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堕ちた枢機卿は復讐の夢をみる  作者: 夕立
Ⅳ.輝星堕ちし時
45/183

4-1 始まりの地 ◇

神はその人が耐えうる試練しか与えない。合わせて逃げ道もお示しになられる。

(コリント人への手紙10:13)


挿絵(By みてみん)


それでも耐えられなかった時、その人物はどうなるのだろうか。


Ⅳ.輝星堕ちし時

 ◆


 朝食を終えたテオフィロ達3人がくつろいでいると、ジョエレがのそのそと動きだした。いつもは食後しばらくリビングに転がっている彼だというのに、珍しく自室に引き上げていき、すぐに戻ってくる。

 その格好はどう見ても外出仕様で、歩いていく方向も玄関だ。

 彼が1人でふらふらするのはいつもの事だが、何も言わずに出かけるのは珍しい。


「ジョエレ出かけんの?」


 だから、テオフィロは声をかけた。


「便所」


 何ともおかしな答えが返ってくる。


「便所そっちじゃないけど」


 見え見えな嘘に突っ込んでみると、


「テオ」


 隣に座っているルチアがテオフィロの腕を引き、無言で首を横にふった。突っ込んでやるなという事だろうか。

 ジョエレはジョエレで取り繕うつもりすらないようで、


「糞でしばらくこもるから、晩飯はいらねぇぜ」


 振り返らず、そう言って出て行った。

 あまりに潔すぎる態度にテオフィロは逆に呆れる。


「晩飯いらないほどって、どんだけ頑固な便秘だよ」


 今はまだ朝食を終えたばかりの時間で、一日が始まったばかりだ。言葉通り受け取れば、ジョエレは12時間あまりトイレにこもると宣言したことになる。

 それを誰が納得するというのだろう。

 テオフィロの横でルチアは膝を抱え込んでいる。


「仕方ないよ。ジョエレ、去年もこの日は帰って来なかったじゃない」

「そうだったっけ?」


 テオフィロは首を傾げた。

 去年の今頃はまだこの家に居着いたばかりで、2人の行動にそんなに注意を払っていなかった。だから、去年と言われても分からない。

 幸いにも、テオフィロが覚えているかは大した問題ではないようで、ルチアが頷く。


「そうなの。でね、一昨年もこれくらいの時期にいなくなってた気がしたから、去年聞いてみたんだ。でも、はぐらかされちゃった。きっと、あたし達には触れられたくない事なんだよ」

「あいつ、地味にそういうの多いよね」

「そうね」


 少し寂しそうな顔をしてルチアが立ち上がった。彼女はしばらく天井を見上げていたけれど、次振り向いた時には笑顔に戻っている。


「ね、テオ。今晩2人だし、たまには外に食べに行こっか」

「俺はどうでもいいけど」

「じゃぁ決まり。ジョエレいないし、お洒落なお店でもいいよね」


 ご機嫌に彼女は棚から雑誌を取り出し、店を見繕いだした。

 ジョエレが大衆食堂を好むので、3人で外食する時はそういう系統の店に入る事が多くなる。テオフィロとしてもそちらの方が気楽で良いのだが、ご主人様が望むのなら、どこだろうと付いていくだけだ。

 ただ、テーブルマナーの煩い店だけは勘弁してくれと、心の中で祈っておいた。



 ◆


 ジョエレは駅で列車に乗り込み、ヴァチカンの北にある街オルヴィエートを目指した。

 街につくと商店の立ち並ぶ区画へ向かう。

 世界一美しい丘上都市と呼ばれる街は、その名の示す通り崖の上に立つ街だ。中央部に建つゴシック様式の大聖堂は時間と共に表情を変え、必見の美しさとも言われる。


 そんな景観にすら脇目も振らず必要な物を買うと、馬を借りて街外に続く小道に入った。オリーブの木が立ち並び、ぶどうと小麦の畑が広がる地域を進んで行く。

 しばらくすると、周辺と微妙に空気の違う一帯に辿り着いた。


「26年も経ったのに、周囲に馴染みきらねぇもんだな」


 手綱を引き馬を止める。手近なオリーブに馬を繋ぐと、程よい大きさの石に腰掛けた。オルヴィエートで買った物を詰め込んだ袋から紙コップを取り出し、それに白ワイン(カザソーレ)を注ぐ。


「悪いなエルメーテ。お前の好きだった奴(チェルヴァロ)は欠品だってよ」


 液体で満たしたコップを地面に置いた。続いてコップを2つ出し、両方にワインを注ぐ。片方だけを手に取った。

 中身をちびちび舐めていると、先程ジョエレがやって来た方向から蹄の音がする。

 馬のいななきと女の声が聞こえた少し後には、足音が近付いてきた。


「毎年この日だけは忘れないのね、あなた」

「お前もな」


 ジョエレの横に座ったディアーナに空の紙コップを渡す。彼女がきちんと持ったらワインを注いだ。


「今年は安酒ね。いつもの奴(チェルヴァロ)もそんなに高いって程じゃないはずだけど。あなた、そんなに金欠なの?」

「欠品してたんだよ。あれじゃないなら、あとはどれでも同じだろ」

「それなら仕方ないわね」


 今日は普段着のディアーナが手にしていた紙袋からパニーノを2つ取り出し、地面に置いた紙コップの横に置いた。再度袋に手を突っ込んだ彼女は両手に1つずつパニーノを持ち、聞いてくる。


「どっちがいい?」

「サラミ」

「飽きないわね」

「お前もいつも蒸し鶏じゃねーか」


 ジョエレはディアーナから片方のパニーノを受け取り、すぐに頬張った。選んだのは数種類の野菜とサラミが挟んであるもの。個人的に、この組み合わせが最高だと思っている。

 ジョエレの好みを熟知して選んできているにも関わらず、彼女は毎年尋ねるのだ。どっち? と。

 何を思って聞いてくるのか。永遠の謎の1つだ。


「あら」


 パニーノをみ、ワインに口を付けたディアーナが意外そうな声をだした。


「このワイン、パニーノに凄く合うわね。いつものよりいいくらいだわ」

「まぁ。大衆食にはお手頃価格の奴の方が合うよな、普通に」

「何よ。きちんと考えて選んできてるんじゃない」

「いつものが欠品だったのは本当だけどな」


 ジョエレが肩を竦めると、ディアーナは呆れたように嘆息した。それから、もうひと口、小さくパニーノを噛む。


「あなたがこういう物にも詳しくなるだけの時が流れたのね」

「まぁな」

「彼らの魂も、そろそろ主の御許に辿り着いたかしら」


 切ない目つきで彼女が虚空を眺める。


「だといいが」


 ジョエレも小さく呟いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おっと、ここにきてジョエレはいったい何者なんだ、という謎が出てきましたね! 今までの流れや回想回でミスリードさせられてしまいました(笑) ルチア達からしたら、対等な仲間じゃないような、寂…
[良い点] 刀振り回して戦うジョエレと鞭のディアーナ、異色の武器のタッグだけど様になっていてかっこいいです。 台詞回しも意味深で、言葉の裏の裏を勘ぐってしまいます。 Ⅳからジョエレの隠し事がまた一つ…
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