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堕ちた枢機卿は復讐の夢をみる  作者: 夕立
Ⅲ.アルカナを冠する者達
33/183

3-9 呼び出し

 ◆


 夕焼け色に染まり始めた街路を、荷物を抱えたジョエレとヴァレリーは歩いていた。


「何だか疲れてる様子だったのに、買い物に付き合わせちゃってごめんなさいね」

「気にしないでくださいマダム。今日は物騒みたいですからねぇ」

「オルシーニ卿がお忍びで休暇にいらしてて襲われたんでしょう? 何日か前には司祭様が亡くなっていたらしいし、なんかやぁね」


 歩きながらも彼女の愚痴は止まらない。

 名門校と豊かな自然くらいしかないのどかな町で、荒っぽい事件が続けば愚痴も出るだろう。


 買い物に出かけた時は警官が走りまわっていたが、今では落ちついた。そんな往路で中性的な青年が笑顔で手をふっている。


「あ、いたいた。ジョエレ〜」


 名を呼びながらダンテがやってきた。


「お家の方に行ったらいないって言われちゃって。探したわよ」

「あら、お知り合い?」

「ええ。まぁ。残念ながら」

「どうも〜。知り合いのダンテです。ちょっと話があるんですけど、彼、借りてもいいです?」


 無駄に距離を縮めながら青年が問う。

 ヴァレリーは一瞬答えに詰まったようだったけれど、すぐに笑顔を浮かべた。


「長くなりそうなのかしら? それなら荷物を家に置いてからにしてもらいたいんだけど」

「ちょっとした小話だけなんで、数分借りられれば」

「そう? それならどうぞ。私は先に帰ってるわね」


 あっさり承諾してヴァレリーは去って行った。

 ジョエレとダンテは物陰に入る。


「で、何の用なんだ?」

「"熊"達なんだけど、騒ぎが大きくなり過ぎちゃって滞在先移されたの。護衛し易いからって、迎賓館に」

「いいんじゃね? じゃ、そーいうことで」


 そこはかとなく嫌な予感がする。ジョエレは去ろうとした。進路を塞ぐようにダンテが回りこんでくる。


「待って、待ってって! 信頼のおける人を近くに置きたいんですって。で、あなたにも迎賓館に詰めて欲しいって」


 折りたたまれた紙切れを押しつけてきながら言ってきた。

 受け取らされたジョエレが中を確かめると、簡単な絵が描かれている。迎賓館への地図というやつだろう。


「俺は旅行中なんだが? それに、うちのガキ共どうすんだよ」

「あの2人、あの方と面識があるらしいじゃない? いい遊び相手になるだろうし、一緒に連れてきなさいって」

「マジかよ。人使い荒すぎんだろ。特別料金ぶっかけるかんな」


 ジョエレは額に手を置き溜め息をついた。

 事情が事情なので、ディアーナからの依頼を断る選択肢は無い。けれど、振り回されているのは事実なので、少しばかりの愚痴くらいは言ってやりたくなる。


「で、いつからそっちに行けばいいんだ?」

「できれば今晩。無理そうなら明日」

「強引な上に急だな、おい」


 呆れるばかりだが、言っても仕方ない。

 紙切れをポケットに突っ込むと、ヴァレリー宅に向けて歩きだした。


「今晩から行く。飯は済ませて行くからいらねぇって言っといてくれ」

「了解。じゃ、待ってるわね」


 返事と共にダンテは軽やかに去って行った。


(なーんか、厄介ごとに巻き込まれちまったなぁ)


 軽く頭痛を感じながらジョエレは街路を進む。


(ご褒美的な旅行だったはずなんだが。どこで狂った俺の休暇)




 ◇


 ヴァレリー宅に戻ったら仕事ができた旨を夫妻に話した。好意で夕食まで世話になり、ルチアとテオフィロも連れて迎賓館に向かう。


「いらっしゃい。早かったね」


 着くなりメルキオッレが笑顔で迎えてくれた。

 彼を見たテオフィロが不思議そうに首を傾げる。


「ジョエレの雇い主って、オルシーニ卿って言ってなかったっけ?」

「メルクね、彼女と親戚らしいよ」

「そうなんだ?」


 自分から尋ねておきながらテオフィロの反応は薄い。それより気になることがあるようで、メルキオッレの後ろに目が向いている。


「メルクの後ろのそいつは?」


 視線の先にはダンテがいる。

 後ろを振り返ったメルキオッレが「ああ」と呟き、


「昼間あんな事があったから護衛が付きっぱなしになっちゃって。空気だと思って気にしないでおいて」


 にこやかに返した。そのままジョエレへと顔を向けた彼は話を続けてくる。


「ジョエレさんには話があるから着いたら部屋に来るようにって、ディアーナ言ってましたよ」

「マジかよ。あいつ人使い荒すぎんだろ」

「ほんとですね。あ、荷物は僕が預かります。2人に部屋を案内するついでに運ぶので」


 そう言って、ジョエレのボストンバックを指した。


(一般人を装わせるにしても、教皇にまで仕事させるなんて、あいつ鬼だな)


