3-13 在りし日の1ページ 中編
16歳になり、高等教育過程へと進級したディアーナ、ベリザリオ、エルメーテは、個室に割り振られた。
といっても、寝る直前まで片方の部屋に2人いるのがほとんどで、1人静かに眠れる環境を手に入れた程度の違いしかない。
ディアーナの部屋だって、今の今までアウローラが来て喋っていた。
そんなアウローラももう帰ったので、ディアーナは寝る準備を始める。後ろで束ねていた髪を下ろし、枕元のスタンドの明かりをつけ、部屋の電気を消しに行った。
(ん?)
ほんの僅かな音だったと思う。1人だからこそ気付けた程度の小さな小さな物音。
照明はつけたままにし、立てかけてあるテニスラケットを持った。そのまま異音のした壁際へすり寄る。
ラケットを振り上げたところで、
「ちょぉーっと待てディアーナ! 壁の破壊はさすがにマズイ!」
全くの予想外の場所――具体的には彼女のクローゼット――からエルメーテが飛び出してきた。その後ろからベリザリオまで出てくる。
「ちょっ。クローゼットって。はぁっ!?」
彼ら2人を指しながら、ディアーナは口をぱくぱくさせた。
ドアでも窓でもなくクローゼットから現れるとは、どういう入室の仕方だというのだ。
(私の知らない間に、こいつら勝手に道でも作ったのかしら)
一般人には無理な話だが、彼らなら不可能ではない。
家の力を使うなり、自分達で日曜大工をするなり。やりようは色々ある。本気でやろうと思えば大概の事はできてしまう。そんな実力を彼らが持ち始めたのは大問題だ。
それは置いておいて。
突然の事態に動転してしまったが、エルメーテの発言は正しい。自室の壁を破壊して良いことなど1つも無いので、ディアーナはラケットを下ろした。
「どういう事か説明はしてくれるのよね?」
代わりに冷たい視線を珍客に投げつける。
男子2人は互いに顔を見合わせ、
「ここに行こうと言い出したのはエルメーテだったよな」
「いや待てよ。そもそも、隠し通路がありそうだから調べよう。とか言い出したのはベリザリオじゃねーか」
責任のなすりつけ合いを始めた。
(最近2人して図書室にこもって、図面ばかり眺めてるなと思ってたのよ。この2人が真面目に勉強だなんて、やっぱりするはずがなかった)
馬鹿2人のやりとりから大まかな事情は察したが、頭が痛い。けれど、実に面白そうだ。
「で。あなた達の調査は終わったの?」
「うんにゃ。これが記念すべき第1回目調査だからな」
「そう。その行き先にここを選ぶだなんて、あなた達偉かったわ」
ディアーナは毛布の中にクッションを詰め込んで、人が寝ているように形を整えた。その上で、寝間着の上から上着を羽織り、懐中電灯を取り出した。最後に部屋の電灯を消し、クローゼット前に立ち尽くす彼らの元へ行く。
「これで私が部屋にいないのは誤魔化せるわね。さ、調査の続きに行きましょ」
「やっぱりそう言い出したか」
「だから俺が言ったろ?」
ディアーナの考えなどお見通しだとばかりに彼らが笑った。部屋を軽く見回しベリザリオが言う。
「アウローラはもう戻ったんだな」
「ま。あいつはルームメイトもいるし、最初から誘うには厳しそうだったけど」
喋りながら、出てきた順とは逆に、ベリザリオからクローゼットに戻ろうとする。その途中で彼が振り返った。
「隠し通路を通る間は、会話は控えるか小声でしてくれ。人がいる部屋の横を通ってる時に騒ぐと怪しまれるかもしれない」
「実際ディアーナには感付かれたしな」
「わかったわ」
小声で返事し、ディアーナも彼らに続く。
校舎と同じ石材で組まれている通路は狭くて暗い。所々分岐はあるし、階段だってある。
校舎の構造が分かっているので今どこら辺にいるのか大まかな見当はつくけれど、気を抜くと迷子になりそうだ。
(そろそろ主要建物の基部からは抜ける頃かしら)
そんな事を考えていると、通路を形作る素材が石材から土に変わった。
