3-17 反撃の狼煙
「まさか。励起だけしてあなたに渡すわよ」
ディアーナは素っ気なく返事をよこして、すっと目を細めた。彼女が背筋を伸ばして太刀を前に掲げると、それだけで周囲の温度が下がった気がする。
「ねぇ、ディアーナ何する気?」
ジョエレに寄ってきたルチアが小声で尋ねてきた。
(まぁ気になるよな。結構な機密事項なんだが、どうすっかな)
下手に情報を出すのはよろしくないが、ここで黙秘すると、逃走中もルチアがうるさい気がする。彼女自身の意識だってそぞろになって、行動に影響するだろう。
それくらいなら、範囲を絞って情報開示してやる方がいい。
「問題です。昔々、世界の列強が軍拡競争をしている中、完全に遅れをとっていたヨーロッパが独立を保っていられた理由は何でしょうか」
「え? 不可侵条約でも結んでたとか?」
いきなりの問題にルチアは驚いたようだが、すぐに答えを返してきた。
素直過ぎる答えにジョエレは苦笑する。
「相手が言うこときかなければ戦争吹っ掛けてくるような連中だぞ? んなもん軽く反故だろ」
「じゃぁ何だっていうのよ?」
「それがこれだよ」
ディアーナの方をジョエレは指した。正確には、彼女の持つ太刀を。
「ディアーナ・オルシーニが命じる、目醒めよ《魔王の懐刀》! 10パーセント励起を承認する!」
太刀の柄から鞘先まで衝撃が走った。衝撃は空間を伝い、ジョエレ達の周囲の空気まで震わせる。
「ヨーロッパはよ、大陸をぶっ飛ばすような兵器は作らなかったけど、人を兵器に変える武器を作った」
ディアーナがジョエレに太刀を差し出してきた。ジョエレが受け取ると、代わりに鞭を要求してくる。
「で、それを使って、域外からくる連中を排除しまくってましたとさ」
鞭を渡し、受け取ったばかりの太刀をジョエレは振ってみた。癖は強いが扱えないほどではない。昔映画で見たサムライとやらの真似でもしてみればなんとかなるだろう。
「って。そんな危ない物をジョエレが使うの!?」
「まーなー。こんな癖の強いもん使えるのは、ここには俺とディアーナくらいしかいなさそうだし」
「人を兵器に変えるって、身体に悪影響はないの?」
心配そうにルチアがジョエレの服を掴んでくる。
「大丈夫、大丈夫。10パーセント能力解放したくらいなら、ちょっと切れ味がよくなるくらいのはずだから。それに、校内じゃ狭すぎて振り回し辛えし、持ってるだけになったりしてな」
ニシシと、ジョエレはルチアの頭を叩いた。なんとなく、手にしている太刀に視線を落とす。
教皇庁が保有する、現在では失われた科学技術を用いて作られた特殊兵器。聖遺物と呼ばれるそれは、励起――エネルギー段階を上げてやることで、特殊能力を発現させるものである。
強力な品ではある。
その代わり、扱う上でのリスクと制限がある。
リスクの1つが、扱う際に武器の制御システムと脳をリンクさせなければならないということ。脳側が負荷に耐えられなければ普通に死ぬ。
けれど、10パーセント励起くらいならほとんど負担はない。
「ならいい」
そっとルチアが手を離した。
彼女は彼女なりにジョエレを心配してくれて、その上で自分達の劣勢も考慮して、気持ちを飲み込んだのだろう。
そうこうしていると、再びディアーナの声が聞こえてきた。
「ディアーナ・オルシーニが命じる、目醒めよ《女王の鞭》! 10パーセント励起を承認する!」
今度は鞭全体に電流が走り、微弱な帯電状態でおちつく。
鞭の使い心地を確認するように彼女は床を1度叩いた。
「用意はこんなものでいいでしょう。いつでも行けるわ」
「了解っと。それじゃ作戦開始とするかね。あ、全員、ちょっとばかし目を閉じて耳を塞げ」
ジョエレは窓を開けると、そこから安全ピンを抜いた閃光発音筒を投げた。素早く身を反転させ耳を塞ぎ目を閉じたが、それでも騒がしいし、光も瞼を貫いてくる。
それが落ち着いて周囲が騒がしくなった時、
「さぁて、反撃といこうぜ」
動きだした。
「今の何?」
部屋から出ようとしたジョエレの後ろ襟をルチアが掴む。
急に首が絞まってジョエレは情けない声をあげた。
「殺す気か! 他の連中に今から動きますよって連絡しただけだ。何をするにせよ、同時に動いた方がこっちに有利だからな」
首をさすりながらルチアを睨んだが、当の彼女は涼しい顔だ。
心配してくれているのかいないのか態度を統一してもらいたいものだが、今は愚痴っている場合でもない。忘れて出発しようとした。
「あの、ジョエレさん」
なのに、今度はメルキオッレから声がかかる。
(さっさと動きだしたいんだが)
無視するわけにもいかずジョエレは振り向いた。そんな彼を複雑な表情でメルキオッレが見てくる。
「その武器の存在を知っているだけでなく、使えるとは、あなたは何者なんです?」
一見頼りないメルキオッレだが、事が教皇庁の秘匿事項に関するからか、視線がいつもより強い。
かといって素直に答えられるはずもなく、ジョエレは口の端を片方だけ上げる。
「何事も年の功ってな。俺はディアーナと腐れ縁なだけの、ただのおっさんだ」
適当に言って部屋を出た。
「ちょ!? それで返答はお終いって!?」
納得していない様子のメルキオッレが縋り付いてくるが、何を言われようとも無視する。他3人も付いてきたのを確認してジョエレは走り出した。
閃光発音筒の効果で周囲が浮き足立っているのを肌で感じる。
「侵入者発見! それに、枢機卿が外に出ているぞ!」
警備員ともすぐに遭遇した。目があった途端に銃口を向け威嚇してくる。
「止まれ! 止まらなければ撃――」
「止まるかよ」
相手が最後まで言い終わる前にジョエレは敵を撃ち抜いた。速度を落とさずに走り続けると前方に集団を補足する。
素早く銃を収納し、太刀を振るえるように持ち替えた。
「早速お出迎えだってよ。ディアーナ、弾は頼むぞ!」
言いながら走る速度を上げ、警備員が横一列に並んでいる場所目掛けて飛び込んでいく。
警備員達が銃を構えた。
普通なら迎撃があるはずだが、一向に弾は発射されてこない。
それをいいことにジョエレは彼らの真ん前まで到達し、人の壁の前で太刀を手に腰を落とした。
「知らないのか? 刃物を持ってる奴の前で固まってると危ないんだぜ」
励起:
エネルギーの低い安定状態から、高エネルギーの状態へと移行すること。
作中では、武器の能力を解放することの意味で使っています。