鳴らす。案内をしてきた青年もゴロツキ側に加わるつもりらしく、態度が再び大きくなった。


「全てが欲しければ、何カ所も回れということか」


 ギリ、と、レオナルドは奥歯を噛んだ。

 地力が違うとはいえ、4対1は分が悪い。1度に相手する人数を絞れる場所があればいいのだが、残念ながらここはがらんとした部屋で、開放感にあふれている。


(壁を背にして3方向からに絞るのが精々か)


 壁際に行くために、道案内をしてきた青年を殴り、蹴り飛ばした。素早く壁際を確保し残り3人を迎える。


「主よ。汝がしもべに祝福を」


 短く祈りを捧げ、戦いに意識を集中させた。

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