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堕ちた枢機卿は復讐の夢をみる  作者: 夕立
Ⅳ.輝星堕ちし時
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4-6 廻る思い出

 3日後。

 ベリザリオがオルヴィエートに縛り付けられている間に、ヴァチカンではエルメーテの葬儀が行われていた。

 テレビでは、葬儀の様子と共に、彼を死に追いやった事件も繰り返し放送されている。


「先に帰るわ」


 今しがた病室に来たばかりのディアーナがそれだけ言って出て行った。

 エルメーテが庇ってくれたお陰で彼女に大きな怪我は無かったらしい。ただ、神経衰弱が激しく動けなかったのだと、人伝に聞いた。

 短い言葉だけ残していった彼女が何を思っていたのか、ベリザリオには分からないし、分かろうとも思えなかった。



 ◇


 1週間が経ち、ようやく動けるようになったベリザリオもヴァチカンに戻った。

 といっても、転院しただけで安静は変わらない。


 一月ひとつき経っても退院できないことに痺れを切らしたベリザリオは、無理をしないことを条件に退院を奪い取る。そうして、ようやく妻子を葬儀に出せた。


 近しすぎる者との別れは、胸が張り裂けるほど辛いものだと思っていた。

 けれど、棺に収まる妻子の顔を見ても、散骨の時でさえ感情は動かない。弔問ちょうもんに訪れてくれた者達に対して笑顔を返せたほどだ。


(私は冷たい男だな)


 笑顔の下で、1人、自らの評価を下げた。



 ◇


 葬儀の全てを終え、ベリザリオは力無く寝室のベッドに倒れ込んだ。

 いつもアウローラと2人で寝ていたベッドは1人では広い。それに、ここには彼女の匂いがつき過ぎている。

 嫌でも、身体を重ね、愛を囁き合った日々を思い出してしまう。


「アウローラ」


 名を呼び、手を伸ばしてみたけれど、そこに彼女はいない。

 あの温もりも、笑顔も、安らぎも、共に歩むつもりだった未来も。全ては一瞬で吹き飛んでしまった。


「くそっ」


 枕を掴み、棚に並べられている写真に投げつけた。

 向けられる彼女の眼差しが辛かった。

 置いて行かれた不満を部屋にある物にぶつける。


「お止めください坊っちゃま! 絶対安静だと先生にも言われていらしたではありませんか!」


 物音に飛んできたのか、古くから家に仕えている執事が後ろからベリザリオを羽交い締めにしてきた。


じい、離せ!」

「いいえ、離しませんぞ! 私すら振りほどけない程度しか治っていらっしゃらないのに、何をなさっていらっしゃるのです!」

「どうしたお前達。何を騒いでいる?」

「旦那様」


 執事は現れた父を見て呼ぶ。

 今ではデッラ・ローヴェレ家の家督はベリザリオが継いでいるので、その呼び方はおかしいのだが、執事の中では変わらぬ部分なのだろう。


「部屋を変えてください。寝れさえすれば物置でも構いません」


 先代当主である父にベリザリオは訴えた。


「なぜ?」

「ここは……彼女の思い出が詰まり過ぎていて」

「辛いのか」

「はい」


 父は目を細めてベリザリオを見ると、軽く手を上げる。


「いい、爺。落ち着くまで好きにしてやれ。これの気持ちは私には分からんが、少しでも早く立ち直ってもらわねばならぬしな」

「畏まりました」


 執事はベリザリオを放し部屋を出て行った。入れ違いに、末の妹が顔を覗かせる。


「少し立て込んでいたようですけど、入っても?」

「どうした?」


 父が顔を動かし、入るよう合図した。


「お兄様。わたくしお義姉様の指輪を預かっておりますの。それで、いつでも身に付けていられるようにチェーンに通してみたのですけど」


 妹がベリザリオの前にやってきて、台座に据えられた指輪を見せた。シンプルな鎖に通され首にかけられるようにされてはいるが、間違えるはずがない、アウローラの指輪だ。

 ベリザリオは震える手でそれを握り込んだ。


 感情が入り乱れていてよく分からないが、これが戻ってきただけでも、きっと、嬉しいのだろう。


「ご迷惑でしたか?」

「いや。私にはこういう事は思いつかなかっただろうから、ありがとう」


 心配顔の妹にベリザリオは微笑みかける。


「良かった。やっと笑ってくれましたわね、お兄様」


 彼女も軽やかに笑った。


「それと、他のお兄様達から伝言なのですけど、仕事はどうにかしといてやるから、落ち着いたら出て来い。だそうでしてよ。ご自分達でおっしゃればいいのに、男兄弟って面倒ですわね。それじゃ、わたくしはこれで」