校舎さえ出てしまえば人のいる確率も下がりそうなので、ディアーナは口を開く。
「にしても、よくこんな道みつけたわね」
「城っていうのは、いざという時のために隠し通路が作られているのが常だったみたいだからな。うちの校舎は古城をそのまま使っているらしいから、あっておかしくないと思ったんだ」
「これで外まで続く通路を見つけられれば、門限無視し放題なんだがな〜」
お気楽にエルメーテが言った。
少し呆れながらディアーナは言葉を返す。
「エルメーテの場合は、追いかけてくる彼女達から隠れるための逃走路にするんじゃないの?」
「主目的はそれに決まってるだろ。何を今更。というかよー。みんな、付き合い始める時は、何番目の女でもいいからって言うんだぜ? なのに、付き合いが長くなってくると序列争い始めてくれちゃって」
エルメーテが全く悪びれずに言うので、ディアーナは彼の尻に蹴りを入れた。
「いってぇな! 急な暴力反対!」
エルメーテが尻を押さえながら文句を言い立ててくるが、そんなの知ったことではない。
「あなたが寝ぼけた事言うからでしょ! そもそも彼女が6人って何よ!? 馬鹿なの、腹上死でも狙ってるの?」
「ねーよ。てか、神職に入ったら浮気なんて出来ねえじゃん? だったら今のうちに遊んどこうって思うだろ?」
「にしても限度を考えなさいよ!」
もう1発蹴ってやろうと思ったのにエルメーテに間を開けられた。残念ながら足の届く距離ではない。
余裕ができたのか、彼が笑顔を向けてくる。
「そんなに怒るってことは、何? ディアーナも俺の女になりたいの? いいぜ、俺の腕はまだ余ってるから」
「私をハーレムの一員にしようとするな!」
ディアーナが怒鳴りつけてやると、エルメーテは「はっはっはー」と笑った。
完全にからかわれたのが癪でディアーナが言い返すと、エルメーテも言い返してくる。
しばらく言い合っていると、呆れているのか真面目なのか判別のつかないベリザリオの声が割りこんだ。
「ディアーナが7人目の彼女になったら、1週間で綺麗に彼女が回るようになるな。きちんと全員を相手してるお前のマメさに私は脱帽だよ」
「俺はお前の朴念仁っぷりに脱帽だよ。何人お断りして泣かせる気だ?」
「気に入る奴が見つかるまでかな」
「いつ見つかるんだよ、それ」
「いいかげん彼女作ったら? 私とあなたが付き合ってるなんていう馬鹿な噂も消せるし」
「根拠のない噂くらい放置でいいだろ。それか、ディアーナが誰か相手を見つけるとか」
「止めましょう。不毛だわ」
そう、不毛だ。
度々この話題にはなるけれど、エルメーテの彼女が1人になった事も、ベリザリオが告白を受け入れた事もない。
2人を足して2で割ればちょうど良さそうな気もするが、単純に計算すると1人3股だ。馬鹿馬鹿しくて、この考えは廃棄。
いつもそれを繰り返す。
そうこう騒ぎながら進んでいると行き止まりに突き当たった。
「ちょっと持っていてくれ」
ベリザリオは懐中電灯をディアーナに渡してくると、突き当たりの部分を叩いたり撫でたりしだす。しばらくその作業を続けた後で、
「ここかな」
呟いたと思ったら、今まで手を置いていた場所を蹴り飛ばした。そこには見事に穴が開き、新鮮な空気が流れ込んでくる。
「お、隠された出口ってやつ?」
「多分な。エルメーテ手伝え」
開けた穴を起点にベリザリオは穴を広げていく。煉瓦や石が積み上げられていた場所に草の根が絡みつき、目隠しや補強をしていたみたいだが、1点でも穴があいてしまえば脆い。
男子2人は黙々と壁を崩し、人が通れる程度の隙間を確保した。
そこからベリザリオが頭だけ出し、次いで、ゆっくりと身体も出した。
自分は通路に残ったままエルメーテが尋ねる。
「どんな感じよ?」
「お前達も出てきて見た方が早い」
そんな言葉が返ってきたものだから、エルメーテとディアーナも外に向かった。




