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堕ちた枢機卿は復讐の夢をみる  作者: 夕立
Ⅲ.アルカナを冠する者達
35/183

3-11 襲撃された講演

 ◆


 2日後。

 バルトロメオとアンドレイナを引き連れ、ディアーナはル・ロゼの庭を歩いていた。少し離れて、メルキオッレとルチア、テオフィロも付いてきている。


 しばらく行くと話し声が聞こえ人影が見えた。手入れされた芝生の庭で子供や青年がくつろいでいる。

 ざっと数えた感じで200人。夏休みもそろそろお終いな8月後半。実家に帰省していた生徒もぼちぼち戻ってきていて、聴衆の数としては妥当なところだろう。


 移動の途中でメルキオッレ達は生徒に紛れた。楽しそうに喋っている彼ら3人が生徒に紛れても違和感はない。

 中々にいい隠れ場所だったようだ。


(ル・ロゼで制服を着るのが式典の時くらいで助かったわね)


 気付かれぬよう胸をなでおろす。

 生徒が制服だったらアウトだった。

 全てが自分達に不利には回っていないのだから、運に見放されてはいないのだろう。


(この調子で、警戒も取り越し苦労で終わってくれればいいのだけれどね)


 本心は笑顔の下に隠し生徒達に手を振る。そのまま公演台に登った。


「伝統あるル・ロゼの生徒、そして、私の後輩達。こんにちは」


 話を始め、聴衆を見回すふりをしながら周囲に目を向けた。


(こちら側からだと死角が多い。その上、こう開けているとなると、どこからでも狙撃してくれと言っているようなものね)


 自分の置かれている状況をそう結論づける。

 今いる場所から3歩も下がればいくつかの射線からは外れるけれど、公演台から降りてしまう。生徒達だって訝しむだろう。

 狙撃されても大丈夫なように手は打ってある。けれど恐怖心は残るのだ。作戦上仕方ないとはいえ、無警戒を装うのも大変だ。




 ディアーナが演説を終えると評議員が拍手した。生徒達からも拍手が送られてくる。


「生徒の諸君。君達にはこのあと特別講義がある。速やかに講堂まで移動するように」


 学園長の声が聞こえた。

 今まで演説を聞いていたのに、続けて講義となれば疲れるだろう。案の定、生徒達から不満の声が上がった。それでも指定された場所への移動は始まる。

 その流れにメルキオッレ達3人も紛れていたのだが、彼の腕を評議員がつかんだ。


「ご無礼を、オルシーニ卿のご親戚殿。ですが、あなたに生徒達と同じ場所にいられては困るのですよ。お付きの2人、お前達もだ」


 そう言って彼はメルキオッレを人の流れから引っぱり出す。その言動に微妙な違和感を嗅ぎとりディアーナは眉根をよせた。


 評議員のメルキオッレの扱いはやや荒いが、それでも、言葉や態度にへりくだりがある。

 ディアーナの地位を考慮して、親戚にまでそれなりの対応をしている可能性はあるだろう。けれど、彼の慇懃いんぎんさはそれとは別種だと勘が告げている。


(地方選出とはいえ評議員。さすがに聖下の顔くらいは知っているか)


 1つ賭けに負けた。

 メルキオッレ達が連れてこられるのを眺めながらディアーナは考えを巡らす。


(まだ想定の範囲内。慌てる程ではないわね)


 保険は掛けてある。

 今すべきは冷静さを失わないことだ。そのために努めて無表情を保つ。

 そんな中、1人の生徒が講堂に向かう列から逸れた。


「疲れたんで、俺、次の特別講義欠席で。後で講義ビデオでも見るんで」

「自分も」

「私も。ていうか、まだ夏休みですよね?」


 釣られるように離脱者が増えていく。

 人がバラけだしたその時、銃声がした。


「指示に従ってもらおうか、生徒に教師諸君。私はオルシーニ卿やご親戚殿と大切な話がある。それが終わるまで、君達には静かにしていてもらいたいのだよ」


 評議員の手には銃が握られていて、銃口は生徒達を向いている。

 ディアーナの両脇で異端審問官達が動こうとした。


「おっと、動くなよ、異端審問官。少しでも変な動きを見せれば、どうなるか分かってるな?」


 銃が火を噴き生徒の足元をえぐった。そのまま銃口はやや上を向き、生徒達の上半身を照準する。

 怯えた生徒達の声が騒がしい。


「貴様。このような振る舞い、覚悟は出来ておるのだろうな」


 バルトロメオが低い声を出した。そのまま太刀へと手が伸びる。


「お止めなさいバルトロメオ。話があるというのなら、私達の命をすぐに奪うつもりはないのでしょう。ならば、優先すべきは一般人の安全よ」


 バルトロメオが厳しい表情で動きを止めた。評議員は醜く顔を歪ませる。


「さすが慈愛の枢機卿ディアーナ様だ。こんな状況でも民草への配慮をお忘れにならないのだからな。まぁ、そうでなくては困るが。学園長!」

「はいっ!?」

「さっさと生徒達を連れて行け。監視を怠るな」


 評議員が顎をしゃくった。

 尻を叩かれるように学園長は動き出し、学園関係者に指示を出している。呆れたことに、警備員が銃を構えて学園関係者を追い立てているような有様だ。


(この調子だと、評議員が用意した警備は全て敵か。やはり、こちらの手勢が少な過ぎたのが痛かったわね)


 オート=サヴォワの屋敷までは自前の警備を連れてきていた。

 しかし、ロールで忍んで休暇となると彼らを連れ歩くわけにもいかず、選りすぐりを選ぶしかなかった。

 分かってはいたが、この戦力差はやはり痛い。


 余裕顔の評議員が今度は銃をディアーナ達に向けてくる。


「さて、枢機卿及び護衛の皆さんには武装解除してもらいましょうか」

「オルシーニ卿」


 アンドレイナが呼んできた。彼女はそれ以上言葉を発しなかったが、小さく口は動いている。


 ――今ならまだ敵を抑え込めますがどうしますか?


