3-18 白百合の尻尾
ジョエレは居合の要領で刀を抜き払った。
励起された《魔王の懐刀》は超振動により斬れ味が増す。全てを切り裂くものという設計理念を体現するように、励起段階が上がるごとに斬れ味が増していくのが特徴だ。
今の励起段階は10パーセント。それでも、防弾装備ごと人体を切り裂く程度はたやすい。
1振りで4つの死体が転がった。
「警報! 警報! 応援求むっ!」
通路の先から叫び声が聞こえた。
振り向いてみると、1人の警備員が逃げながら応援を呼んでいる所だった。
「ディアーナ、フィールドを」
言いつつジョエレは納刀し銃に持ち替える。そうして、逃げる男を背後から撃ち抜いた。
周囲に警備員がいなくなったので一息つき、弾を再装填する。
そこにディアーナ達が追いついてきた。
「ぶっつけ本番だったけど、どうにかなるみたいね」
「だな。武器同士の相性が良くて助かったぜ」
強引に腰のベルトにさした太刀の柄をジョエレは叩きながら、ディアーナの持つ鞭に目を向けた。
《女王の鞭》は電磁フィールドを展開できる。それが展開されている限り、鉛弾は反磁性で弾かれ、鉄弾は磁界に捕まって止まる。
つまるところ、銃による攻撃は一切受け付けなくなる。
代わりに自分達も銃を使えなくなるが、要は使いようだ。
電磁フィールドの範囲調節と、武器の使い分けを組み合わせれば、こちらに穴はほぼ無くなるといっていい。この調子なら脱出は楽勝だ。
それなのにディアーナは浮かない顔をして、口元を指で突いている。
「ジョエレ。あなた、評議員がどこにいるか知っていて?」
「断定はできねえけど、学長室の前に警備員いたし、そこじゃね?」
「そう、ね。確率は高いかもしれない。違ったとしても、彼らにとって不都合なものがあるんでしょうし」
「なんでまた評議員?」
彼女が突然そんな事を気にしだした理由が分からず、ジョエレは首を傾げた。
「主犯には色々喋ってもらった上で、罪を償ってもらわなくてはね。それに」
ディアーナがジョエレを見上げた。目をすっと細めると、これまでより低い声音で言葉を続ける。
「私達に手を出せばどうなるかの見せしめにもなるでしょう?」
「怖い女だこと」
ジョエレが茶化しながら肩を竦めてみても、ディアーナは困ったように微笑するだけだ。
予定は決定。
ならば、これ以上話すことはない。
「んじゃ、張り切って学長室に向かいますか」
他の3人にも声をかけ再び校内を走りだした。
遭遇した警備員は全てなぎ倒し、ひたすらに学長室を目指す。
途中で見知った男達を見つけ、階段の踊り場でジョエレは足を止めた。横に手を出し後続も止め、
「あれ、評議員じゃね?」
近くに来たディアーナに問いかける。
「学長もいるわね」
「最初からグルだったのかもな。まぁ、どっちでも大差ないけど。学長も捕まえとくか?」
「そうしましょう。無理そうなら切り捨ててもいいけど。優先順位は評議員が上よ」
優しさの欠片も無い命令を下したディアーナは、鞭を手にしたまま階段を降りて行った。
どこまでも尊大に優雅に、彼女は声を発する。
「ひょんな所で会いますね、評議員。ご機嫌麗しゅう」
「ディアーナ・オルシーニ!? 馬鹿な、本当に抜け出してきていただと!?」
評議員が目を丸くして叫んだ。
そんな彼にジョエレは銃口を向ける。
実際の所は電磁フィールドの範囲内なので銃は使えないが、それを知らない相手への脅しには十分だ。
「悪いけど、大人しくお縄についてくれねーかな?」
「く、貴様。先日彼女と一緒にいた男か!」
ジョエレを睨んだ評議員がこちらに銃を向けてくるが、だからどうした。
全く危険を感じないので、ジョエレは気楽に話を続ける。
「先日って、喫茶店での事かね? ひょっとして、あれもお前の差し金?」
その一言で、評議員はしまったとばかりに口を手で押さえた。その動作が更に自身の罪を白状しているのだと気付いたのか、彼は手を離し、拳を握る。
「誰が大人しく捕まるものか! もうすぐ組織から応援が来る。そうすれば私の勝ちだ!」
