3-14 在りし日の1ページ 後編
壁の外は大きく育った草が茂っていたようで、顔にかかって視界を遮ってくれる。
掻き分け踏み出した先にあったのは土の地面だった。その上にまばらに木が生え、さらに先に見慣れた壁が見える。
「ここって学校の裏山じゃない?」
なんとなく思ったことをディアーナが呟くと、
「多分な」
ベリザリオが頷く。
「結局、お前の予想した通りの場所に出たな」
ベリザリオの肩に寄りかかりながらエルメーテが笑った。
ベリザリオは腕を組んで周囲を見回し、表情を曇らせる。
「しかし、外との通用路には、とてもじゃないが使えないな」
「だなー。出入り口が狭すぎて汚れちまうし」
エルメーテが服を叩いているが、こびりついた汚れはほとんど落ちていない。髪に草も絡んでいたので、ディアーナはそれを取ってやった。
「それに、穴を開けっぱなしだと防犯上も良くない。校外脱出は諦めて、明日にでも板で塞いでおくか」
「ま。学内を走ってる隠し通路を使えるようになっただけでも、結構便利そうだよな」
そう結論付けて、3人で抜け穴に戻ろうとした。
途中でディアーナはなんとなく空を見上げ、葉の切れ間から見えた乳白色の真円に頬を緩める。
「今日って満月だったんだ。綺麗ね」
呟くと、彼らも足を止め空を見上げた。
かと思うと、エルメーテが突然両手を掲げる。
「月よー。俺は広報省長官になるぜー」
予想外の宣言に驚いて、ディアーナは彼を見つめた。ベリザリオだって驚き顔だ。
「教皇の夢はどうしたのよ?」
「いや、昔より現実が見えたといいますか。それにほら、教皇になる前に、枢機卿にならないといけねえじゃん? 教皇って、基本的に枢機卿の中から選出だし」
へらへらとエルメーテが頭を掻いた。
彼がなると言った行政府の長官には枢機卿でなければ就けない。長官を目指すのは、枢機卿位を目指すのと同意だ。
選帝侯の一族しかなれない枢機卿。
しかし、選帝侯に産まれついただけでは枢機卿になれない。産まれで与えられるのは競争に参加する権利だけだから。
エルメーテは、その競争で何を獲りに行くと具体的に宣言しただけだ。言っている事は昔よりスケールダウンしていると言っていい。
けれど、その分、地に足を付けて夢を追おうとしているのが伝わってくる。
枢機卿の椅子は7席。
知識にしろ人脈にしろ、力をつけ、出世争いに勝ち抜かなければ手に入らない地位なのだから。
ベリザリオが笑った。そうして彼も月へと片手を掲げる。
「そうだな。それじゃぁ私は国務省長官になろう」
それに倣い、ディアーナも片手を掲げる。
「私はベリザリオの下の保健福祉局局長くらいでいいわ」
言ったらエルメーテがこけた。
「志低っ! 長官目指さないのかよ?」
「局長くらいの方が自分の時間も取れそうじゃない? 私、技術開発や勉強もしたいし。枢機卿にはなっても局長止まりでいいわ」
「言われてみればそうだな。私も総務局の局長くらいで落ち着いておいた方がいいかもしれん」
「お前もかよ!」
エルメーテは猛烈な勢いで髪を掻き毟り、疲れたように脱力した。
そんな彼の肩を笑顔のベリザリオが叩く。
「ふふっ。まぁ、互いに頑張ろうじゃないか。お前が教皇になりたいと言うのなら、教皇選出選挙の時はお前に入れるさ。枢機卿の1人としてな」
「私達って、どこまでもあなたに甘いわよね。でも、あなたが枢機卿にすらなれなかった時は……私達の時間を奪った責任、とってもらうわよ」
「そんな言われると、プレッシャーで俺潰れそうなんですが」
エルメーテが胸に手を当て深呼吸する。
少ししたら落ち着いたのか、笑いながら拳を突き出してきた。
「俺に限ってまさかなどない! きたる時はよろしくな、盟友達」
笑いながらディアーナは彼の拳に自らの拳を当てる。
「何そのくっさい関係」
「まぁ、そんなのもたまにはいいかもな」
微笑を浮かべたベリザリオも拳を合わせた。
そのまま3人は腕を上げ、ベリザリオが厳かに言う。
「All for one, one for all」
同じ言葉をディアーナとエルメーテも復唱した。
昔の物書きが書いたとか、ラグビーの試合が発祥だとか言われている、ヨーロッパでは使い古されている言葉だ。
それを月の下で誓った。
どれだけ月日が経とうとも、互いの為に力を尽くすと。
若い故にできた青臭い約束だ。
けれど。
この夜見た月以上に綺麗な月をディアーナは知らない。