 とは思ったものの、ジョエレは普通に荷を渡す。


「んで、ディアーナはどこにいるんだ?」

「2階に上がって右手3つ目の部屋」

「2階の右手3つ目だな? くそー、こんな時間まで仕事とかだる過ぎんぞ」


 愚痴を垂れ流しながら階段に向かった。

 その後ろで若者3人は和気あいあいと喋っていて、


「部屋に荷物を置いたらお茶でもしよっか」


 そんな事を言いながら消えていく。


(俺もそっちが良かった)


 羨ましく眺めても仕事からは逃げられない。

 溜め息と共に無念を忘れ、呼ばれた部屋へ向かった。




 指定された部屋にはディアーナとバルトロメオ、見知らぬスーツの女がいた。立ち位置的に見て、彼女がバルトロメオの言っていたもう1人の異端審問官、アンドレイナだろう。


 上座のソファに座るディアーナが空いているソファへ手を動かす。


「急に呼びたてて悪かったわね。まぁ座ってちょうだい」

「ほんとに悪いと思ってんのかよ」


 ジョエレからうっかり愚痴が漏れてしまったのは、時間が時間なので仕方ない。バルトロメオに睨まれた気がしたが、あえてそちらを視界に入れないようにしてソファに座る。


「にしても急な引越しだったな」

「ええ」


 ディアーナが頷き優雅に足を組んだ。


「この地方選出の評議員が地元に戻っていたみたいで、私が襲撃を受けたと聞いて駆けつけてきたのよね。そこまでは良かったのだけど、今まで滞在していた所では警備が不安だと言い張られて」

「それでこっちに身を移されて、周囲も公安でガチガチってわけか」

「そういうこと。安全を優先するなら分からないでもないんだけど、もう、休暇という雰囲気ではないわよね」


 ディアーナの唇から盛大に溜め息が漏れた。

 迎賓館の周囲では大勢の公安警察が張り詰めた空気を醸し出していたし、館内も、要所要所に警備員が立っている。

 いくら豪華な部屋が提供されようとも、周囲の空気が殺伐としている休暇などジョエレなら御免だ。溜め息も出るだろう。


「これ、さっさと家に帰ってだらける方が休まるんじゃね?」

「そうなんだけどね。折角ロールに来ているんだからと、仕事を頼まれてしまって」

「この状態で仕事を依頼してくる馬鹿がいんのか?」

「ええ」


 ディアーナがこめかみに指を当てた。


「ル・ロゼの学園長が後輩達を激励してくれって。折角の機会だからって気持ちは分からなくもないのだけれどね」


 彼女は億劫そうに立ち上がると、異端審問官達の側へ行く。


「それで、あなたにはその時の護衛も頼みたい。彼らと協力して仕事に当たってもらう事になるわ。彼は使徒ブラザーバルトロメオ。昼間に会ったのだったかしら?」


 ディアーナが紹介すると、バルトロメオが1歩前に出た。


「昼間の情報提供感謝する。お陰で迅速に聖下の元へ行けた」

「それで、こちらが使徒シスターアンドレイナ」

「よろしくお願いします」


 バルトロメオとは違い、アンドレイナはその場で挨拶だけしてきた。

 ジョエレも会釈を返し肘置きに頬杖をつく。


「仕事熱心で後輩想いなのはいいんだが、断ろうとは思わなかったのか?」


 普通にそれが不思議だった。

 たかだか休暇で来ているのなら、予定を全て取りやめて帰る方が普通だ。それが、教皇まで連れている状態だというのに危険のある地に留まり、飛び入りの仕事までしようとしている。


「ル・ロゼの学園長からだけの願いなら断ったのだけれど、評議員にまで頼まれてしまって」

「恩を売っとこうって話か」


 ふふっとディアーナが笑う。その笑い方はまるで、出来の良い生徒の答えに満足したかのようだ。


「そういうこと。危険にさえ目をつぶれば、労力の割に得られるものは大きいわ」

「怖い女だね。あー、やだやだ」


 冗談めかしてジョエレが茶化しても彼女は表情ひとつ変えない。部屋の中を歩き、チェス盤の置かれた台の前で足を止めた。


「そういえば、昼間の彼、何も口を割らないの」


 脇に避けられた駒の中からディアーナは白い女王を掴み、盤上に置く。


「この場合、襲撃はまだあると思うかしら?」

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