5-11 顔の無い異端審問官
「相手の目的っぽいのが多少なりとも見えてきて良かったじゃねぇか。これ、上官に報告してこいよ」
紙切れから視線を外しジョエレは言った。
けれど、バルトロメオは紙切れを凝視したまま動かない。
「さっさと行けよ。報告が遅れれば後手に回るだけだぞ」
「某なのだ」
小声でバルトロメオが言った。
「あ?」
「だから、某が一番上なのだ。長官と参事官の次は、某が指揮権を持っている」
「嘘だろ?」
「こんな時に嘘など言うか!」
バルトロメオが怒鳴った。けれど、すぐに彼は頭を手でおさえる。
「すまぬ。少し、状況の移り変わりに戸惑っていてな」
「いや。俺も悪かった」
毒気を抜かれてジョエレも謝罪した。
うっかり即否定してしまったが、ディアーナの情報にもそれに連なる話はあった。
(レオナルドと参事官。両方同時に潰される事を考えてなけりゃ、そりゃ、次は現場責任者が欲しくなるもんなぁ)
混成軍を上手く動かすために、現場責任者――この場合はバルトロメオ――に高い権限を与えていておかしくない。
だが、頭脳労働担当の2人がいなくなったからといって、肉体労働責任者に代わりをしろというのは、本人の適性的に厳しい気がする。
「お前、現場で切込むのは得意そうだけど、頭使うのは苦手そうだよな?」
「残念ながらな。正直、長官やお主の言っていた30年前の事も、某は大規模な反乱があったという知識しかない。長官と参事官、両方が落ちるとは考えていなかった。どうしたものか」
バルトロメオも己の弱い部分は心得ているようで否定しない。
ジョエレならいなくなった2人の穴埋めをできるが、突然現れた知らない者の意見など誰も聞かないだろう。
(教理省も警察組織も、無駄に仲間意識が強いからな。中に入り込むのが一番か)
結局のところ、そこに考えが落ちついた。
「バルトロメオ話がある。お前の部屋は?」
「ここでは駄目なのか?」
「まぁー、色々な」
理由をここで言うわけにもいかず、誤魔化すようにジョエレは頬を掻く。
「ふむ。ついてくるがいい」
幸いにもバルトロメオはそれ以上突っ込まず歩き出してくれた。
部屋に着いたジョエレは室内を見回す。
「お前、修道服の替え持ってきてるか?」
「あるが、それが?」
「ちょっと借りるぜ〜」
本人の許可も取らずにクローゼットから赤黒い修道服をひっぱり出した。バルトロメオはジョエレより一回り体格がいい程度なので、サイズも悪くない。
手早く着込むとフードを深く被った。
「これで俺も異端審問官に紛れ込めるな」
「誤魔化せんことはないとは思うが、それでどうするのだ?」
「レオナルドを助けに行くに決まってるだろ? この格好なら、教理省の連中も仲間に入れてくれるだろうしな」
ジョエレは笑ってみせる。バルトロメオが慌てたように手をばたつかせた。
「お主の有能さはロールの件で知っておるが、しかし、個人の諍いとは規模が違うのだぞ? チヴィタに集まっている連中は武装しているとの情報が入っている。怪我では済まぬかもしれぬのだぞ?」
「お前、俺もお前と一緒に前に出ると思ってる?」
「違うのか?」
不思議そうにバルトロメオは目を瞬く。
ジョエレは首を横に振った。
「レオナルドと参事官がいなくなって困ってるのは頭使う部分だろ? 戦場なら後方指揮。俺が埋めるのはそこだ」
「混成軍の指揮をお主がか?」
「ディアーナの我儘に対応するには色々できないとならねぇんだよ。少なくとも、お前が脳味噌捻るよりはマシだろうぜ。それに、ディアーナからお前達を手伝ってやれって言われてるしな」
「なんと!?」
バルトロメオが明らさまに嬉しそうな表情になった。それでもジョエレの起用は決断しかねるのか、すぐにしかめ面になる。そのまま1人でぶつぶつ呟いていたけれど、
「まぁ、しかし。お主は長官の囚われ場所も予想して当ててみせたしな」
しばらくすると静かになった。
ジョエレの方に向き直り手をさしだしてくる。
「分かった。オルシーニ卿のご好意、ありがたく受けるとしよう。頼むぞ、ジョエレ・アイマーロ」
「ほいよ」
ジョエレは軽く握手し、さっさと手を離した。