叫んだと思ったら評議員は身を翻し、近くの部屋に駆け込もうとした。
彼を追うように鞭が伸びるが届かず、返す鞭で、評議員の後を追おうとした学長を捕らえるに終わる。
「ジョエレ、そいつを逃さないで!」
珍しく大声でディアーナが叫んだ。
「当たり前だろうが!」
言われるより早くジョエレは飛び出している。
ディアーナを襲ってきたとか、そんな事はもうどうでもいい。組織と繋がっているというのなら、多少の無理をしてでも逃すつもりはない。
もう少しで評議員に手が届く。だったのに、寸でのところで室内に逃げられた。ジョエレもすぐさま部屋へ続こうとしたが、何かが邪魔をしていて、身体を入れられるだけ扉が開かない。
「しゃらくせぇ!」
ジョエレは太刀で扉を斬りつけた。硬く厚い木材であろうと易々と刃が通り、少し力を加えてやれば崩れ落ちそうな状態になる。
木片に身体ごとぶつかって室内に転がり込んだ。
着地と同時に受け身を取り横に転がる。
異質な臭いと風を感じた。
起き上がって前を見ると窓が開いている。
窓際には知らない男が倒れており、血の海に転がっていた。
その前には椅子が置かれ、赤毛で巨乳な女が足を組んで座っている。
「いらっしゃい、枢機卿の騎士さん。それとも、ジョエレ・アイマーロと呼んだ方がいいのかしら?」
これだけ異常な状況だというのに女は動じていないのか、自然な動きで肘置きに頬杖をついた。
ジョエレは《魔王の懐刀》を身体の前に構える。
「あんたに会ったのは初めてのはずなんだが、よく知ってるな」
「ふふっ。知ってるわよ。あなたはうちの上司が珍しく興味を持っていた人だから」
「俺は、あんたの上司とやらに心当たりが無いんだが」
話を続けながら、視線は彼女の足元に転がる男から外さない。いや、外せない。
「気のせいじゃなけりゃ、あんたの足元に転がってるのは評議員に見えるんだがな」
構えは解かずに尋ねた。
「せ〜いかい」
目尻を下げた女が甘ったるい声で答えてくる。
「こっちに渡して欲しいんだがな。生きてるなら」
生きてるなら。という部分をジョエレは強調しておいた。
転がっている評議員は先程からぴくりとも動かない。窓際の正体不明の死体が視界に入ってくるせいで、評議員も同じ道を辿っている可能性が脳裏をよぎる。
案の定、
「じゃぁ、もう死んでるから渡さないでいいわよね」
女の答えはそれだった。
物でも扱うように蹴られた評議員の身体が転がり、見開かれたままの、生気のない濁った目が見える。
「お前がやったのか?」
「そう」
「なぜ」
「だって、ねぇ」
立ち上がった女が評議員を靴先でつつく。
「この町で教皇庁と揉めるのは禁止だって言われてたのに、この男はしつこいし、安金で依頼を引き受けた馬鹿はいたし。命令違反は死を持って償うのが妥当じゃない?」
「ていうことは、あれだな。お前も組織の関係者で間違いないな?」
「そうだと言ったらどうするのかしら?」
不敵に笑った女が後ろに飛んだ。
「両足切り落としてでも捕まえて、組織について洗いざらい喋ってもらうだけだ!」
ジョエレは抜刀しながら女へ詰め寄ったけれど、彼女はさらに後退する。
「そんな痛いのなんて嫌。もっと優しくしてくれなきゃ」
どこまでもふざけた言葉を言いながら女が窓の外へ躍り出た。
ここは1階。怪我などしようがないし、建物の外に逃げられると捕捉が難しくなる。
今追えばまだ追いつける。
けれど、ディアーナ達を逃がすという契約が足を引っ張る。
「ジョエレ!」
後ろからディアーナが呼んだ。
「この先は私達だけでも逃げられるわ。あなたは彼女を追いなさい!」
「けどよ!」
言いかけ、ジョエレは口を噤んだ。
ディアーナの視線が強く赤毛の女の捕縛を訴えてきている。
(そうだな。組織の情報を追いかけてきたのはお前も一緒だもんな)
納得し、迷いは捨てる。
「もっと力が必要な時は《魔王の懐刀》に頼みなさい!」
「枢機卿と異端審問官以外のお願いは聞いてくれる奴じゃねーだろ!」
ディアーナの随分な無茶振りに突っこみ返しながら、ジョエレも窓から飛び出した。




