3-10 対策会議
チェス盤の横にジョエレも移動した。
「再襲撃に関してはどっちとも言えねぇな。黙秘してるくらいだから残党がいるんだろうけど、怖気付いちまえばこれ以上動かねぇだろうし」
んでも、ロールに足止めしてくる動きがあったんだよなぁ……と、思考を進める。
「やっぱ来るかもな。今度は本腰をいれてよ」
「某もそう思います」
「私も」
バルトロメオとアンドレイナもやってきて、チェス盤に視線を落とした。
ジョエレは白い兵士を数個つかむと、白い女王の周囲に置く。
「予定が相手に漏れていると仮定してだ。素直に考えるなら、ル・ロゼ訪問時が一番危ない。迎賓館にこもってる時ほど警備を固められねぇし、下手したら、生徒を人質に取られる場合もある」
その周囲を黒い兵士で囲んだ。
「あり得る話ね。その場合、私を襲撃してきた黒幕として確率が高いのは」
ディアーナが今度手にしたのは黒の王。それを、黒い兵士達の後方に置く。
「評議員か、学園長」
「迎賓館の手配が妙に手際良かったあたり、評議員の方がちょいと悪役率が高そうだがな。まぁ、まだ仮定の域を出ないな。最悪、両者が手を組んでいる可能性もあるし」
ジョエレは黒の王の隣に黒の女王を置いた。
もちろん他の勢力の可能性だってある。しかし、動きが強引すぎるのだ。
普通なら、狙われている枢機卿を人前に出そうだなんてしない。警備の手間だけは無駄に増えるし、何かあれば責任問題だ。
それをおして仕事を依頼してくるとなると、裏を考えずにはいられない。
ディアーナの考えも同じなのか、盤面を見る顔の、眉間に薄く皺が寄っている。
「どちらにせよ、気は引き締めておいた方が良さそうね」
「オルシーニ卿」
腕を組んで盤面を睨んでいたバルトロメオが口を挟んだ。
「やはり、聖下にも、常に我々のどちらかが付いていた方がいいのでは?」
ディアーナは彼を一瞥すると、白い王を白の女王のすぐ後ろに置く。そのすぐ横に白の騎士を置いた。
「駄目よ。下手に聖下の警護を厚くすると怪しまれるわ。聖下にはダンテを付けてある。何かあった時は彼が対処してくれるでしょう。それに、あなた達がずっと付いていると、息苦しくなった聖下がまた抜け出してしまいそうだし」
彼女は口元に手を置き苦笑する。
心当たりでもあったのか、異端審問官2人が渋面になった。
「その話は今はいいでしょう。ル・ロゼでの警備体制を詰めておきたいの」
ディアーナの顔から表情が消えた。
「バルトロメオ、アンドレイナ。あなた達、修道服は持ってきているかしら」
「はっ」
「いいわ。明後日は私も司祭服で行く。あなた達2人も修道服で任務に当たりなさい」
白い僧侶2駒が白の女王の脇に置かれる。同時に、白の王と騎士の駒が白の兵士の側に移された。
変わりゆく盤面を眺めながらジョエレは呟く。
「完全に仕事モードだな」
「それもあるけれど、枢機卿の深紅と、異端審問官の赤黒い修道服は目を引くわ。聖下ではなく私に注意を引く手伝いくらいはしてくれるでしょう。そのためにも、異端審問官2人は私の側で警備に当たらせる」
「聖下の警護はダンテ1人のままですか?」
アンドレイナが尋ねた。
ディアーナがジョエレへと視線を向けてくる。
「ルチアと、もう1人の子は護衛として使える?」
「銃を持たせればルチアは使える。手ぶらならテオが頑張れるだろうな」
「テオフィロ・バンキエーリの肉弾戦の優秀さは某が保証します」
「そう。じゃぁ、2人には聖下と共に行動してもらいましょう。偶然とはいえ仲も良いみたいだし」
白の城の駒が2つ、白の王と共に置かれる。
配置から見て、メルキオッレ、ルチア、テオフィロは生徒達と近い所に置いて存在を薄くする、という考えだろうか。
確かに、目の前の3人のような威圧感など持たない青年を隠すには、いい場所かもしれない。
そこに、ディアーナが白の騎士をもう1騎持ち、白と黒の駒の塊の外に置いた。
「で、俺は……。外か」
「何も無ければいいのだけれどね。あなたは機転がきく。ダンテと共に離れた所から見ていて、何かあった時は動いてちょうだい」
白の王の横に置かれていた騎士が、外側の騎士の隣に置かれる。
少し離れた場所から全体を見ておく。これが、ジョエレとダンテの立ち位置になるようだ。
「なぁ、今更なんだが、ヴァチカンから連れてきた教皇庁所属の警備っていねぇの?」
いて然るべき存在の名が全く出てこず、ジョエレは首を捻った。
苦々しそうにディアーナが顔を歪める。
「オート=サヴォワに置いてきてるのよね。聖下が少し自由に動きたいと仰っていたし、こちらへの滞在は短い期間だけのつもりだったから」
「それで最小限の奴しかいないってわけか」
苦い表情のまま彼女が頷いた。
それ以上突っ込んでくれるなと表情が言っているような気がしたので、ジョエレはその話題に触れるのを止める。
自陣戦力は把握できた。これ以上は無くてもよい情報だ。
「我々の手が足りていないのは確かですが、庁外の者に、そのような重要な仕事を任せるのですか?」
幾分不服そうにバルトロメオが言った。
そんな彼に冷たい視線を向けながら、ディアーナは彼の腹を指す。
「ではバルトロメオ、あなたに柔軟な対応というのができるものかしら? それに、今は怪我もしていて、全力は出せないわよね?」
「それは」
「決定は変えないわ。アンドレイナならあなたのフォローもできるし、2人セットで任に着くように」
話はお終いとばかりに彼女は手を叩いた。
さすがは縦社会の極致、教皇庁の職員だけあって、異端審問官2人は了承の返事をする。
ディアーナがわずかに表情を緩めてジョエレに話しかけてきた。
「あなたが銃を持ってきていてくれて良かったわ。無ければこちらで用意するだけだったけど」
「癖で持ってきただけだったんだがなぁ」
腰のホルスターに収めた銃にジョエレは触れた。
本当に癖、というか、お守り代りに鞄の奥に突っ込んできただけだった。
結果だけ見れば持ってきて正解だったわけだが、旅行が潰れた事を考えると、なんとも複雑な気持ちだ。
「これ以上仕事させないで欲しいもんだぜ」
働くのは嫌いなのだ。