時間が惜しいので、バルトロメオの部屋から出ながら言う。
「とりあえず情報が欲しい。レオナルドの奴だって斥候くらいは出してただろう? あいつの部屋にあるか?」
「恐らく。口頭での報告も多かったが、長官は重要そうな事柄は紙に残していらしたからな」
行き先をレオナルドの部屋に決めた。
歩きながら指示を続ける。
「じゃぁ、俺は今からレオナルドの部屋で情報を頭に叩き込む。今が16時だから……19時から会議で。各組織の責任者を集めてくれ。あとは、そうだな。レオナルドを拘束した事で相手に動きがあるはずだ。状況の変化があった時は速やかに報告を。あ。俺の肩書も、それっぽいの用意しといてくれよな」
「某も忙しいな」
レオナルドの部屋の前でちょうど話が終わった。そのまま二手にわかれようとしたのだが、
「バルトロメオ」
銀髪の異端審問官をジョエレは呼び止める。
「なんだ?」
「《魔王の懐刀》無しでジュダを止められる自信はあるか?」
バルトロメオは一瞬考えるようなそぶりを見せたけれど、
「無論だ。相討ちになろうとも止めてみせる」
言い切り、今度こそ去って行った。
「上等」
ジョエレは入室し、執務机の椅子に座り引き出しを開ける。幸いにも、中には書類が収められたままになっていた。
(全部残ってるかわかんねぇし、偽情報も混ぜられてる可能性があるが)
無いよりはマシと、まずはどれだけ書類があるのかを確認する。次に、軽く中身を確認しながら内容と重要度で分類していった。
一通り分け終わると、重要度の高そうな書類から目を通していく。
(相手の人数は千人弱。こちらの人数も同じぐらいだし、普通にぶつかれば一般人相手に負けはしない)
以前のように《女王の鞭》が使えれば被害を一気に抑え込めるが、無いものは仕方ない。それなりの犠牲は出るものと、最初から見積もっておく。
(ジュダはどの段階でどう出てくる?)
注意すべきは彼だ。
教皇庁から逃走する際、ジュダは《穿てし魔槍》を使い死者も出したと聞く。ならば、今さら使用や殺傷を躊躇わないだろう。
(教皇庁の設けてる励起制限も無視してくるよなぁ)
聖遺物の使用に際して、励起は20パーセントまでと制限が設けられている。
けれど、物理的制限が掛かっているわけではないので、破ろうと思えばいくらでも破れる。実際、ベリザリオは破った。
ジュダがどの程度まで槍の能力を解放できるか知らないが、厄介な相手であるのは違いない。
(開戦初っ端に出てきて、50パーセント励起以上で槍を振るわれた場合)
昔、ベリザリオと呼ばれていた時代にジョエレが行った事と同じ状況になる。
脅しとして使われるだけならいいが、標的が兵にされていれば、一瞬で多くの者が戦闘不能になるだろう。
(でもあれ身体に結構負担かかるからなー。やっぱ20パーセント励起くらいで使ってくるのが妥当か? それだと、一撃で打ち出せる閃光の限界は30本。それで30人が死んだ場合)
人的被害は純粋に30人。味方の士気は多少落ちるが、継戦に支障は無い。
(威力を絞って撃ってきて、重傷者が30人出た場合)
怪我人を後方に下げるための人員がいる。怪我人1人につき2人割くと、実質の人的被害は90人になる。
昔のように背に守るものがあるならともかく、今回は出兵の理由が弱い。従軍者の士気も低い事も考えると、軍の1割も戦闘不能になれば戦線維持は難しくなるだろう。
この場合は必敗だ。
(乱戦中に出てこられても対応は難しいし、こちらの勝利間近で出てこられても最悪ひっくり返されるな)
どのパターンを考えてみても、ジュダが《穿てし魔槍》を持って参戦した時点でこちらの負けが決まる。
逆にいえば、ジュダか《穿てし魔槍》を抑えられればこちらの勝ちだ。
(《不滅の刃》がこちらにあれば楽だったんだけどな)
《不滅の刃》が展開する光学フィールドなら《穿てし魔槍》の閃光を防げるが、盗品リストの中にあの剣も含まれていた。
(チヴィタにあるだろうから俺が取りに行ってもいいんだが。そうすると、後ろがお留守になるしなぁ)
腕を組み頭を捻ってみたけれど、妙案は中々出てこない。




