3-15 裏道
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「おーおー、見事に捕まっちまって。ここまで予想にはまると逆に笑えるな」
双眼鏡を顔からどけジョエレは樹を降り始めた。
ル・ロゼの裏山にある最も高い樹。この樹の天辺付近からは校内が丸見えなのだが、それを知っている者は少ない。
上流階級の子女は木登りなんてやらない。あえてそれをやって、この場所に気付いてしまうのは、余程の馬鹿な暇人くらいだ。
「なんか銃声した気がするんだけど」
下で待機していたダンテが話しかけてきた。そんな彼にジョエレは双眼鏡を渡す。
「まぁなぁ。ある意味予定通り襲撃されてたぜ。主犯は評議員っぽいな。歩かされていた方向だと、生徒どもは講堂で、ディアーナ達は本校舎のどこかに拘束ってところかね」
「確かにある意味予定通りだけど、それって良くないわよね? だいたい、学校の周囲も中も、あちらの手配した警備員だらけじゃない。ワタシら入れなくない?」
「表からじゃ無理だろうな」
山の中を歩きながら目的の小塚を探す。
程なくしてそれは見つかった。
伸び放題になっている草を掻き分けると古びた木板が見える。蹴りを入れてみたが、1発では鈍い音を立てる程度の効果しかない。
「何やってんの?」
「裏道作り」
同じ場所を蹴り続けていると周囲の草が剥がれ始めた。
「オート=サヴォワに置いてきた護衛ども、ロールに移動させてあるんだよな?」
「演説中にこっちに着いたわ。レマン湖のほとりで観光客に紛れて待機してもらってる」
「上出来だ。んじゃ、お前さ、とりあえず教皇庁に襲撃された旨を連絡しろ。んで、湖畔の護衛達を使って、評議員派の連中が逃げられないように学校周囲を固めといてくれ」
「それはいいけど、ジョエレはどうするの?」
「俺?」
軋んだ音をさせ始めた場所に渾身の蹴りを入れると板が割れた。それをどかし、順次板を除いていく。しばらく続けると、大人の男1人通れる程度の隙間ができた。
「ここから学校の中に行ってくるわ。あいつらを動けるようにしてやらんとな」
「こんな道あったの?」
「潰されてなければな。まぁ、外壁さえ抜けられれば、後はどうにかするさ」
言いながらジョエレは穴に身体を入れ込む。途中で言い忘れに気付いてふり返った。
「あいつらと合流できたら騒ぎが起こるだろうから、その時は様子を見ながら中を手伝いに来てくれ。俺の予想だと、学校関係者を逃すのに手が足りない」
「了解。地味にワタシも忙しいわね」
「ディアーナが楽な仕事なんて寄越すわけねぇだろ?」
「違いないわ」
肩を落としたダンテは放置して穴に戻る。
ポケットからペンライトを取り出し、道が生きているか確認しながら進んだ。
(まずは生徒の無事を確認するのが先か。ってなると講堂だな)
学校の間取りを思い浮かべながら進路を選ぶ。こうなるだろうと思って、あらかじめ校舎図面に目を通していて良かった。
しばらく行くと上手いこと講堂の機材置き場に出られた。身を隠しながら本堂の様子をうかがう。
ざっと見ただけだが、生徒、教員、事務員、在学している者のほとんどが集められているように感じる。監視は、出入り口に銃を構えた警備員が2人。外にはもっと多くがいるであろうと考えると、1人で手を出すべきではない。ここは後回しだ。
それに、
(学長がいねぇな)
どれだけ探しても、学校関係者をここに誘導していた当人を見つけられなかった。
(講演して欲しいと言い出したのはあいつだったらしいし、評議員とグルの可能性がでけぇな)
当事者の1人なら、最初から学校関係者を全員集めておくのも容易だ。
もちろん彼もただの被害者で、別所に拘束されているパターンだってある。けれど可能性は低く思える。
(見つけても信用はしないでおくか)
状況は把握できたので隠し通路に戻った。
(次はっと。悪役のいそうな所は、妥当に学長室かね)
どこにいるのか分からない連中を闇雲に探すより、簡単に見つかりそうな敵の親玉の所在を確定させておく方がいい。
「おのれ、出さぬか! お2人は御無事なのだろうな!?」
途中、バルトロメオの大声が聞こえてきた場所があった。とりあえずは無事で、騒ぐだけの元気はあるらしい。
(あのセリフってことは、ディアーナやメルキオッレと一緒にいねぇのな)
拘束場所が分散してくれている方がジョエレには都合がいい。
警備員の数が決まっている以上、見張らねばならぬ場所が増えるだけ1カ所に割ける人数が減る。単騎で彼らと勝負しなければならないのだから、1度に相手する数は少ないに限る。
ひとまず近くの出口から隠し通路を出た。
戦力の増強は必要だ。幸いバルトロメオの居場所はわかる。
声を頼りに進んでいると扉の前に警備員がいる部屋があった。相手を縛っている上に武器も取り上げているという慢心からか、見張りは1人だ。
ジョエレは肩の力を抜くと、普通に見張りの方へ歩いた。
「止まれ!」
ジョエレに気付いた見張りが銃を向けてきたが、笑顔で両手を上げながら彼に近付く。
「仲間相手にいきり立たないでくれよ。異端審問官相手に1人で見張りだと心許ないだろうからって、俺もここに行けって言われてよ」
「制服は?」
「悪いな。一般人に紛れて仕事してたから、こんな格好なんだ」
「身分証を見せろ。それくらいなら持ってるだろ?」
いくぶん緊張は緩んでいるようだが、見張りは銃を下ろしてくれない。
「それくらいなら」
ジョエレはポケットに手を突っ込みペンライトを取り出した。
「ああ。間違えたっ、と」
怪訝な表情の見張りの顔にそれを投げつける。相手が怯んだ隙に一気に距離を詰め、銃を蹴りとばした。動揺している見張りが向けた顔に拳を叩きこむ。ついでに後頭部に肘で一撃入れると、見張りはその場に崩れ落ちた。
扉を開けようとしたら鍵が掛かっていた。倒れた男の制服をまさぐると鍵束が出てくる。身分証も出てきたので、ついでに失敬しておいた。
とりあえず鍵を開ける。蹴りとばした銃を回収し、伸びたままの見張りを部屋に引きずりこんだ。
「ジョエレ・アイマーロ。おぬし本当に来たのか」
部屋に入るなりバルトロメオの声が飛んでくる。
「ブラザー、音量を下げてください。敵に聞かれると厄介です」
そこに冷静なアンドレイナの注意が飛ぶ。失念していたとばかりにバルトロメオが静かになった。
彼の操縦役も兼ねて、アンドレイナはバルトロメオと動くようにとディアーナは指示したのかもしれない。
「ここにいるのはお前ら2人だけか?」
2人の拘束を解いてやりながらジョエレは尋ねる。
「ええ。聖下達とは途中で離されてしまって」
「武器のありかも知ってたりはしねぇよな?」
「残念ながら」
アンドレイナが悔しそうに唇を噛んだ。
「まぁ気にすんなよ。とりあえずお前達が無事でいてくれて良かった」
異端審問官2人を解放すると、ジョエレは見張りの制服を剥ぐ。自分の服を脱いで警備員の制服に着替えた。
「お主、何を?」
「この格好なら怪しまれずに動けるだろう?」
最後に深めに帽子を被って笑っておいた。