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堕ちた枢機卿は復讐の夢をみる  作者: 夕立
Ⅳ.輝星堕ちし時
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4-13 届けられた手紙 1通目

 ◆


 ――凄惨な事件から26年が経過したオルヴィエート外れの邸宅跡。


「お前さ。いつの間に教皇庁のメインシステムに俺のデータ登録してたんだ?」

「ん」


 ジョエレが尋ねると、パニーノの最後を口に入れたばかりのディアーナが顔をしかめた。彼女は少し待てとばかりに左手を前にかかげ、下を向く。

 最後はワインで流し込んだようだった。


「あなたが私に付き合ってくれるようになってから割とすぐね。何があるか油断できなかったから」

「危ねえ事するな。バレたら懲罰どころじゃ済まないだろ」


 ジョエレは顔をしかめる。ディアーナも眉間に皺を寄せ、指を当てた。


「あれは本当に大変だったわ。できたのも、悪い事の仕方をエルメーテが自慢気に喋ってて、それを覚えてたお陰だと思うの」

「おっかねぇカップルだな、おい」

「お陰で役に立ったでしょう?」


 ディアーナが不敵に笑う。


「まぁな」


 事実だったので、ジョエレは素直に頷いておいた。

「まぁ」とディアーナはひと呼吸おくと、表情を緩める。


「今ならそんなこと絶対できないけどね。あんな向こう見ずな事ができるだなんて、あの頃は私も若かったわ」

「本当に、お前丸くなったよなぁ」


 口周りをハンカチで拭くディアーナをジョエレは眺めた。そんな彼に、彼女は空になったコップを出してくる。


「あなたも昔の感じは皆無だけど」

「違いない」


 ジョエレは苦笑し、残り少なくなったワインを2つのコップに注ぎ分けた。


「それにしても。あなたの時は、いつになったら動き出すのかしらね?」


 早速ワインに口を付けつつ、ディアーナがジョエレの顔を覗き込んでくる。


「お前が突っ込んだナノマシンが何かしてんじゃねーの? 視力が戻ったりとかもしてるしよ」

「そんなはずないじゃない。確かにあなたに使ったのは試作品だったけど、改良型を使っている患者の誰にもそんな症状出てないわよ。可能性があるなら、あなたの打ち込んだ遺伝子片ゲノムでしょう?」

「かねぇ。遺伝子異常っていうよりは、テロメア異常起こしてる気がすっけど」


 適当に相槌を打ちつつ、ジョエレはワインを喉に流し込んだ。


 おかしいのに気付いたのは、第二の人生を歩み始めて数年経った頃だった。周囲が老けていく中、ジョエレだけが変わらなかったのだ。

 最初の頃は、周囲も、自分も「いつまでも若くていい」と笑っていた。実年齢に比べ、見た目が若い人間はたまにいる。

 ジョエレもそのタイプだったのだろうと軽く考えた。


 けれど、いくら年月が過ぎようと老いの兆しが見えない。

 周囲に怪しまれる前にジョエレは新しく築いた環境を捨てた。


 見た目が変わらず怪しまれないのは精々が10年。

 自分の身体に気付いてからは、定職を持たず、周囲との関係も希薄にして、定期的に住処を変える生活にせざるをえなかった。


「やりたい事ができるようにって、神が時を止めてくれてるのならいいわね」

「俺には、おめーみたいな奴は一生地上を這いつくばってろって、言われてるような気がするんだがな」


 皮肉を込めてわらう。

 空になった紙コップを潰すと、ディアーナが空のコップを渡してきた。


「でも、この間はあなたが元気だったお陰で助かったわ。2人とも歳で体力無くなってたら、きつかったわよね、あれ」

「まぁなー。途中でへばってたもんなお前」


 地面に置いていた紙コップの中身を捨て、ゴミは袋に放り込む。パニーノは包み紙だけ回収して、物はそこに置いたままにしておいた。


「んじゃま、酒も無くなったし帰るか」


 立ち上がり背伸びする。


「ちょっと待って。見せたい物があって」


 ディアーナがポーチを開いた。


「なんだ?」

「これ」


 彼女の手に握られているのは、数十年前に嫌というほど見た封筒だ。ディアーナが手を動かすと、見覚えのある白い封蝋もある。


「きちゃった」


 楽しそうにディアーナが笑う。


「きちゃった。じゃ、ねーだろ」


 ジョエレは呆れた。けれど、妥当かとも思う。


「ロールで暴れたので目を付けられたのかもな。むしろ、今までよく誤魔化せてたくらいか」

「これからは向こうから来てくれるというのなら、わざわざ探さなくていいから楽よね」

「あんま悠長にし過ぎると、周囲の被害甚大だけどな」


 ディアーナも立とうとしたので手を貸してやる。


「しばらくは大丈夫だと思うが、気は抜くなよ。少しでもヤバイと思ったら俺を呼べ」

「そうね。頼りにしてるわ」


 話を終え馬を繋いだオリーブの元に行った。そこには暇そうなダンテが座っている。

 足音でこちらに気付いたらしき彼は顔を向けると、眠そうに手を上げた。

 護衛に連れてきたのだろうが、役立っているのか謎だ。


「こいつ1人だけここで留守番って、酷くね?」

「道中1人で動き回るわけにはいかないから仕方ないじゃない。あなたの側なら、あなたが守ってくれるでしょうし」


 それに、と、ディアーナは先程までいた場所を見やる。


「ここでは、あなたと以外は過ごしたくないから」


 ジョエレもそちらに目をやった。


「それもそうだな」


 彼女の気持ちがなんとなく分かり、頷く。

 特に意識していなかったけれど、ルチアやテオフィロを連れて来なかったのは、そんな気持ちがあったからかもしれない。

テロメア (telomere) :

真核生物の染色体の末端部にある構造。染色体を保護する機能を持つ。

細胞分裂を繰り返すことで短くなり、一定長以下になると細胞の老化が起こる。

細胞の癌化、不死化に大きく関与していると考えられている。

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