5-7 消えた長官 前編
『……』
珍しくディアーナが黙った。
教皇庁への強盗侵入騒動、よほど一般には出せないほどの重大事項が隠されているのだろうか。
『恥を晒すだけだから言えないわ』
違ったらしい。もっとも、都合が悪い時には簡単に嘘を混ぜ込んでくるディアーナの発言だから、どこまで信用していいのか謎だが。
「なーんか、俺、巻き込まれてるっぽいんだけど? ちょっとくらい情報くれてもよくね?」
『一般人が巻き込まれるような騒動じゃないわよ』
「俺もそう思ってたんだが、軍がオルヴィエートを封鎖して出れなくなったんだよ」
『街を封鎖? 犯人でも見つけたのかしら』
「いや。噂だと、教皇庁側の要人がいなくなったとかなんとか言ってたな」
『その情報は知らないわね』
「比較的さっきの出来事みたいだからな」
ジョエレは窓から外を眺めた。
通りを歩く観光客がぼつぼつ増えてきている。今はまだ静かなものだが、そのうち、住民、旅行者問わず、不満を口にする者であふれるだろう。
30年前、近辺の暴徒を鎮めるという大義名分を掲げていても、行軍の中継地にされた市民の不満は強かった。
それなのに、こんな強引な事をしては反発は必至だ。
顎を撫でつつ話を続ける。
「ぶっちゃけてだ。なーんか嫌な予感がすんだよ。デジャヴ的な。ついでに俺はさっさと帰りたい。だから、こっそりでよければ事件解決を手伝ってやってもいい」
ディアーナが再び黙った。かと思うと、
『1時間後にまた連絡をちょうだい』
それだけ言って電話が切られた。教理省に事態の確認にでも行ったのだろう。
ジョエレも受話器を置く。
(ちったぁこっちの都合も考慮してくれよ。これじゃ出かけられんぞ)
少し困って頭を掻いた。
ルチアの買い物は時間がかかる。1度出かけてしまえば、1時間では帰ってこれないだろう。
これからどう動くか考えつつ、とりあえず部屋を一通り見て回った。備え付けられているものを確認し、2つ隣の部屋の扉を叩く。
「ジョエレ遅い」
ルチアがふくれっ面で出迎えてくれた。
「悪い悪い。腹が痛くなってトイレにこもっててよ」
ジョエレはへらへら笑いながら部屋の中に足を踏み入れる。しかし、すぐに腹を押さえてうずくまった。
「ちょっと、ジョエレ!?」
「は、腹が痛いっ!」
「拾い食いでもしたわけ?」
部屋の奥からテオフィロが言ってきた。
ジョエレは立ち上がり指を鳴らす。
「いいな、それ。ってことで、俺は拾い食いして腹が痛いから、2人で俺のも買ってきてくれ。まぁ、街の封鎖なんて1週間が限界だろうから、とりあえず下着2組だけでいいぜ」
「ちょっと、仮病!?」
「俺の腹ってデリケートなんだよなー。んで、必要なのはこれで買ってくればいいけど、無駄遣いし過ぎんなよ」
財布からカードを出してルチアに渡した。
それを自分の財布にしまった彼女は、やはり不服そうに唇を尖らせている。
「結局買い物に行きたくないだけじゃない」
「テオが一緒なら寂しくないだろ? おじさんは体力無いから、ちょっと休憩だ」
ジョエレはぽんぽんとルチアの頭を叩いて身を翻した。扉を締め切る前にふりかえる。
「んじゃテオ。ルチアの世話よろしくな〜」
「りょーかい」
いつもの調子でテオフィロが返してくる。
返答に満足して、ジョエレは扉を閉めた。




