5-2 丘上都市オルヴィエート
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「まずはジョエレがお土産買ってきたお店よね。その後は、えーと」
オルヴィエート市街へ登るケーブルカーの中で、ルチアがガイドブックとにらめっこしている。
「時間ごとに大聖堂の見た目が変わって綺麗って書かれてるんだけど、これって本当?」
「あー。まぁ、変わると言えば変わるな」
「先にそれ教えてよ! まずは大聖堂ね。それから他に行って、合間で大聖堂の様子を見て……」
彼女は一瞬顔を上げてジョエレに文句を言ったけれど、すぐにガイドブックと仲良しさんに戻る。
「なんか、すげー面倒くさそう」
テオフィロが呟いた。
「同感だ」
ジョエレも頷く。
先日土産を買って帰ったはいいものの、オルヴィエートに連れて行けとルチアにせがまれる羽目になり、今に至る。
1人でか、テオフィロと2人で行けという提案はした。
なのに、彼女は3人で行くと言って頑として譲らず、押し切られてしまった。
歩くガイドブックにされている気がするが、現地まで来ておきながら文句を言うのも馬鹿らしい。
(まー、ワインでも買って帰るかね)
前向きに目的を作って、大まかな予定はルチアの好きにさせることに決める。
「んで。お前、予定決まったわけ?」
「うん。まずは大聖堂」
「大聖堂ならこっちだな」
ごねても面白くないので、さっさと街を回ることにした。ケーブルカーから下りると目的地へ向けて歩き始める。
(にしても、やたらと警察の連中が多いな。新聞に載ってた逃亡犯の追跡か?)
いつものオルヴィエートならまず目にしない警察の制服が目に付く。めったに表に出てこない異端審問官の姿まで見えるのだから、只事ではない。
前を行く警官が立ち止まった。合わせてジョエレも止まる。
なのに、意識が半分ガイドブックにいっているらしきルチアは止まらない。
「観光に来たんだろう? 本ばかりじゃなくて、現地を見て歩け」
前の連中にぶつかりそうになったルチアの襟首をジョエレは捕まえた。
首が締まった彼女は文句を言いたげだったけれど、警官の背を見て口を閉じた。代わりに、きょろきょろと周囲を見回す。
「オルヴィエートって、いつもこんなに警官多いの?」
「いいや。いつもはのどかなもんなんだが。なんだろうな?」
ジョエレも街並みを見回す。
街の空気が先日に比べ緊張している気がした。
このまま通りを進めば大聖堂に辿りつくのだが、どうにも、そちら側ほど警官の数が多い。それに、ヴァチカンからも人員が回されている気配がある。
ジョエレの知る限り、オルヴィエートがこんな空気になったのは2度だけだ。
1度は26年前の枢機卿襲撃事件。
もう1度は、さらに昔、ここからほど近いチヴィタで騒動が起きた時。
(どっちもロクな場合じゃねぇよなぁ。巻き込まれたら面倒だし、さっさと帰るか)
1人結論付け、連れ達に振り返る。
「なんか物騒だから、今日は帰ろうぜ?」
「えー。せっかく来たのに?」
案の定、ルチアが頬を膨らませた。
ジョエレは大聖堂の方を指す。
「だってあっち見てみろよ。警官がびっしりじゃねーか。こんなんじゃ観光も糞もないだろ。近いんだし、また来ればよくね?」
「むー」
ルチアは道の先を睨み、残念そうに肩を落とした。
「うん。分かった。あたしも警官達に睨まれながら歩くのやだし。ねぇ、でも、パニーノは見て帰りたいな」
「商店街くらいならいいかもな。テオもそれでいいか?」
「俺はどうでも」
相変わらず受動的な答えをテオフィロは返してくる。
「そんじゃま。パニーノとワインでも買って帰るか」
「何よ。ジョエレも欲しい物あったんじゃない」
「まぁな〜」
ジョエレはへへっと笑って商店街へと進路を変えた。
大聖堂から離れると警官達の姿は減っていく。聖堂前通りと比べ普段と変わらぬ通りの、一軒の店に3人は入った。
店内には焼けたパンのいい匂いが漂い、客もそこそこいる。
「凄い色々あるんだね。どうしよう、悩む」
カウンター上のメニューボードをルチアが眺めた。
さして見もせずジョエレは決める。
「俺サラミな〜」
「俺は……ローストビーフかな」
テオフィロの選択も早かった。
「ちょ、2人とも決めるの早い!」
ルチアは腕を組んでメニューを睨み、
「生ハムにクリームチーズで」
ようやく決めて、3人分注文した。
「こちらで食べていかれますか?」
レジを打ちながら店員が尋ねてくる。
「食べる場所あるんだ?」
「はい。テラス席がご用意してあります。天気もいいので美味しいと思いますよ」
店員が腕を動かした。
示された先には入り口とは別の出口があり、テーブルがいくつか置いてあるのが見える。
ルチアが後ろを振り向いた。
「折角だし食べてこっか?」
「そっちの方が荷物も減るしなぁ」
ジョエレが了承すると、テオフィロも無言で頷く。
「ここで食べる方で。あ、スープもあるんだ。それも3つ」
「白のグラスワインも付けてくれ」
「以上で」
「用意ができたら3番でお呼びします。少々お待ちください」
番号札を貰い、他の客の邪魔にならない場所に捌けた。
注文品が揃うのを待っていると来客を告げるドアベルが鳴る。
なんともなしに目を向けると、見覚えのある男が入ってきた。
「お主らも来ていたのか? おかしな所で会うな」
こちらに気付いたらしきバルトロメオが声を掛けてくる。
いかつい身体に赤黒い修道服をまとい、腰に太刀を差している彼は非常に浮く。しかも、言ってはなんだが、店に似合わない。
他の客達がさりげなく彼と距離をとり始めた。




