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堕ちた枢機卿は復讐の夢をみる  作者: 夕立
Ⅰ.老婆と7匹の猫達
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1-4 灰色の老婆

 翌日。

 ジョエレとルチアは"まっとうな"裏仕事終了の報告をし、報酬を受け取った。

 ついでに拾い猫の礼を受け取るため、昨日老婆から教えられた住所へと向かっている。


「連絡無しで行っちゃっていいのかな?」

「連絡しようにも電話番号書いてねーし。わざわざ手紙でやりとりするほどのもんでもねーし。俺らの好きな時に来いって言ったのはあっちだから、いいんじゃね?」


 指定された住所が中流街の中でも富裕層の暮らすエリアなことを考えると、それなりの額を貰えるのかもしれない。

 それでも、老婆に会えた時のみ貰えるものだろう。

 運悪く彼女が対応できないタイミングに出くわしてしまったら、日を改めてというのも微妙だし、話は流すしかない。


 けれど、別段惜しいほどのものでもない。

 気楽に考えてそこに行き、ルチアにインターフォンを押させる。


「昨日猫ちゃんを拾った者です。あ、はい。そうです。お願いします」


 すんなりと自動で柵が開いた。


「会ってくれるって。でね、庭のテラスに来て欲しいって。行こう?」


 すたすた進むルチアにジョエレはついていく。

 生垣が切れると手入れされた庭が視界に飛び込んできた。手はこんでいるが、小ぶりな邸宅だ。指定されたテラスにもすぐに着く。


 何種類もの樹木が植えられた庭には青銅製の机と椅子が置かれていた。昨日出会った老婆は品良く椅子に腰掛けている。


 ジーナ・ベアルツォット。


 "熊"から組織との繋がりを調べるよう言われている人物でもある。

 その彼女の周囲には数匹の猫がおり、思い思いにくつろいでいる。


「こんにちは。来て貰えて嬉しいわ。この子も喜んでいるみたい」


 膝に抱いている猫をジーナは撫でる。同意するかのように、猫がにゃーと鳴いた。

 その猫が昨日拾った猫なのだろうが、ジョエレにはわからない。なにせ、庭にいる猫全て同じに見えるのだ。


「みごとに皆同じ顔をしてますね。ひー、ふー、……六つ子ですか?」


 庭で遊ぶ猫達を眺めながらジョエレは尋ねた。

 そう尋ねてしまいたくなるほど目の前の猫達には違いが無い。全員が青味がかった灰色の毛並と金目というだけなら驚きはしないが、体格や耳の形、尻尾の長さまで同じとなると、兄弟であっても難しい。


