3-16 合流
「確かに、警備員に紛れてしまえばかなり自由に動けるようになるであろうが……。それで、お主はこれからどこに?」
「メルキオッレ達を探しに行く。あ、でも、お前達とは別行動だから」
「何?」
怪訝そうにバルトロメオが眉根を寄せた。
「お前達には学校関係者の保護を頼みたい。あいつらは講堂に集められてる。場所は分かるな?」
ジョエレがアンドレイナを見ると、彼女は頷く。
けれど、バルトロメオは不服らしい。
「なぜ某達がそちらなのだ? 我々こそ聖下をお迎えにあがるべきだというのに」
「ブラザー落ち着いてください。彼の提案が妥当だと私も思います」
「なんと?」
不思議そうにしているバルトロメオをアンドレイナが見る。そうして指を1本立てた。
「1つ目。聖下達の方は動ける人間が多い。拘束のされ方にもよりますが、本当に助けを必要としているのは巻き込まれた一般人でしょう」
彼女の指がもう1本立つ。
「2つ目。我々の格好は目立ちます。隠れ場所のない廊下を進むには不向きです」
さらに3本目の指も立った。
「最後。ブラザーは怪我人です。ひょっとすると精鋭が詰めているかもしれない聖下側より、一般人に毛が生えた程度の連中を相手する方が楽かと。今の我々は丸腰ですしね」
「つーわけだから。お前ら隠れながら講堂に向かってくれ。ただあそこ、馬鹿正直に制圧しようとすると、生徒達が人質に取られそうなんだよな」
話しながら、ジョエレは見張りを縄で縛り上げ転がした。見張りの持っていた銃と予備弾倉はアンドレイナに渡しておく。
バルトロメオの分まで武器を確保できれば良かったのだが、無いものは仕方ない。それに、鍛えられている彼の身体なら、肉弾戦でも十分戦えるだろう。
そんなことをしながら考えを巡らす。ある程度まとまったら口にだした。
「メルキオッレ側で派手に騒いで注意を引く。その間に講堂を制圧してくれ。そのまま立てこもるか、逃げ出すかはお前達の判断に任せる。動き出すタイミングだけ合わせよう」
「貴様、聖下達を囮にする気か!?」
いきり立ったバルトロメオがジョエレに詰め寄り、胸ぐらを掴もうとしてきた。その手をジョエレは弾く。
「うるせえよ。俺の見立てだと、あいつらはメルキオッレとディアーナには手を出さねぇ。なら、それを利用して、弱い所をカバーした方がいいだろうが」
「しかし!」
「ブラザー」
アンドレイナがバルトロメオの肩を掴み、強引に後ろに下がらせた。出かかっていた彼の文句も一睨みで黙らせる。
相方を落ち着けた彼女はジョエレに視線を向けてきた。
「タイミングの連絡は?」
ジョエレはポケットから閃光発音筒を半分ほど見せる。
閃光発音筒――強烈な閃光と轟音を発する手榴弾だ。音と光が半端ないので広範囲の連絡に便利だし、殺傷を目的としない兵器なので使い勝手もいい。
「あいつらと合流して、いざ逃げ出す時にはこれで合図する。警備員どもの注意はこっちに逸れるだろうから、その隙に少しでも有利な状況に持ち込んでくれ」
ここに来る前に見た講堂内の様子も簡潔に伝えておく。
それで打ち合わせを終え、3人はそれぞれの目的に向けて動きだした。
(ここに交代要員が来た時が、気楽に動き回れるタイムリミットかね)
そんなことを考えながらジョエレは足早に学長室へ向かう。
異端審問官が逃げたと知れればメルキオッレ達の警備が厚くなるだろう。人員増を利用して拘束場所を特定する方法もあるが、やはり、大人数に囲まれるのは上手くない。
学長室に着くと扉の前の警備員に敬礼した。そうして、使えない新入りを装ってへつらう。
「すいません。自分、枢機卿を閉じ込めてる部屋に行けって言われたんですけど、行き方をご存知ですか?」
「なんだぁ? 使えない奴だな。いいか、この先の階段を上がって――」
「ふんふん、なるほど」
適当に相槌を打ちながら話を聞いた。場所が分かった時点で礼を言い早々に立ち去る。
本音を言えば武器の保管場所も聞きたかったが、そこまで突っ込めば確実に不審がられる。今の段階で動きが取りにくくなるのは、どう考えても悪手だ。