 苦笑しながら妹は言い去って行った。

 父がベリザリオの横にやってきて肩を叩く。


「お前はこれまでずっと頑張ってきた。良い機会だと思って、何も気にせず休みなさい」


 そう言って父も出て行こうとした。そんな彼をベリザリオは呼び止める。


「爺はどこに行ったのでしょう?」

「さぁ? 近い部屋ではあるだろうけどな。どうした?」

「やはり、この部屋で寝ようかと」


 振り返った父が優しく微笑んだ。


「そうか。それは私が伝えておこう。片付けの人手を寄越そうか?」


 荒れた部屋を見回し父は表情を苦くする。


「いえ。自分でやったことですし、片付けまで自分でやります」

「分かった。くれぐれも無理だけはしないようにな」


 軽く手を上げ彼も去って行った。

 その姿を見届け、ベリザリオは握りしめた指輪を首から下げた。胸元で揺れる金属を両手で包み、そっと告げる。


「アウローラ。私達はまた一緒にいれるようだ」


 触れる金属の冷たさが気持ちを落ち着けてくれる。そうしたら、散らかった部屋が視界に入ってきた。自分のした事とはいえあまりに酷かったので、目につく所だけ整える。

 ひと段落つくと、休憩がてら、今日届けられた手紙に目を通すことにした。


 内容は一律に事件を悼み、容態を心配するものばかり。

 テレビで事件が報道されてからというもの、一般市民からまでこういった手紙が届くようになり、正直、今はうざったい。

 毎日届く手紙は一抱えのダンボール箱ほど。

 読むだけは追いついている。けれど、返礼の方は気が乗らないのも手伝って、溜まりに溜まっている。

 今までは全て自分で行ってきたが、今回に限っては何か考えた方がいいだろう。


 ぼんやり手紙を処理していると扉をノックする音がした。


「はい」

「わたくしですわ。お兄様、入っても?」

「構わない」


 入室の許可を出すと末の妹が入ってきた。


「どうした?」

「今日のお兄様はお疲れでしょうから、これを」


 彼女は書き物机の上の手紙を少し避け、そこにマグカップを置く。


「お兄様が遅くまで起きていらっしゃる時は、お義姉様がよく作っていらしたので」

「お前はアウローラに懐いてたから、よく知ってるね」


 ベリザリオはカップを手に取り、中の白い液体を一口飲んだ。そうして微笑む。


「美味しいよ。気を使わせてすまないな」

「いいえ。わたくしにはこれくらいしかできませんし。無理をしてお兄様まで倒れられないでくださいまし」


 用はそれだけだったようで妹は去っていった。

 ベリザリオは彼女の作ってくれたホットミルクをもう一口飲み、カップを机に置く。


(飲むには熱すぎるな)


 火傷したのか、舌が少しひりついていた。お陰でアウローラの心遣いに気付く。

 深夜に彼女が持ってきてくれるホットミルクはいつも飲みやすい温かさだった。それに、少しだけ蜂蜜が入っていて、ほんのりと甘いのだ。

 残念ながら、妹の作ったこれにはそれも無い。


「アウローラ。ホットミルクを作って戻ってきてはくれないのか?」


 手紙の散らばる机の上にベリザリオはうつ伏せになった。首を回し、アウローラがやってこないかと戸口を見る。

 そこから彼女は入ってきて、お疲れ様と言いながらマグカップを置いていくのだ。

 その時のアウローラの甘い香りに負けて、そのまま彼女と戯れてしまった事も多々あったけれど、当の本人がいなくてはそれもできない。


 思い出を追いかけてばかりいると悲しみに囚われそうな気がして、頭をうつ伏せに戻した。頬に硬いものが当たったので、身を起こして下に敷いていた物を見る。


 そこには見慣れた封筒があった。

 裏を留めているのは白い封蝋。これが頬に当たっていたらしい。

 中も確認せず、ベリザリオはそれを床に叩き付けた。


 襲撃があってからもこの封筒は定期的に届いている。最近では毎日。

 どこまでも奴らは追ってくる。

 そうして、ベリザリオの世界から大切なものを更に奪おうと、牙を研いでいるのだ。


 次奪われるのは誰だ。

 唯一残ったディアーナか。

 腑抜けたベリザリオを包んでくれている家族か。


 そこまで削っても首を縦に振らなければ、被害はどこまで広がっていくのだろう。


 嫌だ。

 嫌だ。

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいやだ。

 もう、何も奪わないでくれ。


 ベリザリオは虚空を見つめ、


「ディアーナ」


 1人呟くと、叩き付けた封筒を拾い、これまでの組織からのものと共に棚に入れた。他の手紙は放置したまま紙とペンを取り出す。

 手紙をしたため封筒にいれると、棚の引き出しにしまった。


 そこで気力が果てたので、コンタクトを外しベッドに転がる。

 喪服のままだし、色々とやりかけだったけれど、もう、どうでもよかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 日常の終りと物語の始まり感 [一言] なろうテンプレ系ならば、最序盤で持ってきて強烈に読者に感情移入させる展開、に近いですね。 そういうのも嫌いではないですが、このある程度話がすすんだ時に…
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