「残念。実は七つ子なの。部屋の中にも1匹いるのよ。みな可愛いでしょう? だから、他の子達も見せたくてここに来てもらったの。手間を取らせてごめんなさいね」


 膝の上の猫を降ろしたジーナが立ち上がった。そうして、ガラス戸が開けっ放しにされている部屋へ入っていく。


「お礼とお茶を用意するから部屋の方にどうぞ」

「俺はここで猫達と遊んでていいですかね?」


 その背にジョエレは問いかけた。間髪いれずにルチアがジョエレの脇をつつく。


「ちょっとジョエレ」

「ええ、どうぞ。その子達も喜ぶんじゃないかしら。それじゃぁ、この部屋にお茶を用意するわね。好きにくつろいでいてちょうだい」


 ジーナは笑顔でそう言い奥へと引っ込んでいった。

 しゃがんだジョエレが手近な猫を捕まえもふもふしていると、頭上からルチアの呆れ声がしてくる。


「ジョエレが猫好きだなんて初耳」

「俺は何にでも優しいだろ? 雌なら、だけど」


 今撫でた猫を逃がし、新たに擦り寄ってきた猫の毛を手でく。


「鬼畜」

「旧イタリア領の男として産まれたからは、雌には隔りなく愛情を振り撒くのが義務ってもんだろ」


 その猫も早々に逃がしてやり、まだ触れていない猫を捕まえ撫でていく。途中でルチアにあからさまに避けられた。


「お前、なんか失礼なこと考えてない?」

「ジョエレ菌が移ると嫌だから、それ以上の接近は拒否」


 酷いセリフを吐いて彼女は室内へ逃げて行った。

 ジョエレはさりげなく部屋に背を向けると、指に絡んだ猫の毛を掻き集める。それをハンカチに包み、ポケットの中に押し込んだ。


「俺を病原菌みたいに言わないでくれる? 家主な身元保証人様には敬意を持って接するのが礼儀ってもんだろ」


 やりたいことは終わったので、立ち上がり文句を言ってやった。けれど、当のルチアはこちらを見もせずに澄ました顔をしている。

 そこにジーナが戻ってきた。

 彼女は手にしたトレイを机の上に置くとジョエレに微笑む。


「あなたもお茶、いかがかしら?」

「頂きます」


 ジョエレも部屋に入った。けれど、座らずに部屋に置かれた物を見てまわる。

 中央にソファセットの置かれた部屋に生活感は無い。普段から接客に使われている応接間なのだろう。

 さりげなく活けられている暖色系の花が部屋の雰囲気を柔らかくしてくれている。


「ジョエレ」


 観察中、背中にルチアの冷たい視線と声が突きつけられてきた。

 やっておいてなんだが、ジョエレも失礼な行動だと思う。しかし、こちらは仕事だ。仕方がない。


「好きにしてもらえばいいのよ。何か気を引けるような物があればいいのだけど」


 ありがたいことに、ジーナは笑いながら珈琲を出していってくれている。


「こんな物しか出せなくてごめんなさいね。家政婦が買い物に出てて、私ではどこに何があるのかよく分からなくて」


 最後にグラスに入れたグリッシーニを机の真ん中に置き、ジーナも席に着いた。

 そんな彼女に1匹の猫が擦り寄って行く。猫は彼女の膝の上に飛び乗り、気持ち良さそうに丸くなった。その猫も例に漏れず、他の猫と同じ見た目をしている。


「これだけ似てると俺なんかだと見分けがつきませんよ。この写真に写っている子はどれだか、婦人ならお分かりで?」


 棚に飾られた写真を見ながらジョエレは尋ねた。

 写真の中では猫を抱いたジーナが微笑んでいる。その猫の特徴もここの猫達と一緒だ。写真の猫の方が年老いて見えるのだが、それは、たまたまそのように写り込んだだけだろう。


「残念ながらね、この子達の区別は私にもつかないのよ」


 苦笑したジーナが立ち上がった。猫を抱いたままジョエレの横に来ると、写真に目をやる。


「それにね、写真の子はこの子達のお母さんなの。ちょっと年寄りでしょう? もう死んでしまったのだけどね」

「そうなんですか? なんというか、その、何も考えずに伺ってすみません」


 ジョエレは軽く頭を下げた。

 そんな彼にジーナは笑いかけてくる。


「いいのよ。今はこの子達がいてくれるし。夫が亡くなって、その子も死んでしまった時は寂しくて仕方なかったけれど、今は穏やかなものよ」


 ね? と、ジーナは抱いた猫に話しかけ、席に戻った。

 それ以上特に目ぼしい物も無かったので、ジョエレはルチアの隣に座る。ジーナがおしぼりを出してくれたので、受け取り手を拭いた。


(ジーナ・ベアルツォット。3年前に夫とは死別。現在は住み込みの家政婦と2人暮らし。家政婦は外出中みたいだが、ここまでは"熊"の情報通りだな)


 珈琲を飲みながら、昨日仕入れたばかりの情報を思い出す。

 とりあえず情報の裏付けは取れた。弱いながら、繋がりも持てた。

 これ以上探りを入れるなら何か手を講じなければならないが、足掛かりとしては十分だ。


(取り入るにせよ、あからさまに怪しいものにせよ、鍵は猫かね)


 グリッシーニに手を伸ばし、適当にかじりながら猫を見る。

 予想が正しければ、この猫達は七つ子などではない。とりあえずは、そこを明確にすることから始めるべきだろう。


(試料は手に入れた。これを分析に出してる間に……どうするかね)


 次手を考えながら部屋を見回していると扉を叩く音がした。

 ジーナが返事する。

 すると、家政婦であろう中年女性が顔を出した。彼女はジョエレ達を見ると少し驚き、軽く頭を下げる。


「お客様でしたとは申し訳ございません。あの、奥様、少し宜しいでしょうか?」

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