教えられた部屋の前には警備員が2人いた。
「お疲れ様でーっす」
軽い調子で彼らに近付き、手前の男の顔面に拳を叩き込む。相手が怯んだ隙に手から銃を奪いとり、こちらに銃口を向けているもう1人に弾をお見舞いした。
「な?」
鼻から血を流している男がぽかんとしている間に、その口に銃口を突っ込む。
「1発撃っちまったら、もう同じなんでな」
引き金を引いた。
1分も経たない間に2つの死体が転がる。
銃は殺傷能力が高い。けれど、普通に使えば発砲音が異常を知らせてしまう。消音器があれば音を抑えられるが、さすがにそこまでは持ってきていない。
1発撃てば隠密も糞もなくなるのだから、2発目に躊躇いはなかった。
(ディアーナ達と合流するまでは使いたくなかったんだがな)
不満は残るが、予定通りいかないのが世の常だ。
意識を切り替え扉に視線を向ける。複数の錠前が見えた。倒れている死体の腰には鍵束がある。
「めんどくせっ」
片っ端から解錠していると、
「ジョエレ?」
中からディアーナの声がした。
「よぉ。無事か? そこに誰がいる?」
「彼と、ルチア、テオフィロね」
「全員いるな。いい感じだ」
ようやく全ての錠が外せた。開いた扉の前には4人が集まってきている。
「あなた1人? ダンテは?」
「あいつには教皇庁への連絡と外を固めるのを頼んだ。あとは異端審問官達と協力して動いてくれるだろ」
「バルトロメオ達とは先に接触してきたってこと?」
「ああ。あいつらに学校関係者の保護を頼んである。俺達は自分達が逃げるのに集中すればいい。できるだけ派手にな」
全員の拘束を解いたジョエレは廊下に戻る。死体から銃を拾いディアーナに渡そうとした。それを断るかのように彼女が前に手をかざす。
「どうした? この中で射撃が1番上手いのはお前だろう? ちっとばかし重量がある分、体力的にはきついかもしれねぇけど」
「はなから年寄りを働かせようとか、どういう神経しているの? まぁいいわ。それよりいいものがある。こちらに」
ディアーナはジョエレの前を素通りし隣の部屋に入っていった。ルチアが続く。ジョエレも隣室に入ってみると、見覚えのある武器が転がっていた。
手の平サイズの拳銃を懐に収めつつディアーナが言う。
「隣室に武器を置いておけば、私達の部屋と一緒に見張れていいと思ったんでしょうけど。こうなる事を考えていなかったのなら、考えが足りないわよね」
「お陰で銃を探し回らなくて良かったけど」
ルチアも自らの銃を回収していた。
他にも2丁の銃が残っているが、これは異端審問官2人のものだろう。置いていくのもなんだったので、ジョエレはそれを拾い、後から入ってきたメルキオッレにさしだす。
「メルキオッレ。お前も射撃くらいはできるな? 相手を殺せとは言わねぇ。襲ってくる奴がいたら足でも撃ち抜いて動けなくしてやれ。お前にも頑張ってもらわないと、こっちは頭数が足りないからな」
「え。あ、はい」
メルキオッレが両手で銃を受け取った。
残るもう1丁は、メルキオッレの横に立っているテオフィロに渡す。
「テオ。お前は持ってるだけでいい。ルチアの銃が弾切れでもしたら渡してやれ。くれぐれも俺は撃つなよ」
「そうする」
テオフィロは受け取った銃を雑にズボンの後ろに挟んだ。
彼からしてみれば、荷物が増えた以外の何物でもないのだろう。
銃の再分配が終わり、太刀と鞭、残された2振りの武器にジョエレは視線を移した。
「さてと。こいつもここにあってくれて良かったな」
それらを回収しディアーナの前に掲げる。
「で、お前どっち使いたい?」
「だから、私はもうすぐお婆さんなのよ? 働かせようだなんて優しさが足りないんじゃない?」
「またまた。時間を見つけてジムに通ってるって知ってるんだぜ? それにお前、見た目だけなら四十路そこそこじゃねーか。ご婦人方がいつも羨んでるぜ」
ディアーナが大袈裟に肩をすくめた。しかし、手を伸ばしたのは太刀にだ。
「まさかそっち振り回すの?」
その選択はさすがのジョエレにも意外過ぎた。