 言っているのはそんな事だろうか。

 返答をディアーナは一瞬考え、小さく唇を動かした。


 ――敵の全容が見えない。もう少し様子を見ましょう。


 アンドレイナが頷く。

 ディアーナは自然な会話に見えるよう言葉を発した。


「従いましょう」


 全員が身に付けている武器を外し足元に置く。それを警備員が回収した。

 終わると縄で縛られる。


「手荒になってしまい申し訳ありません。先ほど申したように、私は猊下と少し話がしたいのです。ですが、会談に立ち会う予定のゲストが1人まだ来ていないのですよ。しばしお待ちいただけますか?」


 警備員がディアーナの背を押した。


(歩けということかしら)


 指示に従う。今逆らうのは明らかな悪手だと思えたから。ディアーナが歩きだすと他の者達もついてきた。

 評議員の前を通りすぎざま彼が言葉を投げかけてくる。


「なーに。そうお待たせはしません。ほんの短い時間だけです」

「そう願いたいものね」

「では、しばしの後に」


 大仰に会釈して彼は去って行った。

 ディアーナ達は校舎の中へと連れて行かれる。

 途中でバルトロメオとアンドレイナだけ引き離された。彼らの抵抗を警戒されたのかもしれない。


「こちらに」


 奥まった部屋の扉を警備員が開いた。

 中に入ってみると、窓は無く、出入り口も1カ所しかない。


「逃げようだなどとは思われませんよう」


 電灯をつけ警備員は出ていった。

 すぐにガチャガチャと騒がしい音がしたのは、外側から物理的に扉を閉じたからだろう。


「アンドレイナ達は大丈夫かな?」


 メルキオッレが扉を心配そうに見た。


「どうでしょうね。彼らと引き離されたのは想定外でしたし」


 ディアーナは近くの椅子に腰掛けながら言葉を濁す。

 正直、今の段階で異端審問官2人の生存は保証できない。


(私が評議員の立場なら、危険なあの2人は真っ先に潰しておくし)


 ジョエレにしても、メルキオッレとディアーナの安全を確保するためなら、躊躇なく2人を見捨てるだろう。


(それにしても評議員。大した覚悟もないのに大それたことをしてくれたわね)


 本気で脅しをかけたければ生徒の1人でも撃ち殺しておけばよかったのだ。それだけで逆らおうと思う者は格段に減る。

 けれど、彼はそれをしなかった。


(気付いておきながら聖下の正体をばらさなかったのも、失敗した時の罪を少しでも軽くするためかしら)


 それでも、それはあくまで仮定に過ぎない。

 小心者ほど追い詰めれば暴走する。殺しだって躊躇わなくなるだろう。


(まぁ。大人しくしている間は私達の安全は保証される。後は、ジョエレが助けに来た時に動けるように身体を休めておいて……)


 先の事に思考を走らせながら楽な姿勢になる。縛られてはいるが、座っていればだいぶ楽だ。

 そんなディアーナの横にメルキオッレが来て椅子に座る。


「ねぇディアーナ。しばらく暇だろうし、昔話を聞きたいんだけど」

「昔話ですか?」

「そう。昔話」


 メルキオッレが頷いた。

 どんな話が聞きたいのかディアーナには容易に想像がつき、疲れを覚える。


「ベリザリオですか?」

「半分正解で、半分外れかな」


 メルキオッレが柔らかい笑みを浮かべた。


「僕が聞きたいのは、学生時代のディアーナとベリザリオ卿の話だよ」

「なんでこのタイミングでベリザリオなの?」


 ルチアは本気で分からないといった顔をしている。

 変わらぬ柔らかい表情のままメルキオッレが彼女の方を向いた。


「ベリザリオ卿もこの学校の卒業生なんだよ。優秀過ぎて、在学中からディアーナと一緒に稀代の三傑ステッラ・ブリッランテって言われてたらしいよ? 折角ル・ロゼにいるんだし、学生時代の彼の話、聞きたいよね」


 そのまま彼はディアーナの方に顔を戻し、少しだけ首を傾ける。


「僕達にできるのは待つだけみたいだしさ。暇潰しがてら?」


 子犬のような目を向けてくる青年を見てディアーナは溜め息をついた。


「そうですね。どうせ暇ですし、少しだけお話ししましょう」


 ゆっくりと口を開く。

 粘り負けと言われればそれまでだが、たまにはこんな時があってもいいだろう。

 それに、喋り声は、自分達がここにいるというジョエレへの合図にもなる。ごく自然に合図を発せ続けられると考えれば、願いに乗った方が都合がいい。


「ご存知の通り、選帝侯の子女はおおむねこの学園に通います。私と彼も、8歳の頃からこちらで暮らしていました」

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